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いつの日か

『──後で女将さんにずっとお説教されて、少し可哀想でしたが、こうして、フィーちゃんがグーちゃんのお友達になってくれました。世の中、どこで誰と巡り会うか、分からないものですね』

 館に戻ったリーナは、寝る前の習慣である日記をつけていた。

 自身も含め、リーナの周りは秘密が多いため、日記の存在は他の誰にも内緒にしている。使っている文字もエンシアの王族でしか使われなかった秘文字で、見つかったとして読んだり、解読するのは困難だろう。

 本当は記録を残しておかない方が良いのかも知れない。それでも残しているのは、個人的な思い出のためだけではない。

 いつか“機神”を完全に破壊して全てが終わった時に、マークルフのことを世に残したいと思ったからだ。

 伝説の英雄の後継者として、そして時にはほら吹き男爵の異名を持つ道化として世に知られている彼だが、傭兵たちの棟梁としての裏の顔を知る者は少ない。そして、さらに隠されているその素顔を知る者はほとんどいないだろう。

 “機神”を滅ぼすという祖父の遺志を継ぎ、“聖域”にて絶大な権力を持つフィルディング一族と戦うことを選んだ少年のことを、このまま、歴史の裏に埋没させたくなかったのだ。

 彼の使命が果たされる日が来るかは分からない。でも、そのためなら自分はいくらでも手助けするつもりだったし、いつか本当の英雄として讃えられることを願っていた。

(……その時、私はどうしているのかしら)

 まだ、彼の傍にいるのだろうか。それとも、いなくなっているのだろうか。

 いや、自分は戦乙女だ。戦いが終わればきっと自分は消えるべきなのだ。それに自分がいては、将来の男爵の伴侶となる人の邪魔になるに違いない。

 ふと、リーナは先ほど、マークルフに迫られた時のことを思い出し、急に顔を紅くする。

「──い、いいえ! あれはマークルフ様の悪ふざけなのよ」

 リーナは頭を振って、脳裏からその光景を追い払う。しかし、日記の続きを書こうとすると、どうしてもあの時の彼の真剣な表情と、自分の言葉を思い出してしまう。

「も、もう、こうなったら、日記に書いておこうかしら」

 悪戯には悪戯返しだ。日記に洗いざらい書き残し、将来、これを見たマークルフを困られてやろう──と思ったが、すぐに止める。 本当に彼の婚期に悪影響が出ては洒落にならないし、自分で恥を晒すようなものだ。

 リーナは日記をそれで終えると、自分のベッドに横になる。

 明日は先日、遭遇した“機竜”についてマリエルに話さなければならない。そう、男爵と一緒に──

(男爵は私のこと、どう思っているのだろう)

 勇士と戦乙女として、お互いに信頼しているし、ふざけてはいても大事にしてくれていることを疑ってはいない。

 しかし、もし、或いは、万が一、自分のことを異性として求める気持ちがあるのなら──

 リーナは枕を抱きしめる。

(考えないようにしていたけど、やっぱり考えないとダメなのかな)

 自分は戦乙女だ。人の想いに応えることは果たして許されるのだろうか。

(口づけまでなら……でも、それですまなくなったら……多分、子供をもうけることだって、できなくはないんだろうけど……)

 もし戦乙女の名に反することをして、その力を失ってしまうことになったら、本末転倒以外の何ものでもない。

 だが、リーナは戦乙女として覚醒した時、自分の力の使い方は知ったが、それ以外の知識は全く与えられていない。

 いくら考えたところで答えなど出るわけないのだ。

「……うう、マークルフ様のバカ! 次、変なイタズラしたら、あることないこと日記に書きますからね!」

 リーナは強引に頭にフタをし、ベッドの中でうずくまるのだった。



「仮面の女剣士に俺の暗殺か」

 城の執務室で、ログの報告を受けたマークルフは軽くため息をついた。

「暗殺者の所持品に手がかりになるものはありませんでした。ですが、暗殺の動きがあるのは確かでしょう」

 机の前に立ちながら、ログは言った。

()には引っかからなかったのか」

 マークルフは訊ねた。ユールヴィング家には先代より築き上げた傭兵の情報網がある。些細な噂も集め、こちらに対する動きには常に注意は怠っていないはずだった。

「いいえ。そうなると考えられるのは素人を暗殺者に仕立てたか、あるいは子飼いの者を使ったか──」

「そうなるな。だが、ログの話からだと後者の可能性が高そうだ」

 マークルフは机の上に頬杖をつく。

 暗殺は世の常だ。そして需要があれば、それを生業とする組織や個人も当然、存在する。彼らは貴族や有力者たちの依頼を受け、報酬と引き換えに標的を葬る。

 だが、暗殺を警戒する側も当然、彼らの噂を集めており、暗殺の動きを知られる可能性もある。

 なかには暗殺者自体を自らで育て上げ、手駒として動かす者もいる。その方が暗殺者の監視している者の目をすり抜けやすく、使いやすいからだ。

 そして、“お抱え”の暗殺者を揃えられるのはそれだけ大物になる。

「まず怪しいのはフィルディングの連中だな。俺がよほど目障りになったか、あるいは──邪魔をされたくない何かを企んでいて先手を打ったか」

「閣下が懸念されている、例の“竜”のことでしょうか」

「まあな。そう考えば筋は通るというだけで、確証はないが……」

 マークルフは両手を組み、その上に額を乗せる。

 ログは黙っていた。その姿が他人には見せない、葛藤の姿だと知っていたからだ。

「……ログ、状況によってはこちらから仕掛けることになる」

 マークルフは立ち上がった。

「それまでに暗殺の件は片付けておきたい。頼むぞ」

「はい。ですが、閣下もお気をつけください」

「俺の心配はするな。それよりもリーナを守ってくれ。狙いは俺だけとは限らん」

 マークルフは窓のカーテンの隙間から敷地内を覗く。リーナの居室の灯りが消えているのを確認し、すぐにカーテンを閉じる。窓際に立って、居場所を知らせるような行為は控えさせなければならない。

「最悪の場合、リーナの身を優先してくれ」

 そう言うと、マークルフは指を鳴らした。

「いまのは我ながら格好いい台詞だな。リーナに聞かせたらきっと俺に惚れるだろうな」

 マークルフはおどけるように言うが、その言葉の真意を知るログは表情を変えない。

「閣下にもしものことがあった場合、わたしが“心臓”を受け継ぐ約束ではあります。ですが、わたしではリーナ姫様のお相手はできかねます。姫様の勇士は閣下しかおりません」

 マークルフは大げさに肩をすくめる。

「そいつは光栄だな。だが、リーナはいつか、俺に騙されたと後悔することになるぜ」

「ならば、最後までだまし続けていただきます。それが我々の選んだ生き方のはずです」

「……分かってるさ」

 マークルフは椅子に戻ると、深く背を預けた。

「“竜堕ち”の資料が集まったら、マリエルに渡してくれ。いずれ本当に必要な事態になった時は、俺がリーナに直接、話を伝える」

「承知しました」

 マークルフの思い詰めた顔を前に、ログがそれだけ答え、退室しようとする。

「なあ、ログ」

 マークルフがログの背中に問いかける。

「俺は戦乙女に逢えることが夢だった。だが、いざ戦乙女が目の前にいると、普通の少女として生きてほしいと思ってる……我がままなもんだな」

「普通に生きられないのなら──」

 ログは振り向く。

「せめて今は普通の幸せを演じ、姫様だけでも喜んでいただければ良いのではないでしょうか」

「結局、俺には騙すしか能がないということか」

「我々には普通の生き方を真似することも難しいですから、仕方ありません」

 ログはそう言い残し、退室した。

「身も蓋もない言い方だな」

 マークルフは苦笑する。

 だが、それがログなりの助言であることはマークルフにも分かっていた。

「自分もだませということか」

 普通の少女として生きて欲しい彼女に、そうされることもできず、自分も普通に生きられない。そんな男が本当に手を出すわけにはいかないのだ──

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