戦乙女の“鎧”と“槍”
マークルフの突き出した光の〈魔刃〉が、《戦乙女の槍》を持つオレフの右腕に迫る。
だが、その寸前にマークルフを衝撃が襲い彼を弾き飛ばした。
マークルフは体勢を立て直して地面に着地する。
「さすがだな。手を焼かせてくれる」
司祭長がオレフの横に立っていた。
「申し訳ございません」
「気にするな。こういう時のための二対一だ」
司祭長が地面に降り立つ。
「オレフ、あれの使用を許可する」
その言葉にオレフは槍を構えると、瞑想するように目を閉じた。
マークルフは見逃さなかった。オレフの全身が夜の闇を背景に微かに輝くのを──
司祭長が手を翳す。再び魔力の衝撃波が放たれ、マークルフを打ち付ける。
『クッ──』
マークルフが苦痛に顔をしかめると同時に、“鎧”が光となって明滅する。
この程度の衝撃波では“鎧”には通じないが、深手を負ったマークルフの肉体自体には負担となって伝わる。それによって発する制御信号が途切れれば、その隙を突いて妨害信号の干渉を受けることになる。
司祭長たちの狙いはそれだ。
『グーの字!』
マークルフが叫ぶと同時に、その眼前に土の壁が出現する。
「その手は見させてもらった」
司祭長の放つ衝撃波が土壁に穴を空けた。
だが、崩れた土壁の向こうにマークルフの姿はなかった。
司祭長たちが周囲を警戒する。
「下です!」
オレフが警告すると同時に、その場から跳躍した。
屋根を突き破り、鎧姿のマークルフが飛び出すが、オレフはすでに離れた屋根の上に着地する。
『チッ、気づかれたか』
マークルフはそのまま着地する。そこは民家の床を突き破り、身体の前半分を地面に現す《グノムス》がいた。開いた胸の中にマークルフが入り込むと、《グノムス》は装甲を閉じて地面に潜行した。
この中では妨害信号が遮断するため、“鎧”が安定するまで待つことができる。
『私たち、街を荒らしているのでは──』
民家を巻き込んで戦闘する現状に、リーナが心を痛めるように言った。
『非常事態だ……とはいえ、後でルフィンたちに土下座するしかないな』
《グノムス》の内部モニターから地面を透過して地上の様子が映る。
そこには司祭長とオレフが立ち、特にオレフの方はじっと地面を監視するように睨んでいる。
こちらの位置は分からないはずだが、気配を感じとられている気分だ。
『あの二人、やはり只者じゃない……それに何の道具も使わずに情報をやり取りしているようだ』
マークルフは言った。
『情報?』
『ああ。司祭長が駆けつけるのも早かったし、いまの土壁を使った時も妨害信号の遮断を知っていたような口ぶりだ……互いの伝達が早すぎる。いまの俺たちのように情報をリンクする手段を持っているのかもしれねえ』
『だとすると、あの二人を分断するのも難しいですね。どうしますか? 一旦、退却することも──』
リーナが控えめながら告げる。マークルフがこの状態を維持することも辛いのは彼女もよく分かっていた。
『いや、あの槍は何としても取り戻す。リーナ、あのオレフという奴をセンサーでよく確認してくれ』
マークルフに言われ、“鎧”──リーナがセンサーをオレフに集中させる。
『これは──』
リーナの驚く声がした。
オレフから感じられたのは魔力、そして輝力だ。
『覚えているか? かつて“機神”がリーナを利用した手段だ』
『対生成機関……まさか!?』
“聖域”に満ちる“大地”の力は常に“闇”と“光”の均衡を維持するように作用する。どちらか一方の力が流れ込めば、均衡を維持するためにもう一方の力も流れ込むように働くのだ。
かつて“機神”はそれを利用して復活した。
戦乙女であるリーナを内部に取り込み、強制的に輝力を引き出すことで、均衡を維持するために流れ込む魔力を動力としたのだ。その際、“機神”は魔力だけを吸収したが、外部に輝力を放出したために常にその姿は輝いていた。
『あの人がそれを利用していると──』
『方法は分からん。だが、それだけの頭脳の持ち主なのは間違いねえ』
“光”の武具である《戦乙女の槍》を媒介に魔力を取り込み、余剰の輝力を放出している。
そう考えればオレフの姿が輝いたのも、司祭長たちが魔力や機械兵を使用できる理由としては説明できる。
同時に別の疑問が浮かぶ。そのためには動力機関が必要だ。“機神”はそれ自体が動力機関であるために可能だったが、オレフは生身の人間のはずだ。
『いずれにしろ、あの男に槍があっては危険だ。それに“機竜”と戦うためにもどうしても必要だ』
あの槍だけが“鎧”の持つ最大攻撃〈アトロポス=チャージ〉を可能にする。それが使えるかどうかで、“機竜”に勝つ可能性は大きく違うのだ。
「姐さん、また別の反応が出たっす!」
妨害信号の発信源を追っていたエルマの背後でアードが言った。
エルマたちがアードの持つ測定器を睨む。
確かに別の反応が出ていた。分類は“光”の輝力だ。
「輝力!? どういうことですかね?」
ウンロクが首を捻る。
「対生成機関──」
エルマがそう呟くとアードたちは驚く。
「そんなものを向こうが用意していると──」
「しかし、あれを可能にする動力機関なんてここにあるんですかい?」
「可能性の話よ。でも、オレフが絡んでいるとするなら、あいつは媒介となる《戦乙女の槍》を手にしている。それに強行手段を選んでも槍を回収しようとした理由にはなるわ。ともかく、急ぎましょう。信号と輝力の発信源が同じかどうか注意して」
エルマたちは先を急いだ。
行く手では兵士たちの姿が見える。
さらにその先で何か大きな騒音が舌。何かが崩壊する音など、とてつもないものが暴れているような感じだ。
兵士たちも二の足を踏んで、その先にはいけず、避難してくる街の住人たちの誘導だけしかできないようだ。
(男爵もかなり追い込まれてる? 急がないと──)
エルマたちは迂回し、兵士たちに見つからないようにその先へと進んだ。
「司祭長! 来ます!」
オレフが叫ぶと同時に、司祭長たちの立つ舗装路が急に陥没した。
二人はそこから飛び退くが、その間に道を割って《グノムス》が出現する。胸の装甲が開いて“鎧”姿のマークルフが飛び出すと、近くに着地した司祭長の前に迫った。
司祭長が手を翳して衝撃波を放つ。
予想された真正面からの衝撃をその場で踏み止まり“鎧”で受け止める。だが続けざまに真横からの衝撃波が襲い、体勢を崩されて動きを止められた。
その間に司祭長は距離を離す。
妨害したのは当然、オレフだ。
『──クソッ!』
妨害信号が不安定な“鎧”に干渉し、“鎧”が半ば光へと変わる。
離れた場所に《グノムス》が出現し、胸の装甲を開く。
マークルフは《グノムス》の方に駆けると司祭長らが追いつく前に乗り込んで地中へと逃れる。
『……やはり、連携が早いな』
妨害信号の影響がなくなり、“鎧”が若干、安定を取り戻す。
マークルフはあの二人がそれぞれの情報を瞬時にやり取りしているのを確信する。
それに《グノムス》の動きもある程度は絞り込めるようだ。
『こうなればこちらも連携だ。頼むぜ、グーの字』
屋根の上に立つ司祭長とオレフは周囲を警戒する。
「お気をつけください。あの鉄機兵はまだ近くにいます」
「地上では“鎧”を維持できない。あの鉄機兵内で安定が戻るのを待って不意討ちを狙うか。あの身体でよく頑張ってくれるな」
司祭長は感心するように答えた。
「だが諦めて逃げられても厄介だ。オレフ、あれは呼べるな」
「準備はできています」
その時、司祭長たちの足元が揺れた。
二人がその場から飛び退くと同時に、先の鋭い土柱が屋根を突き破る。
同時に《グノムス》が出現し、マークルフは飛び出す。
『逃がすか!』
空中にいる司祭長を背部推進装置を噴射したマークルフが追う。空中戦では空を飛べるマークルフの方が有利だ。
「オレフ!」
司祭長が叫ぶと同時にその身体が弾き飛ばされ、マークルフの追撃から逃れる。
同じく空中にいたオレフが司祭長に向けて衝撃波を打ったのだ。
オレフがそのまま地面に着地するが、その動きが止まる。
地面から伸びた《グノムス》の手がオレフの左足を掴んでいた。
『逃がすな、グーの字!』
オレフの動きを止めたマークルフは噴射の向きを変え、そのまま空から突進する。
オレフは逃げられないまま、マークルフと向かい合う。
近くの地面が輝いた。
魔力の光で描かれた円陣が出現し、そこから瞬時に鉄の巨人が出現する。
『あれは!?』
リーナの驚きと同時に巨人がオレフに触れた。
その瞬間、オレフの姿が消え、巨人の肩の上にオレフが再び出現する。
『何をしやがった!?』
オレフを逃したマークルフが地面に着地すると同時に待ち構えていた鉄巨人が腕で薙ぎ払う。
マークルフは吹き飛ばされ、近くの壁に叩き付けられた。
壁に埋もれたマークルフは“鎧”の不安定化が始まるなか、痛む身体を起こす。
『……リーナ、あれを知っているのか?』
『おそらく、あれは“門番”です』
リーナが答えた。
『“門番”……文献で見たことがあるが、あれがそうか』
“門番”は古代文明エンシアの遺産だ。見た目は鉄機兵だが、移動と自衛を可能とする人型の転移装置である。かつてエンシアの貴族たちが警護目的に使用していたとされるものだ。
『あんな隠し札を出してくるか……やつらはどこまでできる?』
『自分も含め、触れたものは生物・無生物に関係なく転移できます。ただ魔力量によるので、この“聖域”内でどこまでできるかは──』
その時、マークルフの足許にも再び円陣が出現し、目の前に新手の巨人が現れる。不意を突かれたマークルフは巨人に背中から押さえつけられる。
『もう一体、いやがったか!』
マークルフは右腕の《魔刃》で“門番”の腕を斬ろうとするが、再び地面に転送陣が現れ、そこから先ほどの“門番”が目の前に転移する。その巨大な脚がマークルフの腕を踏みつけ、攻撃を阻止する。
『チィッ、出力が足りねえ──』
二体に取り押さえられ、マークルフは身動きがとれなかった。
二体の巨人は魔力が不十分なのか、その力は見た目ほどではない。“鎧”本来の出力なら十分に振り払えるのだが、不安定している現状ではこちらも力を発揮できない。
このままでは“鎧”が解けた瞬間、巨人に潰されてしまう。
『グーの字!』
マークルフの声に応えるように、《グノムス》が足許から出現し、“門番”たちの間に割って入った。
《グノムス》の両腕が“門番”たちを引きはがしにかかる。
大地から常に力を供給できる《グノムス》の方が出力で上回り、次第に“門番”たちの腕を押し戻していく。
「やはり力比べは不利のようだ」
オレフがそう言うがその姿には焦りはなかった。
「ですが、ここまで来ていれば十分でしょう」
オレフが槍を向けた。
“門番”たちの手を逃れ、マークルフはそこから逃れるが、同時に《グノムス》を巻き込みながら“門番”たちの足元に転送陣が出現する。
『何をする気だ!』
マークルフが動くよりも早く、《グノムス》たちの姿が消えた。
同時に先の方で巨大な水柱が出現する。
マークルフは近くの屋根に飛び上がった。
屋根の続く向こうは開けた場所になっており、そこには巨大な池が広がっている。
池の中心に《グノムス》がいたが“門番”たちに両腕を掴まれたまま、為す術なく水中へと沈んでいく。
『グーちゃんッ!?』
リーナが悲鳴まじりに叫ぶ。
マークルフも助けに動こうとしたが、すでに背後の屋根にオレフが立っていた。
「厄介な鉄機兵でしたが、これでもう手出しはできない」
オレフが冷静に告げる。
『あの“門番”は最初からこの時のために用意していたのか』
「貴方の切り札は戦乙女とあの鉄機兵。貴方と接触する前にこの二つを封じる手段は用意していました」
オレフの手から衝撃波が放たれる。“鎧”の不安定化で動きの鈍ったマークルフはそれをまともに受けて地上へと落下する。
マークルフはよろよろと立ち上がるが、限界に来た“鎧”が光の粒子に分解し、リーナの姿に戻ってしまう。
「マークルフ様!?」
肉体強化が解け、地面に倒れるマークルフをリーナが慌てて支えた。
オレフも地上に降り立ち、その背後から司祭長が近づいて来る。
「ここまで“狼狩り”に手こずるとは思わなかった。“鎧”がなければまともに動けない身でよく戦ったものよ」
マークルフは黙って司祭長らを睨む。
「どうだ、もう一度手を組むことを考え直さんか?」
「……断る」
「そうか。実はわたしも友となるかの問いは一度しかするつもりはない。意地の悪い質問をして失礼した。この期におよんでも“狼犬”の名を貫く勇士に敬意を表するよ」
司祭長が掌を向けた。
その時、銃声が轟く。
銃弾に貫かれたオレフの手から《戦乙女の槍》がこぼれ落ちる。
同時にオレフが苦悶の表情を浮かべた。
彼の身体に光の放電が奔り、その場に膝をつく。
「いまです! “鎧”を!」
建物のかげから護身用の銃を手にしたエルマが告げた。
確かに“鎧”を阻害する妨害信号が消えている。
マークルフは理解した。
エルマがオレフの手から《戦乙女の槍》を引きはがしたことで、力を生み出す均衡が崩れたのだ。対生成機関は力の均衡を維持せねばならず、それが乱れれば逆流した力が機関自体に支障を与える。かつて彼自身が“機神”相手に仕掛けた方法だ。
「リーナ!」
「はい!」
マークルフの全身に紋章が浮かぶ。
「させん!」
司祭長が衝撃波を放つが、それよりも先にリーナが光の粒子へと変化した。
マークルフを包む粒子が司祭長の放つ魔力を分解する。
肉体に力が戻ったマークルフは跳躍した。
狙いはオレフと彼の足許に落ちた《戦乙女の槍》だ。
“鎧”を形成しながらオレフに迫るマークルフ──
だが、オレフは何を思ったのか、槍を拾うとマークルフに向けて無造作に放り投げた。
意外な行動に途惑いながらも槍に手を掴もうとするが、次の瞬間、マークルフは手を止め、槍は傍らを通り過ぎる。
「──ッ!?」
マークルフが声にならない悲鳴をあげた。
背後に迫っていた司祭長が槍を受け取り、マークルフの背を刺したのだ。
“鎧”の形に収束しようとしていた光は槍の反発を受けるように火花を散らし、やがて分散する。
槍を背にマークルフが倒れた。
その離れた場所に光の粒子が集まり、リーナが元の姿に戻る。慌てて駆けつけようとしたがその前にはすでに司祭長が立ち塞がっていた。
「ここまでだ、姫君。大人しくしたまえ」
マークルフの前にもオレフが立つ。
「“鎧”を発動さえすれば邪魔はされない──そう思われたのでしょう」
オレフが告げた。
「ですが槍を取り戻そうと焦りすぎましたね。槍を掴まなかった時点でお気づきでしたでしょうが──」
リーナが“鎧”となる時、障害となる異物は全て排除する。
使い方によってはそれは絶対防御の武器であり、マークルフもそれを利用した。
だが、背中に刺さる《戦乙女の槍》も同じ戦乙女の化身であり、決して砕けることのない不朽の武具だ。
オレフはその性質を逆手にとり、“鎧”が形成する前にマークルフへ槍を投げた。
破壊不可の槍を持とうとすれば異物として弾かれるか、排除できずに“鎧”が形成できなくなる。
“鎧”の具現化前に槍を投げられたために掴むことができず、さらに槍を刺されたことで“鎧”の発動も止められたのだ。
マークルフの全身の紋章が消える。
これまでの戦いで残った力を使い果たしたのだ。
「これで詰みです」
オレフが敗北を宣告するするように言った。
意識が薄れていくなか、マークルフは見た。
司祭長に捕まりながらも、必死に腕を伸ばし続けるリーナの泣き叫ぶ姿を──




