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計画(1)

『フィルアネスに手を出すなだと!?』

 ガルフィルスが司祭長ウルシュガルに詰め寄る。

『そう声を荒げるな。しばらく静観するのも悪くないと言っているのだ』

 ウルシュガルが口の端を釣り上げる。

『反体制派をトリスに集結させ、一網打尽にするためには奴らを集める旗印が必要だ。フィルアネスがな』

 ガルフィルスは卓を叩いた。

『承諾できん! フィルアネスがいるから反体制派が消えんのだ! 奴がいなくなればそれでブランダルクに残る問題は解決する!』

 不満を露わにするガルフィルスに、ウルシュガルは苦笑する。こうなることは分かっていたようだ。

『それは譲れんか。確かにこれは王族間の問題だ。どうするかはそちらの意向を尊重はする。だが計画の邪魔になることだけは避けてもらうぞ。王もわたしと並んで計画を担う以上、こちらもそれは譲れぬ』

 ガルフィルスは苛立ちを呑み込むように、手元にあったワイングラスを空けた。

『それは分かっている。余も約束は守る。だが、その約束を守るためにも余の障害となるフィルアネスだけは排除する。これについてはそちらの手は借りるつもりもない』


 この会談の後、ガルフィルスは手持ちの魔物を含めた暗殺部隊を差し向ける。

 だが、フィルアネス暗殺は“戦乙女の狼犬”によって阻止された。

 司祭長はこうなることを予見していたのか。

 ともかく、フィルアネスに思いもよらぬ護衛がついたため、うかつに手を出すことができなかった。

 そして、フィルアネスたちが都市トリスに向かったことを知らされる。

(ここまでは司祭長の段取り通りか)

 ガルフィルスは王座で考え込む。

 司祭長自身もトリスへ出向いた。それは“戦乙女の狼犬”と話をするためだと説明は受けていたが、それだけで済むとは思えない。

 司祭長が必要なのは“計画”の協力者としてのブランダルク王だ。だが年若いフィルアネスの方が従えやすいという意味では価値があるはずだ。

(あの小僧ではブランダルクをただで渡すようなものだ。余のように強かになれねば国王は務まらぬ。この国のためにはフィルアネスこそ不要なのだ)

 ガルフィルスは書状を書き終えると、それを密封するのだった。



 セイルナックはとある森の中にいた。

 国境付近の情報網の回復と探索を行っていた彼はある部隊の存在を確認し、自ら接触に赴いていた。

 森の中には先に連絡を受けていた部隊の面々が待ち構えている。

 彼らが副長ログ率いる《オニキス=ブラッド》の部隊だった。

「貴方がウォーレンさんですね」

 セイルナックが彼らの先頭にいる古傭兵に言った。

「ここの傭兵ギルドの人か。俺の名を知っているということはログ副長と会ったのか?」

「はい。あの人から誘導を頼まれました。大変な状況ですが歓迎します」

「それはお互い様だな。それで副長はどこだ? それに隊長──男爵の行方は掴めているのか?」

「男爵の情報は先ほど届きました。どうやらトリスという都市に向かったそうです。副長も男爵の所に向かうと言っていました」

 部隊は色めき立つ。

「ところで、ここにタニアさんって女性はいますか?」

 セイルナックが訊ねると、傭兵の間を割って若い侍女が姿を現した。

「タニアはあたしよ! 何かあるの!?」

 小柄で化粧っ気もなく、体型も少年風の彼女を見たセイルナックは一度、背を向けると首を傾げた。

「……うーん、予想していたのとちょっと違うな。副長の相手ならもっと大人の女性かと思ってたけどな」

「あんた、人を呼び出しておいてケンカ売ってるの?」

 苛立つタニアの声にセイルナックは苦笑いする。

「ああ、いや、ごめんなさい。貴方が心配してないか、副長も気にしてたようでしてね」

 セイルナックは言った。伝言の内容はログが帰ってきた時のためにあえて伝えなかった。

「ログさんが……場所が分かったのなら、早く追いかけよ!」

 タニアが言うが、ウォーレンは渋い顔をする。

「そうしたいが分割した部隊の集結がまだだ。それに一斉に動くのはまずい。仮にもここは他国の領地だからな」

「はい。こちらとしても分断された情報網の回復が先です。男爵はこの先に大きな戦いがあると見越して、各地の傭兵たちの手も借りたいようです」

 ウォーレンはしばらく考えるが、やがてうなずく。

「よし。俺たちだけで先遣隊を組織して、まずは男爵と副長らに合流する。その間にあんたたちは準備を急いでくれ。隊長がそこまで言うからには、でかい何かがあるのは間違いない」

「あたしも行く!」

 タニアがためらうことなく言った。

「でも、危ないよ。向こうで何が起きるか分からないんだ」

 さすがにセイルナックは引き留めようとするが、タニアはきつく睨んだ。

「そんなの知ってるわよ! でもログさんには後戻りできない戦いが待ってるの! 黙っているわけにはいかないのよ!」

 セイルナックは反論しなかった。しばらくして参ったように頭をかく。

「なるほど、君は僕も知らない副長の事情を知っているようだ。それだけ副長が信頼しているのなら、僕が止めるのは野暮なのかもしれないね」

 タニアも意外そうな目をした。

「あんた、見かけのわりに物分かりがいいのね」

「こう見えて女性の想いは尊重するんだ。しばらく引っ込んでるけど、“龍聖”の名は健在なのさ」

 傭兵たちにどよめきの声がはしる。

「マジか!?」

「あんた、あの“龍聖”なのかよ!?」

「うるさーーい! あんたたち、ログさんのことが心配じゃないの!?」

 余計な外野の声にタニアは声をあげる。

「とにかく、急いで準備する! つべこべ言ってたら食事に毒と下剤を入れるわよ!」

「お、おう!」

 タニアのかけ声に傭兵たちは慌てて準備を始めた。



 出発してから数日、ルフィンたちに同行するマークルフは都市トリスに到着した。

 トリスはブランダルクの南部に位置する都市だ。

 大きな都であり、壮麗な建築物が幾つも見られた。各建物の上階を繋ぐ渡り廊下が目立ち、その壁面には伝説の神女や従士を描いたと思われる意匠が施されている。

「昔はもっと綺麗でした。立体的で、神話を題材とする造りは、ブランダルクの文化として世間に誇るべきものでした」

 馬車の窓から街並の様子を見つめつつ、リーデ司祭が告げる。その隣にルフィンとリファが座り、向かい側の席にマークルフとリーナが座っていた。

「その文化も〈白き楯の騎士団〉消滅を境に火が消えたようになりました。ガルフィルスが奨励を取りやめたからです。古き因習に風穴を開けるともっともらしいことを口にしましたが、自分が騎士団を壊滅させたことを連想させるからです。騎士団を題材にしたものの多くが理由をつけて取り壊されました」

「器が小さいにもほどがあるわよ。あんなのが仮にも血縁だなんて虫酸がはしるわ」

 リファが嫌悪を露わに愚痴をこぼす。

 リーデが苦笑した。

「そうね。もうこれ以上、ガルフィルスの横暴を放置できないわ。そのためにも貴女たちには頑張ってもらわないといけない」

「そうだね。兄ちゃん、がんばろう」

 リファが両拳を握る。

「ああ。でも、これから本当にどうするかだな。俺は何をすればいいのか──」

 ルフィンが眉根を寄せる。

「ドンと構えていろ」

 マークルフは言った。

「とりあえず下手に取り繕うと、かえって器が小さく見える。まずは現王よりはマシと思わせろ」

「……それでいいのか?」

 半信半疑のルフィンにマークルフはうなずく。

「それで後は何とかなる。何とかなったらそれが自分の器量だと思わせろ。他人がそう思えば後は何とかなる」

 リファも納得したようにうなずく。

「そうだね。男爵さんだってずっと寝てるか車椅子だけど、いままでだって何とかなったじゃん」

「おまえな。男爵の苦労も考えろ」

 ルフィンが呆れるように肩をすくめる。

「おまえを励ましたかったんだ。そう言ってやるな。それに俺もずっとこのままでいるつもりはない。早めに身体の治療をしたいとは思っている。ま、これも部下たちが何とかするさ」

 マークルフはこれ見よがしに笑った。

「私はあの女剣士が心配です。あれから姿を見せませんし、邪魔をしてこなければいいのですが──」

 リーナが言った。

「……そうだな」

 仮面の女剣士の正体は一連の言動と“神馬”を使役することから、ログの過去と関わる者なのは間違いない。

 女剣士と遭えば戦いは必至だろう。リーナもそれを考え、こちらを追ってくるであろうログを心配しているのだ。

「なあ、リーデ司祭。あんたは仮面の女剣士と“最後の騎士”、どちらがブランダルクに必要だと思う?」

 マークルフの問いに、リーデが僅かに動揺したように見えた。

「なんだよ、男爵。急にそんな質問して?」

 ルフィンが不思議そうにする。

「いやな。俺の勘では“最後の騎士”の出現が近い気がしてな。だから、この国の司祭ならどう思うか少し聞きたくなった。神女の化身と言われる女剣士か、神女の遺志を受け継いだ騎士団の最後の一人か──」

 リーデも落ちつきを取り戻していた。静かに笑みを浮かべているが、その表情そのものはどこか硬い。

「いきなりでとまどいました。申し訳ございません……そうですね。私には分かりません。ですが、両者が一緒にこの国のために戦ってくれることを願います」

 マークルフはリーデの表情を見つめていたが、やがて笑った。

「そうなれば良いがな。さて、俺も本格的に身体を治さねえとな。そうしないとログたちにしわ寄せが来る。あいつの邪魔はしたくねえからな」

 リーデがその言葉をどう受け取ったかは分からないが、彼女は静かに微笑む。

「……早く来ると良いですね。その腹心の方が──」



 一行は太守の城に入った。

 外部に知られないため、華々しい迎えはない。

 それでも城に入ったルフィンたちの前に、側近たちを引き連れた男が迎えに立つ。

「ようこそ、フィルアネス殿下。それにフィーリア殿下。遠路の旅、大変でございましたな」

 男はがっしりとした体格の中年の男だった。戦士の体つきではないが骨太の体格で落ちついた印象の男だ。

「この都市の太守ローエン閣下です。今回の決起を主導されているお方です」

 リーデに紹介され、ローエンは頭を下げる。

 マークルフはここに来るまでに受けた説明を思い出す。

 ローエンは先代王の時代に側近を務めていたらしい。現王の時代に宮廷から遠ざけられたものの、南の要衝であるトリスの太守を任される現在でも数少ない有力貴族だ。

 あくまでブランダルクの存続を優先し、現王や反政府とも距離を置く立場だったが、先王の遺児たちの存在は知っており、密かに援助はしていたらしい。

 だが、今回を建て直しの最後の好機と判断したらしく、決起の計画を反政府側にもちかけたのは太守であるという。反政府側にとっても一番の後ろ盾が立ち上がったというところだろう。

「よろしく頼みます、ローエン卿」

 ルフィンが表情を固くしながらも毅然と告げ、ローエンも謹んで拝聴する素振りを見せる。

「私はブランダルクの未来のために動くだけです。間近でお目にかかるのは初めてとなるが、やはり先代陛下の面影がございますな。先代陛下を最後までお守りすることはできませんでしたが、その分までも殿下に尽力するつもりです」

 ローエンは臣下の礼をすると、車椅子姿のマークルフを見た。

「貴殿がマークルフ=ユールヴィング男爵殿か。お噂は耳にしています。何度も殿下をお助けいただき感謝いたします」

「王子たちは俺の恩人だ。それは気にしないでほしい。だが、俺のことはあまり公にしないようにお願いする。協力できることはするが、ここに来ているのはあくまで“竜墜ち”阻止のためなんだ」

 ローエンもうなずく。

「子細は伺っています。こちらとしても他国の騎士の協力を公にはできませんのでな。ともかく、いまは足をお休めくだされ。その後で主だった者は紹介致しましょう」



 一行は太守の城に逗留することになった。

 同行していたエルマも空いた部屋を借り受け、そこに部下の二人を呼び寄せていた。

「分かった、二人とも?」

 エルマがアードとウンロクの二人に告げる。

 二人は彼女の記した設計図を見ていた。

「男爵の治療に必要な装置は分かりました。でも、どう考えても手持ちの資材では構築に足りないような──」

「大丈夫よ。それを補う機材は準備できる。いまは指示した部分の装置の作成を急いで」

 首を傾げるアードにエルマは答えた。

「いやぁ、しかし、魔力はどうやって持ってくるんです? 男爵の持つ肩当てのジェネレータでも足りませんぜ?」

 ウンロクも頭をかきながら訊ねる。

「それもアテはあるわ。これは必要になったら説明するわ」

「それなら構いませんがね。ところで──」

 ウンロクが横目で扉の方を見る。

 扉の隙間から赤毛の少女が顔を半分出してこちらを見ていた。隠れているつもりらしいが、完全にガン見状態で三人のやり取りを監視している。

「さっきから見てるあのお嬢さんは何者なんで?」

「リファちゃんよ。正確には双子の妹姫フィーリア様と呼ぶべきかしらね」

「さっきから、僕たち睨まれているような気がするんですけど──」

 アードが居心地が悪そうに言う。大男の割にそういうことには繊細な男である。

「男爵をどうやって治すのかと、それを怪しい二人が手伝うのがどうも気になるみたいね」

 アードとウンロクはリファの方を見た。

「……」

 リファが疑念の目で見つめるなか、二人は若干、固くなりながらも笑みを浮かべた。

「あ、あのね、僕たちは決して怪しくなんかないから──」

「そうそう、こう見えて腕は確かなんだ。大船に乗ったつもりで任せたら──」

 ぼうっとした大男と小太りの胡散臭い男が取り繕おうとするが、少女は何も言わずに顔を引っ込め、去って行った。

「……いつもながら傷つくっすね」

「ああ。狼犬亭のチビちゃんを思い出すぜ」

「仕方ないわね。素直な子みたいだし、ま、怪しい人間を見た当然の反応よね」

「所長には言われなくないっすよ」

 アードが言うが、エルマの何とも言えない表情に気づく。

「どうしたんです、所長?」

「……ううん。男爵が気に入りそうな素直な子だなって思ってね」



 太守とルフィンたち、それに主だった反政府派の代表たちが会議室に集まっていた。

 マークルフも特別に参加を許され、ルフィンたちの後ろに控えている。

「──ここにフィルアネス殿下とフィーリア殿下を擁することができた。後は人を集め、刻を見定めて行動に移す」

 その場にいる一同も神妙にうなずく。

 彼らもガルフィルスの圧政から逃れ、雌伏の時を過ごしていた。それがようやく報われる時が来たのだ。

「いつ行動に移すつもりだ? こちらもそれに合わせて準備を急がないといけない」

 マークルフの質問にローエンが答える。

「トリスに勢力を集め、各地にも同志たちがいます。トリスの決起を起点に、各地で叛旗の活動を起こす予定です。ただ、予想外の噂も飛び込んで来ましてな。“最後の騎士”が出現したとの噂です」

「“最後の騎士”!? 本物なのか!?」

 ルフィンが驚きながら訊ねた。

「男爵さんの予感、的中したね!」

 男爵の隣に立つリファも感心するように言う。

「詳細は不明ですが、それによって各地で改革の機運が高まっているのも事実。調査中ですが、もし彼をこちらの味方に引き入れることができれば、この決起の大きな力となります」

 ローエンが説明した。

「殿下に“最後の騎士”が味方してくれれば──」

「そうだ。〈白き楯の騎士〉を復活させ、殿下を主と認めてくれれば、それだけで多くの信任を得ることができる!」

 居あわせた反政府派の人間が次々に口にする。

 その様子を眺めながら、リファがルフィンの後ろに立ってささやく。

「ねえ、兄ちゃん? “最後の騎士”って敵軍の真っ只中に取り残されて、包囲網を一人で突破して逃げたって人でしょう?」

「ああ。いまでも伝説のように周辺国には怖れられているからな。それに〈白き楯の騎士〉はブランダルクの守護者だ。そんな人が味方してくれれば、間違いなく士気は跳ね上がる」

 ルフィンも期待を込めて言うが、リファがマークルフの方を向く。

「男爵さんは、“最後の騎士”が本物だと思う?」

「どうしてそう思う?」

「だって、それだけ酷い目にあっといて、この国のために戦うなんて都合良すぎる気がしてさ」

 その場の者たちがリファの方を見る。

 場の空気を削ぐような発言に、リファに厳しい視線が集まっていた。

「リファ、余計なことは言うな」

 ルフィンに咎められ、リファがマークルフの後ろに隠れる。

「さあて、どうだろうな?」

 マークルフがリファを庇うように大仰に答えた。

 マークルフはその場にいる反政府派の者たちの視線を忘れないようにした。

 この中にもリファを邪魔とする人間がいるかもしれず、確かにそう思わせる空気が彼らの間に感じられるような気がしていた。

「“最後の騎士”が本物かどうか、何を考えているかは分からん。だが、王女の考えは鋭いと思うぜ。ローエン卿、俺は余所者だからあまり口は挟めんが、いまは期待しすぎるのも早計な気はするな」

 マークルフの助け船に、ローエンもうなずく。

「おっしゃる通り。そのためにも確認を急ぎます」

「もう一つ、どうしても確認したいことがある」

 マークルフはローエンを見据えて訊ねる。

「この決起の後ろにいるのは司祭長ウルシュガルなんだろう?」

 太守は難しい顔をする。

「周辺国の力を借りるなら、顔役である司祭長にすがるしかない。俺がフィルディング一族の敵と知ってて隠しているなら無用の気遣いだ。俺の目的は“竜墜ち”の阻止。あんたらの改革に横槍を入れるつもりはねえ」

 マークルフに睨まれ、太守も折れたようにうなずく。

「お察しの通り、我らの後ろ盾は司祭長様です。内乱となれば周辺国も黙ってはいない。それに建て直しの間にもそれらを抑えねばならない。あの方の力は不可欠なのです。フィルディング一族と敵対関係の男爵殿には良い話ではないと思い、伝えずにいました。申し訳ない」

 太守は頭を下げる。

「いや、招かれざる客はこっちだ。向こうは俺がここにいることは知っているのか?」

 ローエンは思いの外、あっさりと頷く。

「こちらには何も言ってこないのですが、おそらく気づいておいででしょう。猊下も様々な目と耳をお持ちですからな。それに訊ねられれば、こちらとしても答えないわけにもいきません」

「それだけ分かればいい。向こうが俺について何かしてきたら、それは俺の問題だ。こちらで対処させてもらう」

 マークルフはきっぱりと答えた。

 それは反政府側に干渉しないのと同時に、こちらも干渉させないという意志表示でもあった。



 会議は終わり、城の一室にマークルフたちは戻っていた。

「お疲れ様でした、マークルフ様」

 リーナが用意されていたワインをグラスに注いで持って来る。

「すまんな」

 マークルフはゆっくりと右腕を上げる。最近になり、ようやくそこまでは動くようになっていた。

「持ちにくくありませんか?」

 マークルフの手は震え、グラスの中でワインが揺れていた。

「大丈夫さ。でも気遣ってくれるなら俺は口移しでも構わんが──」

 リーナはにっこり笑って、マークルフと自分のグラスを合わせた。

「地下水で冷やしてくれているみたいですよ。口移しではぬるくなって勿体ないですわ」

「……最近、かわし上手になって少しつまらんな」

 マークルフがワインに口を付けると、リーナも一緒にワインに口を付ける。

 確かによく冷えており、喉を潤すことができた。

「マークルフ様、先ほどのリーデ司祭とのお話の件ですが──」

 リーナが遠慮がちに訊ねてくる。

「あれか。話の通りさ。俺はログの邪魔はしたくないと言っただけさ」

 リーナは窓から暗くなった外を見つめる。

「……リーデ司祭が仮面の女剣士とお考えなのですか?」

「そう聞こえたか」

 マークルフはワインを飲み干すと、リーナがそれを受け取って机に置く。

「ありがとよ……正直、確証はない。だが、司祭が女剣士なら俺の言いたいことは伝わっただろう」

 マークルフは答えた。

「エルマが言っていたオレフという男の話を聞いて疑問に思っていた。本当にリファを殺されて困るなら、抹殺を狙う奴らの中にわざわざ居させるのは危険だ。だからリファの近くに他に監視役がいるのではないかと考えていた」

「それがリーデ司祭……」

「分からん。だが、燃える館にリーナとリファが閉じ込められた時、助けたのはリーデ司祭だ。それに仮面の女剣士も一度はリファを連れ去ろうとしたが、あれから動きがない。だがリーデ司祭が女剣士なら、それも納得はできる。司祭とオレフが関係あるのかも分からんが、司祭の態度を見ていたら俺の考えも的外れではないと思っている」

「よろしいのですか、このままで?」

「証拠はないし、簡単に捕まえられる相手でもないしな。それに向こうの狙いはログのようだ。こちらもリファに手出しをしない限りは、ログに任せようと思う」

 リーナもワインを机に置いた。

「ログ副長とどんな関係があるのでしょうね──」

「因縁深い相手なのは間違いないな。それもログが来れば分かるさ──こちらには、こちらでやることはあるしな」

 マークルフは自分に言いきかせるように告げる。

「司祭長の狙いは読めんが、リファと“機竜”の関係を知っていると考えれば、俺の回復も急がなければならん。いまのままでは“機竜”がトリスに墜ちる。そうなればここに集まっている反政府派は全滅する。司祭長がその気になればな」

 マークルフの顔には苛立ちが浮かんでいた。

「この都市自体が人質みたいなもんだ。とはいえ、都市の住人全てを避難させるなんてできるわけもねえし、俺たちで“機竜”を止めるしかねえ」

「では、リファちゃんに──」

「ああ。話をする。悪いが一緒に来てくれるか? リーナの方が伝わる話もあると思うんだ」

「……分かりました。お供します」

 二人がリファに会いに行こうと決めた時、扉が恭しく叩かれる。

 マークルフが許可すると、入ってきたのは太守の側近だ。

「失礼いたします。実は主人より話があるそうです。畏れながら、ご同行をお願い致します」

「俺一人か?」

「いえ。傍にいるご婦人もお連れして構わないそうです」

 大事な話を前に水を差された形だが、相手が太守では断るわけにもいかない。

「分かった。話を訊かせてもらう」



 太守の城を囲む城壁。

 城壁を繋ぐ尖塔が並ぶが、その一つの屋根にオレフは立っていた。

 人の目から隠れる場所に立つ彼は、城の窓越しに内部の通路を見つめていた。

 その通路には一人の乙女と車椅子の若き男爵の姿が見え隠れしている。

(戦乙女とその勇士。貴方たちは不利を承知で“機竜”と戦い、その大きな賭けに生き残った。次は俺が貴方がたに賭ける番だ)

 オレフは手にした《戦乙女の槍》を握りしめる。

(エルマ──これからが君への挑戦の始まりだ)



 マークルフとリーナが案内された部屋は晩餐のための円卓が置かれていた。

「ようこそ。お待ちしていたよ」

 円卓に座る一人の男が声をかけた。

 部屋にいるのはその男一人。華美にならない装飾の司祭衣を纏う壮年の男だ。 

 その眼差しは鋭く、それだけでもただの男ではないことを肌で感じる。

「てめえは──」

 マークルフの全身に緊張がはしる。傍にいたリーナもそれを感じ取り、危険に備えて自らの手を彼の背中に置く。

「お初にお目にかかるな、マークルフ=ユールヴィング男爵。ようこそ、ブランダルクへ」

 司祭長ウルシュガルは立ち上がると、不敵な笑みを見せる。

「裏で動いているとは思っていたが、こうも早く姿を見せるとはな。どういうつもりだ?」

「一度、腹を割って話をしたくてね。ただ、こうでもしないと相席してもらえないと思ったのだ。驚かせたことはお詫びしよう」

 そう言うとウルシュガルは案内の側近を下がらせ、席についた。

「無論、そのご婦人もご一緒で構わんよ。その方が安心して話もできるというものだろう」

 リーナの正体も見抜いている口ぶりだった。

「……いいだろう。良い機会だ。こっちもいろいろ話をさせてもらおうじゃねえか」

「マークルフ様──」

 心配したリーナが小声でささやく。

「せっかくの招待だ。無駄にするのは礼に反するだろ」

 マークルフも相手に負けず不敵な笑みを浮かべた。

 部屋には司祭長一人。リーナの正体を知るなら、自分たちを相手にする危険は承知のはずだ。

 それでも対峙する自信がどこから来るのか──

 手強い相手となる予感だけは何の先も見えない中、確信していた。

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