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使い捨てられる命(2)

「……“人形”?」

「聞かせてやろう。十五年前、先代王妃は双子を出産された。一人はフィルアネス王子。もう一人はフィーリア王女──いや、そう名付けられるはずの娘だった」

 太守が言った。

「当時、国中が双子の殿下の誕生を待望していた。政府もそれを王家のさらなる安定のために宣伝していた。だが実際に誕生した時、王家は厳しい選択を迫られた」

 太守がリファを見下ろす。

「本物のフィーリア王女は重度の先天的障害をもって生まれたのだ」

「障害って、あたしは何もそんなものないわ!」

 リファは食ってかかるが、太守が涼しい顔を向ける。

「当たり前だ。おまえはその本物の王女の身代わりとして生み出されたのだからな。〈ガラテア〉シリーズ、製造ナンバー二六四三。それがおまえの本当の名だ」

 リファにはその意味が分からず、ただ太守を警戒する。

「口で言っても理解はできないか。これも貴重な魔力を使ってはいるのだがな」

 太守は懐から小さな照灯を取り出すと、それをリファに向けた。

「これは貴様の正体を明るみにする時のために用意されたものだ」

 照灯の光がリファを照らす。

「振り返ってよく見るといい」

 リファは恐ろしい予感をしながらも背後を振り向いた。

 光に照らされ、壁に自分の影が浮かんでいる。その影の中に薄い光の文字が並んでいた。

『王城の地下、フィーリア王女の贋作として作られし人形』

 文字はそう記されていた。

 光が消え、影も消える。

「おまえが作られた時、製造した科学者たちが残していたものだ。後々、権力闘争に利用されないための用心としてな」

 リファは愕然として何も言葉が出てこない。

 信じがたいが同じような光を前にも見たことを思い出す。

 そう、男爵の部下である女科学者エルマと最初に出会った時、同じような照灯で自分の目を覗いていた。

「……なん……で?」

 リファがようやく絞り出した言葉は、ただ一言、疑問の言葉だった。

「当時の王と重臣たちはこう考えた。ブランダルクは伝統を重んじる。血筋に問題があると見なされるのは貴族としては致命的な事態だった。それに問題自体は母方の血筋が要因らしいが、同じくして生まれた王子の血も間違いなく問題視されてしまう。王家自体はまだ若い。フィーリア王女の存在は王家の立場すら危うくするものだった。しかしながら、双子の誕生を宣伝してしまった手前、王女の存在をなかったことにもできない。死産として葬るにしても、障害を負って生まれた事自体は隠し通せない──追い詰められた先代王たちは苦肉の策をとった。偽者を用意することだった」

 それが自分──頭が考えることを拒否するなか、それだけをリファは理解する。

「ただ、それも難しかった。王家は特徴的な赤髪をしており、似たような風貌の子供を探す時間がなかった。だから王城の地下にある古代文明の施設を利用した。そこにはエンシアの遺産が残されており、そこに〈ガラテア〉シリーズの胚も残されていた。それと王女の血を用いておまえが造り出され、フィーリア王女の身代わりとされたのだ」

「……だって……あたしは……普通にごはんだって食べるし……怪我したら、血だって流れるし……」

 リファは必死に突きつけられた事実を否定しようとする。

『──君は人として長く生きすぎた』

 だが、いまになって謎の声が言っていた意味を理解してしまう。

 絞り出していた声もかき消えてしまった。代わりに出てきたのはどうすることもできない理不尽への涙だ。

「ようやく理解したか」

「……あたしがいたのなら……王女は……どうなったの?」

「生まれて間もなく亡くなった。理由までは知らないがな。先天的に長生きできなかったらしいが、おまえが作られたのだから当然、必要なくなり──」

「……うあぁ……ああ……わあぁああッ!!」

 リファは頭を抱えてその場にうずくまる。

 思い出の中にある父王や侍従たちの優しい姿が全て否定されていくことにリファの心は耐えられなかった。

「褒めてやろう。そういう所は人間よりも人間らしい」

 太守はリファに詰め寄ると右手でその首を掴み、寝台へと押し倒した。

「まったく頃合いをみて本物の人間の子供にすり替えればよかったのだ。だが、先代王は娘の面影を真似たおまえを手放すのが惜しかったらしい。それに贋作製造の秘密を知る重臣たちも、王を自分たちの思うように動かす道具としては必要だったようだ。だから、おまえはそのままフィーリア王女として生かされた。おまえは人の愚行に生かされてきたんだよ」

 太守が左手でドレスの肩口を引きはがす。

 リファは腕を動かそうとするが、太守がその腕を押さえつける。

「言っておくが死のうと思うなよ。貴様が死ねばおまえの真実は全て世間に公表される。そうなればフィルアネス王子の立場がどうなるかな? 国民は正しい王を求めている。神聖視された双子の存在を冒涜し、先の王家の闇に塗れた王子を果たして認めるかな?」

 リファの脳裏に浮かんだのは人々の期待を背負って頑張ってきた兄の姿だった。

 誰も知らないところで重責に悩み、苦しみ、それでもこの国のためになろうとする兄の姿を誰よりも知っているのは、他でもないリファなのだ。

「この国の凋落のきっかけはおまえだ。おまえには死ぬ権利すらないことをその身に刻んでおけ」

 太守が左手を離し、リファの胸元に這わせる。

「人形とはいえ、ドレス姿の王女というのは面白い趣向よ」

 リファはもう何も考えられなかった。

 人間としての尊厳も、存在すらも否定され、それに抗うことすらも許されない。

 そして兄を王とするために多くの人が力を尽くし犠牲になってきたが、その元凶が自分だったのだ。

 自分にはもう、何が許されるのかすら分からなかった。

 このまま嬲り者にされることも自分の役目なのか──

 その時、扉を何かが貫いた。

 それは光を纏った剣先だ。

「な、何だ!?」

 太守は慌てて身体を起こした。

 鍵の部分を貫いた剣が引き抜かれ、扉が開く。

 そこに立っていたのは身軽な装束を纏い、顔を仮面で覆った女剣士の姿だった。

「さすがに見るに堪えないわね」

 仮面の女剣士はそう言うと部屋へと踏み込んでくる。

「貴様はッ!? どうやってここに──」

「答える義理はないわ」

 女剣士は左手を構えると後ろに突きつける。

 彼女の左手から伸びた光の刃が伸びていた。背後の空間に点々とした墨が浮かんでいたが、光刃はその中心を貫いていた。

 光刃が消えると何かが床に倒れる音がした。床で一瞬、紅く何かが光ったがすぐに霧のように消える。

「死んだら消滅する、透明な魔物──目印を付けてくれて助かったわ。申し訳ないわね。ガルフィルスから預かっていた貴重な魔物をダメにしちゃって」

 女剣士が冷ややかに告げる。

 太守はリファを羽交い締めにすると自らの盾とした。

「女剣士! 何が目的だ?」

「王女に手を出そうとする狼藉者退治。それで十分でしょう?」

 女剣士が躊躇することなく右手で剣を突く。

 その剣先はリファの耳を掠め、太守の喉許に突きつけられていた。

「手を離しなさい。死にたくなければね」

 太守の腕が離れ、リファがその場にくずおれた。

「まだよ。質問があるわ。“狼犬”が連れていた姫君はいまどこにいるの?」

 太守は返答を渋るが、剣先が首の脈に当たられる。

「答えなさい。手を滑らさないうちにね」

「……城の地下だ」

「不十分よ。地下のどの辺り?」

「ち、地下牢の奥に使われなくなった空洞がある。そこの隠し牢だ」

 女剣士の左の拳が太守の鳩尾にめり込む。  身体をくの字に曲げた太守の首筋に、女剣士は持つ剣の柄を叩きつける。

 太守はあっけなく昏倒した。

「さすがはガルフィルスの腹心だけあるわね。殺したくなるぐらい反吐が出るわ」

 女剣士がリファを見る。

「立てるかしら?」

 だが、リファは放心したまま立ち上がろうともしなかった。

「仕方ないわね」

 女剣士はリファを脇に抱え上げる。

「前みたいに抵抗しないの? 太守に仕返しする気もなくした?」

 リファは答えようともしない。

 仮面の裏でため息をついた女剣士がリファを連れて部屋を出て行った。



(城の地下か)

 リファを通して太守の言葉を拾っていたオレフが目を開く。

 彼は夜の闇に隠れるようにしながら、城の尖塔の屋根に立っていた。

 都市を囲む街壁の向こうに、“聖域”の外郭である山岳地帯の稜線が広がっている。

 オレフは再び目を閉じると交信を試みた。

 相手は司祭長だ。

『──オレフか』

 司祭長側の思考を声として受け取る。司祭長側の制御装置は機能を凍結されたが、“複製”側から同調することで交信は可能だった。

『助けられたな、感謝する』

『いえ。しかし、これからどうされます?』

『変更はない。能力が封じられようが、わたしの権勢までが奪われたわけではない。そちらの負担は増すが頼むぞ。最長老の刺客も“狼犬”と共に狙ってくるはずだ。気をつけてくれ』

『かしこまりました。こちらは太守がくだらない真似をしていますが、計画に支障はありません。引き続き監視を続けます』

 交信を終えようとしたオレフが遠慮がちに司祭長に訊ねる。

『今後、システィア様への連絡はいかがいたしますか?』

『珍しいな。そちらから訊いてくるとはな』

 ブランダルクに呼ばれたためにいまはできないが、オレフは司祭長と娘の連絡役も務めていた。

『いえ、システィア様も猊下の身を案じておられたのを思い出しましたので──』

『そうか。だが、いまは正念場だ。その件はこちらでする。気を遣う必要はない』

 オレフは交信を終え、街を見下ろす。

 “竜墜ち”が迫っていることも知らず、街は静かに眠っていた。

 血のつながりすらない人形でありながら、周囲に王女として知られた娘。

 そして血のつながりがありながら、それを周囲に隠して生きる娘。

 互いに知ることのない正反対の両者が共にこの地の運命を、この街の人々の運命を翻弄している。

(誰かの命のために、誰かの命が利用される──いや、俺も人のことを言える立場ではないな)

 オレフは景色をゆっくりと見渡す。

 どこかでエルマたちは潜んでいるはずだ。

(科学は実験のために多くの命を使い捨ててきた。俺もそれに加わるだろう。その結果を君が生かしてくれることを望む。世界を救う理論を完成させ、実践できるのはきっと君しかいない──)



「まだ戻ってこないな」

 リファの部屋でルフィンは待っていた。

 リーデ司祭の計らいで、リファと久しぶりに話をすることになったのだ。部屋に閉じこもっていたリファだが、司祭の説得で話をする気になってくれたらしい。

 司祭に頼まれて人払いをし、司祭がリファを連れて戻ってくるのを待つ。

 ここ最近、リファと向かい合っていなかったことを反省し、どうやって妹を迎えようか考えていた。

 やがて、扉が開いた。

「やあ、リファ──」

 久々に兄妹として振る舞おうと明るく振り向いたルフィンの前に現れたのは、あの仮面の女剣士だった。

 女剣士は脇にリファを抱えていたが、リファはルフィンの姿に気づくと明らかに動揺を浮かべた。

「兄……ちゃん──」

 リファは慌てて逃げようとするが、女剣士は強引にリファを部屋の真ん中に放り投げる。

「リファ!? どうしたんだ、その姿は!?」

 ドレスの破けたリファの姿にルフィンは慌てて駆け寄るが、リファは拒絶するようにその場にうずくまった。

「それに何であんたがいるんだ! リファにいったい何をした!」

 ルフィンはリファを庇いながら女剣士に向かって叫ぶ。

「取り返しのつかない目には遭っていないわ──身体はね。でも、心はもう貴方の知る妹には戻れないでしょう」

 ルフィンはリファの身体を抱えて強引に上を向かせる。

 リファのいつも明るかった目は生気を失い、ルフィンとも視線を合わせようともしない。

「どうしたんだ、リファ!? 兄ちゃんに言ってみろ! 何があったんだ! 教えてくれ!」

 リファはルフィンの懸命な呼びかけにも顔を伏せて拒絶しようとする。

「……その子は貴方の妹ではないわ」

「やめてッ! いわないでッ!!」

 リファがルフィンを突き飛ばして女剣士にしがみつこうとする。

 だが女剣士はリファを軽くいなすと、腕を後ろに捻り上げて取り押さえた。そしてリファのあごに手をかけ、その表情がよく見えるようにルフィンへと向ける。

「よく見なさい、ルフィン。この子はフィーリア王女ではない。作り物よ」

「やだッ、お願いだから言わないで! おねがいだからぁ──」

 リファが叫ぶが、女剣士の手がアゴを持ち上げて懇願を封じた。

「そして聞きなさい、ルフィン。この子はフィーリア王女の血を元に造り出された古代技術の人造生命体〈ガラテア〉。それが彼女の正体よ」

 女剣士が宣告するように言うと、リファの目から涙が流れる。

「……ふ、ふざけるな! 訳の分からないことを言うな! リファが〈ガラテア〉とか、いったい何を言ってるんだ!」

 リファの態度と涙に不穏な何かを感じつつも、ルフィンはそれを否定するように叫ぶ。

「そうね。仮面の女剣士の言葉は信じられないわね。だったら、貴方にここに来るように言ったリーデ司祭の言葉なら信じるかしら?」

「何でそのことを──」

 女剣士がリファを離すと自ら仮面を外した。

 その素顔にルフィンもリファも愕然とする。

「……リーデ司祭……そんな……」

 ルフィンは訊ねようとするが、動揺のあまり言葉が続かない。

「時が来たのよ。真実を知る時が──」

 素顔になったリーデが静かに告げる。

「ルフィン、いま言ったことは全て本当よ」

 今度こそはっきりと宣告され、全身から力が抜け落ちたルフィンは膝から崩れ落ちる。

「……ごめん……知らなかったの……あたしも……知らなかったの!」

 突きつけられた事実を理解しきれないルフィンの目を見て、隣にいたリファが床に伏せて泣き出す。

 双子たちの中で信じていた世界が、一夜にして全て崩れ去ろうとしていた。

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