鍵を握るのは
(男しゃくさん! だいじょうぶ!? 男しゃくさん!?)
自分を呼ぶ声にマークルフは目を開ける。
自分はどこかの石床に横たわっており、目の前に小さな妖精娘が立っていた。
「起きた!? 男しゃくさん! 分かる?」
妖精娘がマークルフの顔前で膝をついてこちらを心配そうに見ていた。
「……ああ、プリムだろ……よく来てくれたな」
朦朧としていた意識が少しずつはっきりし、周囲の様子も分かってきた。
どうやら、どこかの牢屋の中らしい。石壁に囲まれ頑丈な鉄の扉があるだけだ。
ご丁寧にも手首と足首の両方とも鉄の枷がはめられていた。
「……リーナはどうしている……無事か?」
「うん。じいじが後を追ってるよ。あのえらそうな“しさいちょう”って奴が手あらなまねはしないって言ってたから、たぶんだいじょうぶだと思うよ」
「……そうか」
マークルフは安堵する。
しかし、お互いにいつまでも無事という保証はない。何とかしなければならないのだ。
マークルフは逸る気持ちを抑え込み、まずは自分の身体を冷静に判断する。
“心臓”が生命維持を優先しているため、身体を動かすことができない。しばらく、この状態は続くだろう。
当然、制御信号も出せず、リーナに居場所を伝えることもできないのだ。
悔しいがいまの自分では何もできそうになかった。
「プリム……エルマに伝えてくれ……司祭長はこのトリスに……“機竜”を落とすつもりだと──」
「ここに“竜”がおちるの!?」
「それだけ言えば……エルマには分かる……おまえも危ないと思ったら……すぐに逃げろ」
「だいじょうぶだよ! プリムたちでなんとかするからさ」
小さな妖精娘がこちらを気づかって励ましてくれている。
ありがたいが、情けない限りでもあった。
「……もう隠れろ……気をつけろよ。相手は妖精だからって油断する相手じゃないからな」
「うん、気をつける! まっててね!」
プリムは石床の中を潜っていった。
「……まったく便利な能力だな」
土石や金属を自由に通り抜ける妖精たちをうらやましく思いながら、マークルフは目を閉じる。
自分で動けない以上、いまできるのは相手について考えることだけだ。
司祭長とオレフ。
この二人の身体能力は常人を超えていた。その自然な動きは外部の機械を利用したものではない。おそらく“魔力”で一時的に肉体強化を施したものだろう。同じように肉体強化を武器とするマークルフはそう直感していた。
そして司祭長は機械人形を動かし、オレフは“門番”を動かしている。
さらにオレフは彼自身が対生成機関のように魔力を生み出していた。エルマの銃撃による異変もそれを示している。あの身体能力を生みだし、古代の遺産を動かした魔力はおそらくそれから得たものだ。
マークルフはそれらが説明できる言葉を一つだけ見つけた。
(まるで“機神”じゃねえか──)
対生成機関で魔力を生みだし、古代の遺産を操る。
それはかつて戦った“機神”の能力でもあった。
(そう言えば……エルマが言っていたな)
マークルフはエルマと再会した時の言葉を思い出していた。
『最後に一つだけ伝言を預かってます』
肉体再生の説明をしていたエルマが言った。
『伝言?』
『オレフです。あいつに頼まれましてね。男爵に会えたらこう伝えてくれと頼まれていました』
『何と言っていた?』
『もし“機神”を脅威と思うなら、自分たちの邪魔はしないでくれ──そういうことらしいです』
エルマも困ったように肩をすくめた。
『彼なりに“機神”をどうにかしたいみたいでしてね。さらなる封印を施すことを考えているようです』
『どう思う? その話を信じられると思うか?』
エルマが少し考える素振りを見せ、やがて答える。
『信じるかどうかと言うなら、うちは半分だけ信じます』
『エルマを半分だけでも信じさせるというのはある意味、たいした奴だな』
マークルフは冗談半分に笑う。
『少なくとも“機神”をどうにかしたいと思っているのは本当でしょう。昔から“機神”の完全破壊を生涯の目標にしていましたし、嘘を言っているようには見えませんでした』
『そうすると、さらなる封印という話を信じていないわけか』
『はい。あいつはもっと別の何かを考えている気がするんです。それはうちにも分かりませんが……』
『どうした? 何か思い当たることでもあるのか?』
エルマが珍しく言葉を濁したが、すぐに元の調子に戻る。
『いえ。まだ分からないことだらけですから。いずれ分かったらお伝えします。ただ、“機神”をどうにかしようとすることは、“機神”に近づくということでもあります。その過程で道を誤った可能性がないとも限りません。もしあいつが“機神”の力に魅入られていたら──その時は遠慮無くあいつを葬ってやってください』
エルマたちはマークルフが敗れたのを見て、すぐにその場から逃走した。
彼女らは城下の戦いで人のいない空き屋に身を隠し、妖精たちが安否を確認してくれるのを待つつもりだった。
(オレフ。もしかして、貴方がやろうとしていることは──)
エルマはマークルフとの会話を思い出していた。
オレフの能力は明らかに“機神”に近い。
この辺境ではクレドガルの“機神”本体まで命令は届かないはずだが、何か特別な方法を使っているのか。
そして、彼女は朧気ながら彼の魂胆が見えたような気がした。
(あいつは“機神”だけではない……戦乙女の力もかなり研究している。そうでなければ咄嗟に男爵の裏をかくのは難しいわ)
マークルフに一つだけ伝えていないことがあった。
オレフの真の目的を予想していることだ。
予想が正しいかは分からない。それでも今回の件で確信を強くしていた。
「……アーくん、“機神”の信号傍受の準備をしておいて」
背後に控えていたアードたちは驚く。
「やはり、オレフの力は“機神”のものだと?」
「そうだな。それが一番しっくりくる説明だな」
「だけど、ウンロクさん。あの人が“機神”を利用するなんて、僕にはどうも……」
「他に説明できるのか? 堅物なやつほど転落したら何するか分からねえぜ」
疑問に思うアードにウンロクが答える。
「それともう一つ。“輝力”の測定もお願いするわ」
エルマが言うとアードたちは首を傾げた。
「姫様のことですか?」
「まさかオレフの野郎、姫様まで利用しようとしてるんですかい?」
「分からない。だけどこの戦い──いえ全ての鍵を握るのはやはり、リーナ姫なのよ」
エルマはそれだけ答えると思索するように目を閉じる。
アードたちはこれ以上、口は挟まなかった。彼女がそうする時は常に重要な何かを考えている時なのだ。
(貴方が戦乙女の力を必要としているのなら、その目的はおそらくうちの考えと一緒のはず)
エルマはある可能性を常に考えていた。
一年前、マークルフが“機神”と戦った時に気づいたことだ。
だが、それは彼女にとって検証しようのない理論だ。
それにそのことを最も望んでいるであろう男爵にも到底、告げられないものだった。
(貴方も同じ可能性に気づいているの? “機神”を破壊する手段を──)
リーナは城のどこかの部屋に軟禁されていた。
扉は鍵を掛けられ、窓も鎧戸で閉ざされ開けることはできない。
最低限の丁度品はあったが、外も扉の向こうの様子も分からなかった。
マークルフが殺されていないことだけは確かであり、リーナもそれを支えにこの状況の打開を考えていた。彼が動けない現在、自分がその分までしっかりしなければならないのだ。
「──姫、無事か」
近くの足元から声が聞こえた。
見れば鏡台の下、絨毯の隙間からダロムが顔を出している。
リーナは外に気配がないのを確かめ、鏡台の前に座った。
「来てくれたのですね。マークルフ様はいまどうされているのですか?」
「勇士は地下に幽閉されたようでな。プリムが様子を見ておるが──お、戻って来たようじゃ」
やがてダロムの隣にプリムが顔を出した。
「ただいま。姫さま、男しゃくと話ができたよ!」
「目を覚まされているのね。お身体の具合はどうだった?」
「うん……自分では動けないっていってた。姫さまのこと、たのまれたよ。それにエルマのあねさんに“竜”がここにおちるのを伝えてくれだって」
「ここに“機竜”が墜ちるというのか!?」
ダロムが驚く。
「しかし、どうやって!? なぜそこまで分かるんじゃ?」
「ダロムさん。マークルフ様の言葉は本当です。詳しくはエルマさんがご存じです」
事情を知らないダロムにリーナは言った。
「う〜む、ならば尚更なんとか急がねばならんのぉ」
「じいじ、はやく姫さまをここからだそうよ。外には人もあまりいなさそうだったよ」
「しかし、どうやって連れ出すか」
ダロムは悩むように首を傾げる。
「じいじの錬金術なら合いカギなんてカンタンじゃん! 神さまだってりっぱな“ぎぞうしょくにん”ってほめてたんでしょ?」
「“神”様はそんな褒め方しとらん! それに鍵を作るにしても鍵穴に背が届かん」
「ええ~、ポンと跳んでしがみつけばいいじゃん」
「そんな軽業できるわけなかろう! 足場がないと作業できんのじゃ」
「ここまで来てるのに、たすけられないの!」
「ワシらが小人さんという事実を忘れちゃいかんぞい!」
ダロムはプリムとの口論を打ち切るとリーナに向かって言う。
「ともかく一旦、姐さんと合流する。何とか脱出の策を考えるから、それまで辛抱しておくれ」
「私は大丈夫です。マークルフ様のことをお願いします」
リーナの頼みを聞いた妖精たちが姿を消した。
リファは自分の部屋の寝台の上で膝を抱えていた。
(ごめん……男爵さん、リーナお姉ちゃん)
何もできない境遇に悔しさと情けなさがずっと込み上げ続ける。
二人がどうなったか知ることもできず、ただこうしているしかできないのだ。
「リファちゃん! ここにいたんだ!」
唐突に自分の名を呼ばれ、リファを顔を上げると室内を見渡す。
やがて寝台の下から小さな妖精娘が顔を出しているのに気づいた。
男爵が居候と言っていた大地の妖精の一人だ。
「じいじ、リファちゃんにおねがいしようよ!」
プリムが言うと隣からもう一人の老妖精が顔を出す。
「この娘に頼むのか? しかし、さすがにのぉ……」
「でもここからなら姫さまの居るところまで行けるよ」
リファはリーナの名を聞いてすぐに寝台から飛び降りると、妖精たちに目線を合わせるように身体を伏せる。
「お姉ちゃんが近くにいるの!?」
「うん。ここから少し遠いお部屋にいるの。逃がしてあげたいけどプリムたちだけじゃムリなの」
「あたしが手伝えばお姉ちゃんを助けられる?」
「手伝ってくれればありがたいが、危険じゃぞ。見つかったら王女といえど、どうなるか分からん相手じゃぞい」
「それでも手伝うよ!」
リファは即答した。
「男爵さんも無事なの?」
「勇士は地下じゃ。じゃが先に姫を助けねばならん──仕方あるまい。他に頼れる者がおらんからな」
リファは上から上着を纏うと妖精たちを懐に隠した。
そのまま部屋を抜け出す。
「見つからないでいけるの?」
「同じ階らしいから大丈夫だよ」
この階は執政者の生活居住区だ。階下は警戒が厳しいがここは侍従や巡回の騎士がいるだけだ。それに見つからなければいいのだ。
リファは妖精たちに案内され、リーナが軟禁されているという部屋へと向かう。
途中で巡回の騎士たちが近づくが、リファは上手く身を隠してやりすごすと、ようやく目的の部屋へと辿り着く。
「ここが──」
リファたちのいる階は城の太守や賓客のために使われている。ここにリーナが居るということは、つまりこの部屋を利用できるほどの地位のある人間が彼女を捕まえたということだ。
(やっぱり太守もあの司祭長ってやつの言いなりなんだ)
リファの手からプリムが降りると壁を通り抜けて部屋の中に入る。
「ワシを鍵穴の前に上げてくれんか?」
ダロムに頼まれ、リファはダロムを手に乗せて鍵穴の前に差し出す。
「ちょっと鍵穴を調べるから、そのままにしておくれ」
ダロムは鉄の鍵穴に自らの身体を半分潜るようにして覗き込む。
「リファちゃん?」
扉の向こうから小さいながらもリーナの声が聞こえた。
「お姉ちゃん!? 大丈夫?」
「リファちゃん、来てくれたのね」
「待っててね。あたしも助けるの手伝うからね」
「ありがとう。でも、それよりも聞いてほしいことがあるの──」
「何?」
「よく聞いて。私たちよりも先にグノムスを自由にしてほしいの」
リーナの言葉にリファは戸惑う。
「ど、どうして? お姉ちゃんたちの方が先でしょ? “竜墜ち”を止めるんでしょ?」
「だからよ。グノムスを自由にしたらリファちゃん、あなたはそれに乗ってここから逃げて」
「ど、どうして?」
さらに意味が分からず、リファはますます混乱する。
「詳しく説明している余裕はないの。でもこれも“竜墜ち”の被害を食い止めるためよ。“機竜”がここに来る前にグノムスを使って人の居ない場所に逃げなさい。そうしたらあなたも地下深くに潜って“機竜”から逃れるのよ」
「や、やだよ。あたしだけ逃げるなんて──それに何でそんなことをしないといけないの?」
「マークルフ様と私を信じて。お願いよ」
扉越しの懇願にリファは思い切り困った顔をする。
ダロムが顔を出した。
「よし。鍵穴の形状は覚えたぞい。これで合い鍵を作れる。見つからんうちに撤退するんじゃ」
プリムも壁を通り抜けて戻って来た。
「お姉ちゃん、よく分かんないけど助けてあげるからね。少しの間、辛抱してね」
リファはそう言うと妖精たちを連れて見つからないように去っていく。
「ねえ、妖精さん。お姉ちゃんの言った意味が分かる?」
「ワシもよう分からんが嘘ではあるまい。グーの字も助けるつもりではおる。その時は従った方が良いかもしれんな」
「じいじ、これからどうするの?」
「合い鍵を作って作戦を考える。リファちゃんや、ワシらがまた来るまで待ってておくれ」
トリスの城下街では人々が口々に噂しあっていた。
昨日の夜に起こった多くの家屋を破壊した謎の戦闘についてだ。
もっとも早々に兵士たちが規制を張っていたため、騒動については逃げた者たちの目撃談でしか分からず、情報は錯綜していた。
「そうなんだよ! 馬鹿でかい鉄の巨人がいたんだって!」
「本当かよ? 黄金の鎧武者がいたって話は聞いたけどよ」
街外れの通りの一角で街の住人たちが立ち話をしている。
「そうそう! 一瞬だけどそれも見たんだ! 空飛んで誰かを追ってたんだよ!」
「鎧が飛んで、他に誰が飛んでたんだよ?」
「いやあ、それが暗いし遠くでよく分かんなくてな」
話をした方が首を捻り、相手も訝しげに腕を組む。
「おめえも話が適当だからなぁ」
「本当だって! ああ、傭兵ギルドが街に残ってりゃな。あいつらなら事件を調べて本にして売ってくれるのによ」
「あそこも一月前に城のガサ入れで夜逃げしたんだろ。アテになりゃしねえって」
相手が話を打ち切り仕事に戻ろうとすると、その前に外衣を纏う旅人風の男が立っていた。
「いまの話は本当か? 黄金の鎧を見たという話だが──」
長身のその男が口を開く。
「ああ。あんた旅の人かい?」
「ここに来たばかりでな。その鎧武者はどうなったか分からないか?」
「いやあ、こっちも何がなんやらさっぱり分かんなくてよ。どうも嫌な予感がするんだが、あんたもここに長居はしない方がいいかもな」
住人たちから昨日の経緯を聞いた旅人──ログは街中を歩き続ける。
彼を導いた神馬はこの街に向かう途中で突然、消えてしまった。
それでも行く手にはこの都市しかないため、ログは自らの足でここまで来たのだ。
都市トリスはブランダルクの要衝の一つであり、ログも過去に何度も訪れた場所だ。
まだ賑わっているようにも見えるが、かつての記憶と比べればやはり人々から活気が消えている。建造物の劣化を見てもそれは隠しようがない。
(ともかく閣下を捜さねば──何かあったのは間違いない)
仮面の女剣士もここにいる可能性は高い。あるいは昨日の騒動も彼女が原因とも考えられた。
(セイルナック殿の情報では、閣下は双子の殿下たちと行動を共にされている。考えられるのは城か)
だが、一人で城に赴いた所ですんなり通れはしまい。
それに男爵がいるかも分からないまま、“最後の騎士”としての素性を明かすこともできないのだ。
その時、ログは近くで誰かが立ち止まったのに気づき、そちらに注意を向ける。
それは恰幅のある中年の女性だった。
ログの方を見て息を呑んでいたようだが、やがて遠慮がちに近づいてくる。
「……あんた、アウレウスさんじゃないかい?」
女性の声に今度はログが息を呑む。明らかに自分の正体を知っているようだった。
「やはり、そうだよ。“最後の騎士”の噂を聞いたけど──やはり、戻って来てたんだね」
女性は懐かしそうに頷き、ログの腕に手を置く。
「貴女は──」
「一度会っただけだから、あなたは覚えてないかも知れないね。バルトの妻マリアだよ」
ログはようやく記憶の中から彼女の姿を掘り起こす。
バルトは〈白き楯の騎士団〉時代の先輩だった騎士だ。
確かに彼の領地に赴いた際、台所などを取り仕切っていた彼女を見たことがあった。
「人目につきたくないんだよね? ここで立ち話もなんだし場所を移さないかい?」
「……分かりました」
思いがけず過去の自分を知る者と再会し、ログはあらためて思い知る。
このブランダルクに来れば過去との対峙は避けられない。
そして、その先にあるであろう対決も──




