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帰還と奪還(3)

 ローエンは城に戻ると、すぐにフィーリア王女の居る部屋へと向かった。

 司祭長は王女――“ガラテア”を殺すなと命じていた。

 理由は“機竜”を誘導する目安として“ガラテア”を選んでいたからだ。その手段は分からないが司祭長らが“機竜”の動きを掌握している以上、“ガラテア”を目がけて“機竜”が墜ちてくるのは間違いない。

 “ガラテア”を奪われて計画が妨害されれば、それこそローエンに先はないのだ。

(見ていろ! フィルアネスを盾にするなら、こちらもあの娘の正体を盾にしてくれる!)

 向こうが正当性と大義を武器にするなら、こちらは王家の闇が作りだした“人形”を以て、その正当性を砕く武器にするつもりだった。

「ローエン様!?」

「どけ!」

 護衛の兵士を押し退け、ローエンは部下たちを率いて王女のいる部屋に近づく。

 その行く手の通路の角から、若き女司祭が姿を見せた。

「どうかされましたか、皆様?」

 リーデ司祭が彼らの前に立つ。

 ローエンは思わず足を止めた。本来なら押し退けるところだが、彼女の様子にただならぬ何かを感じたからだ。

「殿下と“最後の騎士”様がご帰還されるというのに、太守様がここにおられてよろしいのですか?」

 リーデに尋ねられ、ローエンは警戒する。

 その立ち振る舞いはいつものように落ちついたものだが、今の非常時においてもやけに落ちついている姿が不自然極まりなかった。

「……どいてもらおう。フィーリア殿下には念のため、安全な場所に移っていただく」

「申し訳ございません。ご存じのように、あの子はいま誰にも会いたくないようです。そっとしてはいただけませんか?」

「そうはいかない。事態が事態なのでな」

「……そう、融通の利かない男ですこと。原因はあなたではありませんか?」

 リーデがいままでに見せたことのない冷笑を浮かべる。

 ローエンが咄嗟に剣を抜こうとしたが、鞘から抜けない。その柄をリーデの右手が押さえていた。

「今度は手刀という訳にはいかないわよ」

 リーデが左手でローエンを払う。

 ローエンは咄嗟に後ろに飛び退くが、胸元の服が大きく切り裂かれていた。

 リーデが左手をゆっくりと降ろす。その手からは光の刃が伸びていた。

「やはり、貴様が仮面の女剣士か!」

 ローエンは血の滲む胸の傷に手を当てる。

「命まではとらないわ。それはフィルアネス王子が決めること。でも、リファを渡すわけにはいかない」

 ローエンを庇って部下の騎士たちが前に出るが、リーデの気迫に押されて斬りかかる事が出来ない。

「おまえはいったい何者だ!? 何が目的だ!?」

 ローエンは騎士たちの後ろに退きながら叫ぶ。

「あなたももう終わりだしね。せっかくだから教えておくわ。わたしはガルフィルスに謀殺された〈白き楯の騎士団〉団長リーデンアーズの忘れ形見よ」

 その名にローエンは目を見開く。

「それだけ聞けば目的は分かるでしょう?」

 リーデが光刃のきらめく左手を構えながら近づく。その凍てついた声は殺気となってローエンたちに突きつけられる。

 緊張に耐えきれなくなった騎士が斬りかかった。それを合図にリーデ司祭と騎士たちが一斉に動く。

 光が一閃し、手足を切り裂かれた先頭の騎士たちがその場に倒れた。

 他の騎士たちもその動きに圧倒され、身動きできないでいる。

「……あの女をここで足止めしろ! 応援をすぐに呼ぶ!」

 ローエンは騎士たちに命じると、自らはその場から逃亡するのだった。



 城の門を警備していた騎士たちは、傭兵たちの集団が近づいてくるのを見て武器を構えた。

「止まれ! 何者だ!」

 傭兵たちが足を止め、その中から何人かが前に進み出る。

 それは傭兵らしからぬ数人の騎士と、彼らに護られた一人の若い娘だ。

 さらに長身の男に車椅子を押された若者が並んで近づいて来る。

 騎士たちが剣を向けるが、それに臆することなく娘が告げた。

「我らはフィルアネス殿下の先触れとして参上しました。至急、ローエン太守殿にお目通り願いたい。これがその証です」

 娘が外套の下から腕輪を取り出す。それは王子が身に付けていたものだ。

 騎士たちもそれを確認すると、指示を仰ぐように騎士隊長を見た。

 警備を任されていると思しき騎士隊長が苦渋の表情を浮かべたが、やがて答える。

「しばし、お待ちくだされ。太守に取り次ぎますので――」

「悪いが待ってられねえ。通してくれ」

 車椅子に座るマークルフは言った。

「しかしながら勝手に通すことは――」

「太守にそう命令されたんだろ? 俺たちはフィルアネス殿下の命を受けて急いでいる。この中にも俺を覚えている奴はいるだろう? 車椅子の奴なんてそうそうはいないからな」

 向こうの騎士たちも何人かが騎士隊長に耳打ちする。

「時間をかけられねえからハッキリ言ってやる。俺たちの目的は太守だ! 向こうが出るのを渋るならこっちから押し通らせてもらう! これはフィルアネス王子の許しも得ている!」

 マークルフは語気を強めた。

「俺も“最後の騎士”の帰還で盛り上がっているところに泥を塗りたくねえんだ」

 騎士隊長たちも返答に窮する。そうしている間にも傭兵たちが一人、また一人と合流してきており、押し通るという言葉も脅しではなくなっていた。

「――お通ししてください。この方々は間違いなく殿下の命を受けられた方々です」

 城門の向こうから若い女の声がした。

 姿を現したのはリーデ司祭だった。

「司祭殿……」

「隊長様、太守様は急用ですぐに出られないようです。この方々については私が責任を持ちます。どうか、お願いします」

 リーデ司祭に頭を下げられた騎士隊長はしばらく考えるが、やがて部下たちに道を空けるように命じた。

 騎士隊長にしても、王子の付き人である司祭に楯突いてまで争いを起こしたくないのが本音だろう。

「ありがとよ」

 マークルフたちはさっそく城門を通って城の中へ向かう。

 その前にリーデ司祭が立った。

 マークルフの車椅子を押していたログも足を止める。

「戻る約束は守ってくれたようね」

 リーデが言った。黙ったままのログとの間に剣呑な空気が漂う。

「あんたの正体はログから聞いた」

 マークルフは割って入るように言った。

「礼は言うが先を行かせてもらうぞ」

「急ぐことね。ローエンは戦乙女のいる地下へと向かったはず。それに最後の切り札を隠し持っているようよ。戦乙女を助けないと返り討ちに遭う危険もあるわ」

「わざわざ調べてくれたのか」

「こちらもガルフィルスの手下が消えてくれた方がせいせいするわ」

 リーデはそう告げると、ログの目を睨む。

「貴方も戦う前に心残りはない方が良いはずよ」

「……行きましょう」

 ログがそう言って車椅子を動かし、彼女の横を通り城内へと急ぐ。

 その後ろにエレナたちと傭兵らも続いた。

「――やはり来たか、血統書付き」

 城内の広間に踏み入るマークルフたち。その彼らの前にカートラッズとその部下たちが現れる。

「よう、蛇剣士。手伝いに来てくれたか」

「どうやら報酬の出るところが変わりそうなのでな。報酬を踏み倒されないように念を入れて一口、噛ませてもらおうと思っていたところだ」

 カートラッズはそう言うが、一緒に入ってきたエレナたちの姿を見て驚く表情を浮かべた。

「ほう、フィルディングの姫と行動を共にしていたのか」

「共同戦線と思って、そっちも協力してくれ。俺たちはリーナを探している。それにリファもだ。どうしているか知らないか?」

「フィーリア王女は太守が一度、連れ去ろうとしたが阻止されたようだ。倒れていた騎士たちを見つけてな。そいつらの口からリーデ司祭の名も出た」

 マークルフたちは振り向くが、すでに城門に彼女の姿はなかった。

 おそらく、もうリーデ司祭として行動するつもりはないのだろう。

「どうやら、向こうも頃合いらしいな」

 マークルフはそう答えると、ログの方を見る。

「姫様の救出が先です。急ぎましょう」

 ログが答えるが、その目は険しい。自らも彼女との対決が近いことを悟っているのだ。

「それで太守の野郎はどこだ?」

 カートラッズが頭上を見る。

「俺たちも太守の行く先を探していたが、三階の太守の居室辺りから足取りが掴めん。おそらく、その部屋か近くに隠し階段か何かがあると見た」

「そうだな。リーナを隠した地下があるとすれば、そこに続く道があるのはだいたい権力者の出入りできる場所だろうな」

 マークルフはエレナの方を向いた。

「あんたはオレフを捜してくれ。司祭長の代わりにここの動きを監視しているかもしれん」

 エレナがうなずく。

「そうさせてもらおう。それがこちらの最優先の目的だ」

「俺はこのままリーナの救出に向かう。ログ、肩当てを装着してくれ」

「ここで肩当てを使うつもりなのか?」

 エレナが怪訝な顔をする。

「さっき使ったばかりで魔力は残り少ねえしな。なに、リーナと合流できれば何とかなるさ。それから、ログ、おまえは城内に残ってくれ」

「一番の戦力である副長を置いていく気か? そなたは何を考えている?」

「俺の予想通りなら太守の切り札は城から脱出できる代物だ。リファの件もある。いざという時の札はいまから仕込んでおかないとな。蛇剣士、すまないがログの代わりを頼む」



 ローエンは地下に続く階段を駆け下りる。

 城からの隠し通路を通り、地下牢のさらに奥にある隠し施設へと向かっていた。

(“狼犬”に最後の騎士、それに仮面の女剣士までが――貴様らのせいで全てが台無しだ!)

 このブランダルクはいずれ司祭長に支配される。

 そのための傀儡としてブランダルクの王を必要としており、ローエンはガルフィルス王がそうなるように動いてきた。

 能力を問わなければ“ガラテア”という闇を抱えるフィルアネスよりはガルフィルス王の方がまだマシだ。

 それに分が悪いガルフィルス王につけば見返りも大きかった――はずなのだ。

 だが“ガラテア”まで奪われてはローエンの戻る先は完全になくなる。

(こうなれば!)



 隠し部屋に軟禁されていたリーナは、近くから“鎧”の装着信号が発せられているのに気づく。

「マークルフ様!?」

 リーナはスカートの裾をまとめて結び上げる。

 軟禁されてからは簡素なドレスしか与えられておらず、少しでも動き易くするためだ。

 だが、その直後に扉が開いて太守が現れる。

「逃げる準備か。まあ、いい。一緒に来てもらおう」

 抵抗するリーナの腕を掴み、太守は彼女を部屋の外に連れ出す。

 そこは円形の天井が広がる空間だった。

 壁には通路や鉄格子の牢が並び、床は石畳ではなくて地面になっている。何かの闘技場のような造りだった。

「私をどうするつもりですか!」

 腕の拘束が緩み、リーナは太守の手を振りほどく。

「それは貴女自身で決めていただく」

 太守が意味ありげに告げた。

「貴女は“戦乙女の狼犬”に従う戦乙女。“黄金の鎧の勇士”が纏う鎧の正体だということも知っている」

 太守が左手の革手袋を外した。甲に古代エンシア文字が描かれた手でローエンは指を鳴らす。

 その途端、隅に置かれていた二つの巨大な木箱が内側から破られた。それぞれから魔物が出現する。

 様々な動物のそれを合成したような醜悪な顔をした魔物が、肉付いた体躯を振るわせながら近づいてくる。生理的な嫌悪感を催す姿だったが、その下腹部に目がいくとリーナは思わず後ずさり、近くの壁に張り付く。

「それは……」

「わたしの趣味とは思わないでいただきたい。これはガルフィルス陛下よりお預かりした護衛用の魔物でしてな」

 ローエンは上を向くと肩をすくめた。

「別の使い道としては女性向けの拷問用の用途もあるそうです。陛下は自分の統治の邪魔をする仮面の女剣士が憎くて憎くて仕方なかったようでしてな。あの女を捕まえればこの魔物を仕掛けろと命じられていたわけです。もっとも、目的の女ではなく貴女に向けることは先ほどまでは考えていませんでしたがね」

 古代エンシアの王女だったリーナにはこのような魔物について教えられていない。この魔物の使われ方がそれだけ悲惨だったということなのだろう。それが時を越えて自分に向けられようとしているのはエンシアに生まれた者への因果応報なのだろうか。

 太守が右手の中指と人差し指を立てた。

「貴女に残された選択肢は二つ。一つは仮面の女剣士の代わりにこの魔物たちの慰み者になるか」

 ローエンは中指を折る。

「もう一つは私を勇士と認めて我が武器となるかだ」

「あなたの武器……」

 その意味が分からずにいるリーナの前で、ローエンは近くの石壁に立つと手を這わせる。そしてそこの石の一つを押した。

 巨大な歯車が動く音がして壁が左右に開く。

 その奥に広がる部屋がリーナの目にも映った。

 そこには人型の大型機械が置かれていた。大きめの胴体に搭乗口があり、両腕部は地面に届くほど大きく、それを太めの脚部が支えている。

 装着型ではなく搭乗型の機械鎧だ。

「そう、これです。“竜墜ち”の際に脱出するために用意されていた、文字通り、わたしの最後の武器です」

 ローエンは魔物に追い詰められたリーナの方に近づく。

「貴女は“鎧”になれる。つまり、その気になればこれにも変化できるということでしょう?」

「私にそれに変身しろと――」

「その通り。貴女の持つ戦乙女の力。このまま無駄にしてしまうのは余りにも惜しい」

「ふざけないでください! 貴方のような人を勇士として認められる訳がありません!」

 追い詰められても尚、リーナは毅然として叫ぶ。

「いつまでもその気高き姿を貫き通せると思わないことだ。我が武器となれば戦乙女として最後まで綺麗な身でいられる。それともあくまで自分が選んだ勇士に操を立てるかね? 確かに“狼犬”もここに向かってきているはずだ。しかし、わたしの願いを拒否すれば、勇士が見るのは魔物たちに陵辱された無惨な戦乙女の姿になるでしょうな」

 あまりに卑劣な手段にリーナは言葉も出ない。

「さあ、選ばれよ。我が武器になってその身を守るか、それともこのまま魔物たちにその身をゆだねるか? どのみち、戦乙女まで“狼犬”に奪い返させる訳にはいかんのだ。さあ、返答をしてもらおう!」

 選択肢などない。

 理由はどうあれ、心の底から勇士と認められない相手の“武器”に身を変えることはできない。それは炎上する館にリファと共に閉じ込められたことで分かっていた。

「……うッ」

 リーナはその場にうずくまると顔を伏せて泣き声をあげた。

「ふッ。ようやく泣き言か。だが、待っているわけにはいかん。早く決めてもらおう」

 それでもリーナはうずくまったまま泣き続ける。

 恐怖に追い詰められているのは本当だ。だが、その恐怖さえも利用して、リーナは泣く芝居をしていた。

 マークルフから感じる装着信号も次第に近づきつつある。

 無様な姿をさらそうが、どんな芝居をしてでも彼が来るのを待つつもりでいた。

 自分もまた命を懸けて芝居を続ける“戦乙女の狼犬”の道連れなのだ。

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