一族の娘
ログを間に挟む形で、司祭長と若き娘が対峙していた。
(あの娘は――)
彼女が近づいたことで、ログはよりはっきりと彼女の表情を確認する。
どうやら司祭長と面識があるらしい。ならば相手の力を知っているはずだが、それでも臆することない姿は自負と気高さを感じさせた。
「――そこの者。そなたはユールヴィング男爵殿の副官だな?」
娘が尋ねる。
「……貴女がたは?」
「ユーレルン=フィルディングの孫、エレナです。男爵殿はどうされている?」
ログはその名を思い出す。
マークルフから伝えられていたフィルディング一族の最長老の名だ。“機竜”との決戦に挑む前に会うとは聞いていた。“機竜”を破壊できなかった場合の危機を伝えるためだ。
その若き令嬢がこの地にいるのは、きっと最長老の思惑なのだろう。
そして、それだけ一族にとっても差し迫った事態なのだと考えられた。
「今になって、わたしを止めに来たのかね?」
司祭長が口を開く。
「はい。貴方は制御装置の保持者です。ですが、あの時は本当に貴方の内部に埋め込まれていると確信できませんでした」
「慎重だな。確かにわたしは制御装置の移植をしばらく保留していた。今の戦いを見てようやく確信できたということか?」
「その通りです。その保留していた理由も見当がつきました。トリスで起こった騒動もすでにこちらに伝わっています」
「――そうかね」
エレナと司祭長が相手に向かって同時に右手を翳す。
エレナの前にいた騎士が放たれた衝撃波の盾となって弾き飛ばされた。
同時に司祭長も跳躍し、機械人形たちの後ろに着地する。
「何かしようとしているな。だが瞬時には発動できないと見た!」
ログの目にはエレナが司祭長の胸――おそらく制御装置を埋め込む位置に右の掌をかざしたように見えた。それで制御装置に何かを及ぼす意図を司祭長は見抜いたのだろう。
エレナの顔に焦りの色が浮かぶ。
護衛をやられ、狙いに勘づかれた動揺を隠しきれないようだ。聡明な娘らしいが、戦いでの勘や駆け引きには未熟な点が見て取れた。
機械人形が動いた。
司祭長が左手で衝撃波を放つ。
エレナの前に別の騎士たちが盾となって立ちはだかった。
しかし、向けられたのは衝撃波だけではなかった。
跳躍した機械人形二体が円形に折り畳み、衝撃波で弾き飛ばされていた。
衝撃波で騎士たちが弾き飛ばされ、入れ替わるようにエレナの前に球形の機械が迫る。
司祭長に手を向けようとしていたエレナは逃げることができなかった。
「――ッ!?」
エレナの眼前で展開する機械人形の一体に、投げつけられた剣が突き刺さる。
真紅に輝く魔法剣が鉄人形の胸を易々と貫いていた。
もう一体が人型に展開してエレナに腕の刃を向けるが、司祭長の狙いにいち早く気づいたログはその前に駆けつける。
逆手に握る左の小剣で人形の刃を受け流すと、倒した人形から魔法剣を引き抜き、そのまま掬い上げるように薙ぎ払った。
司祭長の前で真っ二つに崩れ落ちる機械人形。その後ろでエレナが右手を向けて構える。命を狙われつつも彼女は自らの行動を止めていなかった。
足許に倒れる人形が手を伸ばして彼女の足を掴もうとし、司祭長もその場から飛び退こうとする。
それよりも早く、エレナの右手が何かを握りつぶすように閉じられた。
「――これは!?」
司祭長が跳躍に失敗し、膝をついた。予想外に力が入らず体勢を崩したようだ。
「これが一族の総意です」
エレナが宣告するように言った。
「貴方の持つ制御装置の権限は“凍結”されました」
司祭長が苦渋の表情でエレナを見る。
エレナの妨害をしようとした足許の機械人形も停止していた。
ログはエレナから引き離すように蹴り飛ばすが、半ば損壊した人形はピクリとも動こうとしない。
状況が一変したのを見た護衛兵らが司祭長を包囲し、エレナの騎士たちと今にも斬りかからんばかりに睨み合う。
「ログ殿。お礼を言います。おかげで司祭長の力を止めることができました」
エレナがログを見て言った。
「しかしながら、その腕を見込み、もう少しだけ手を貸してもらいたい。司祭長の身柄をこちらで拘束します。“竜墜ち”阻止に関しては目的は一緒のはずです」
確かにいまがこの地を牛耳る司祭長捕獲の最大の好機だろう。
ログは自らの剣を握り直すことで承諾を示した。少なくとも現状では最長老は敵対する相手でないと判断した。
「……やはり、老は切り札を隠し持っていたか」
司祭長が立ち上がった。得心するように苦笑していたが、自らの力を封じられた動揺は見られない。
「ユーレルン老が“機神”の制御装置の一つを隠し持つことは知っていた。他の制御装置を持つ者を監視するためであり、自らは利用しない立場を貫くために装置の権限は最下位だったらしいが――やはり、それだけではなかったのだな」
司祭長は追い込まれた状況でも冷静さを崩さなかった。
「“機神”の奪い合いを避けるため、それぞれの制御装置は権限の順位が明確にされている。上位の権限を用いた命令を下位の者が覆すことはできない。だが、それでも上位者が暴走する危険は残る。それを想定した安全装置――それが君が所持する制御装置の隠された機能なのだろう」
「これ以上、一族は貴方の動きを看過できないということです。こちらからも尋ねたいことがあります」
「何かね?」
「こちらで調べた限り、貴方が制御装置を継承してから、それを体内に埋めるまでに期間がありました。適合失敗を恐れたとも考えましたが、そのような人物とも思えません。私はその間に制御装置を研究させていたと結論しています――貴方は一族の禁忌に手を出したのではありませんか?」
返答の拒否を許さぬ姿勢で、エレナが司祭長を見据える。
「すでに答えは出しているのだろう? そうとも。わたしは制御装置の“複製”を作らせた」
エレナの横で話を聞いているログは訝しむ。
フィルディング一族は“機神”を利用する術を隠し持っている。それが複数の制御装置であり、これを一族内で配置することにより一族自体の統制にも利用している――マークルフをはじめ、ログたちもそう考えていた。
だが、“複製”の存在はその統制を乱すものになるはずだ。
司祭長がエレナを睨み返す。
「一族はそれをもって“機神”を利用しているが、逆にそれが“機神”に魅入られた一族の呪縛でもある。君もそうは思わないかね?」
「……呪縛を断ち切るためなら禁忌に手を出すのはある意味、必然ということですか?」
「そう考えたから、君は“複製”があることに気づいたのだろう?」
同じフィルディング一族の二人は相手の思惑を読み合うように視線を結ぶ。
ログもやり取りを見守るなか、エレナが再び尋ねた。
「その目的は? 研究は進めていたとはいえ制御装置の複製は技術的に至難の業のはず。下手をすれば肝心の制御装置そのものをダメにしてしまう危険もあったはず。そこまでして複製を作りだしたのは――」
「わたしの目的に必要だったからだよ。同じ権限を持つ者同士が相反する命令を与えれば、“機神”は命令を遂行できずに拒否する。いまや最上位の権限を持つわたしたちでそれを行えば、わたしたち自身も含めて誰も“機神”を動かすことはできなくなる。わたしへの拒否権を持つ同格者を用意することで、“機神”を無力化するのもわたしの目的の一つだ」
「貴方は“機神”を支配するつもりはないと――」
「利用はするかもな。だが頼みはしない。わたしが一族を掌握したとしても“機神”があれば反旗を翻す勢力は必ず現れる。それに君がしたように非常時の対抗策があっても不思議ではない。そういう力に頼るのはわたしの好みではない。そもそも人の権力争いに神が出張るものでもあるまい」
「そのためなら複製を作る危険も冒した。そして、その複製を持っているのはオレフという学者ですね?」
司祭長が肩をすくめた。
「隠しても仕方ないな。君は“複製”の力も封印するつもりか?」
「無論です。ですが、まずは貴方に協力していただきます」
「わたしを人質に使うつもりかね?」
「どのような計画でも中心は貴方です。貴方がいなければ何も動かない。部下を無駄に犠牲にしたくなければ協力を願います」
「確かに“最後の騎士”もそちらに付くとなると、こちらの勝ち目は薄いな」
司祭長が顔を上に向けた。そして不敵に笑う。
「だが、それは遠慮させてもらうよ。あいにく、わたしは寝相が良い方でね」
意味は分からないが挑発じみた言葉に、エレナは警戒する。その気配が配下の騎士たちにも伝わり、騎士たちも臨戦態勢に移る。
唐突に突風が渦巻いた。
ログもエレナもそれが何の予兆かに気づき、慌てて空を見上げる。
遙か空の向こうから高速で飛来する巨大な姿があった。
“機竜”だ。
前に見た時よりもさらに地上に近づいており、鋼の巨体を詳しく確かめることもできる。全身の装甲が破損し、内部機構まで露出している箇所もあった。
遥か天空で行われた決戦の激しさを連想させずにはいられなかった。
「軌道計算がずれている……こんな時にここに!?」
エレナが焦りを隠せず、司祭長を睨みつける。
「やはり、貴方が“機竜”を裏で操っていたのか!」
「このような時のためにも“複製”は必要だったのだよ」
司祭長がほくそ笑む。
“機竜”の影が地上にいる者たちを包み、そして通り過ぎた。
「同志の救援が来たようだ」
“機竜”が過ぎた上空から幾つもの鉄球が周囲に降り注ぎ、地面に落ちた。
鉄球が展開し、鋼の骸骨へと変化する。
「あれは――〈竜牙兵〉か」
エレナが口にする。彼女も“機竜”の尖兵については知っているようだ。
さらに骸骨たちが降ってくる。
ログたちの頭上からも一体が降下し骸骨の姿をなるが、動く前にログの剣が骸骨の頭蓋を粉砕した。
それでも骸骨は動きを止めず、後ろに飛び退くと速やかに頭部が再生する。
降下した骸骨は全部で五体だ。
司祭長の護衛を含めればエレナの部隊の数を若干、上回るだろう。
ログは〈竜牙兵〉の姿を確認していたが、やがて自分たちが不利な立場にいることを悟った。
「……エレナ姫、撤退を進言します」
ログは剣を構えつつ、戦うつもりでいるエレナに言う。
「何故です? こちらも精鋭を揃えています。そなたも含めれば戦力はこちらが上のはず。司祭長を捕らえるこの好機を逃すわけには――」
「ご覧ください」
ログは剣先で再生した骸骨の腹を示した。
「〈竜牙兵〉は魔力がある限り、再生します。その魔力は肋骨として備蓄されており、再生の度に肋骨は消えていくのです」
エレナもログの指摘する意味に気づき、毅然とした表情が苦渋に歪む。
再生した骸骨の肋骨はどこも欠けていなかった。
「おそらく、魔力をどこかで供給され続けています。このままでは再生の止まらない〈竜牙兵〉と戦うことになります」
司祭長が鷹揚にうなずく。
「さすがは“最後の騎士”よ。歴戦の剣士だけに鋭い戦況の判断だ。これで形勢逆転というやつだ」
司祭長の部隊の前で〈竜牙兵〉が列をなして構える。
「エレナ姫よ、一つだけ尋ねよう。君を殺せばわたしの封印は解けるのかね?」
「それに答えるとお思いですか?」
司祭長の問いにエレナは辛辣に答える。
「いや、君を殺しても封印は解けそうにないな。君は若いが老の代理人として申し分のない姫君だ。だが、一族の使命に気負い過ぎて一つ失言をしてしまったようだ」
司祭長は指摘するように右の人差し指をエレナに向けた。
「『一族の総意』による封印だ。おそらく封印解除にも同じ一族の総意とやらが必要なのだろう」
エレナは無言だった。下手な言葉は相手の利になると警戒したのだろう。
「どうやら封印を解くには一族全てを倒して総意とやらを反故にするしかないようだ」
司祭長が言った。
「おそらく安全装置の使用には残る装置保有者の承認が必要と見た。保有者全ての情報を把握しているのはユーレルン老だけだからな。いざという時に老だけが扱える条件とやらを考えたらそう思い当たった」
エレナは表情を変えない。
だが、間近にいるログの目には微かな動揺が見てとれた。
「“狼犬”とわたしの力は奪われたが、老の手の内は見えた。次は上手くいくと思わないことだ。わたしもこれからの戦いには全てを懸ける。わたしの力を封印したところで、わたしの戦いを止められはしない」
エレナが両手を握りしめる。
「……撤退します」
エレナの苦渋の決断に騎士たちは反論することなく、エレナの身を護りながら撤退を始めた。
司祭長たちからの追撃はなかった。
向こうも総力戦による損失は避けたかったのだろう。
騎士たちに守られ、馬車に乗り込むエレナだったが、ログは一瞬だけ、彼女が無念の表情を見せたのに気づくのだった。




