演じる役割
「“機竜”がリファを目指して墜ちてくる……間違いないんだな」
マークルフが再び訊ねると、エルマはうなずく。
「“機竜”は現在、誰の制御も受けていない状態です。誰かが命令を与えて制御しない限り、魔力を求めてあの子を目指すでしょう……“機竜”が今度、何らかの命令を与えられる可能性があるとしても、それを前提に考えるわけにはいきません」
マークルフは窓の外を見つけた。
あの夜空のどこかで“機竜”はいまもここを狙っているのか。
「まずいな。いま、俺たちは反政府勢力が集結する都市に向かっている。そこに“機竜”が墜ちたら──」
「リファちゃんを……人のいない場所に移動させるべきでしょうか?」
リーナが言った。
「リファちゃんと私たちだけでそこに行き、そこでマークルフ様の治療をするのです。そうすれば“機竜”を安全な場所に誘導し、待ち伏せすることもできませんか」
だが、エルマは難しい顔をした。
「“竜墜ち”阻止のためなら、それが最善でしょう。ですが、いまここは様々な思惑で動いています。来るべき“竜墜ち”がその鍵となっているようです。うかつに孤立すれば狙われる可能性は高いと考えるべきです」
「敵に見つからない場所を探し、グノムスに守らせれば──あの子なら地形を操作して敵の目をごまかすこともできると思います」
だが、それでもエルマは表情を変えなかった。
「それが有効とも思えません。うちがここを見つけたのはリファちゃんの特性を利用し、“機竜”の軌道と手持ちの装置の反応から計算したんです。うちが見つけたということは、他の相手もリファちゃんを辿って見つけることができるということです」
マークルフはエルマの表情を見ていた。
「何かを想定して言っているのか? それに、なぜ俺たちがリファに同行していると知っていた? リファの正体をどうやって知ったかも聞いていないな」
「……情報提供者がいたのです」
「誰だ、そいつは?」
「オレフという男です。故郷の学院時代の同期でした。現在はフィルディングの庇護下にいる科学者です」
「オレフ……そう言えば、マリエルから聞いたことがあるな。おまえと同じぐらい才気にあふれ、おまえと正反対に真面目な先輩がいたってな。そいつのことか?」
「そうです。彼がなぜ情報をこちらに伝えたかは分かりませんが、何かとんでもないことを考えているのは間違いありません。マリエルもあいつに捕まっているようです」
「マリエルが──無事なのか?」
「あの子が危害を受けているとは思いません。堅物なのは変わってないようですから。ただ、味方ではないでしょう。うちが可能なことはあいつもやってくると考えてください。リファちゃんも含めて、今回の件について熟知している分、何をやってくるかは正直、予想ができません」
マークルフは天をあおいだ。
「フィルディングの最長老が動くほどの相手に加え、エルマに肩を並べる科学者までか……厄介なのがまた出てきたな」
「フィルディング一族も動いているのですか」
「ああ。最長老の孫娘と出会った。今度の戦いはフィルディングの本流と傍流の戦いになっているようだ」
「そうですか。それと、あいつはリファちゃんを殺させるなと言ってました。理由は分かりません。ただ、人質にしても交渉には応じないそうです。まったく何を考えいるのか──」
マークルフはしばらくの間、目を閉じて考える。
「男爵。こちらも準備が必要です。警備の面も含めて都市部に辿り着いてから始めたいと思います。それまでにあの子の説得を──」
「──分かった」
マークルフは目を開けて、そう答えるのだった。
エレナはブランダルクのある城にいた。
祖父ユーレルンの協力者である貴族の城だ。
祖父は東部の情勢と司祭長を監視するため、ブランダルクに内通者を用意していた。
今回の事態に陥る前から、祖父は司祭長の存在を危惧していたのだ。
その一室で、エレナは窓から夜空を眺める。
やがて、上空に浮かぶ真紅の輝きに気づいた。
エレナはすぐに部屋に出ると、外のベランダに続く通路を進む。
「エレナ様、“機竜”が現れました!」
護衛の騎士がエレナに報告に現れた。
「分かっています」
「もし“機竜”が暴れれば危険です。どこかに避難された方が──」
「いえ、この目で確認させてください。それに“機竜”がその気になればこの近辺はすぐに焦土と化します。逃げるだけ無意味です」
エレナは騎士を退け、外のベランダに出た。
吹きつける風がエレナの髪とドレスをなびかせる。
エレナが見上げた先には“機竜”が飛んでいた。
“機竜”は損傷し、その破損箇所から魔力の光が漏れていることがはっきりと分かる。
その姿と風圧が伝わるほどに“機竜”は地上に近づいていた。
(“機竜”──おまえを動かしているものは何だ?)
エレナは“機竜”の姿を凝視する。
“機竜”は現在、制御を離れている。それでも惹き付けられるようにブランダルクを漂う原因は分からないが、それが司祭長ウルシュガルの思惑なのは疑う余地はない。
そして、“機竜”は一度、地上を攻撃している。その理由も分からないが、問題なのはそれが“機竜”の自律行動によるものかだ。
“機竜”は浮上する魔力を得られずに漂流しているはずだ。まっすぐ“聖域”の外まで飛べば済む話なのだが、それができないのが命令なく判断できない機械の限界だろう。
だが、だからこそ、自分から攻撃して魔力を消費する行動を選択することが疑問だった。
司祭長の命令があったのか。
だが、司祭長とて命令はできないはずだ。ここからでは“機神”を通して命令はできないはずだし、“機神”を通して命令があったのなら、エレナはそれに気づくことができるはずなのだ。
(突き止めねば──その鍵となるのがオレフという科学者か)
ラングトンの助言役として暗躍し、現在は司祭長の許へいることは突き止めている。現状を考えれば司祭長側の間者として動いていたのだろう。
この科学者は“機神”の研究に熱心であった。そして“機神”の機密に触れることのできる人物でもあった。この者が“機竜”を制御する術を見つけ出した可能性もある。
“機竜”が夜の闇に消えた。
人々を震撼させる破壊兵器であるが、エレナの目にはフィルディング一族の内紛の道具にしか見えない。だが、だからこそ、“竜墜ち”という災厄にまで拡大させるわけにはいかなかった。
「エレナ様。夜風も冷えます。そろそろお戻りになられた方が──」
背後に控えていた護衛の騎士が声を掛ける。
「……そうですね。ところで、ユールヴィング男爵の動きは掴めていますか?」
「はい。各地に捜索班が控えています。反応があればすぐに伝達が来るでしょう」
「分かりました。引き続き、お願いします」
エレナはそう言って城の中に戻る。
各地に散った捜索班は魔力の測定器を所持していた。
男爵の用いる“鎧”は特殊な反応で遠くからでも感知が可能のため、それが使用されれば、すぐに場所を突き止める手はずになっている。
この方法を祖父に教えたのも、あのオレフだ。それに、ラングトンを突き止めようとする大公とその科学者の目をごまかす手段を教えたのも彼だった。
その能力はフィルディング内の科学者でも傑出していたと、あの祖父が高く評価している。それだけに、司祭長側についたとしたら大きな痛手だと残念がってもいた。
エレナは足を止める。
「どうかされましたか?」
「いえ。お祖父様の冗談を思い出しましてね」
「冗談?」
「たわいもないことです。気を遣わせてしまいましたね」
エレナは自分の部屋に戻った。
クレドガル王国内の宴で大公バルネスと出会った時、祖父は自分を“狼犬”の妻に薦めていたことを思い出す。あの時は大公の目を欺くための冗談だと思っていたが、いまにして思うと、それは半ば本気だったのではと思うようになっていた。
祖父ユーレルンは今後の一族の行く末を願い、その将来を嘱望できる若者を求めている。
それが長年の因縁の相手でも、いずれ手を組めるのなら構わないと思っているのだろう。
エレナ自身の気持ちで言えば面白い冗談だと思っている。一族の娘として生まれた以上、望む相手に嫁ぐことは最初から諦めていたし、祖父を置いて嫁ぐつもりもなかった。だが、若きユールヴィングには興味があったし、祖父がそう望むなら考えることも悪くなかった。
エレナは一人、自嘲する。
その自分がいま、“機竜”を若きユールヴィングにどうやって誘導できるかを考えている。
現在、“機竜”を破壊できるのは戦乙女の力を借りた若きユールヴィングしかいないからだ。
(あの者には戦乙女が付き従っている。戦乙女は勇士を護り、勝利に導くそうだが、それに比べて私はどうだ? これ以上ない災厄を大怪我を抱えた相手に押しつけようとしている。どう見ても死を運ぶ悪霊ではないか)
エレナは寝台の上に身を投げ出すように横たわった。
(これが、一族の闇を背負ってきたお祖父様の役というものか)
エルマが部下たちを迎えに行き、部屋にはマークルフとリーナが残されていた。
「……なぜ、リファちゃんは王女として生きてきたのでしょうか」
リーナが訊ねた。
「詳しくは分からねえ。だが、何かを隠すためにリファを替え玉にしてきたんだろう。先日、館が火事になった時、リファと一緒に閉じ込められたと言ったな」
「はい。リーデ司祭に助けられなければ、あのまま逃げ遅れていたと思います」
「……あるいは反政府の中にも、リファを邪魔に思う奴がいるのかもしれんな」
「リファちゃんを──」
「ルフィンを王に担ぎ上げるために、リファの存在が邪魔なのかもしれん。オレフという男がリファを殺させるなと言ったのも、そういう理由かもしれないな」
「それは酷すぎます! リファちゃんはルフィン君たちの役に立ちたいって願って、頑張ってるんですよ。それなのに用済みだから始末するなんて──」
「ああ、酷い話だとは思う。だが、俺たちもあいつの力を必要とするために、残酷な事実を突きつけようとしている……あいつにとっては俺たちも変わらないかもしれん」
マークルフのやりきれない表情を見て、リーナも黙る。
「男爵さん、話は終わったの?」
扉が開き、その隙間からリファが顔を出した。
マークルフも一瞬、驚くがすぐに普段の表情に戻る。
「なんだ、また盗み聞きしていたのか?」
「してないよ。いつも盗み聞きしてるみたいじゃん?」
リファがふてくされた顔をする。
「前科があるからな」
「ああ、ひどい! 心配して見に来てあげたのにさ」
「それはすまんな。ともかく、おまえも王女なんだからうかつに動き回るな」
「大丈夫だよ。兄ちゃんと違ってあたしは放任主義みたいだしさ」
リファはすぐに機嫌を直し、冗談のように答えた。
「それより、どうやって身体を治すの?」
「トリスに着いてからになる。手段はエルマが準備してくれるそうだ」
「そうなんだ。分かったよ! 兄ちゃんにも頼んで、早くトリスに行けるように掛け合ってみるよ」
「そいつはありがたいが、おまえも気をつけろよ。いつ、どこで誰に狙われるか分からねえんだからな」
「男爵もリーデ司祭様みたいなこと言ってるね。うん、分かった。気をつけるよ」
リファはそう言って、さっそく兄に頼むためか部屋を出て行った。
「あいかわらず忙しい奴だな」
マークルフは一息ついた。
分かっていても、本当にエンシアの人造生命体なのか疑ってしまうほどだ。
だが、いまも騒ぎ出す“心臓”がエルマの言葉を思い出させる。
「ともかく、リファから目を離せんな。あいつを狙うのが外側の敵だけと限らないなら、俺たちで守るしかねえ。俺もあいつには世話になりっぱなしだ……いずれ嫌われるとしても、それぐらいはしてやらねえとな」
リーナはマークルフの顔を静かに見つめていた。
リファの正体を知っても、彼が妹のように考えているのは変わらない。
それだけに真実を伝えるのは辛いはずだ。
“機竜”と戦う前も、元に戻れない危険をリーナに告げることを苦慮していた。
飄々として大胆な振るまいをしているが、その奥では常に気づかい、悩んでいるのだ。
「話は終わったか」
再び扉が開き、入ってきたのはカートラッズとテトアだった。
「どうした、二人して?」
「大変なんです、男爵!」
テトアがいつになく慌てて、マークルフの前に立つ。彼女は傭兵組織の現状を確認するために出向いていたのだ。
「“最後の騎士”が現れたって情報が入ったんです!」
「何だと!?」
マークルフが驚いて頭を浮かせる。身体が癒えていれば飛び起きていただろう。
「よく分かりませんけど、当地にいる傭兵たちが“最後の騎士”と連携して動いているらしいです。そのおかげか情報が少しずつ入ってくるようになって──」
マークルフが思案するように顔をしかめる。
「マークルフ様……」
リーナも彼の顔をうかがう。考えていることは間違いなく副長ログのことだ。
「テトア、その“最後の騎士”の名は分かるか? 特徴は?」
「まだ混乱していて正確な情報はまだ……ただ、長身の青年で二刀流の剣の使い手らしいです」
「特徴はそちらの副長と同じだな」
カートラッズが言った。
「副長は普段こそ見せないが、二刀流なのは知っている。傭兵の過去を詮索するのは流儀に反するが、今回は事が重大だ。聞かせてもらうぞ」
「そうだな。いずれ話そうとは思っていた。確かにログかもしれん」
「あの副長さんが“最後の騎士”なんですか!?」
驚くテトアの口をカートラッズは塞いだ。
「なるほどな。それであの凄腕の秘密は分かった。さすがは初代“戦乙女の狼犬”だな。そのような者まで部下にしていたか」
「だが、あいつは過去を封印したんだ。口外はしないでくれ」
「無論、それも傭兵の流儀だ。こいつは心配だがな」
テトアが口をふさがれながら抗議の目を向けるが、カートラッズは無視していた。
「だが、過去を捨てた副長が再び、騎士を名乗っているのか?」
「テトア。その二刀流、左手はどう構えている?」
「……はい! 左手は小剣を逆手に構えていたそうです」
解放されたテトアが答える。
マークルフはしばらく黙っていたが、やがて何を思ったか苦笑交じりの表情で笑った。
「確かにログだ。どうやら、あいつにしかできない大芝居を打ったようだ」
「どういうことですか、マークルフ様?」
リーナは不思議に思い訊ねる。
「後手に回っている傭兵ギルドを盛り返すために、自分が“最後の騎士”を演じているようだ」
「で、でも、副長さんが本物の“最後の騎士”なんですよね?」
テトアが言う。
「偽者を一番上手く演じられるのは本物ということだ」
意味が分からないテトアが首を傾げるが、リーナには何となくその意味は分かった。
この苦境を乗り切るため、きっと“最後に生き残った騎士”を演じているのだ。
「ログも思い切ったことをしたな。だが、情報が入ってきたということは芝居も効果が出ていると言えそうだな」
「油断できんぞ。情報網が不全の現状を考えれば、ギルドだけでこの情報の拡散は不自然だ」
カートラッズは気になるような素振りで言った。
「何かがあると見るか、蛇剣士?」
「ああ。噂が一気に伝わったのであれば、その噂の拡散元である大きな集団があると考えるべきだ。すでに周辺国が集まって手を組んでいるのかもしれん。ブランダルクを四方から狙っている状況も考えれば、そこから噂は広まったのかもな。なにしろ“最後の騎士”なら、奴らにとっても恐るべき敵となる」
世情を読むことが必要とされる傭兵らしい意見だった。
「そうだな。反政府が勢いを得たのも、協力を得られるという確約があるからだ。政府に対抗する戦力が動いているのは間違いないだろう。反政府の裏に司祭長がいるなら、周辺国を動かすことも考えられることだ」
「こうなると、トリスに行くのも危険が増すな。向こうもこちらの動きに気づいていると考えるべきか」
「それは承知の上だ。だが、手は打っておかないとな。テトア、何とか“最後の騎士”に俺のことが伝わるように働きかけてくれ。〈オニキス=ブラッド〉もトリスに向かわせるようにセイルナックに頼んでくれ」
「分かりました。やってみます」
テトアがうなずく。
「いいのか、血統書付き。俺も賛同はしたが、これ以上は本格的に他国への干渉になるぞ」
「ここまで来たら後戻りはできねえ。なあに、ルフィンが王になれば後は何とかなるさ。必要ならフィルディングの最長老にも掛け合ってやる。向こうだって丸く収めたいのは一緒のはずだからな」
「フィルディングの力を借りるも辞さずか」
「“狼犬”の誇りに反するかもな。だが、どんな結末になろうと“竜墜ち”だけは阻止する。そうでなければ、俺には“狼犬”を名乗る資格すらない」
「リーナ姫。貴女はいいのか? 最悪、この男と心中することになるぞ」
「私は最後までマークルフ様のお手伝いをするつもりです。それだけです」
カートラッズは肩をすくめた。
「まったく、いまも理解に苦しむな。胡散臭さで名高い血統書付きを、なぜこの麗しの乙女は疑う事なく信じるのか」
「当たり前だろ。俺は“戦乙女の狼犬”だぜ」
「なるほどな。リーナ姫が傍から離れないうちは“狼犬”と認めていいわけだな。まあ、いい。とりあえず、そちらが途中で逃げない保証としては十分だ。後は俺もどこまで付き合うかだな」
「冷たい奴だな。最後まで付き合えよ」
「“最期”まで戦うはめになったら傭兵の誇りに反するのでな」
そう言って、カートラッズは部屋から出て行った。テトアもその後をついていく。
「……安心しろ、リーナ。あいつも途中で逃げるような奴じゃない。いまもどうやったら自分の名声と稼ぎを増やせるか、算段しているだろうぜ。少なくとも見返りがあるうちは付き合ってくれるさ」
二人を見送ったマークルフが言った。
「どんな危険な情勢だろうと傭兵芝居の舞台とし、生きていくための糧にする。祖父様が考えた傭兵像に一番、忠実なのはあいつかもしれんな」
「……だとしたら、人々は皆、傭兵なのかもしれませんね」
「なんだ、そりゃ?」
リーナの言葉に、マークルフは呆気にとられる。
「私もこの時代に目覚めて、いろいろと教わりました。人生は芝居の連続。自分が騙し、人が騙し、世間が騙す。それでも皆が辻褄が合うように芝居を書き換え続けている……リファちゃんならきっと分かってくれます。自分が人間ではないと分かっても、きっとどんなに苦しんでも──自分で“リファ”で居続けることを選ぶと思いますよ」
「……そう思うか?」
「はい。出会って間もないですけど、あの子がルフィン君やマークルフ様のことが大好きなのはよく分かります。だから、きっとそうします。私も“リーナ”で居続けていますから──」
リーナは微笑む。
「だから、貴方様も“戦乙女の狼犬”を演じ続けてください。傭兵の棟梁役が弱気になっては、皆が芝居を続けられなくなります」
マークルフもしばらく彼女を見つめていたが、やがて吹っ切れたように微笑むのだった。




