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暗躍する小さい影(4)

「きゃああああッーー!?」

 山犬たちの群れに囲まれたフィーたちが観念して目を閉じる。

 だが、次におそったのは足元からの異変だった。

「ひゃああッーー!?」

 唐突に地面が盛り上がり、フィーたちはその場から放り飛ばされる。

「な、なに!?」

 地面に転んだフィーが慌てて起き上がると、目の前に鋼の巨人がいた。

 地面から上半身だけ出した、あちこちがボロボロの鋼の巨人が、襲いかかった山犬の一匹を頭から鷲掴みにしていたのだ。

 巨人は山犬を軽く放り投げると、近くの木に叩きつけた。山犬は悲鳴をあげるが、すぐに立ち上がる。だが、突然、現れた巨人に恐れをなし、尻尾を巻いて後ずさる。

「よ、ようせいさん、どこ!?」

 フィーが彼らの姿を探す。

「わ、ワシはここじゃ……」

 ダロムがフィーの尻の下から這い出てくる。

「プ、プリムはどこに……」

「こ、ここにいるよ……じいじ〜」

 プリムはかなり離れた場所に倒れていた。ふらふらした足取りで立ち上がるが、まっすぐ歩けずに、地面にポテッと倒れた。

 だが、助けに行くよりも早く、近くにいた山犬がプリムを狙って走る。

「プリムちゃん!?」

 山犬が口を開いてプリムに喰らいつこうとした瞬間、地面から土柱が盛り上がり、山犬のアゴを直撃した。山犬は完全に怯み、仲間たちと共に逃げ出していった。

 フィーは慌ててプリムに駆け寄り、フィー両手ですくい上げた。怪我はないが、目を回しているようだ。

「こりゃ! どこの鉄の骨か知らんが、助けるならちゃんと助けんかい! ワシのかわいいプリムが目を回しているではないか!」

 ダロムが文句を言うが、鉄の巨人からは何の返事もなかった。

「巨人さん、たすけてくれて、ありがとう」

 フィーはお礼を言うと、近くから巨人を見つめる。そして、以前に一度、見たことがあるのを思い出す。かなり傷だらけになっているが、リーナおねえちゃんが初めて酒場に来た時に、カゴの中にいたあの“顔”と一緒だ。

「礼なんて言うことないぞい」

 ダロムが不満そうに言った。

「しょせん、ただの機械人形にすぎん」

「でも、巨人さんがいなかったらフィーたち、たべられてたよ」

「どうせ、ワシらを助けたのだって気まぐれじゃよ」

「ようせいさんみたいに地面にもぐりっこしてるよ。お友だちじゃないの?」

「とんでもないぞい! こんな古代人の手先と一緒にせんでくれ!」

 ダロムがぴょんぴょんと飛びながら抗議する。

「うーん……ワッ!? この巨人さんは誰ですか!?」

 プリムが気づき、目の前に立つ巨人に驚く。

「フィーたちをたすけてくれたんだよ」

「そ、そうだったんですね! でも、プリムたちを助けるためにこんなにボロボロに!? ああ、巨人さん、ごめんなさい!!」

「おちつけ、プリム。それは元からじゃ」

 フィーの手の中でオロオロするプリムに、ダロムが言った。

「まえにみたときは、こんなにケガしてなかったよ。なにかあったのかな?」

 フィーが巨人の周りを歩きながら観察する。

「よく分からんが、この時代の人間の技術では修理できんのじゃろう。珍しい型でもあるようだしな」

「じいじには直せないの?」

 プリムが手から飛び降り、ダロムの前に着地した。

「ようせいさん、そんなことできるの?」

「じいじは機械のことにはとても詳しいの。“エンシア”という国で勉強してたの」

 プリムがフィーに答える。

「ふん、勉強じゃなく、潜入して技術を盗んだだけじゃがな」

 ダロムはそう言って、巨人をじっと睨む。

「まあ、できんことはないの。ワシの錬金術で、時間はかかるが直せんことはないぞい」

「じゃあ、直してくれるのね、じいじ」

「やだ。断る」

 喜ぶプリムにダロムはきっぱりと断言した。

「ええッ!? なんで〜」

「エンシアはとうの昔に滅んでおる。こいつも同じく壊れて朽ちた方がええ。それが運命というもんじゃ」

「だめなの? このままじゃかわいそう」

 プリムはさらに言うが、ダロムも頑なに首を横に振った。

「若いプリムは知らんじゃろうが、ワシら一族は過去、古代エンシアの連中にひどい目に遭ってきたんじゃ。そんな連中の手駒をわざわざ直す必要はない」

「だって──」


 キュ〜〜


 プリムが言い返そうとした時、またしてもお腹がなった。よほど、空いているのか、小さいお腹のわりに大きな音が暗くなった森に響き渡る。

「……」

 一瞬、その場が静まりかえるが、次に静寂を破ったのは巨人だった。

 急に巨人が胸の装甲を開き、フィーたちは驚いてその場から飛び退く。

「な、なんじゃ!? ワシらをどうする気じゃ!」

 ダロムがフィーたちの前に立って巨人に文句を言うが、巨人は黙ったまま、胸の装甲の隙間に自分の手を挿し入れる。

 フィーたちが見守るなか、巨人は何かを取り出した。その鋼の指で器用に小さな包みをつまんでおり、それをゆっくりとフィーに差し出す。

「フィーにくれるの?」

 フィーが包みを受け取ると、巨人は手を引っ込めた。

「そんなあやしいモノ、もらわん方がよいぞい」

 ダロムが言うが、フィーは無視して包みを開けた。中には小さな菓子箱が入っており、どこかで見たことあるような字で“おやつ”と書いてあった。

 フィーが箱のフタを開けると、そこには焼き菓子が入っていた。

「ワッ、お菓子が入ってるよ。プリムちゃん」

「ほんとです。おいしそうです〜〜」

「これ、プリム! こんな怪しいもん、口にしてはいかんぞい! 鉄巨人がおやつを持っとるなんておかし過ぎじゃろ!」

 ダロムが警告するも、子供たちは焼き菓子をおいしそうに食べ始める。

「おいしい! こんなおいしいお菓子、はじめて食べたです!」

 プリムが焼き菓子一枚を両手で持ちながら、かじりつく。

「うん。ばあちゃんの作ったのに似てる」

「フィーちゃんのおばあちゃんって、こんなおいしいお菓子、つくれるのですか?」

「うん! ばあちゃん、お菓子作るのうまいんだよ。今度、ごちそうしてあげるよ」

「わあ、楽しみです!」

 ダロムはすっかり蚊帳の外に置かれていた。

(むう、子供たちを完全に餌付け──もとい、手懐けてしまうとは……この巨人、侮れんぞい)

 やがて、お菓子を食べ終わったフィーたちがダロムの前に詰め寄った。

「じいじ、この巨人さん、直してあげて」

「直してあげようよ、ようせいさん」

 子供たちのお願いにダロムは迷うも、すぐに首を横に振る。

「だめじゃ、だめじゃ! プリム、こやつは悪いニンゲンの作り出した産物なんじゃぞ」

「じいじだって、ニンゲンのフィーちゃんと一緒にいるじゃない!」

「フィーちゃんは良い子だから、いいんじゃ」

「この巨人さんだって、良い巨人さんだよ!」

「直してあげて。フィーもこの巨人さん、いい人だと思うよ」

「二人とも、わがまま言って年寄りを困らせるもんじゃないぞい!」

「じいじも言ってたじゃない。地中に潜れる奴に悪い奴はいないって!」

「こやつは例外じゃ! だいたい、あの巨人の能力はワシらを研究したものに違いない。そのために仲間がどんな目に遭ったかを思えば──」

 プリムは巨人の方に駆け寄ると、ぴょんぴょんとその上に登り、胸の装甲の中に隠れてしまった。

「じいじが直してくれるまで、プリム、ここから出ない! ここに住む!」

「こ、こりゃ! 子供がそんなデクの棒と同棲なんてとんでもないぞい!」

「デクノボウじゃないもん! 鉄のボウだもん!」

「そういう問題じゃないぞい!」

 妖精たちの口論は続いたが、その間にも森はさらに暗くなろうとしていた。

 ダロムもそれに気づくと、肩を落として深くため息をついた。

「……分かった、プリム。後でそいつを診てやるから、とりあえず、そこから出てきなさい」

 プリムが装甲の裏から顔を出した。

「ほんと!? じいじ?」

「仕方ない。いまはフィーちゃんを家に帰さんといかんからの」

「やったあ!」

「よかったね、プリムちゃん」

 子供たちが喜ぶ後ろで、ダロムは困ったように顔をかく。

 やがて、巨人が胸の装甲を全開し、その手をフィーの足許に差し出した。

「どうしたの、巨人さん?」

「フィーちゃんも一緒に中に入れってことじゃない? きっと、森の外まで送ってくれるのよ。ね、巨人さん?」

 プリムが言うと、巨人は初めて意思を示すように首を縦に振った。

「ほんと!? ありがとう」

 フィーがその手の上に乗ると、巨人の手で胸の前に運ばれ、そのまま中に屈んで入る。

「ようせいさんは入らないの?」

「ワシはまだその巨人を完全に信用したわけじゃないぞい」

 ダロムが腕を組んで、顔を背ける。

 巨人が胸の装甲を閉じた。そして、そのまま地面へ潜行を始める。

「……おかしな真似をしたら、その場で分解してやるからの」

 ダロムは沈んでいく巨人の頭の上に飛び乗ると、そのまま一緒に地面の中へと消えていった。



「まったく、グーの字め、どこにいるのやら──」

 暗くなり、かがり火の届く街の外壁に背を預けながら、マークルフが愚痴を吐く。

「……」

 その隣で壁に同じように壁に寄り立つリーナは.何か言いたそうにマークルフを見ていた。

「人が苦労して探し回っているというのに、何をしていやがる」

「……」

「……どうした、リーナ?」 

「苦労している割には、ずいぶんと楽しそうでしたね」

 ジト目で見るリーナ。

 マークルフの手にはあちこちの屋台で手に入れた果物や小物の入った袋が握られている。

「何だ、あのかんざし、気に入らなかったのか?」

「そうじゃありません! これではただ、二人で街を遊んで歩いただけじゃありませんか!」

「堅いこと言うな。どうせ、街を歩き回るなら、その方が楽しいだろう」

 マークルフがリンゴにかじりつくと、それをリーナにも差し出すが、リーナはそっぽを向いた。

「そういう問題ではありません! もう、いいです。私が一人で捜します。その水晶球だけ貸してください」

「夜の一人歩きは危ないぞ」

「だったら、明日にでも捜します」

 マークルフは肩をすくめるが、ふと何かに気づいたような顔をする。

「……どうされたのですか」

「ああ、よく考えればグーの字がいないんだよな」

「だから、捜しているんじゃないですか」

 マークルフはリンゴを袋に戻すと、リーナの前に立つ。

「な、何ですか?」

 途惑うリーナの前で、マークルフは壁に手を付き、リーナに顔を近づける。

「マ、マークルフ様!? 何を──」

「つまり、いまなら邪魔する奴はいないということだよな」

「え、あの、その、いや、えーと!?」

 マークルフの真剣な眼差しに、リーナは顔を紅くしながら思いっきり気を動転させる。

「わ、私がお側にいるのは、戦乙女としての使命を果たすためで──いえ、マークルフ様のことは、も、もちろん、好きですけども、その、こういう好きとはちが──え、いえ、ちがわくもな──いえ、その……とにかく……あの……」

 逃げることも拒否することもできず、黙りこくってしまったリーナをマークルフはじっと見ていたが、やがてその頭にポンと手を置いた。

「すまん。ちょっと、からかっただけさ。だが、一人で歩いているとこういう奴が出てくるぞ。今日は大人しく帰ろうぜ」

 マークルフは離れて背を向けた。

「……え?」

 リーナは顔から火が出るほどに顔を熱くさせる。

 からかいと言うにはあまりに真に迫った態度だっただけに、いまの自分の言動を振り返ると恥ずかしさしか出てこなかった。

「い、いくら何でもいまのはひど──」

「のわぁああ!?」

 リーナが思わず叫びそうになるが、次の瞬間、目の前で起こったのは逆さ吊りにされるマークルフの姿と悲鳴だった。   

 足許から現れた《グノムス》がマークルフの片足を掴みながら浮上したのだ。

「グーちゃん!? 戻って来たのね」

 リーナが駆け寄り、《グノムス》に抱きつく。

「てめえ、グーの字! 何しやがる!?」

 マークルフが暴れるが、《グノムス》はゴミでも持つかのように腕を伸ばして、身体から離す。

「まったく、どこに行ってたの?」

 リーナが訊ねると、《グノムス》は胸の装甲を開いた。

「わッ!」

 中から驚かすようにしてフィーが飛び出してきた。

「フィーちゃん!? どうして、ここにいるの!?」

「巨人さんとおともだちになったの。やっぱり、リーナおねえちゃんのおともだちだったんだね」

 フィーは楽しそうにマークルフたちを交互に見る。

「ねえねえ、いまの“かべドン”っていうんでしょ。それすると、どうなるの?」

「み、見てたの!? フィーちゃん?」

「うん。グーちゃんの中にいると、地上がよく見えるよ。あれ、おねえちゃん、お顔が真っ赤だよ」

 リーナは全身を赤くすると、逆さ吊りのマークルフをポカポカと叩いた。

「もう、あなたのせいでフィーちゃんにまで恥ずかしいところを見られたじゃありませんか!」

「わかった。責任をとろう!」

 マークルフは逆さのまま器用にリーナの手を両手で掴む。

「だから、今晩、俺の部屋で一緒に過ごそう」

「また子供の教育に悪い冗談、言わないでください!」

「冗談じゃない! このままだと俺はグーの字に殺されるかもしれん! いまもさりげなく足首折られそうになっているんだ!」

「自業自得です! 知りません!」

 リーナはそっぽを向いた。

「そうだ、フィー! 久しぶりに酒場に泊まりにいきたいんだが、一緒に寝ないか?」

「いいよ。その代わり、おそくなったのばあちゃんにあやまってくれる?」

「ああ、いいとも、いいとも」

「それと、グーちゃんのなかのお菓子、かってにたべちゃった」

「かまわん、かまわん! 気にするな!」

「だめです! 理由はともかく、おそくなったのは自分でちゃんと謝らないといけません!」

「え〜〜」

 リーナがそう咎めると、フィーとマークルフが共に不服そうな顔をした。

「ともかく、酒場に帰りましょう。グーちゃんが戻ってきてくれたから、安心して帰れるわね」

「……あの、リーナさん。俺、このままか……」

「そのまま、少し頭を冷やされた方がよろしいですわ」

「……頼む。頭に血が上って、冷やすどころじゃ……」

「まだ、そこまで話ができるなら大丈夫ですわ。さあ、グーちゃん、行きましょうか。もう、遅いから静かにね」

 リーナが歩き出した。

 フィーを乗せ、マークルフを掴んだ《グノムス》は、足の先だけ道路に沈ませると、滑るようにして後に続くのだった。



(……あれが“神”様のおっしゃっていた、戦乙女とその勇士か)

 去って行くリーナたちの姿を、道路から頭だけ出したダロムは見つめていた。

(いろいろあったが、神様はちゃんとお導きくださったようじゃわい。さて、神様よりの頼み、ワシもちゃんと果たさねばなるまい)

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