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奪還

 牢の扉が開いた。

 床に寝ていたマークルフが顔を上げる。

 目の前に立つのは司祭長ウルシュガルと仮面をつけた護衛の兵たちだ。

「気分はいかがかな、男爵?」

 司祭長が薄く笑いながら訊ねる。

「……悪くはねえな。寝相が悪くても安心して眠れる」

 両手足を枷で拘束されたマークルフも同じく笑い返す。

「そうかね。十分に休ませてあげたいところだが、わたしも王城に戻ることになってね。君も招待することになった」

「一足先に逃げるつもりか」

 司祭長がトリスに“機竜”を墜とすことを思い出し、マークルフは睨みつける。

「君も助かるのだから問題なかろう」

 司祭長が指を鳴らした。

 背後にいた兵が進み出る。

 彼らは石棺らしきものを担いでいた。

「少々手荒な護送で身体に障るかも知れんが、許してくれたまえ」



 リファの居る部屋の前に侍女たちが立っていた。

 リファは昨日から部屋を出ることなく閉じこもっており、城内で働く侍女たちもどうするべきか困っていた。

 やがて侍女たちが通路の脇に退き、恭しく頭を下げる。

 主である太守ローエンと王子ルフィンがやって来たからだ。

「昨日から部屋に籠もりきりらしいが、様子はどうかね?」

 ローエンが侍女に訊ねる。

「はい。朝の食事は受け取られましたのでお身体が悪いとは思えませんが──」

「俺が話をする」

 ルフィンが前に出ると扉を叩いた。

「リファ、俺だ。起きてるんだろ? 返事をしてくれ」

 ルフィンが言うが扉の向こうからの返答はない。

「入るぞ」

 鍵がかかってないのを確かめ、ルフィンは扉を開けた。

 リファは寝台で寝ていたが、ルフィンと太守の姿を見ると、毛布の中に潜り込んでしまった。

 「リファ、どうしたんだ? 調子が悪いのか? 医者を呼ぼうか?」

 ルフィンが寝台の前に立ち、訊ねる。

「……いらない」

 毛布の中からそれだけ返事があった。

 見れば脇に置かれていた食事はしっかりと平らげている。体調に問題はなさそうだ。

「顔ぐらい出せよ。どうしたんだ、いったい?」

「……寝てるだけ」

「ずっとか?」

 返事はなく、ルフィンは静かにため息をついた。

 マークルフが消息を絶ってから、リファは外部を拒絶するようになっていた。

 ルフィンや太守たちが彼を見捨てたと思っているのだろう。

 ルフィンも王子の立場があるからこそ何とか割り切って堪えているが、裏表のないリファにそれを求めることは難しいのだろう。

 だが、目の前で見ているとそれだけだはないようにも思えた。勘ではあったが──

「リファ、何か隠しているんじゃないのか?」

 外にいる人間には聞こえないようにルフィンは訊ねる。

「別に隠してない」

 毛布の中で少しだけ身じろぎし、リファが返事をした。

「そうか? 俺にはそう見えるけどな」

 返事はないが、やはり何かを隠していることを確信する。

「おまえの言う通り、俺はダメな王様にしかなれないかもな。でも、リファまでがダメになることはない。文句ならちゃんと俺に言ってくれ。相談ならリーデ司祭やマリアさんだっている──後でおまえまで守れなかったと後悔させられるのだけは止めてくれ」

 リファからの返事はない。

「殿下。いろいろありましたからお疲れなのでしょう。いまは静かにお休みいただきましょう」

 ローエンがルフィンに言った。

「……俺も男爵やリーナ姉ちゃんが死んだとは思ってない。どんな形でもいつかは恩を返したいと思ってる。これは本当だ」

 ルフィンはそれだけ告げると、ローエンの待つ部屋の外へと出て行く。

「すみません、リファが迷惑をかけて」

「いえ。難しい年頃です。それに政についてはこれから学ばねばなりません。いまぐらいはそっとしておきましょう」

 ローエンはうなずく。

「ルフィン、リファの様子はどうでしたか?」

 二人の前にリーデ司祭がやって来た。

「うん、あいつなりに大変なんだと思う。司祭様、あいつの力になってあげてほしいんだ。お願いします」

「分かっているわ。私も頃合いを見てリファと話をしてみましょう」

「リーデ司祭、よろしくお願いする」

 ローエンはそう言うと、一足先にその場を立ち去った。



(やっぱり双子か。兄ちゃんにだけは隠し事してるって気づかれちゃったか)

 一人になったリファは毛布から顔を出す。

 環境に慣れずに単に引きこもっていると思わせたつもりだが、ルフィンだけは騙しきれないようだ。

 リファが部屋に籠もっているのはリーナ姫救出の準備のためだ。

 いつ妖精さんたちが来るか分からず、それに行動するのは夜中になる。そのためにも休んでおかねばならなかったのだ。

(双子──か)

 双子は文化と歴史によって様々な扱いを受けてきた。

 ある地では神の遣いとされ、別の地では不吉の象徴とされ、さらに他の場所では育てる手間が倍以上になると受け止められる。

 このブランダルクでは双子は──特に男女の双子は祝福の対象だった。

 伝説の神女に最初に従ったのは男女の双子であり、神女が姿を消す最後の時まで、彼女の双肩として戦ったという。

 そしてブランダルク初代王の妃も双子だった。

 王妃は神女に従った双子の末裔であり、その兄もまた〈白き楯の騎士〉の一人として混乱に陥っていた騎士団を建て直し、騎士団中興の祖と讃えられた。

 ブランダルクの歴史には男女の双子が関わっている。そのため、先代王リアフィルスに男女の双子が生まれた時、新たな歴史を紡ぐ者として当時の国民から盛大な祝福を受けたと言われている。

(ご先祖様たちに比べて、あたしは何もできない──何が歴史を紡ぐ双子よ)

 リファはまた嘆いていた。

 妖精達はいまだに戻ってこない。

 何か事情があるのだろうが、このままリーナ姫が近くに囚われていると分かっていて何もできないのがもどかしくて仕方なかった。

(……兄ちゃんも同じように思っているのかな)

 次期国王に担ぎ上げられ、一人で重責を負っているのだ。それに男爵たちを今も心配しているのは本当だろう。

 生まれた時からずっと自分を見守ってくれ、だからこそ役に立ちたいと思っていた双子の兄のことなのだ。リファにもその辛さは分かるつもりだった。

 ルフィンは動けない。なら、自分がリーナを助けるしかない。

 何かあれば自分が責めを負うつもりでいる。ルフィンにも迷惑はかけてしまうだろうが、全ては“竜墜ち”を阻止し、兄が王となるべき国を守るためだ。

(男爵さんのことで酷いことを言ってごめん──いつも苦労ばかりかけさせて本当にごめんね、兄ちゃん)



 ローエンは立ち去る途中、一度だけリファの部屋の方を振り向く。

(気づいておらぬと思っているのか、“人形”よ)

 振り向いた先でリーデ司祭と視線が合う。

 司祭は静かに頭を下げた。

 ローエンも会釈すると去っていく。

 来るべき“竜墜ち”に備えて準備することがあったからだ。



 司祭長ウルシュガルは近衛兵と共にトリスを出立していた。

 馬車は二台あり、兵たちが護送している。

 一台は司祭長の乗る馬車であり、もう一台は荷台に石棺を乗せていた。

 石棺には厳重に鎖が巻かれ、怖ろしい災厄を封じているかのようだ。

 トリスを離れ、舗装された街道を進んでいく。

 やがて目の前に河が迫り、そこを横断する橋へと差し掛かろうとしていた。

 馬車が止まる。

 橋の手前に一人の男が待ち構えていたからだ。

「何をしている? そこをどかぬか」

 先頭の一人が男を退かそうと前に進むが、その足が止まる。

 男が腰の剣を抜いたからだ。

 護衛兵が外套を脱いだ。仮面の兵が一斉に剣を抜く。

「待ちなさい」

 馬車から声がして兵たちが動きを止める。

 馬車から司祭長が自ら姿を見せて地面に降り立つ。

「いきなり剣を抜くとは穏やかではありませんね。話があるなら聞かせていただきましょう」

 乱入者にも穏やかな態度で接しようとする司祭長だが、その目は男を静かに捉えていた。

「ウルシュガル司祭長とお見受けした」

 男の声を聞き、司祭長の表情が不敵なものに変わる。

「その声……やはり“最後の騎士”か」

 男──ログは柄を握り手に力を込める。

「思い出すよ。あの時、大神殿に乱入した君の雄姿とガルフィルスの慌てふためく姿をな。ようやくブランダルクの影の主役がお出ましになったか」

 司祭長は護衛兵を盾にしながらも、逃げることなくログと対峙する。

「ここに来た目的は何かね? ガルフィルスよりもわたしの首を狙う気かな?」

 ログは答えず、剣を構える。

「その石棺を確かめさせていただく」

「問答無用か。男爵の側近に凄腕の副長がいたが、やはり貴公だったか。“戦乙女の狼犬”も良い部下を持ったものだ」

 そう言うと同時に司祭長が掌を突き出す。

 その気配を呼んでいたログが飛び退くと同時に足許の地面が見えない力で爆ぜた。

 ログは体勢を立て直すと剣を再び構える。

「……自ら戦うか」

「わたしの部下も腕は立つが、それでも君の相手は荷が重そうなのでな。むざむざと部下を斬らせることもあるまい」

 司祭長の命令で護衛の兵がその場からゆっくりと退き始める。

 ログが踏み込んだ。

 衝撃波を警戒して護衛の兵に隠れる位置を選んでいたが、その盾がなくなる前に先手に打って出た。

 護衛の兵たちが咄嗟に阻止に入る。

 間合いに入った瞬間、ログの斬撃で先頭の兵の仮面が舞った。

 その隙を狙って別の護衛が剣で斬りかかるが、ログはそれをかいくぐって相手の懐に飛び込む。逆手で腰の小剣を抜くと、それで身を翻しながら相手の腹に突き刺す。

 司祭長が右手を上げた。

 ログは護衛を突き飛ばし、彼の身代わりに衝撃波に弾き飛ばされる。

 ログは護衛の手から飛んだ剣を空中で掴むと、それを司祭長に投げつけた。

 左手を上げようとした司祭長は意表を突かれ、飛んできた剣から咄嗟に身を躱す。

 その隙にログは司祭長との間合いを詰めていた。

 ログは剣で一閃するが、その斬撃が届く前に司祭長は真上に跳躍し、馬車の上に着地する。

 その常人離れした動きに驚くログだが、すぐに仰け反る。

 馬車の側面を貫いて出現した刃がログの眼前を掠めた。

 同時にログは剣の魔力を発動させて馬車を貫く。馬車の中に潜んでいた機械人形が飛び出そうとしたが、ログの剣に貫かれて機能を停止した。

 ログは剣を抜くと魔力を無駄に使えないためにすぐに発動を止める。

「ほう、面白い剣を持っているな。刃の通らぬ機械相手ならと考えたが、少し考えが甘かったか」

 司祭長が馬車の上から見下ろしながら告げた。

「それにさすがは“最後の騎士”だな。惜しむらくは貴公の力を完全に理解できるほど戦いに慣れていないことか」

 司祭長の声は命のやりとりを前にしても冷静だ。

「しかし、わたしがいなくなれば情勢は混乱に陥るがそれは構わないのかね?」

「ならば命があるうちに退いていただきたい」

 ログは再び剣を構える。

「分かっておるよ。その石棺にユールヴィングがいると確信しているのだろう。その情報がどこから漏れたか気にはなるな。貴公を捕まえて確かめたいところが、生け捕りは厳しいか」

 馬車の御者台の下から機械人形が板を突き破る。

 さらにもう一台の馬車の中からも同じ機械人形が飛び出した。

(古代文明の対人制圧兵器──司祭長が動かしているのか)

 司祭長自身の力。そして機械を動かす魔力と操作能力。全ては謎だ。強いていえば“機神”に近い能力だろう。

 だが、ログも“機神”の存在に抗う“狼犬”の腹心だ。そのような力にいまさらながら臆するつもりはなかった。

 護衛の兵たちは遠巻きにしていた。司祭長の戦いを邪魔しないと同時にログを逃がさないためだ。

 司祭長が手を振った。

 二体の機械人形たちが動いた。その手から刃が伸び、ログに襲いかかる。

 ログは魔法剣を発動し、一体を狙って薙ぎ払う。その左腕を切り落とすが本体は逃れ、その間にもう一体がログの前に着地して腕を振り上げる。ログは仰け反り、腕の刃を眼前にやり過ごすと蹴り押した。軽量設計の人形は後ろに飛ばされるが、その間に片腕のもう一体が入れ違いに間合いに踏み込む。

 ログは蹴り飛ばした反動そのままに後ろに倒れるとそのまま地面を転がる。先ほど自分が倒した護衛兵の腹から自分の小剣を抜くと、機械人形が振り下ろした腕の刃を受け流す。その隙に魔法剣で機械人形の腹を貫き、そのまま横に薙ぎ払った。

 魔法剣から魔力の光が消えると同時に機能停止した機械人形が倒れる。

 だが、その間に新手の機械人形が出現し、ログを前後から挟み撃ちする形で立っていた。

「機械人形の動きについていくとはな。馴れぬことはするものではないな」

 司祭長が冷静に告げる。

 機械人形の身体能力は軽く人間を超えている。だが、それを動かす司祭長とログの戦闘技術に隔たりがあるため、ログを捉えきれないでいる。

「なら、こちらの得意な戦いに持ち込ませてもらう」

「──ッ!?」

 司祭長が再び手をかざした。

 目の前に立つ機械人形もろとも衝撃波がログを襲う。

 機械人形は瞬時に球形になることで衝撃波から身を守り、ログだけが弾き飛ばされた。

 受け身を取るが後方の馬車まで地面を転がり続け、ようやく起き上がる。

 その間に機械人形の一体がログの真上に飛び上がっていた。ログは横転して着地する機械人形から逃れた。反撃に移ろうとしたが、それより先に球形になった機械人形を司祭長が拾い上げてログに投げつけた。球形はログの目の前で人型に展開し、覆い被さるように目の前に迫る。

 ログは魔法剣で目の前に機械人形を突き刺し、そのまま横にいる機械人形に叩き付けた。

 二体の機械人形がからまって倒れるが、その間に司祭長が再び衝撃波を放った。

 ログは再び吹き飛ばされるが、身構えながら後ろに跳ぶことで衝撃の威力をできるだけ殺していた。だが、背後に馬車の荷台があり、ログはそれに叩き付けられるとその場にうずくまる。

「すでにわたしが衝撃波を放つ動きを読んでいるか。まったく〈白き楯の騎士〉とは恐るべき者だな。ガルフィルスの最大の罪と功績は、最も優れた騎士団を壊滅させた事と、恐るべき敵を葬ってくれたことだ」

 司祭長の前に機械人形たちが立ち上がる。

 ログは立ち上がった。

 衝撃を浴び痛む身体を動かし、荷台を支えに立ち上がる。

 荷台に載せられた石棺に目を向けるが足がもつれ、荷台を轢く馬に寄りかかって身体を支える。

「足をくじいたか──捕まえろ。“最後の騎士”が手中に落ちたことを公表し、いまの傭兵たちの機運を止めねばならん」

 護衛兵たちが包囲を狭めはじめた。

「そうは……いかない」

 ログは立ち上がると果敢にも司祭長へと向かって行く。

「それはさすがに過信だな!」

 手をかざそうとした司祭長の表情が変わった。

 石棺を載せた馬車が勝手に走り始めたのだ。馬は命令なくば近くで戦闘があろうと動かないはずの馬なのだ。

 そして、ログが左手の革手袋を外しているのに気づいた。

「──そういうことか!」

 司祭長が狙いを馬車に変えようとするが、ログが目の前に迫りそれを断念。機械人形たちを盾にしてログから逃れた。

 機械人形を間に挟んで対峙するログと司祭長。

 その間にも馬車は信じられない速さでこの場を離れていく。

「貴様、“神馬”を喚んだか」

 ログの真の狙いを知った司祭長が初めて苛立ちを見せる。

 石棺を運ぶ馬には“神馬”が宿り、マークルフを奪還させた。

 仮面の女剣士──アデルが神馬の支配権をまだ自分に戻していないのを確かめ、最初からそれを目的に司祭長たちに戦いを挑んだのだ。

「最初から囮になるつもりだったのだな」

 司祭長と機械人形、そして護衛兵の包囲の真ん中でログもまた初めて薄く笑みを浮かべた。

 司祭長は自嘲し、だがすぐに真顔になる。

「しかし、こうなれば貴公も逃がすわけにはいかぬな。生きて虜囚になるつもりもあるまい?」

「はい。ですが約束があるので──ここからは生き残るために戦わせていただく」

 そして右手に剣、左手に逆手の小剣を構える。その姿はまだ戦う余力が十分であることを示していた。

「つまらぬ芝居に騙されたものだ。ならば戦いの素人でも分かるほどに潰さねばなるまい」

 司祭長が身構えた矢先、その視線が橋の方に向けられた。

 周囲の動きを目で追っていたログも橋の向こうに何かがいることに気づく。

 橋を渡った先の対岸に馬車が駐まったのだ。

 馬車には騎乗の騎士たちが集まっており、馬車から出てくる者の盾になっている。

「ここで来たか」

 司祭長が言うと、対岸の方へと向き直る。

 馬車から降りてきたのは、男爵と同年代の高貴な印象を受ける娘だ。

 ログたちの異様な戦いを前にしても毅然としており、騎士たちに護衛されながら橋を渡って近づいて来る。

「少し戦いを中断させてもらうぞ」

 司祭長はそう言うと迎えるように自らも進み出る。

「またお目にかかれましたな」

 護衛兵を率いる司祭長が、騎士に囲まれた娘と距離を置いて対峙する。

「エレナ=フィルディング殿」

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