計画(2)
「食事には手を付けないのかね? 身体に気を遣ったつもりだがね」
席に着いたマークルフに司祭長が言った。 確かに目の前にはスープなど、給仕しやすい物が並んでいた。
「悪いな。俺はこいつの口移しでないと食べない主義でね」
マークルフがリーナに視線を向けながら言う。
「はっはっは。それはまた贅沢な趣味だな」
司祭長が気にした様子もなく笑った。
くだけた口調からも、少なくとも建前抜きの話を求めているのは嘘ではなさそうだ。
「そう自慢したくなるほどの姫君だ。傭兵のような姿では勿体ない。ドレスなら幾つか持っている。一つ用立てさせてもらうぞ」
「気遣いは無用だ。だいたい何であんたがドレスを用意している?」
「実はわたしにも娘がいてね。そこの姫君と同じぐらいの年格好になる。そのうち渡すつもりで用意していた」
司祭長が答える。世間話だが、その目は油断を許さない鋭さを秘めたままだ。
「へえ、それは初耳だな」
「もちろん嫡出の娘ではない。若き日の至りというやつでね。母親はすでに他家に嫁いでいてね。彼女は他界したが、娘はそこの令嬢として育った。わたしが本当の父親という事実はわたしと娘しか知らん」
「面白い話だな。どこの誰なんだい?」
「それは向こうの迷惑になるので、ご勘弁願おう」
司祭長は苦笑する。
「それじゃ本題を聞こうか」
マークルフは油断なく訊ねる。
リーナも彼の肩に手を置き、傍に立ち続ける。いつ何があっても対処できるように二人は警戒を緩めないでいた。
「なに、一族に抗う“戦乙女の狼犬”をこの目で確かめたくてな」
「それはこちらも同意見だな。このブランダルクで悪巧みする奴がどんな奴か確かめたかった」
「悪巧みとは厳しいな。わたしはこの国をより良き方向に導こうと思っているつもりだがな」
司祭長はマークルフとの出会いを祝するように手にするグラスを掲げた。
「あんたはどうするつもりだ? ガルフィルスの後ろ盾かと思えば、反政府派の裏でも手を引いている。現王と王子、どちらを選ぶ気だ?」
マークルフは相手の表情の変化を僅かでも見逃さないよう、険しい視線を向け続ける。
「わたしが必要なのは、我が計画のために協力してくれるブランダルク王だ。その条件さえ合えば、わたしはどちらでも構わん」
マークルフは内心で舌打ちする。それが本当かは分からない。だが、どちらに転んでも支障がないように事態を動かしているのなら、手出しがしにくいのは確かだった。
司祭長はグラスを置くと、腕を組んだ。
「どうだ、わたしと手を組まぬか?」
「俺がフィルディングと手を組むと思っているのか?」
マークルフが答えると、司祭長は不敵な笑みを浮かべた。
「仲間になれとは言わん。だが、わたしの計画の邪魔にならない関係でいないかと言っている」
「計画とは何だ? 自分がフィルディング一族の頂点に立つつもりか」
「まさにその通りだ。いまの中央では一族の先行きは危うい。わたしはそれを危惧している。君も分かるはずだ」
フィルディング一族は“聖域”全体の権力に食い込み、その裏で確固たる地位を誇っている。その一族に争いが生じれば、それは“聖域”内の国家全体の争いにまで発展する危険性があった。
「言っておくが俺はその一族の敵だぜ。一族の危機は俺には関係ないな」
「そうだな。だが、一族には“機神”がある。一族が追い詰められればそれがどう扱われかねないか──それは“機神”と戦った英雄の後継者にとって、もっとも危惧すべき問題であると思うがね」
「……それであんたは何をするつもりだ」
「わたしはもっと力をつける。そして来たるべき中央との争いに勝ち、一族の実権と“機神”を掌握するつもりだ」
マークルフの視線がさらに険しくなる。
「“機神”を手に入れてどうするつもりだ?」
「わたしをラングトンらと一緒と思わないでもらおう。わたしも“機神”の存在を危惧している。掌握し次第、あれはさらなる封印を施すつもりだ。一族でも、わたし自身も手を出せないようにな。破壊できればそれが最善ではあるのだがな」
「だが、あんたが“機神”を利用しないという保証はどこにもない」
「ならば君が止めるが良い。それを阻止するために君がいるのだろう。それにあれは人を惑わす。あれがある限り一族は末代まで振り回される。“機神”に対する認識はお互いに近いと思っているよ。だからこうして話を持ちかけた」
マークルフは司祭長の表情を睨んでいた。
司祭長も受けて立つように動じた表情は微塵も見せなかった。少なくともいまの話に嘘を混ぜているようには感じなかった。
「あんたはブランダルクで何をしようとしている? “竜墜ち”の危機もあんたの計画なんだろ?」
「そうだ。“機竜”は我が計画にどうしても必要なのだ」
「ならばそれこそ、あんたとは手を組めないな。俺は“竜墜ち”を阻止するためにここにいる」
「いや、そうでもないぞ」
司祭長の思わせぶりな台詞にマークルフは目を釣り上げる。
「何が言いたい?」
「さっきも言ったが、ラングトンと一緒にしないでもらおう。わたしが欲しいのはあくまで“機竜”そのものだ。“竜墜ち”という災いを極力、回避したいのはこちらも一緒ということだ」
「ますます何が言いたいか分からんな」
「簡潔に言えばこうだ。君が“機竜”を破壊して“竜墜ち”を阻止することを、こちらも邪魔をするつもりはない」
マークルフは司祭長の意図を探るように表情を覗っていたが、やがて口を開く。
「……あんた、このブランダルクを第二のラクルにするつもりか」
マークルフは疑念を込めて司祭長に告げる。
司祭長も目を細め、ゆっくりとうなずく。
「その通りだ。君の下にもラクル出身の科学者がいるようなので、いずれ気づくとは思っていた」
エルマたちの出身地ラクルはかつて“竜墜ち”の地となった場所だ。甚大な被害を受けたが、墜ちた“機竜”の骸を利用し技術を発展させた。現在は“聖域”随一の学術都市として名を知られている。
司祭長はブランダルクもそうしようというのだ。
今回の“機竜”は最高位の〈甲帝竜〉だ。ラクルに墜ちた“機竜”以上にエンシアの技術を集積しており、その利用価値は極めて高いはずだ。
ラングトンのように兵器としてではなく、あくまで自分の勢力作りの礎にしたい考えなのだ。
「手段は教えられんが、“機竜”を墜とす場所はこのトリスに決めていた。だが、協力してくれるならトリスの住人も理由をつけて避難させ、ここに墜ちる“機竜”を君が破壊すればいい。“竜墜ち”の被害も最小限で済み、こちらも目的は達せられる。お互いに悪い取引ではないと思うがね」
“機竜”を誘導しているのはリファだ。司祭長がそれを知っているのか分からなかったが、マークルフがそれを知っていることに気づいていないようにも見えた。
オレフがエルマに教え、それがマークルフに伝わるのは司祭長の意図ではなかったのか。
「“機竜”は一度、地上を攻撃している。それもあんたの意図か」
「それはわたしの知る所ではないな。“機竜”は制御を離れている。その間に“機竜”自身の何らかの行動原理で動いたとしても、こちらも全て分かるわけではない」
司祭長の表情や口調に澱みはない。言うことを鵜呑みにするつもりはないが、どこからが嘘なのか、読ませないでいる。
「悪い話ではないな」
マークルフは答えた。彼の肩に触れるリーナの手はそのままだ。彼を信じ、成り行きに従うという意志の表れだ。
揺るぎないその手に内心で感謝しながら、マークルフは続ける。
「だが、それだけではないはずだ。確かにあんたの勢力図であるブランダルクを第二のラクルにすれば、あんたの力はさらに高まるだろうよ。だが時間がかかり過ぎる。ラクルが現在の発展にどれだけ時間が必要だったか知らないわけないだろう? あんたもそれを待てるほど若くはねえはずだ」
司祭長は椅子の背もたれに身体を預ける。
「その通りだな。だが、第二のラクルを作るのは嘘ではない。その時間を短縮させる手段もこちらで考案している。だがいまできる種明かしはここまでだ。これ以上は君がこちらの同志になると確信できねば教えられない」
「そこまで言っておいて、肝心な所はお預けか。それじゃ、こちらも素直に首を縦には振れんな」
「時間を気にしているのは君の方じゃないかな」
司祭長は身を乗り出すようにテーブルの上で両手を組んだ。
「どんな人間であろうと戦い続けられる時は限られている。古代の強化装甲を用いる君の場合は特にそうだと思うがね」
マークルフは表情を動かさなかったが、彼に触れるリーナの手から微かに動揺が伝わっていた。
「俺がそう簡単にくたばると計算するなよ」
《アルゴ=アバス》をはじめ、古代の強化装甲は装着者の肉体に過大な負担がかかる。古代の時代でも装着者は消耗品に近い扱いで、その寿命は短かった。
リーナもそれを気にしていた。自分が“鎧”として力を貸すことはマークルフの肉体を酷使することである。
もっとも彼女の力は特別なもので、オリジナルのような負担は軽減されている──マリエルたちを使って、リーナにはそう説明して納得させている形だ。
「確かに古代の武器についてはわたしは専門外だ。だが、いまの君の身体でその台詞を吐いたところで説得力に欠けるな。隣の姫君も心配しているようだ」
マークルフは横目でリーナの表情を伺う。確かにリーナの目に微かにだが動揺が見てとれる。
マークルフは痛む身体で肩をすくめて見せた。
「気にしないでくれ。彼女はちょっと心配性でな」
「それはいかんな。君と彼女はやんごとない間柄のようだ。その彼女を心配させてはいかんな」
司祭長は言った。
「司祭長様のご説教はありがたく頂戴しておくよ。だが、俺は“戦乙女の狼犬”を継いだ。俺の役目は“機神”とそれを擁するフィルディング一族を止めることだ。もう一度言うが一族の争いに組み込まれるつもりはねえ」
「一族にも様々な者がいる。なかには君と共闘できる者だっていてもおかしくはあるまい。傭兵はあらゆる相手とも交渉すると伺っているがな」
「確かにあんたが一族の上に立てばすこしはマシになるとは思うぜ。それに“機神”に振り回されるような男にも見えん。だが、そのためにどれだけの血が流れる?」
「少なくはないな。だが、いまの主流派では遅かれ早かれ争いを起こす。長い目で見れば、わたしの選択は間違っていないと理解してくれるはずだ。わたしとて、血を流さずに目的を達せられるほど自分を有能とは思っていない」
「間違っているなんてご高説を垂れる気はないさ。だが、あんたのやり方には付き合う気はない」
「ならば、君はこれからどうするつもりだね?」
マークルフは腕を伸ばしてグラスを手にした。リーナが慌てて添えた手に支えられながら、ワインを口にする。
「俺は“機竜”を跡形もなく消滅させる。ラクルは周辺の力関係が安定していたから発展できた。このブランダルク周辺に“機竜”の骸があれば、それを巡って争いになるのは目に見えている」
「それでは窮地のこの国にとって何の救いにもならんな。このまま周辺国の餌食になるのを待つようなものだ」
「あんたがそうはさせないさ──だろ?」
マークルフが口の端を釣り上げ、司祭長の目にやや険しさが宿る。
「あんたはすでに周辺国を抑える手段を講じているんだろ。そうでなければ進んで“竜墜ち”をやろうなんて思わねえ。周辺国同士でしのぎを削り合えば、それは同時にこの地を支配するあんたの力が損なわれるのと同じだ。それに中央と戦うなら、地理的にこのブランダルクが各地と戦うための橋頭堡になる。そこが戦乱では困るはずだ」
司祭長は声をあげて笑う。その表情には苦笑が浮かんでいた。
「さすがに“狼犬”の目は鋭いな。少し喋りすぎたかもしれん。ならば逆に訊くが、君は“機竜”に勝つ見込みはあるのかね?」
今度はマークルフが苦笑した。
「ねえな。だが、勝つ保証をされた戦いなんてねえ。やるしかないのさ」
「それは少し、自惚れに聞こえるな」
司祭長の声が落ちた。
「君にも様々な力はある。だが所詮は一人だ。できることには限界がある。英雄とて一人で世の流れを変えることはできない」
「あんたは勘違いしている。“戦乙女の狼犬”はフィルディング一族に抗い、“機神”と戦う英雄の名じゃない」
「なら、何なのだね?」
マークルフは空けたグラスを置いた。
「戦乙女に浪漫を求めていた、少しお調子者でほら吹きだった一人の老傭兵の名さ」
「ほう。まるで君のようだな」
「それは褒め言葉としてとっておくぜ。真のこの称号の持ち主は、力ある者に振り回されない世界で仲間や友人と一緒にのんびりと生きたがっていた。あの人の望みはただそれだけだった。そうしたかったから、“機神”とも戦ったし、フィルディング一族とも戦った。世界を動かそうとも思っていなかったし、未来を決めようとも思っていなかった。あえて言えば孫に甘い人でな、その孫の生きる世界が平穏であることは願ってくれていた」
「ルーヴェン=ユールヴィング男爵は確かに偉大な人物だった。わたしが敬意を向ける人物の一人だ。だが、結局はそのささやかすぎる願いが足を引っ張り、後世に望むものは残せなかった。“機神”は滅びずフィルディング一族も健在、孫である君も命を削るような思いで戦い続ける世界でしかない」
「あんたの目からは祖父様は何も遺せなかったかもしれねえ。でも、それは逆さ」
マークルフは睨み返した。少しでも臆することは先代への侮辱として──
「俺や仲間や、世間に広がる傭兵たちが祖父様の名を遺しているんだ。フィルガス動乱やその後の争いで一族がどれほどに人々を犠牲にしてきたか、その無念を見続けて背負ってきた傭兵隊長の名をな。あんたにつけばその人たちに再び犠牲を強いる。“狼犬”の称号を受け継ぐ俺がそれを選択するなんて本末転倒も甚だしいと思わねえか」
マークルフと司祭長の視線がぶつかり合う。
「……君の望む世界は何だ? この世界を振り回す愚か者どもの尻ぬぐいに奔走されることかね? それは違うはずだ。君はその程度で終わるべき器ではない」
「俺の望む世界か。ささやかなものさ。先代の威光を笠に着て好き勝手に生きる、気楽な二代目暮らしさ。そして、俺の代で“戦乙女の狼犬”を終わりにすることさ」
司祭長は肩を震わせた。
「面白い世界だ。だが残念だがそんな世界が来ることはあるまい。君もこのままでは先代と同じく何も遺せずに終わるぞ。確かに君を形作ったのは先代かも知れんが、先代の遺した運命に縛られ過ぎている。こうして話をしているこの時こそ、それを変えることのできる絶好の機会だと思うがね。君にも自分の運命を変える権利があるはずだ」
「悪いが俺は筋金入りの祖父ちゃん子なんでな。祖父様がやり遺したものを片付けるまでは、“戦乙女の狼犬”の名が俺の運命だ」
司祭長は両手を下ろし、しばらくマークルフを睨んでいた。
「……なるほど。それが君の正義か。だが、正義は一つではない。一つの正義を貫き通すことが、どれほどの他の正義を踏みにじるか考えないわけではあるまい。君の正義でこの世界を救えるのかね?」
「あんたも言ったろ? 一人でできることには限界があるとな。俺もそう思っているさ。だから世界を救う役は他に任せる。俺の役はあくまで“機神”に振り回される奴らを止めることだ。それが間違っているというなら、誰かが俺を正すさ。それこそ正義は一つじゃねえ──いや、一つである必要もないのさ。そう思わないか、司祭長さんよ?」
司祭長は自嘲するように笑みを浮かべ、やがて大きく声をあげて笑った。
「どうやら、君が背負うものをわたしは見極め損ねていたようだ。これ以上の説得はかえって侮辱になるだろう。しかしだ、敵とするこのわたしの手中ではっきり断るとは賢明とは思えんがな」
「あんたを褒めてるのさ。ここで誘いに乗る振りをしたところで、その場で反抗手段を全て封じられそうなんでな」
司祭長は納得したかのようにうなずく。
「その身体でそこまで決断するにも相当の勇気が必要だろう。その意志は尊重する。ゆえに──」
「リーナ!」
マークルフが叫ぶと同時に司祭長は立ち上がっていた。
「いまここで、わたしが君を正そう!」




