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使い捨てられる命(1)

 ルフィンは自分の部屋にいた。

 寝台に横たわり、上に飾られた天蓋を見つめている。

 扉が遠慮がちに鳴った。

「まだ、起きているかしら?」

 リーデ司祭の声だった。

 ルフィンは返事をすると、起き上がって自ら扉を開ける。

「ルフィン、ごめんなさい。起こしてしまったかしら?」

「いや、大丈夫だよ」

「少しだけお話しさせていただきます」

 リーデは見張りに立つ騎士たちにそう告げると部屋に入る。

 反政府組織に身を置き、王子たちの保護者として行動していたリーデはルフィンと自由に面会することを許されていた。

「どう? ここの生活には慣れた?」

 ルフィンが寝台に腰掛けるのを見て、リーデが訊ねる。

「正直言って、あんまり慣れない」

 ルフィンが気落ちした面持ちで言う。

「仕方ないわね。でも、各地を転々とする生活はもう終わり。これから貴方はこの国の上に立つ王として、ガルフィルスとの対決が待っている」

「分かってる。皆、そのために活動してきたんだしさ。でも──」

「リファとユールヴィング男爵様たちのことね」

 ルフィンはうなずく。

「俺は男爵のことを何も助けられなかった。リファにも愛想を尽かされてしまったし……何なんだろうな、俺って飾りでしかないんだなって考えてた」

 ルフィンがうなだれる。

 リーデは近づくと、その肩に手を置いた。

「しっかりしなさい。いまは何もできなくても、いずれ貴方自身で決断して動く時が来るわ。その時までに自分をもっと強く持たないとね。男爵様の姿を見て貴方もそれを教えられたんじゃないの?」

 ルフィンは顔を上げる。

「自分が飾りと嘆くなら、なおさらよ。飾りじゃないと訴えるだけでは貴方の立場は変わらないわ」

 リーデはその場にしゃがむとルフィンと視線を合わせる。

「私もいつまでも貴方を助けてあげられるわけじゃない。もちろん、この国のため、貴方のために力は尽くすつもりよ。でも貴方の傍にいられる時ももうないかも知れない」

 リーデがルフィンの頭に手を載せた。彼がまだ幼い頃、よくしてもらっていた慰めの仕草だ。

 その懐かしい仕草が、なぜか無性に寂しく感じられた。

「……司祭様もいなくなっちゃうのか?」

「貴方はこの国を建て直す新たな王になるのよ。一介の司祭がずっといるわけにはいかない。貴方が独り立ちしてくれることが私の望み。誰よりも貴方に望んでいる事よ」

 リーデは立ち上がった。

「覚えておくのよ。神女様は決して貴方もブランダルクも見捨ててはいない。きっとその加護が貴方にあるわ。これからどんなに辛いことがあるとしても──」



「準備するから待っててよ」

 リファは気合いを入れると、衣装棚からドレスを取り出す。

 さすがに城から逃げるとなれば、部屋にいるような夜着のままではいかない。ドレスは窮屈だが仕方がなかった。

「……着替えるから覗かないでよ」

『そのつもりはないが、覗いていない証明もできない』

「いいから、どっか向いていればいいの」

 リファはさっさと着替える。

「準備できたわ」

『ならば、ここを出る前に墨と筆を持っていけ』

「何で? 何か書き置きするの?」

『すぐに解る』

「何でもかんでも後で解るって、あたしは子供のお使いじゃないのよ」

 リファは反論するも机に置いてあった書状用の筆と墨瓶を手にする。それとは別に、何かあった時の護身用の懐刀も持って行くことにした。

 リファは扉を開けて外の様子を確かめる。

 夜中だが、部屋の前に見張りはいない。

 リファは部屋を抜け出すと、巡回の兵士に見つからないようにリーナが幽閉された部屋へと向かう。

『君の警備は厳重ではないな』

「この階まで来る不審者なんていないんじゃないの? それにあたしは兄ちゃんのおまけみたいなもんだしさ。放任主義ってやつだよ」

『いや、普通ならもっと厳重のはずだ。おそらく君をすぐに利用できるよう、太守がそう手配しているのだろう。やはり信用できないな』

 言っている意味は分からないが、どうやら謎の声は太守が嫌いらしい。

 やがて、リーナがいる部屋の前に到着した。

「ここも見張りはいないわね」

『いや、そこに立っている』

 謎の声が告げたが、リファの目には薄暗い通路しか見えない。

「どこにいるの? 見えないけど?」

『そう見えない相手だ。筆を墨につけて前に振ってみろ』

「ええ? 誰かがここに来たの分かっちゃうじゃんか」

『リーナ姫と君が逃げれば済む話だ』

 リファは半信半疑ながら、その通りにしてみる。

 振られた筆から墨の滴が飛ぶが、扉近くの空中で止まった。空中で墨だけが点々と浮かんでいる。

「なんで!?」

『扉の横に魔物がいて、その肌に付いたんだ。この魔物は光に透けるから視認しにくい』

「じゃあ、前にあたしたちが来た時も──」

『そこにいた。下手に扉をこじ開けようとしてたら排除に動いたかもしれんな』

 リファは息を呑む。

「でも、あんたはなぜ知ってるのよ?」

『あれは“被験体”と呼ばれる半機械の魔物だ。そういうのは把握できる』

「……なんかさ。あんた、あたしを魔物と同じ扱いしてない?」

『同列にはしていないが、否定はしない』

 リファは無言の抗議をするが、相手には通じていないだろうからすぐに止める。

「どうするのよ?」

『魔物はこちらで大人しくできる。君はまずリーナ姫がいるか確かめろ』

 謎の声を信じていいのか疑問だったが、リファは扉を軽く叩いた。

「お姉ちゃん。リーナお姉ちゃん?」

 リファはそっと呼びかける。だが返事はない。

「……いない?」

『やはりな。すぐに逃げた方がいい』

「そんな……ここまで来て?」

『リーナ姫は別の場所に移された。それでも魔物がいる時点で罠だ。すまないが、これ以上は干渉できない』

「え!? どういうこと!?」

 その途端、空中に留まる墨の滴が動いた。

 逃げだそうとしたリファの両腕を見えない何かが掴み、彼女を捕まえる。

「ちょっと、魔物を抑えるんじゃないの!?」

 リファは謎の声に訴えるが、向こうからの返事はなかった。



 明け方近くになり、マークルフたちはトリスに向かっていた。

 エレナの部隊に同行する形で、その後を司祭長から奪った馬車で進む。

「少し揺れますが、お身体の方はいかがですか」

 御者席で馬車を動かすログが声をかける。

「気遣いはいらねえさ。快適な旅は最初から期待していない」

 重傷の身体を毛布に包まれながら、マークルフは答えた。

 彼はログのすぐ後ろ、柵にもたれるようにしながら荷台を陣取っていた。

「この不自由ももうすぐさ。上手くいけばエルマたちが回復させてくれる」

「それですが、エルマはどのような手段を講じているのでしょうか?」

「詳しくはまだ話していなかったな。膨大な魔力で“心臓”の機能を限界まで引き上げるらしい。単純だが確実な方法だ」

「その通りかもしれませんが──いまのお身体を見ても、すでにかなりの無理をされているのでは?」

「安心しろ、祖父様のような支障は出ていない」

「いまはそうですが、エルマの用意する手段を使えば──」

「確かに、俺自身の耐用年数がどこまで残るか分からんな」

 マークルフはあっさりと答えた。

 ログが懸念しているのは“心臓”の酷使が肉体の限界を早めることだ。

 古代の強化装甲は使用負荷が大きく、装着者は肉体を次第に蝕まれる。

 “心臓”が装着者の命を支えるのは戦闘のためであり、装着者自身の健康や余命を計算に入れることもない。

 《アルゴ=アバス》を数えるほどしか使用していない祖父も晩年、はっきりと肉体に後遺症が出て苦しんでいた。

 急激な蘇生を行えば必ず肉体に支障が出てくるだろう。

「贅沢は言えんさ。“機竜”と戦ってあの空の向こうから墜落したんだ。生きているだけでも奇蹟と思わんとな」

「……リーナ姫に隠し通すのも限界かも知れませんね」

「あいつは俺の言うことを信じているからな。まったく、俺がどういう奴が分かっているくせに俺の嘘を素直に信じるんだからよ……本当に騙しがいのない奴さ」

 マークルフの声が重くなる。

 リーナはいまも自分の“鎧”ならマークルフの負担は少ないと信じていた。しかし、度重なる“鎧”の使用は確実にマークルフの肉体に負荷を与えているのだ。

 “鎧”の力が必要だったとはいえ、彼女を騙して結果的に彼自身の命を削らせているのだ。それがリーナに知られた時、彼女がどのような反応をするかはマークルフにも予想できない。だからこそ、それだけは騙し続けていたかった。

 しかし、それも時間の問題となるだろう。肉体に障害がでればリーナだって嫌でも気づくのだ。

 ログが手綱を無言で操る。

「それよりも。エレナ嬢には言ってなかったが、おまえに伝えておく重要な話がある。絶対に驚く話だから表情を変えるなよ。まだ向こうに怪しまれるな」

「何でしょうか?」

「リファ──フィーリア王女のことだ」

 マークルフはリファの素性について話した。

 彼女が本当の人間ではなく、本物の王女の身代わりとして生まれた人造生命体〈ガラテア〉だという事。

 彼女の秘める膨大な魔力が“機竜”を引き寄せており、マークルフの復活にもその魔力が必要だという事を──

 ログは黙って聞いていた。背中を向けているので表情は分からないが、さすがに驚いているはずだ。

「エルマも確かめていることだ。間違いないだろう。何か思い当たることはあるか?」

 マークルフは訊ねる。

「……先代王妃が双子を御懐妊されたことは当時、国中に知れ渡っていました。祝福の対象である双子が王家に誕生することはこのうえない慶事でした」

 ログが昔の事を思い出すように答える。

「ただ、先代王妃の出産は日をまたぎ、とても難産だったという話です。初産で双子ですからそれは予想されましたが、国中が心配しました。結局、無事に出産されましたが、国民へのお披露目も時間がかかりました。それから王妃は身体を悪くされたのか表に出ることがなくなり、早くにお亡くなりになられています」

「その時だったかもしれんな。リファがフィーリア王女と入れ替わったのは──」

「出産時に何かあったという事ですか」

「おそらくな。その時にガルフィルス王は立ち会ったのか」

「いえ。不測の事態が予想されたという理由で、立ち会えなかったと思います」

「逆に言えばガルフィルス王に知られたくない事態だった。後にそれを知られて奴にその事実を利用された可能性もあるな」

 マークルフはいつも兄を励ますリファの姿を思い出す。

「全てのきっかけがリファだとしたら報われないな。あいつは兄貴たちの役に立ちたくて頑張っているからな」

「エレナ殿にはお話ししなくてよろしいのですか」

「必要になれば伝えるつもりだ。その時、俺ができない状況ならおまえから伝えてくれ」

「承知しました」

 ログがただ、それだけ答えた。

「……なあ、ログ。この戦いが終わった時にはお互い、無事ではすまないかもな」

「そうですね。閣下にもしもの事があった場合、わたしが“心臓”を受け取る約束でしたが、それもできないかもしれません」

「その時は“心臓”を誰に渡すか、大公の爺さんとリーナに選んでもらうか」

 マークルフは景色の向こうにそびえる山岳地帯を見つめる。

 “聖域”の外縁を形成する稜線から朝日が顔を出していた。

「その必要がなくなればいいがな。リーナには苦労をかけてるからな。俺の分まで悠々自適の生活を過ごさせてやりたいよな」



 リーナのいた部屋の扉が開いた。

 見えない手に捕まったリファはそこから部屋の中へと放り投げられる。

「あいたッ!?」

 床に倒れるリファの背後で扉が閉じられる。

「やはりな。来ると思っていましたよ」

 顔を上げたリファの前にいたのは太守だった。

「な、なんでそこにいるの!?」

「逆に伺いましょう。なぜフィーリア殿下がここにいらっしゃるのですかな」

 最低限の丁度品が揃った部屋の真ん中で太守がリファを見下ろす。

「……リーナお姉ちゃんはどこよ!」

 リファは立ち上がった。こうなったら言い逃れはできない。

「彼女は別の場所に移ってもらいました。なぜか簡単にこの場所が見つかってしまったものでしてね。どうしてか、教えていただければ助かるのですがね?」

 太守がリファの前に迫る。どうやら妖精たちの存在には気づいていないようだ。

「うるさい! ともかく、リーナお姉ちゃんと男爵さんを解放しなさい!」

「それはできませんな。もっとも男爵は司祭長が連行していったので、こちらでどうこうできはしませんがね」

 リファは後ずさりをすると持っていた懐刀を取り出す。

「物騒ですな。そのような物を手にされてどうするおつもりか?」

「リーナお姉ちゃんを解放して! さもないと兄ちゃんが黙っていないわよ!」

 太守が失笑する。

「貴女はご自分の立場がよく分かっていないようだ」

「分かってるわよ! いくらあたしが兄ちゃんのおまけ王女だとしても──」

 リファは手にした短剣でドレスの胸元を自ら切り裂く。

「……何をされるか?」

「あたしが酷い目に遭いそうになったとすれば兄ちゃんだって黙ってない! 太守のあんただって無事じゃすまないわよ! それが嫌なら大人しくリーナお姉ちゃんを離せ!」

 睨み付けるリファを太守は睨み返す。だが、やがて肩を震わせて笑い始める。

「なるほど、騒ぎを大きくして戦乙女を隠し通せぬようにしようという魂胆か。まったく、考えのない小娘の浅知恵には困らされる」

 太守の表情が変わった。少なくとも慇懃無礼だった態度に侮蔑の眼差しが加わる。

「自分の立場を分かっていないのは救いがたいな」

 太守が手刀でリファの手から懐刀を叩き落とす。そしてリファの胸ぐらを掴み上げた。

「な、何を──!?」

「殺さなければ問題はないということだからな」

 太守がリファを投げ飛ばした。破れかけたドレスが大きく引き裂かれ、リファは寝台の上へと倒れる。

「あ、あんた! こんな真似をしてあたしが大人しくなるとでも──」

 憤りに声を荒げようとしたリファだが、太守の姿に思わず息を呑む。

 太守の目はもはやリファを王族と──いや、同じ人間とも見ていなかった。同じ人間相手なら見せることのないどす黒い情動がその瞳の奥に浮かび上がっていた。

「よくできておるわ。まあ、〈ガラテア〉が製造された理由にはそのような用途もあったらしいからな」

 見下ろす太守を前に、リファは本能的に自分の肌を隠す。

「そろそろ、自分が使い捨ての道具でしかない事を教えてやろう」

 太守が一歩近づく。

「──“人形”よ」


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