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帰還と奪還(4)

 マークルフは傭兵たちと共に城の地下へと来ていた。

 “蛇剣士”の狙い通り、地下施設への隠し階段が太守の部屋近くにあり、そこからリーナが囚われているだろう奥へと急ぐ。

「どうする? 思ったよりも入り組んだ構造のようだぞ」

 マークルフを背負って運んでいたカートラッズが言った。

 目の前には地下通路が続いていたが、分かれ道が多く、先を進むのも一筋縄ではなさそうだった。

「こうなれば人海戦術だ。しらみつぶしに道を潰していくぞ」

 マークルフは傭兵たちに命じて手分けして探させる。

「俺たちはどうする?」

「取りあえずド真ん中だ!」

 カートラッズと部下の傭兵たちがマークルフを運びながら先を進む。

 地下施設は予想よりも広く、そして年代も古いようだ。

「元々は古代の遺跡のようだな」

 先行して道を確かめる部下らを待ちながら、カートラッズが言った。

「ああ。この国には結構な数の古代遺産が転がっていると聞いたことがある。この城も元は古代遺跡の再利用で作られたのかもな」

 マリエルたちから聞いた話だが、ブランダルクはかつて古代エンシア時代に大都市があったとされるらしい。神女の伝説が根付くブランダルクでは科学の研究が盛んではないため、いまでもこの地には多くの遺跡が眠っていると予想されているそうだ。

 ガルフィルスが使役する魔物たちも、その遺産のごく一部なのだろう。

 他の通路から傭兵たちの悲鳴や慌てた声が響く。それに混じったどう猛な獣じみた声もする。どうやらまだ罠や見張りの魔物が残っているようだ。

「これでは時間がかかるな。とはいえ、向こうも追い込まれている。リーナ姫の身も心配だ」

 カートラッズの声に焦りが混じる。罠があるかもしれず、それに自分たちの行く道が正しいとも限らない。

「すまんがもう少し辛抱してくれ」

 マークルフが答える。いま彼の右腕には制御信号である魔力の紋章が浮かんでいた。

「リーナがこの信号に気づいて何かの応答をしてくれればいいが──」

「捕まっているのだ。そうそう都合良くいくとは思えんぞ」

「まあな。だが助っ人の方は来てくれるかもしれん」

「助っ人だと?」

 訝しむカートラッズ。

「ウオッ!?」

 先行していた傭兵が驚いて足を止めた。

「よお、来てくれたか」

 マークルフが言った。

 傭兵を驚かせたのは床から突然、現れた妖精の爺と娘だった。

「た、隊長!? こいつらはいったい何なんですか!?」

「助っ人らしい」

 事情を知らない部下にそう答えると、カートラッズは妖精の前で屈み、背負ったマークルフを近づける。

「お帰りなさい、男しゃくさん! 身体はだいじょうぶ?」

 プリムが言った。

「くたばってる暇もなくてな。ともかく、よく来てくれた」

「そっちにが呼んだのじゃろう? 姐さんに頼まれたぞい」

 ダロムが答える。

 エルマは魔力を感知する装置を持っている。マークルフが制御信号を出し続けていればきっとそれに気づき、発信源を割り出してくる。地下にいると分かればきっと妖精たちを寄越すと期待していたのだ。

「力を貸してくれ。この地下のどこかにリーナが捕まってる。だが思った以上に入り組んでいて難儀しているところだ」

「事情はだいたい分かったぞい。ここの構造と罠を調べて案内すればいいんじゃな?」

「俺たちでも部下たちでもいい。ともかくリーナの所まで導いてくれ。頼む」

「わかりました! がんばるね! いくよ、じいじ!」

 プリムが答えると、ダロムの服を引っ張って石床をすり抜けて潜ってしまった。

 地中や石材に自由に潜れる妖精たちなら、地下の構造も調べられるはずだ。

「お前たち、よく聞け! いまから小さな助っ人が来るからな! そいつらに従え! リーナの身柄確保優先だ! やるぞ、クズ石ども!」



「泣けばどうにかなるわけではないぞ」

 うずくまるリーナに向かって太守が言った。

(もう少しで助けが来る──)

 マークルフが発する信号が次第にこちらに近づいているのはリーナも感じていた。

「ええい! こちらも時間がないのだ。すぐに決めてもらおう」

 いつまでも泣き続けるリーナに苛立ち、太守が彼女の腕をとって強引に立ち上がらせる。

「わ、分かったわ! あなたの武器になればいいのでしょう?」

 リーナは腕を振り払ってしゃがみ込むと、泣き真似だとばれないように手で涙を拭く演技をする。

「ようやく結論が出たか。では、さっそくなってもらおうか」

「……あの機械鎧に触らせて。まずはあれが何かを理解しないとできないわ」

 リーナは淡々と告げる。

 できるだけ憤然としながら、嫌々、渋々とした態度で少しでも時間を引き延ばすのだ。

「なら、さっさとしてもらおうか」

 太守はリーナをまたも立ち上がらせると、嫌がるリーナを機械鎧のある部屋へと強引に引っ張っていく。

 その間にもマークルフの気配は近づきつつある。

(もう少し。あと、もう少し時間を──)

 その時、歯車のような音がし、天井の壁の一部が迫り落ちるように飛び出した。

 それを見た太守は慌ててリーナを広間の中央へと引きずり戻す。

「どうもおかしいと思ったが、やはり時間稼ぎだったか」

 太守が天井を見上げたながら吐き捨てる。

「ここは闘士たちを利用した競技場だったらしくてな。どこかで罠が動けば分かる仕組みになっている。しかし、ここまで罠を回避して来てたとは小賢しい真似を──」

 忌々しげに太守が言うと、リーナを睨み付ける。

「だが、ここまでだ! 来るというなら最高の見世物を用意してやるわ!」



「どこかで罠が動いたか!」

「気づかれたかもしれん! 急いでくれ! 蛇剣士!」

 壁の向こうで大きなカラクリが動く音がした。おそらく罠にかかった事を知らせるカラクリだろう。

 妖精たちが調べてくれているが急いでいては全てを調べきれない。部下たちがどこかで引っかかったのだ。

 カートラッズに背負われたままマークルフたちは奥の道を急ぐ。

 目の前は小部屋になっており、その先は太い鉄格子で遮られていた。

「外れか!」

 鉄格子の向こうは開けた空間になっていたが、ここはからは入れないようだ。

 マークルフは鉄格子の向こうを覗き込む。

「リーナ!」

 目の前には石造りの闘技場らしき空間が広がっており、そこにリーナがいた。軟禁生活で簡易なドレス姿に身をやつしているが無事だったようだ。

 だが、喜ぶのも束の間、醜悪な魔物が二体、彼女を挟み込むように近づきつつあった。

 そして離れた場所に太守の姿を見つける。

「マークルフ様!?」

 彼の声に振り向いたリーナが歓喜の表情を見せたが、すぐにそれは醜悪な魔物に遮られた。

 どのような意図で魔物をリーナに差し向けようとしているかは、その外見と下腹部を一瞥するだけで明らかだった。

「クソッ!」

 マークルフはカートラッズの背から降りると鉄格子を掴む。肩当ての出力を上げるが、特殊な加工のためか予想以上に硬く、出力不足の現状ではねじ曲げることもできない。

「来おったか、“狼犬”!」

 太守が舌打ちすると、魔物たちに命じる。

「遠慮はいらん! この男の目の前で戦乙女を嬲り者にしてしまえ!」

 太守の命令に魔物たちが興奮の声をあげる。

「てめえ!」

「こちらの全てを台無しにされたのだ。そちらの全ても台無しにさせてくれる!」

 太守は昏い眼差しで高笑いすると、その場から離れる。

「リーナ! こっちに来い!」

 マークルフが鉄格子の間から腕を伸ばす。

 リーナもそれを見ると駆け出そうとするが、距離も離れ、魔物に阻まれた状態では難しい。

「姫様!?」

「いたぞ! 急げ!」

 他の通路口から別の道を行っていた傭兵たちが姿を見せる。

「おまえら! リーナを助け──」

 だが、その通路口にも瞬時に鉄格子が降ろされ、彼らの行く手を阻む。

「残念だったな! その特等席で黙って見ているがいい! おまえの代わりにこいつらが娘を可愛がってくれるぞ!」

「このゲス野郎! よほど俺を怒らせたいようだな!」

 マークルフが吼えるが、太守はいままでの意趣返しとばかりにこれでもかと哄笑する。

「好きに怒るがいいさ! 全ては手遅れだがな!」

 魔物がリーナに掴みかかる。

「キャアッ!?」

 リーナは悲鳴をあげて身を竦ませ、傭兵たちも目を背ける。

 だが、次の瞬間、魔物の動きが止まった。

 目を開けたリーナと傭兵たちがそろって唖然とする。

 身を竦ませたリーナの動きに逆らうように、彼女の膝が魔物の急所にめり込んでいたのだ。

「キャアアアッーーー!?」

 容赦なく潰しにかかった膝蹴りにリーナ自身が驚いて悲鳴をあげた。

 その場にいた誰もが予想しなかった反撃を受け、魔物がその場で悶絶して行動不能に陥る。

「リーナ! 後ろだ!」

 マークルフの叫びにリーナが振り向く。

 すぐ後ろからもう一体の魔物が押し倒そうと迫っていた。

 リーナがその場にうずくまろうとするが、それとは裏腹に彼女の足が魔物の足をすくっていた。勢い余った魔物は思いっきり前倒しになる。

「──えっ?」

 誰かが乗り移ったかのような足払いで倒れた魔物が重なりあい、凄まじく鈍い音を立てて頭同士を打ち付け合う。

 魔物二体は朦朧として動けなくなっていた。

「な……何なんだ!?」

 太守も思わぬ成り行きに呆然としていた。

 その時、一斉に鉄格子が上がった。妖精たちが鉄格子の仕掛けを見抜いて動かしたのだろう。

「いまだ!」

 マークルフの号令に傭兵たちが雪崩れ込む。

「クソッ!」

 太守が逃げ出し、駆けつけた傭兵たちがまず、倒れた魔物たちを剣で串刺しにする。

「よし、リーナを保護しろ!」

 マークルフが叫ぶと、動揺していたリーナも立ち上がってこちらに走ろうとする。

 だが、傭兵たちが彼女を保護する直前、機械の腕が傭兵たちを薙ぎ払ってリーナを捕まえた。

「マークルフ様!?」

『戦乙女は渡さんぞ!』

「リーナ!」

 リーナは巨大な機械鎧の手に捕まっていた。

 マークルフは駆け出すと腕を伸ばす。

 だが、リーナの伸ばした手が届くよりも早く機械鎧が推進装置の魔力を噴射した。

 魔力の噴射に吹き飛ばされたマークルフたちの前で機械鎧が上昇していく。

 リーナを懐に抱えたまま機械鎧は背中から天井を突き破って飛んだ。

 マークルフは追おうとしたが肩当ての魔力が底を突き、その場に跪く。

「崩れるぞ! 急げ!」

 動けないマークルフをカートラッズたちが抱える。その間にも崩壊した天井が瓦解し、破片が降り注ぐ。

「蛇剣士! 俺を外に連れて行ってくれ!」

 マークルフは言った。

 やはり太守の最後の切り札は“竜墜ち”から身を守って脱出するための装備だった。

「逃がしはしねえぜ、ゲス太守!」



 ルフィンと“最後の騎士”に扮したサルディンは騎士たちの厳重な警備の中、城へと向かっていた。

 まるで凱旋したかのように、彼らの進む中央通りはその先まで人々の姿で埋まっていた。

「フィルアネス殿下! 万歳!」

「白き楯の騎士に再び栄誉を!」

「神女様、この方々にどうかご加護を!」

 日が沈み、夜が近づくが、その闇を払うがごとく人々は熱狂し、口々に叫び合う。

 死んだと思われていた正当なる王位継承者、そしてブランダルクの最後の守護者がついに表舞台に現れた。

 ブランダルクの暗黒時代に光が差し始めたのを民は喜んでいるのだ。

「……若も人が悪いぜ。ここまで盛大に歓迎されると、やりずらいったらありゃしねえ」

 騎士たちの真ん中で豪奢な馬車の上に立つサルディンが呟く。

 これだけ歓迎されては偽者だなんて口が裂けても言えない状況だ。

「ほとぼりが覚めたら影武者だったと説明する予定です。男爵たちの行動が終わるまで頑張ってください」

 サルディンと並んで立つルフィンが言った。

 男爵はいま、リーナ姫とリファの救出に向かっていた。本物の“最後の騎士”も男爵と合流して行動しているはずだ。

 そう言うルフィンも、その熱狂の渦に背筋が震えていた。

 素性を隠した逃亡生活だけでは分からなかった民の期待の大きさが、こうして目の当たりにすることで身に刻まれていく。

 それだけ、自分がガルフィルス王の支配を終焉させる期待が大きいのだ。

 マークルフたちとの出会いを通じて得た経験がなかったら、きっとこの光景に自分の心は押し潰されていたかもしれない。

(男爵もこんな思いをしてきたんだな)

 男爵が“戦乙女の狼犬”の名を継いだのは、いまのルフィンよりももう少し若かった時と聞いている。

 初代“狼犬”は“機神”復活を止め、傭兵の神とも呼ばれた希代の英雄だ。その名を継ぐことの重責がどれほどのものだったか、こうしているとよく分かる。

(だから、俺にいろいろと教えてくれたんだな)

 その時、何かが崩れるような音が響いた。

 城の方からだ。

「何だ!?」

「あれは──」

 民衆が一斉に城の方を見る。

 遠目からだが巨大な人型機械が城の上へと飛ぶ姿が確認できた。

「殿下! 下がるんだ!」

 サルディンがルフィンを連れて馬車を降りると、護衛の騎士たちが彼らの前に盾となって身構える。

「リファは!? 男爵たちは無事なのか──」

 城にあんな装備はなかった。きっと太守が隠し持っていた兵器に違いない。

 その機械の腕に誰かが捕まっていた。

 遠目からでは確認し辛いが、その黄金の髪はリーナ姫のものだ。

「リーナ姉ちゃん!? 城へ急いでくれ! 城には妹と大事な客人がいるんだ!」

「申し訳ありません! この混乱ではかえって動くのは危険です! 殿下のお命も危険です! どうか、いましばらくご辛抱を!」

 騎士が答える。確かに民衆たちも混乱しており、身動きをとることもできない。そして、騎士たちも優先するのはルフィンの命だ。危険な場所にルフィンを連れて行くことはできない。

「焦るな、殿下。あの手の機械は“聖域”内じゃ長く活動できねえ」

「しかし──」

 サルディンがルフィンの肩に手を置く。

「“狼犬”はそう簡単にくたばるお人じゃねえさ」

「サルディンさん……」

 サルディンも厳しい顔をしているが、悲観はしていないようだ。

 ルフィンは城の様子から一時も目を離さないつもりで睨む。

 “狼犬”の名を皆が信じている。

 これが重責を担い続ける者への信頼なのだと、ルフィンはまた教えられたのだった。



 地下施設の天井を破り、太守の搭乗した機械鎧が城の内部に飛び出る。

 突如、出現した機械鎧の姿に城にいた兵士や侍女たちが慌てて逃げ出した。

 機械鎧は右手で壁を破壊すると外に飛び出す。

 外はすでに日が沈み、夜の帳が降りようとしていた。

 機械鎧が魔力を噴射して飛び上がる。

『魔力の限りがある。逃げるしかないが、あの“ガラテア”は──』

 リーナを捕まえたまま、機械鎧が城の壁に頭を突っ込む。

 城の壁に穴を開けた機械鎧は目の前にある部屋の扉を右腕で突き破った。

「きゃあッ!?」

「リファちゃん!?」

 リーナが叫ぶ。そう。そこはリファの居る部屋だった。

 機械の右腕がリファを掴んで部屋から引きずり出す。

『この二人さえ抑えれば、向こうはお終いだ!』

 機械鎧の内部にいる太守の高笑いが聞こえる。

 だが、部屋の前を突如、何者かが横切った。

 真紅の軌跡を描いた後、機械の右手が切断される。リファごと右手が床に落ちた。

「閣下の読みが当たったな」

 ログが剣を手に機械鎧の前に立つ。

『何者だ、貴様は!』

 機械鎧が右手を失った腕でログを薙ぎ払おうとするが、ログはリファを連れて後ろに飛び退く。

「リファちゃん! 逃げなさい!」

 捕らわれたままのリーナが叫ぶ。

『逃げるな! “人形”の事実をいま、この場で公表されてもいいのか!』

 リファの足が止まる。

「黙りなさい! あなたの方こそ人間を名乗る資格なんてないわ!」

『うるさい!』

 機械の腕がリーナを壁の外に突き出す。

『このまま、落とされたいか!』

「ログ副長! 私よりもリファちゃんを──」

 リーナの口が止まる。

 地上から制御信号の反応を感じたのだ。

 リーナは地上を見ると、ログに向かって叫ぶ。

「ログ副長! この手も斬ってください!」

 リーナが叫ぶ。

『何をする気だ! 地上に落ちて死ぬぞ!』

 太守が叫ぶ。

「落ちても構いません! お願いします!」

 リーナはそう言うと、視線を下に向けてログに合図を送る。

「フィーリア殿下、お下がりください」

 ログが剣を構え、足を踏みしめる。

 リファは黙って様子を見ていたが、やがて近くの壁の向こうに身を隠した。

 同時にログが躊躇することなく機械鎧の前に踏み込む。

『クッ!?』

 機械鎧の胸が開き、機銃のような物が飛び出すが、真紅の光を纏ったログの剣が機銃を薙ぎ払い、そのまま左腕の根元を切断した。

 途端に機械の腕ごとリーナが落下していく。

『何を──!?』

 太守の動揺の声がするが、それもリーナの耳から遠のいていく。

 同時に地上の木の陰に隠れていたマークルフと傭兵たちが飛び出していた。



「下がっていろ!」

 マークルフは傭兵たちを下がられると肩当てを自ら外した。“心臓”に残った魔力で強引に身体を動かしながら落下地点に駆けつける。

「リーナ!!」

 リーナが地上に叩き付けられる寸前、その身体にマークルフの手が触れる。

 瞬時にその場で光が渦巻き、夜の闇を振り払った。

 リーナを捕らえていた鋼の腕が砕け取り、彼女の姿も光の粒子となって散った。

『しまった!?』

 機械鎧が飛び上がり、城の上へと向かう。

「逃がすか!」

 光の粒子がマークルフの身体へと収束し、光の装甲を形成していく。

『マークルフ様! お身体は大丈夫ですか!?』

 リーナの声がした。

「奴をぶちのめすまで、倒れていられるか!」

 マークルフたちの姿が光となって飛翔した。それは瞬く間に太守の機械鎧を飛び越え、その背後をとる。

 マークルフは両拳を固めるとそのまま機械鎧の背部推進装置に叩き付ける。

『うおッ!?』

 推進装置を破壊された機械鎧は城の展望用の屋上に叩き付けられた。

 光の“鎧武者となったマークルフもその目の前に着地するが、その場に片膝をつく。

 装着する“鎧”の姿も光に明滅し不安定となっていた。

 その隙を狙って機械鎧が体当たりをする。

 吹き飛ばされ、尖塔の壁に叩き付けられたマークルフをさらに機械鎧の足が追い打ちで踏み潰す。

『貴様だけは許せん! この手で息の根を止めてやる!』

 機械の脚と壁に挟まれ、マークルフは壁に押し潰されていく。

「……それはこっちの台詞だ」

 マークルフは両腕を抜くと機械の脚を掴んだ。光の装甲を纏ったマークルフの両腕が機械の脚を挟み、そのまま押し潰していく。

「俺の女と雇い主に手を出した罪は重いぜ!」

 マークルフが機械の脚を上へと持ち上げる。体勢を崩した機械鎧にマークルフの跳び蹴りが炸裂し、機械鎧は後ろへ吹っ飛ぶ。

『……あ、あんな状態でここまでの力を出せるのか。同じ古代鎧というのにこの差は──』

 太守の焦りの声と共に機械鎧は立ち上がろうとするが、両腕を失って片脚も潰された状態では立ち上がることもままならない。

「ユールヴィングの家宝《アルゴ=アバス》とてめえのガラクタ、比べるんじゃねえぜ」

 不安定な実体化を続ける“鎧”を纏いながら、マークルフはゆっくりと機械鎧に詰め寄る。その両手甲から光の湾曲刃がそれぞれ展開した。

「竜墜ちからの避難用らしいな。胴体は結構、頑丈そうじゃねえか」

 手首を失った機械鎧の右腕がマークルフを叩き付ける。

 だが、その姿に揺らぐことなく、マークルフは右腕の刃で機械鎧の右肩を貫く。

 機械の右腕が動力を失って床に落ちた。

 マークルフはさらに両腕の刃を振り上げると、機械鎧の胴体に双刃を叩き込む。

『うぁああッ!? やめろ!』

 太守の悲鳴が聞こえた。

「フィルディングの連中以外でこれほど腹が立ったのは久しぶりだ。さっさと出てきやがれ! 串刺しになる前にな」

 マークルフは両腕の刃を交互に胴体に叩き込む。頑強な機体も双刃の前に次第に穴だらけになっていく。

『わ、わかった、やめてくれ!』

 軋んだ音を立てながら搭乗口が開く。

 マークルフは搭乗ハッチを強引に押し開くと、中にいた太守の首を右手で掴んでそのまま持ち上げる。

 地面から足が離れた太守はもがきながらマークルフの前に吊り上げられていた。

 太守は真っ青な顔をしながらあがくが為す術はない。

「リーナに感謝しろ。この姿でなかったら、俺は貴様をくびり殺していたところだ」

 マークルフは太守を投げ捨て、機械鎧に叩き付ける。

 太守はそのまま、そこから動こうとはしなかった。

『マークルフ様──』

 リーナの声がする。

「こんなゲス野郎のために、おまえの手を汚すことはねえさ」

 下へ続く階段から複数の足音がした。

「閣下!」

 先頭に立って現れたのはログだ。

「こっちは片付いた。リファは大丈夫か?」

「城の兵によって保護されているはずです」

 マークルフは城下を見る。

 そこには行進が止まっていたルフィンたちの部隊がいた。

 その中心の馬車にルフィンが立っており、マークルフの姿に気づいたのか大きく手を振っていた。

「これでルフィンに怒られずにすむな」

 “鎧”が光となり、その光が集まってリーナの姿となる。

 力を失い崩れ落ちるマークルフをリーナとログが同時に支えた。

 やがて、ログの出てきた階段からこぞって部下の傭兵たちが駆けつける。

「隊長! ご無事ですかい!」

「あのゲス野郎は!」

 傭兵たちが武器を構える。

「遅えよ──っていうか、戦いが終わったから来たんじゃねえのか?」

 マークルフがため息をつく。

「いやあ、副長が先に行ってしまったもんで邪魔しちゃ悪いかと──」

「どのみち俺らが来たところで、あんな機械相手じゃ出番ないでさぁ」

 苦笑いする傭兵たちの間からカートラッズが進み出る。

「“勇士”や“騎士”の戦いには付き合っておれんからな。忘れ物だ」

 カートラッズは折り畳んだ車椅子を担いでいた。

 マークルフはリーナたちの肩を借りながら広げられた車椅子に座る。

「ともかく、無事に助け出せて何よりだ。リーナ、頑張ったな」

 マークルフは労いの言葉をかけるが、リーナは急に思い出したようにマークルフに詰め寄る。

「マ、マークルフ様!? 先ほど私は魔物たち相手に何を──」

 自分でも思いも寄らない行動だったためか、いまさらながらに途惑っていた。

「見事だったぜ。皆もおまえの雄姿に感激しているぜ」

 見れば他の傭兵たちはリーナから目を背けていた。

「あ、あの、皆さん。私は──」

「いえ、いいんです! ご自分の身を守るためだったんですから!」

「見た目によらず、えげつないなんてそんなことは思っていませんから!」

「足払いの時にもうちょっとで見えそうだったとか、そんなやましいことは──」

 傭兵たちが口々に答えるが目は逸らしたままだ。

 リーナはマークルフを睨み付けた。

「マークルフ様! また何かやりましたね! あのえげつない足払いはあなた様以外に考えられません!」

 自分の名誉もかかっているのか、リーナがマークルフの眼前まで詰め寄る。

「わ、分かった! 教えてやるから、とりあえず離れろ」

 マークルフは答える。

「まずは深呼吸して落ちつけ。話はそれからだ」

 マークルフに諭され、リーナは深呼吸する。

「そしたら、肩の力を抜け」

 リーナが素直に肩の力を抜く。

 マークルフが不意に右腕を挙げた。

 リーナもそれを真似するように右腕を挙げる。

「──エェッ!?」

 リーナが勝手に動いた右腕を見て驚く。

「これがネタバレだ」

 マークルフは制御信号を纏っていた右腕を降ろした。

「い、いまのは!? 勝手に腕が!?」

「どうやら、俺が制御信号を出して動かしたら、リーナも同じ動きをするらしいんだ。もっとも、おまえが意識していない間らしいけどな」

 もともと《アルゴ=アバス》は制御信号を通してその部位を動かすことも可能だった。 リーナもその影響を受けているのだろうと、マークルフは説明した。

「し、知りませんでした──って言いますか、どうしてマークルフ様はそのことをご存じなのですか!」

 リーナが先ほどよりも大慌てして詰め寄る。

「気づいたのは偶然さ。その後、いろいろと試してそうだと確信した」

「た、試したっていつですか!」

「そりゃ、気づかれたらできないからリーナが寝ている時さ。いやあ、まさか、あそこまでいろいろとできるとは思わなかったな」

 目の前に詰め寄ったリーナから目をそらしながらマークルフは答える。

「な、何をされたのですか!?」

「ええ、まあ、その、ちょっと胸を揉ませてみたりな。いや、リーナの手でだから、全然こっちには感触が分からないから安心してくれ」

「できません!! 他に何をされたのですか!!」

「いやあ、これで刺客から助けたこともあるんだぜ。どうしてもというなら答えんでもないが……さすがに部下の前ではな」

 マークルフは乾いた笑いをする。

 リーナが周囲を見渡すと、興味津々だった傭兵たちが慌てて背中を向けた。

 リーナは顔をこれでもかと紅潮させる。

「も、もう貴方様という人は──」

 怒ろうとしたリーナだが、すぐにその表情が真顔に戻る。

「リファちゃん!」

 リーナの声に慌ててマークルフも車椅子を動かす。

 階段の前にリファが立っていた。

 マークルフたちが気になって抜け出してきたのだろう。リファは何も言わずにこちらの様子を覗っていた。あの快活な少女がここまで元気を失っている姿からも、リファの受けた仕打ちと苦しみが伝わってくるようだ。

「リファ。心配かけたな」

 マークルフが声をかけるが、リファの顔が急に恐怖に怯える。

 その視線の先に顔を上げた太守がいた。

「そ、その娘を殺せ!」

 太守が叫ぶ。

「そうしないと、このトリスに“機竜”が落ちるぞ! いまのうちに始末しないと、そいつが“竜墜ち”を呼ぶぞ!」

 太守がさらに叫ぼうとするが、それよりも早くログの蹴りが太守の顔を蹴り飛ばし、沈黙させた。

 リファの顔が強ばり、マークルフたちの方を見る。

「……男爵さん、いまのは……本当なの?」

 リファが震えた声で訊ねる。

「リファちゃん、よく聞いて!」

 リーナが駆け寄るが、リファはそれを拒絶するように屋上の隅に逃げる。

「お姉ちゃんたちが、あたしにここから逃げろって言ったのは……そういうことだったんだね」

 リファの声に嗚咽がまじり、その目から涙が滲み出す。

「リファちゃん、あなたは悪くないのよ!」

「でも、あたしが全ての原因なんでしょう!」

 リファが泣き叫ぶ。

「あたしが……あたしがいたからこの国がおかしくなったんでしょう!? 兄ちゃんだって苦労することなかったんだ……この国だって“機竜”に怯えずにすんだのでしょう!!」

 リファが手すりから城下を見下ろす。

 民衆に囲まれたルフィンに何を思ったのか知らないが、リファを顔を伏せると反対側に走り始めた。

「待て!」

 飛び降りるつもりだと気づいたマークルフは立ち上がって追いかけようとする。

 だが目の前が霞み、その場に膝をつく。

 その間にリファが手すりを乗り越えようとしたが、その腕をカートラッズが掴んで引き戻した。

「リファちゃん!」

 リーナがリファに抱きとめ、その場に押し倒す。

「お願い! 離して! あたしがいなくなれば終わるんだッ!」

「終わるわけないでしょう! ルフィン君を一人にするつもり!」

「違う! あたしは兄ちゃんの妹でもないの!」

「だったら、それをルフィン君にいいなさい! 勝手に死ぬのだけはダメよ!」

「……だって、あたしはただの──ただの……」

 リファがその先の言葉を言うことができず、その場に泣き崩れる。

「すまん、リーナ……」

 マークルフは何とか立ち上がろうとする。まだ少しだけ余力を残していたはずだが、身体がいままで以上に言うことを聞かなかった。

「リファ……おまえが消える必要は……な……」

 異変に気づいたログたちがマークルフを支えようとするが、その目の前でマークルフは意識を失い倒れるのだった。

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