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使い捨てられる命(3)

「立ちなさい、ルフィン」

 リーデが言った。

「貴方はここで落ち込んでいる暇はないの。貴方にとってもガルフィルスとの対決の時は迫っているのよ」

 だが、打ちのめされたルフィンは立ち上がることができない。

「ガルフィルスもリファの正体を知っている。いえ、正体を知ったからこそ先代王を脅迫し、その王座を横取りしたのよ。そして抹殺した」

 リファが部屋を飛びだそうとしたが、リーデはそれを捕まえると部屋の真ん中に押し戻した。

「逃げてはダメ。それが真実なの。知らなければまた悪党に付け入らせるだけよ。実際、その子は太守にそのことで脅迫され、酷い目に遭わされようとしたのよ」

「リファ──」

 ルフィンがリファを助け起こそうとするが、リファは背を向けると声をあげて泣く。

「……その子は世に出せなかった王女の身代わりとして用意されたのよ。王女の血の情報を用いているからその風貌は貴方の妹だけど、決して人間ではない。それはごまかしようのない事実なの」

 リーデは再び仮面をかぶった。

「いつ守衛が来るか分からないから一度、退散するわ」

 そう言うと、リーデは部屋を出て行こうとする。

「なあ、リーデ司祭……あなたはいったい何者なんだ?」

「それも後で話すわ。とりあえず、その子の着替えぐらはさせた方がいいわね」

 リーデは部屋を出て行った。

 ルフィンとリファだけが部屋に残される。

「……着替えるね」

 リファはそれだけ言うと、ルフィンの背後でドレスの着替えを始める。

 その様子を背中に感じながら、ルフィンは涙を浮かべた。

(俺はいったい、何なんだ……何をやってるんだ?)

 いくら確かだとしても、リファが妹でもなく、人間ですらないなんて納得できるはずがない。

 そして、リファがそれだけの酷い仕打ちを受けているのに、どうすることもできない自分の無力さが悔しくて仕方なかった。

 自分もまた、その身を引き裂かれ、存在そのものを否定されたようだ。

 やがて、扉の向こうから複数の人の足音が聞こえ、扉が開けられる。

「殿下──」

 現れたのは太守だった。ルフィンがいるのを知らなかったのか一瞬、途惑った様子を見せたがすぐに連れていた兵士を下がらせた。

「……てめえは!!」

 ルフィンは立ち上がると、太守の胸ぐらを掴む。

 だが、太守は必死で腕を伸ばしている少年を冷ややかに見下ろす。

「その怒りは誰のためですかな?」

「ぬけぬけとそんなことを──!」

 太守はルフィンの腕を掴むと強引に引き離した。

「あまり騒がれないほうがよろしいな。これ以上、大騒ぎすれば王女の正体を隠しきれなくなる恐れもある。それよりもあの仮面の女剣士はどこに逃げましたかな?」

 太守がまるでリファへの仕打ちがなかったかのように訊ねる。

「……知らない。勝手にここに置いて行かれた」

 リファはそれだけ答えるが、明らかにその声は怯えていた。

 ルフィンは怒りに我を忘れて叫ぶ。

「ふざけるな!」

 ルフィンが飛びかかろうとするが、リファが慌てて抱きつき、それを止めた。

「やめて! 兄ちゃん! もういいの!」

「よくあるか! こんな奴に──」

「兄ちゃんは王様にならなきゃいけないの! あたしのためにムダにしないで!」

 リファがルフィンの背中に抱きついたまま言った。

「リファ! おまえをそんな目に遭わされて黙っていられると──」

「いいんだよ! あたしは兄ちゃんの足手まといにだけはなりたくないの! この人がいないとガルフィルスと戦えないんだよ!」

「リファ……」

「女剣士はどこかに逃げたようですな」

 太守はその二人の姿を黙って見つめながら立ち去っていく。

 ルフィンは追いかけて部屋を出るが、リファは引きずられながらも腕は離さなかった。

 頑なにリファに止められ、ルフィンも自分でどうすればいいか分からないまま拳を下げる。

 リファはそれを見て、ようやく離れた。

「……ごめんなさい。人形なのに“兄ちゃん”って言ってしまって──」

 リファはそれだけ言うと慌てて部屋に戻り

扉を閉めてしまった。

「リファ!」

 ルフィンは扉を開けようとするが、リファも抵抗して扉を開けさせようとしない。

「“兄想い”ですな」

 太守が言った。

 ルフィンは憎悪の目で太守を睨み付けるが、太守は冷ややかだ。

「恨み言ならいくらでも吐かれるがいい。しかし王になられるならば、いずれはあの娘は切り捨てねばなりません。妹など最初からいなかったと思われることだ」

 ルフィンは歯噛みする。全ての立場を投げ打って殴りかかりたかったが、リファ自身に止められ、それをすることもできない。

「どうかされましたか!?」

 廊下の向こうから早足で賭けてくる気配がした。

 司祭服姿のリーデだ。

「司祭殿か。いえ、賊が潜入した恐れがあり、見回っていたところです」

「賊が!? 王子たちはご無事ですか!?」

「二人はご無事です。なに、間違いの可能性もあるのだが、いまは大事な時ですからな」

 太守が余計なことは話すなといわんばかりにルフィンに視線を向ける。

「分かりました。私も王子をお部屋までお連れします。太守様もお気をつけください」

「お願いしましたぞ」

 そう言って太守は見張りの兵士を残して去っていった。



 リーデ司祭と護衛の兵に連れられ、去っていく王子の姿を太守は振り返って睨めつける。

(しょせん、おまえは王にはなれん。その苦しみすらムダだと分からぬだけ、幸運と思うことだな)

 王子の隣で歩く女司祭の後ろ姿が目に入るが、その姿に一瞬、女剣士の姿がかぶる。

(まさか……な)

 背丈や声、肌から考えられる年代は近いかもしれない。だからそう見えたのだろう。

 近年、政府の邪魔をするかのように現れていた仮面の女剣士だが、最近はその姿を潜めていた。それがいまになって唐突に目の前に現れた。それもまた疑問に思う点だ。

 太守は苦い顔をする。

(考え過ぎか……まあ、いい。このトリスに入ればいずれは死ぬ運命だ。邪魔はさせんぞ。こちらもガルフィルス王に賭けた以上、邪魔な人間は“竜墜ち”と共に消えてもらう)



 ルフィンはリーデたちに連れられ、自分の部屋へと戻る。

 その間、ルフィンはずっと黙っていた。

 女剣士の正体に気づかない太守とリーデの会話は滑稽でしかないが、それに手出しもできない自分が一番の道化だなのだ。

 やがて、ルフィンは自分の部屋に入る。

 リーデも一緒に残ることを兵士に告げた。

 兵士が退出して扉を閉めた瞬間、ルフィンの目から涙があふれる。

「……何もできなかった」

 憤りと悔しさに震えるまま、ルフィンはその場に両膝をつく。

「あんな奴の……言いなりにならなきゃいけないのか」

 ルフィンの悔し涙が床にこぼれる。

「ルフィン、貴方は負けていないわ。早まった事は考えてはダメよ。あんな奴の言葉に支配されてはいけない」

「だけど……俺はどうすればいいんだ?」

 ルフィンは涙に濡れた顔を上げ、リーデに救いを求めるように言った。

「貴方の戦いはすでに始まった。反撃の機会を待つのよ。どうやらユールヴィング男爵が脱出し、ここに戻ってこようとしているらしいわ」

「男爵が!? でも、リーデ司祭がなぜそのことを──」

「わたしにもわたしの戦いが待っていてね。もう一つ、男爵はあの“最後の騎士”を連れているわ。もしかしたら、貴方の力になってくれるかもしれない……目の前に現れたらの話だけどね」

 最後の言い方に含みはあったが、男爵と“最後の騎士”がここに来るかもしれないという情報は、ルフィンの涙を止めるには十分だった。

「覚えておいて。貴方を利用しようとする者は今後も出てくるでしょう。でも、そんな者に振り回されてはいけない。わたしの父は厳格な騎士だったけど、そのためにガルフィルスに利用されて死んだ。貴方にはその二の舞になって欲しくない」

 リーデがその顔をしかめる。

 それだけで、いまのルフィンと同じような悔しさを彼女も経験してきたのが分かった。

「司祭様のお父さんってどんな人だったんだ?」

「そうね、もう教えてもいいわね。わたしの本当の名はアデル。父は〈白き楯の騎士団〉最後の騎士団長リーデンアーズ──」

 ルフィンは驚きに目を見開く。

「父様は敵の連合軍に包囲された騎士団と運命を共にした。その首を狙う多くの敵兵と戦い、最期に自刃したと言われるけど、それが本当かはもう確かめる術もない。ただ、はっきりしていうのは無念の中、最期を遂げられたということだけよ」

 ブランダルクと周辺国の休戦後、リーデンアースは王の許しなく騎士団を動かし壊滅さえた戦犯とされ、その一族郎党も国王によって罪に問われたと言われる。

 だがリーデンアースは国民の信頼も篤かった人物であり、その後の“最後の騎士”の襲撃もあって、反発を恐れたガルフィルス王の追及もいつの間にか有耶無耶になっていた。

「ガルフィルスは自分の失態をごまかすためだけに死者である父様を糾弾した。そのくせ、自分の身に降りかかりそうになると、ころっとそれも諦めた……その程度の男のために父様は全てを犠牲にしたのよ」

 リーデが無念の表情を浮かべた。

 その気持ちがいまのルフィンには痛いほど伝わってくる。

「……話が逸れたわね。わたしが貴方の傍にいられる時も残り僅かよ。わたしにも戦いの時が来たの」

「リーデ司祭は……何をする気なんだ?」

「いずれ分かるわ。でもね、この命と引き替えになると思う。そして、その後には貴方の戦いが続くでしょう」

 リーデがその表情を和らげる。

「わたしの力はね、本当の自分の力じゃない。神女様の御力を借りているに過ぎないのよ」

 リーデはそう言って悲しげに微笑んだ。

「わたしは悔しかった。いままで父様や周りの人たちに護られていただけで、その人たちの仇をとりたいと願っても、何もできなかった──」

「でも、いまは強い力があるじゃないか」

 ルフィンは言った。いまの自分に神女の化身と呼ばれるだけの剣があれば、きっとあの太守を倒していただろう。

「でもね、やっぱり借り物なのよ。いまでも自らを鍛えれば良かったと後悔している。でもね、貴方には貴方の力があるわ」

「……俺に力なんて──」

 リーデがルフィンの肩を強く叩いた。

「いいえ、貴方は紛れもなく王家の後継者。貴方に味方する人たちがここに集結しようとしている。その数は少なくても、この地にはガルフィルスに代わる新たな王として望む国民も大勢いるわ。それが貴方の力よ。貴方がそれに応えようとする限り、それは決して飾り物ではないわ」

「……でも、俺にはリファを助けることもできない」

「あの子がどうするか、それを決めるのはあの子自身よ。貴方はこの国の王として起つことを考えなさい。貴方の戦いはこの国の将来を願う全ての人の戦いよ。貴方はその人たちの分まで代わりに諦めるの?」

 ルフィンは俯き、拳を握る。

「そうよ。貴方は以前、司祭長の手先に追い詰められた時、“竜墜ち”を止めるために男爵から“心臓”を抉り取ろうとした。その時に教えられた覚悟を思い出すのよ」

 彼の中にまだ抗う意志が眠っていることを感じたのか、リーデはルフィンの頬に手を添えた。

「わたしも最後まで貴方とこの国のために戦うわ。だから、貴方が背負う人々の願いの中にお父様とわたしの分も入れてちょうだい」

 ルフィンはしばらくリーデの瞳を見つめていたが、やがてこくりと頷いた。

「ありがとう。男爵にもお礼を言わないといけないわね」



「あの都市に“機竜”を墜とそうとしているのか、司祭長は──」

 朝日に照らされた城塞都市トリスの遠景を見つめながら、エレナが言った。

「そこに反政府派が結集しようとしている。それの殲滅も兼ねてさ」

 エレナの背後に馬車が駐まり、その荷台にマークルフはいた。

「逆に司祭長がガルフィルス王よりもフィルアネス王子を選ぶことはないのか」

「それはなくなったかもな。反抗する俺とつながりのある王子をわざわざ選ぶとも思えん。無能でもガルフィルス王の方がまだ手懐けやすいと考えるかもな。どちらにしてもトリスが“竜墜ち”の舞台にするのは変わらないはずだ。地形的には一番、“機竜”の骸を管理しやす場所だろう」

「多くの民を犠牲にしても、あの場所が欲しいわけか」

「理由がまだある気もするがな」

 マークルフは司祭長との会話を思い出す。

 司祭長も住民を無理に犠牲にしたいとは思っていないらしい。逆に言えば、そうしてでもこのトリスに“機竜”を堕とすことにこだわっていることになる。

「いずれにしろ、ここからはすんなりとはいかぬだろうな」

 街道から外れた森に身を隠した一行は斥候を送り、その様子を探らせていた。

 やがて、その斥候が帰還する。すぐにエレナの前に現れ、跪いて報告する。

「どうでしたか?」

「はい。先日、事件があった影響で都市へ入る検問が厳しくなっています。向こうに気づかれずに入るのは難しいでしょう」

「やはり、俺たちが来るのを警戒しているようだな」

 マークルフが言った。

「こっちはリーナが捕まってる。俺の目的がリーナの奪還なのは向こうも承知だ。派手に動いて人質にされては身動きがとれなくなるな」

「しかし、侵入するにも警備は厳しいぞ。その身体では隠密行動もできはしまい」

「そうだな。なら別の手を打つまでだ」

「どうするつもりだ?」

「もっと派手に殴り込む」

 エレナが思わず怪訝そうな顔をした。

「何を考えている?」

「相手だってリーナをこっそりと捕まえているからな。派手に騒いで人質を使う機会を封じるのさ」

「上手く行くのか」

「成り行き次第だが、時間もねえ」

 エレナはしばらく考えていたようだが、やがて頷く。

「分かった。そなたの案に乗ろう。しかし派手に動くとしてもどうする? まさか堂々と名乗り出るつもりではあるまいな」

「さすがにそれはできんな。だが、ここに適役がいるじゃねえか。ブランダルクでは知らない者はいない有名人がな」

 マークルフはログに目を向け、不敵な笑みを浮かべる。

「出番だ。おまえの十八番、“最後の騎士”役をまた演じてもらうぞ」

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