終幕への序章
国王側と通じていた太守を排除し、王子ルフィンを擁する反体制派は城塞都市トリスを掌握する。
人々は正当なる後継者と守護者“最後の騎士”の到来に沸いていた。
一方、ルフィンの双子の妹リファも人造生命体であった自らの正体を知るが、リーナの思いを知り、自らも“リファ”として兄やブランダルクと運命を共にする決意を固めた。
リファに秘められた魔力を取り出す作業が始まり、マークルフの治療の準備が進む。
しかし、手負いの“機竜”ブランダルクの空を旋回しながらトリスへと近づいていた。
“竜墜ち”の刻は迫り、それを巡る運命の歯車も大きく回り始めようとしていた──
「少し休憩にしましょうか」
エルマが機械を止めると、リファの感じていた苦痛が消えた。
機械に取り付けていた水晶をエルマが取り出す。紅い輝きを宿すそれが、どうやら魔力を貯めておく封印具らしい。
「エルマさん、男爵さんの治療はいつ始めるの?」
リファが寝台に横たわったまま訊ねる。
「あなたが頑張ってくれたおかげで予定より早く必要な魔力は揃えられそうよ。後はグノムスの回収作業が終われば始められる」
「グノムスって、水の中に沈んだままの巨人さんでしょう? どうするの? 兄ちゃんに頼んで引き揚げてもらおうか?」
「それはこちらでするわ。もうすぐグノムスも動けるようになる。そうなれば後は治療装置として調整して男爵の肉体蘇生を始められる。だから安心して」
リファはうなずくも、まだ表情に不安は隠せないようだ。
「エルマさん、あたしは我慢できるから魔力の取り出しを急いで」
リファが言った。
「必要な魔力が集まったら、あたしはトリスから出て行く。男爵さんの治療が終わる前に“機竜”が来たら大変だもんね」
エルマは黙って聞いていたが、やがて機械に新しい水晶を取り付けると、リファの手足の枷を外した。
「気持ちは分かったわ。だけど、いまは休憩よ。何か、お腹に入れられる物を用意してくるわ」
「でも──」
「もうちょっと時間はかかるわ。それに疲れると魔力を引き出す効率も悪くなるの。いまは休んで。それがあなたのできる事よ」
エルマが部屋を出て行き、リファは部屋に残される。
リファはぼんやりと天井を見つめた。
いまも自分に引き寄せられた“機竜”がトリスを目指していると思うと、逸る気持ちを抑えられなかった。
『──聞こえるか』
リファの脳裏に男の声がした。
「あんた!? あの時の!?」
リファは身体を起こすが、やはり誰もおらず、声だけが聞こえてくる。
「何の用なの? あたしの邪魔をするつもりのなの!?」
『そのつもりはない。ただ伝言を頼まれた。リーデ司祭からだ』
「リーデ司祭!? あの人はどこにいるの!?」
『それは知らないが伝言だけ伝える。もし、トリスから脱出したくなったら一人で城の展望台に来なさい。死ぬ覚悟と引き替えに脱出させる──そうだ』
リファは寝台に腰を下ろした。
「司祭様は何を考えてるの?」
『さあな。彼女なりにブランダルクの将来を考えてのことだろう。伝言は伝えたぞ』
「待って。あんた……オレフって人なんじゃないの? 男爵さんたちが話しているのを聞いたよ」
『いまさら隠しても仕方ないな。その通りだ』
「あんたはいったい、何を企んでいるの? “機竜”を裏で操っているのもあんたじゃないの!?」
脳裏に静寂が伝わるが、やがて向こうは答えた。
『俺がこれからやることはいずれ分かる。だが、その意味を決めるのは俺ではない』
「はっ? 言ってること分かんないけど無責任過ぎじゃないの、あんた!」
『確かに俺は無責任な大悪党だな。だが、悪から生み出される正義もある。後に残る者が俺の悪事を世界にとって最良の結果に変えてくれることを望んでいる』
リファにはやっぱり言っていることが分からない。だが、一つだけ感じることがある。それは自分と同じ思いの部分だ。
「……あんたも死ぬつもりなの?」
『そうなるかもな。いや、そうなるべきだろう。それが俺の望む世界のためだ』
「あんたの望む世界って何よ? 人を散々振り回して酷い目に遭わせてでも実現させたいような世界なの?」
『そうだ。“機神”が消滅した世界。それが俺の実現させたい世界だ』
声しか知らないオレフがきっぱりと答えた。
『この世界は“機神”の存在によって、科学に恐怖を抱く者が多い。科学の復権には多くの障害があるのが現状だ。俺が望むのは科学者が望まれ、科学が世界をより良く発展させていく世界だ』
部屋の外で物音がした。
『戻って来たようだな。伝言は伝えた。後は君の判断だ』
「ちょっと待って──」
リファは呼びかけるが、声はもう届かなかった。
「食事を持ってきたわ」
扉が開き、エルマが食事を載せた盆を抱えてくる。
(科学者が望まれる世界──)
リファは食事を置くエルマの姿を見つめる。
男爵たちの話では彼女は“聖域”内でも希有の才能を持つ科学者だという。
「どうかしたの?」
「えっ!? ううん、なんでもない」
リファは食事に手をつける。
エルマは現在は科学に理解のあるクレドガルの大公の庇護下にあるという。逆に言えばそれだけの才能を持つ科学者も、有力な後援者がいなければその才能を振るえないのが現状らしい。
(科学か──)
自分にとって科学は頭の痛くなる専門外の存在だが、リファ自身もまた魔導科学の産物なのだから不思議な気持ちになる。
「……エルマさんは、世界が科学で進歩して欲しいと思う?」
「どうしたの? 急に?」
「いえ、科学者さんなんてあまり見たことないから、訊いてみたくなっちゃった」
オレフから声が届いたことを伝えられなかった。教えたらいざと言うときに絶対に阻止されるだろうからだ。
エルマは首を巡らせるが、やがて肩をすくめた。
「うちも科学者の端くれだしね。それで救われる人が増えるならそれに越したことはないわ。でも、それは科学者が決めることじゃない。そもそも、“機神”を破壊できずにいるうちは科学者に未来を語る権利はないしね」
「科学者にとって“機神”は敵なんだ」
「そうね。うちの知り合いにも同じようなことを言う奴はいたけどね」
エルマは椅子に座り、脚と腕を組んだ。
「“機神”は古代科学が残した現在も続く“罪”なのよ。“罪”が存在するうちは罪滅ぼしをする資格すらもないのよ。悲しいことにね」
トリスの街にある巨大な池。
街の住人の水源でもある池の底に《グノムス》の姿はあった。
以前に見た時のまま、同じ古代の鉄機兵である二体の“門番”に両腕を掴まれ捕らわれていた。
『グーの字、これからお主も助けてやるからの』
湖底の地面を潜行するダロムが言った。
『じいじ、グーちゃん、眠ってるんじゃないの?』
『無駄な力を使わないための休止状態じゃ。こちらからの反応があれば気づく。まずは乗り込むぞい』
妖精たちは《グノムス》の真下に来た。
『グーの字、ワシらじゃ! 気づいたら中に入らせろ!』
『プリムだよ! 起きて、グーちゃん!』
妖精たちはその力で《グノムス》が接する地面を揺らす。
『起きてくれるの、じいじ?』
『安心せい。ワシらの力には反応するはずじゃ』
やがて《グノムス》の起動音が地面を通して伝わった。地中潜行機能が働いたのか、地面に接した部分が僅かに透過する。
『やった! グーちゃん、起きたよ!』
『乗り込むぞい』
妖精たちは地面に接した部分から《グノムス》の内部に侵入する。《グノムス》が地中潜行能力を発動すれば、同じ能力を持つ妖精たちはその機体を通りぬけられるのだ。
妖精たちは胸部の搭乗スペースに到達した。
内部の照明が幾つか点灯するが、外部モニターなどは停止しており、《グノムス》が動力不足なのを如実に語っていた。
「グーちゃん、助けるのがおくれてゴメンね! 姫さまと男しゃくさんはぶじだよ!」
「じゃが、いま二人は動けん。お主の協力が必要なんじゃ! いまから助けるから、頑張ってもらうぞい!」
反応はなかったが、その声は間違いなく届いているはずだ。
妖精たちは懐から小さな水晶を取りだし、下に置く。
それはエルマから渡された魔力の封印された水晶だ。妖精たちでも運べるように細かく分割されていた。
「ワシはしばらくグーの字の調整に入る。プリムはエルマの姐さんが用意してくれる水晶をできるだけ持ってきておくれ」
「じいじ、魔力をあつめてどうするの? グーちゃんって、大地の力じゃないと動かないんじゃないの?」
「それをどうにかするためにワシが来たんじゃ。これもグーの字のためじゃ。プリム、たのむぞい!」
「うん、わかった! グーちゃん、まっててね!」
プリムはダロムの言いつけ通り、再び外へ出て行った。
「さてと、では始めるとするか。グーの字、いまから外部からの魔力入力と調整装置の対応措置を始めるからの。それからどうするかは調整しながら説明してやる」
そう言うとダロムは水晶の一つを手にした。
「魔力を使うのはお主も気は進まんじゃろうが、勇士が動けん現在、お主が最後の砦じゃ。頼むぞい」
オレフはとある山岳の戴きに立っていた。
ここは“聖域”の外郭となる山岳地帯の一角だ。オレフの背後には山稜が広がっており、“機神”と戦った“神”がその力によって地殻変動させた姿と伝えられている。
その奇蹟の証たる山々を背に、オレフは眼下の平野を睨んだ。
夜が過ぎ、新たな太陽を迎えんとする白み始めた空の下、平野の先に見えるトリスの遠景を視界に捉える。
(ついに時が来た)
《戦乙女の槍》を手にしたオレフは空を睨んだ。
視覚には入らないが、その彼方で漂流する破壊の機獣へと意識を向ける。
(この一撃が新たな時代の始まりとならんことを──)
“機竜”は空を漂っていた。
“聖域”の作用で上昇する魔力を得られない“機竜”はやがて地上に墜落する運命にある。
“機竜”は膨大な魔力の存在を嗅ぎつけており、その魔力源を中心にブランダルクの空を旋回し続けていた。
その軌道半径は徐々に狭まっており、最終的には魔力源へと墜落するように行動を続けている。“機竜”の人工知能は地上の魔力源を取り込むことで再び空へ飛来する行動を選択していた。
その人工知能に外部からの魔力を伴う意思が侵入し、新たな命令が刷り込まれた。
機竜の翼が魔力を放ち姿勢を制御する。そのまま命じられた座標に首を巡らせた。
損傷した顎が開き、その口腔に魔力が集中する。
“機竜”の主兵装〈魔咆〉──
“黄金の鎧の勇士”と繰り広げた戦闘で頭部も酷い損傷を受けていたが、その最大の兵器はいまだに健在だ。
集中した魔力が真紅の閃光となり、その閃光を咥えたまま“機竜”が吼えた。
閃光が真紅の光線となって放たれ、貫かれた大気は轟音となって周囲の地上へと叩き付けられる。
閃光と雷鳴音を引き連れながら光線は、やがてトリスの地へと到達するのだった。
「なんだ──」
「え、やだ、あれ何よ」
王子の帰還からトリスは三度目の朝を迎えていた。
街中では帰還の興奮はまだ冷めることなく、今日もまた人々は活気づいていた──はずだった。
トリスの街中で次々に人々のどよめきが響き渡る。
明るくなっていく空の一角が真紅に染まっていた。しかもその輝きは強くなっており、こちらに近づいてきた。
恐怖を感じた者たちが叫びだし、様子を見ていた者たちもそれに釣られて浮き足だっていく。
やがて、人々の声が悲鳴に変わった。
真紅の輝きの正体は巨大な光線だった。それが分かった瞬間にはトリスの上空を横断し通り過ぎていく。だが、その余波がトリスの街並を襲う。強烈な風圧と衝撃波が住民たちを翻弄し、家屋が軋みをあげ、様々なものが散乱していく。
さらに人々の悲鳴が重なる。
地面に伏せた人々の耳に凄まじい爆音が轟き、その威力が地響きとなってトリスの建造物を揺さぶる。
人々は突然に襲った天災に為す術なくうずくまるしかなかった。
「何だ!? 何が起こった!?」
城全体を揺らすような爆音と地響きに騎士たちも浮き足立っていた。
侍女たちの悲鳴が響き渡り、兵士たちの怒声も交じる。
謁見の間にいたルフィンも玉座にしがみついてその場に踏みとどまっていたが、揺れが収まると自ら窓から外の様子を見る。
ルフィンは目の前の光景が一瞬、理解できず、唖然となって言葉も出せなかった。
そして、それはその場にいる者たちも同様だった。
遠景を彩る山の稜線の一角が、ここからでもはっきり分かるほどに崩壊していたのだ。 途方もない大規模な破壊が一瞬にして行われていたのだ。
「機竜……なのか」
ルフィンの口から古代の国防兵器の名が漏れる。いまこれだけの破壊が為せる存在はそれしか思い浮かばなかった。
「殿下! ご指示を!」
呆然としていたルフィンが我に返る。
声をかけたのは隣に立つサラディンだ。
“最後の騎士”役の傭兵もその表情は青ざめ、動揺は隠せていないが、それでも気丈な態度は崩さずにいた。
「被害の確認を急げ! 街にも兵を出動させろ!」
ルフィンは叫んだ。いまここで何もせずにいたら、目の前の光景に怖じ気づき、何もできなくなっただろう。
謁見の間に居あわせた侍従たちも慌てて動き出す。彼らもルフィンと動揺に恐怖に呑まれまいと自らを強引にでも鼓舞しようとしていた。
「殿下!」
ルフィンたちの前に駆けつけてきたのはログだった。
「ログ殿、貴方は男爵の事を頼みます!」
ルフィンは士気自体が崩壊しかねない中、王子としての振る舞いだけは忘れまいとした。
「もし可能ならば、いまからでもトリスから離れてください。 リファのことも頼みます」
「殿下はどうされるのです?」
ログも外の異様な光景に目を釘付けにされながらも訊ねる。
「俺はここから逃げるわけにはいかない。でも男爵まで巻き添えにはできない。“機竜”の次の攻撃があるかもしれない。急いでください」
男爵が怖れていた“竜墜ち”がどれほどの被害規模となるか、いまの一撃が明確に語っていた。
あれを止められるのはやはり“黄金の鎧の勇士”しかいない。男爵とリーナ姫だけは絶対に失うわけにいかないのだ。
「殿下のお気遣い、感謝致します。ですが、閣下はここを離れるつもりはありません」
「しかし──」
「“狼犬”は“機竜”との決着のために来ました。逃げる選択肢は用意されておりません。副官であるわたしもそれに従うのみです」
ルフィンは黙ってうつむいた。その手は抑えようとしても震えが止まらなかった。
この尋常ではない破壊の災厄の到来は、若すぎる王子には余りに荷が重かった。逃げるつもりはなかったが、何もできない無力を痛感させられるのが辛かった。
この直前までブランダルクの変革の機運に突き動かされていただけに尚更だった。
「いまは被害を少しでも減らす事が先決のはず。気をしっかりお持ちください。神女は貴方を決して見捨ててはいない」
ログはそう告げるとサルディンの方に顔を向けた。
「“最後の騎士”様、どうか殿下をお願いします」
そう言うと、ログは背を向ける。
「副長! あんたはどうするんだ!?」
ログの背中にサルディンが声をかける。
「殿下がこの危機を乗り越え、新たなブランダルクを導く王となる事を祈ります。それがわたしと、わたしがこれから会うだろう者の共通の願いです」
ログは恭しく一度だけ頭を下げると、その場を立ち去っていく。
「来るんですか!? リーデ司祭が──」
ルフィンは訊ねたが、ログからの返答はなかった。だが、この非常時においても見えない何かを睨む双眸が全てを教えていた。
「これは──」
「マークルフ様!」
城を揺るがす地響きと轟音に包まれ、リーナが寝台に臥せていたマークルフの上に覆い被さる。
「まさか、“機竜”が──」
「そのようだ! 畜生め! 何をしやがった!」
やがて地響きは収まったが、城中から人々の悲鳴が沸き起こっていた。
「リーナ、エルマの所に──」
マークルフは車椅子に乗り込むと、リーナに押されながらエルマたちのいる部屋へと向かう。
その間にも混乱する城の兵士や召使いたちが逃げ惑う姿が見えた。
城の中でもこの有り様だ。外ではどんな事態になっているか容易に想像できた。
「男爵! リーナ姫! ご無事でしたか!」
通路の向こうから駆けてきたのはエルマだった。
「エルマ、そっちは無事か! リファは!?」
「大丈夫です。リファちゃんは避難させています」
「いま状況はどうなっている!?」
「確認中ですが、どうやら“機竜”が遠距離から〈魔咆〉を撃ってきたようです」
エルマが懐に入れていた護身用の銃を確認する。
「ここを狙ったのか」
「違うようです。〈魔咆〉はさらに先にあった峰の一つを破壊したみたいですね」
「なぜ、そのような場所に? 外したのですか?」
リーナが訊ねるが、エルマは目を閉じるだけだ。
「まだ、確かな事は言えませんが明確な目的があってそこを狙ったはずです。遙か遠くからあれだけの魔力を放っておいて、威嚇や誤射だとは思えません」
「いずれにしろ、トリスはすでに“機竜”の射程距離内に入ったということだ」
マークルフは右手を震わせる。
「エルマ、不完全でも構わん! いますぐに俺の身体の治療を始めてくれ! このまま何もできずに死ぬわけにいかねえ!」
エルマは厳しい顔をして首を横に振った。
「必要な魔力は集まっています。しかし、治療装置の核となるグノムスの回収がまだなのです。いま妖精さんたちが作業してくれています。もう少し、辛抱してください」
マークルフが苛立ちを露わにする。
「クソッ! 肝心な時に何もできんとは──」
「マークルフ様、いまはリファちゃんの事が心配です」
リーナが言った。
「この城にいる反体制派の中にもリファちゃんの正体を知る者がいると聞いています。もし、太守のあの台詞が誰かの耳に入っていたとしたら──」
太守を追い詰めた時、リファが“機竜”を呼ぶことを叫んでいた。“機竜”の脅威を見せつけられた現在、それが噂で広まれば早まった者が出てもおかしくはない。
マークルフは先が読めない中、判断を迫られる。
リファを脱出させれば“機竜”のトリス墜落だけは避けられるかもしれない。しかし“機竜”がリファを目指して墜ち、彼女の膨大な魔力を取り込めば被害はさらに拡大する可能性もある。そして“機竜”の本能だけでなく、オレフたちが操ってくることも考慮しなければならないのだ。
エルマが腕組みをする。彼女の表情も険しいが、マークルフのような苛立ちは見せていない。
「男爵、一つだけ確認させてください。計器が微弱ながら魔力の上昇を計測したのですが、男爵もお気づきになりましたか」
エルマに訊ねられ、マークルフはようやく胸の“心臓”が微かに反応を見せていることに気づく。
「……確かに、言われて気づく程度だが“心臓”が騒いでいやがる。どういうことだ?」
「やはり──」
エルマの顔がさらに深刻なものに変わる。
混乱のさなか、その間を縫うように小太りの小男が駆けてくる。
羊皮紙の束を持ったウンロクだ。
「姐さん! 言われたように地図をかっぱらってきましたぜ!」
エルマとウンロクの二人はこの非常時にもめげずに床に地図の束を広げると、四つん這いになってそれらを片っ端から調べていく。
エルマは地図にそれぞれ目を通しながら何かを頭で描いているようだ。
周囲が慌てふためく中で奇妙な作業だったが、エルマが真剣なのを見て、マークルフたちは黙って作業を見守っていた。
「あいつ──本気なの? いったい、何を考えているのよ」
エルマが頭を抱えながら叫んだ。
「エルマ、オレフがまた何かしようとしているのか? 奴は“機竜”を使って何をしようとしているんだ?」
「もし、うちの推測が正しければ、あいつがやろうとしているのは──」
マークルフに訊ねられ、エルマは立ち上がる。
「この“聖域”の決壊かもしれない」
オレフの遙か頭上を真紅の凶光が一閃した。
次の瞬間、〈魔咆〉は山に着弾して閃光と爆発音に包まれる。
足許が激しく揺れ、次いで爆風と砂煙が襲った。オレフは外套を煽られながらも黄金の槍を手にその場に立ち続ける。
やがて風が止むと、オレフは山の方を見る。
着弾地点は抉れ、まさに山頂に風穴が空いていた。山頂は自重に耐えきれず、地響きと粉塵を巻き上げながら崩壊していく。
オレフはその場に胡座をかくと、〈戦乙女の槍〉をその膝の上に置いた。
オレフは目を閉じ、その意識をブランダルク全域へと広げていく。
計算通りに急速に上昇する魔力が、オレフの体内に組み込まれた疑似超動力機関を活性化させた。槍を用いた魔力の対生成も合わさり、用いることのできる魔力は飛躍的に高まっていく。
その力に比例して拡大した意識の網はブランダルク全体へと広がろうとしていた。




