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奪還作戦

「“最後の騎士”として、あのトリスに乗り込むと言うのか」

 マークルフの言葉を聞き、エレナが言った。

「そうだ。トリスには現政府に反抗する者たちが集結しつつある。“最後の騎士”が味方で来てくれたと知れば大歓迎は間違いなしだ」

「そんなことをすれば相手に丸わかりだぞ」

 エレナが反論する。

「分かっているさ。だから、入り込むのに工夫をする」

「どうすると言うのだ?」

「慌てなさんな。いま準備中だ」

 マークルフはそう言うと、休むように目を瞑った。

 エレナがログの方を見るが、ログもマークルフに従うように御者席で、剣に寄りかかるように休む。

 エレナが怪訝な顔をするが、彼女も自分の馬車に戻り休息をとった。

 やがて、見張りの騎士二人が姿を現す。

 二人は一人の少女を連行していた。猿ぐつわをされ後ろでに縄で手を縛られていた。

「何があったのですか?」

「ハッ。こちらに潜り込んできて騒ごうとしたので取り押さえました」

 エレナが馬車から出ると騎士たちに訊ねるが、少女の姿に気づくと眉を潜めた。

「そなた、確かあの時、蛇柄の傭兵隊長と一緒にいた──」

「よう、テトア。待っていたぜ」

 荷台の上にいたマークルフが陽気に言った。

「俺が呼んだんだ。放してくれねえか」

 エレナが無言で指示すると騎士たちはテトアを解放した。

「だ、男爵! 何であたしがこんな目に遭うんですか!?」

 自由になったテトアが半分涙目でマークルフに詰め寄る。

「騒ぐからだろ。騎士さんたちだって一度はおまえの顔を見ているはずだ。騒がずに説明すればそうまでならなかったさ。立ち回りの勉強が足りんな」

 マークルフに軽く流され、テトアは不満そうに黙り込む。

「その娘、貴様が呼んだのか? いつの間に知らせた?」

「傭兵の情報網を甘くみるなよ。俺がこっそりつなぎをとったのさ。実行に移したのはログだがな」

 エレナがマークルフを睨む。

「いや、貴様だな。副長に不審な動きはなかった」

「監視してたのか? 油断も隙もないな」

「当たり前だ。ともかく仲間を呼ぶなら事前に知らせるぐらいしてもらおうか」

 テトアもうなずく。

「そうですよ。こんな怖い人たちがいるなら、一緒に伝達してくださいよ。身体に障るんでしょうけど──」

 テトアが愚痴るが、エレナはそれを聞いて合点の行く表情をした。

「……なるほど、身体に障るほどの暗号か。そう言えば貴様は身体から信号を出せる特異体質だったな」

 エレナに見抜かれ、マークルフは苦笑いをする。

 確かにマークルフはエレナたちの目を盗み、自身の発する制御信号の明滅を暗号としてテトアたちに暗号文を送っていたのだ。

「……ばれちまったじゃねえか、テトア」

「す、すみません! つい、口が──」

「おまえ、後で蛇剣士に伝えて説教だからな」

「ええッ!? どうか、ダンナさんに伝えるのだけは! あの人、見た目はふざけてますけど怒ったらメチャクチャ怖いんですぅ!」

「当たり前だ。蛇剣士はこういうことに一番、厳しいからな」

 エレナがマークルフとテトアの間に割って入る。

「内輪のケンカは後でしてもらおう。それよりも何を企んでいるのか話してもらうぞ」

 エレナに睨まれ、マークルフは咳払いをする。

「テトア、どこまで進んでる?」

「はい。セイルナックさんたちが手配してくれて、男爵の部隊と応援の傭兵部隊もこの近くまで動いてます。いまは男爵の通達待ちです」

「“竜聖”の奴、やるな。テトア、おまえもよく頑張ってくれた」

「ありがとうございます。だったらダンナさんへは──」

「それとこれとは別だ」

「いつの間に、これだけの部隊を動かしていたとはな」

 がっくりしているテトアを尻目に、エレナが訊ねる。

「何があるか分からなかったからな。これから一芝居打つ。派手な芝居は人手がいるんだ」

「よく集まるものだ。それだけ傭兵の神と言われた“戦乙女の狼犬”の名は偉大ということか」

「別に“狼犬”の名で呼んだわけじゃないさ」

 マークルフは肩をすくめた。

「司祭長に負けたら、邪魔な傭兵たちはまず一掃されるからな。俺らだけの戦いじゃねえんだよ」

「自分たちが生きていくためか」

「当然。名誉や使命に命を懸けている奴より、生活が懸かっている奴の方が頼もしいんだぜ。覚えておきな。“戦乙女の狼犬”はあくまで傭兵の二つ名だ。英雄の代名詞ってわけじゃねえし、そんなもんで傭兵は動きゃしねえよ」

 そう言って笑うマークルフを、エレナが見据える。

「何だ?」

「先代の“狼犬”がフィルガス王に叛旗を翻し、貴様がいまでも傭兵たちを動かせる理由を何となく理解できた気がした」

 エレナが少しだけ表情を和らげたように見えた。

「戦乙女がそなたを勇士に選んだのも少し分かるな」

 エレナはそう言うと静かに立ち去る。

 マークルフとログとテトアはその後ろ姿を見つめた。

「ログ、いまのはどういうことだ?」

「褒め言葉でしょう」

「……何かの罠か。悪い予感しかしねえ」

「考えすぎと思われます」

「男爵が素直に褒められること、なかなかないですもんね」

 マークルフに睨まれ、テトアは肩をすくめる。

「いえ、あの、そ、それよりも次の段取りを──」

「そうだった。いいか、トリスに向かう部隊を分割しろ。それから──」



 トリスの城。その謁見の間にルフィンは居た。

 この城に新たな反政府組織の者が集い、その主要な者たちとの顔合わせのためだった。

 それも終わり、ルフィンは一息つく。

「これで主要な反政府組織はおおかた集まりましたな」

 脇に控えていたローエン太守が言った。

「……そうだな」

 ルフィンは押し殺した声で答えた。

 平然と自分の近くに立つ太守の姿に嫌悪を覚えながら、広間の隅に控えるリーデ司祭を見た。

 ルフィンの視線に気づき、リーデがそっとうなずく。

 ルフィンは怒りを堪えたまま静かに立ち上がる。

 あれからリファは部屋にこもったまま出てこない。王としても兄としても何もできないが、それでも反撃の機会が来るのを信じ、ただ待つだけだった。

「これで後は時が来るのを待つだけ」

 太守が自分に言いきかせるように告げる。

「そうだな。少し休ませてもらう」

 ルフィンはそれだけ言うと控え室に戻ろうとする。

 その時だった。

 報告の兵士が慌てて謁見の間に姿を現す。

「どうした? 殿下の御前だぞ」

「し、至急、ご報告申し上げます!」

 兵士が跪く。息を荒らしていることから本当に急いで伝えに来たのだろう。

「“最後の騎士”殿がこのトリスに現れました!」

「何だと!?」

 太守が叫ぶ。

「続けてくれ!」

 ルフィンも玉座に戻るのを忘れ、兵士の前に駆け寄る。

「はい! 騎士殿は傭兵部隊を引き連れ、北の門まで到着しています。殿下との謁見を求めておいでです」

 太守は城の窓から北の門の方を見る。

 そこにはすでに噂を聞きつけた民衆の人だかりが出来ていた。

「本物なのか?」

 ルフィンは訊ねる。

「手の甲に白き楯の紋章がございました。しかし、それが当人かどうか確認がとれません。ここには当時の騎士殿を知る者がおりませんので──」

 ルフィンはリーデを見るが、リーデも困惑した顔を見せる。

 彼女は男爵と“最後の騎士”がこの地に来ることを教えてくれていたが、手段までは分からないようだ。

「会おう。通してくれ」

 ルフィンは言うが、今度は太守が前に立ちそれを制した。

「なりません。紋章など幾らでも偽造できます。それに殿下がここにおわすことをどうやって知ったのかも疑わしい。よいか、その者たちを街に入れることはならん!」

 太守は兵士に命じる。

 その時、また別の兵士が同じように慌てながら駆けつけてきた。

「ご報告します! 西の門に傭兵部隊が現れました。率いる者は“最後の騎士”を名乗り、開門と謁見を求めております!」

「なッ!? 北の門ではないのか!」

「いえ、西の門でございます」

 さらに別の兵士が現れ、報告する。

「たったいま、東の門に“最後の騎士”を連れた傭兵部隊が出現。開門と謁見を──」

「もういい! 黙れ!」

 太守は苛立ちを露わに頭を抱える。

「どうなっている!? 三つの門に同時に“最後の騎士”が現れたというのか!?」

「俺は構わない。三人とも会おう!」

 ルフィンは言った。

「なりません! 奴らが本物という証拠はないのです」

 余計なことを言うなとばかりに太守が苛立って反論するが、ルフィンも退かない。

「ローエン卿! “最後の騎士”はすでに各地で戦っているそうではないか。味方についてくれれば、これほど力強いことはないはずだ!」

「殿下のおっしゃる通りだと思います」

 リーデ司祭がルフィンの横に進み出る。

「“最後の騎士”殿は神女様からブランダルクの守護を託された騎士団の最後の一人。馳せ参じた守護者を王になる者が拒むことは、自らの正当性を否定することにもなりかねません」

 太守は苦渋の表情を浮かべた。

「しかしながら、このような滑稽な事態そのものが罠とし思えない!」

 王子と太守で意見が分かれ、重臣たちでも意見が割れた。

 宮廷が対応に躊躇していると、しばらくして再び兵士が現れる。

「今度はどうした!?」

「はっ! 三つの門に滞在する部隊の間で揉め事が起きはじめました」

 兵士が疲労を隠せない様子で報告する。

「それぞれが他を自分の妨害をする偽者だと訴えており、街の外で小競り合いが始まっています。それぞれが太守様なら自分が本物と分かると主張され、太守様と謁見させろと申されております」

「すぐに止めさせろ! このトリスで揉め事を起こすならば誰であろうと容赦するな! そもそもわたしは最後の騎士の顔は知らん!」

「畏れながら、強引な手段は逆効果でしょうな」

 そう応えたのは隅に控えていた“蛇剣士”カートラッズだ。

「なぜそなたがそこにいる! 傭兵隊長の意見は求めていない。控えてもらおう!」

「待て! 彼を連れてきたのは俺だ」

 ルフィンが毅然として告げた。

 太守が苛立ちの目をルフィンに向けるが、ルフィンはそれを睨み返す。

 戦いはすでに始まったのだ。ルフィンは自分の立場を最大限に利用するつもりでいた。

「傭兵隊長なら、この場はどう収める?」

「殿下ともあろうお方が傭兵などに意見を求めるとおっしゃるのか!」

 太守が反発するが、ルフィンはうなずく。

「傭兵のことを同じ傭兵に訊くことは悪い事じゃないだろう。意見を聞かせてくれ」

 カートラッズは口許の髭をなぞりながら告げる。

「偽者の場合が高くとも、ぞんざいな扱いは民の反感を買うでしょう。特に“最後の騎士”はいま各地で傭兵たちの支持を集めているため、場合によってはブランダルクに残る傭兵たち全ての反発を買うことにもなりかねません。なにしろ傭兵たちの情報網は早いですからな。ユールヴィング男爵がいれば、きっとそう申し上げたでしょう」

「傭兵たちを恐れていては何もできぬ!」

「傭兵たる私が言うのもなんですが、かつてのフィルガス戦争でフィルガス王国崩壊を招いたのは、ルーヴェン=ユールヴィング率いる傭兵たちの反抗でした。王国は傭兵たちを軽んじ、それが英雄の反抗のきっかけとも伝えられている。甘く見るべきではない──と、これも男爵ならそう申し上げたでしょう」

 ルフィンはカートラッズを支持するように隣に立つ。

「確かに男爵ならそう言うだろうな。政府軍との戦力はこちらが不利。傭兵たちが味方についてくれるなら、それに越したことはない」

「しかしながら、私は最後の騎士の顔を知りません。それだけでも向こうがデタラメを言っているも同然でしょう!」

 太守は憤慨するが、カートラッズが困ったように首を傾げる。

「確かに。だが民はそれを知る由もなし。太守殿が自ら出て説明しなければ彼らは納得しないでしょうな」

「ならば、最後の騎士を名乗る者たちだけここに連行させればいい! ここで顔を確認すればよい話だ」

「いまも揉めておるようですから、それは難しいかもしれませんな」

 カートラッズも困ったように言った。

「それに住民たちの意気もかなり高まっております。こうなれば太守殿が部隊を引き連れ、不測の事態に備えながら直接、民に説明されるのが無難と思われます」

 ルフィンも太守に告げる。

「俺からも頼もう。あの騒ぎを収められるのは太守しかいない」

 太守が憤りを込めた目でルフィンを睨む。

 ルフィンも同じ目で太守を睨み返した。

 事情を知らない者が気づかない壮絶な視殺戦の末、太守は拳を震わせながら答えた。

「……承知しました」

 この城を留守にしたくないのだろうが、ここまで騒ぎを起こされ、王子に直々に頼まれては断ることはできなかったのだ。



 民があふれる大通りを太守の部隊は進行していた。

 都市の外で小競り合い中の傭兵たちを止め、“最後の騎士”の真偽を確認するためだ。

 その様子を城の窓からルフィンは見つめていた。

「これで良かったのかな」

 ルフィンが隣に立つリーデに言った。

「そうね。男爵たちは派手に動くことで、逆に太守を自由にさせないつもりでしょう。こうして貴方が太守を動かしてくれたことはその助けになるはずよ」

「でも、俺たちも自由に動けない」

 謁見の間は騎士たちが厳重に警備を固めていた。

 不測の事態に備えて太守がそう命令したのだ。ルフィンと彼に味方する者の動きを封じる意味もあるのだろう。

 あの傭兵隊長も城外の見回りに追い返され、男爵への連絡を頼むこともできない。

「慌てないで。機会は来るわ。それよりも貴方は最後の騎士の顔を知らないわね」

「司祭様は知っているのか」

 リーデは周りの騎士たちの様子を窺いながら、そっと告げる。

「勿論よ。マリアさんも彼の顔を知っている。それにきっとあの傭兵隊長もね」

「あの人も最後の騎士を知っているのか?」

「最後の騎士アウレウスは現在、男爵の副官ログと名乗って生きているの」

 ルフィンは驚くが、同時に納得するようにうなずいた。

「どうりで男爵がブランダルクや最後の騎士のことに詳しかったわけだ」

「あの傭兵隊長も彼の顔は知っているはずよ。いざとなったらあの傭兵隊長も味方にすることね。そして男爵の目的はリーナ姫の奪還。その姫は城の地下の隠し部屋にいるわ」

「リーナ姉ちゃんがそこに──助け出せないのか?」

「そこまでの道のりや警備体制を調べているけど、すぐには難しいわね。派手に動くわけにもいかないしね」

「無事なのかな」

「人質らしいから手荒な真似はされていないでしょう。でも、男爵が動きだした以上、それもいつまでかは分からない。ここからは予断は許されないわ」

「俺はやるよ」

 ルフィンが決意を固めた表情で告げた。

「男爵が戦っているのに、俺ももう黙ってられない。男爵たちにいままで助けてもらった恩を返すんだ。リファの分も一緒に──」

 ルフィンの肩に手が置かれる。

 それは逞しくなったルフィンの姿に微笑むリーデの手だった。

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