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欺く者しかいない地でも(2)

 マークルフの言葉を理解しかねるのか、リーナが首を傾げる。

「あいつにとって、“最後の騎士”の意味は最後に生き残った騎士じゃない――最後に消えていく騎士なのさ」

 マークルフは皮肉な笑みを浮かべた。

「人々が〈白き楯の騎士〉を求め、その帰還を願っていたとしてもですか?」

「ああ。それがあいつに託された遺志だからな」

 リーナの表情にはまだ疑問が浮かんでいた。

「さっきの続きだ。王家が成立したきっかけは騎士団の方向性を決める争いから内部抗争が起きたためだ。それを収めるために“王”を定める必要があったのさ。だから王家が成立すると、騎士団は王政の盤石化と自らへの戒めのため、忠誠を何よりも重んじたそうだ。ログはそれがブランダルクの苦境につながったとずっと悔やんでいた」

「王に忠実たる騎士でいたことが裏目に出たと――」

「結果的にそれが現王の助長を後押ししてしまったからな。騎士団も自らの行いを迷っていた。だから騎士たちは裏切られた時に国王を恨んだが、騎士団の壊滅は運命として受け入れたそうだ」

 リーナもやりきれないように顔を伏せる。

「それでも仲間の騎士たちはログだけは逃がした。きっと日の浅かったあいつにだけは、その運命を背負わせたくなかったからじゃないか。祖父様が教えてくれたが、ログは一度だけ嘆いたそうだ――『騎士団が決断して国王を止めていたら、ブランダルクの凋落だけは阻止できたかもしれない』ってな。あいつも騎士の名は捨てても、その過ちだけは背負っているんだ」

 リーナが顔を上げ、マークルフを見つめる。

「そうだとすれば、ログ副長はこの国に何を願っているのでしょう?」

「俺もあいつの心をどこまで代弁できるか分からねえが――」

 マークルフは言った。

「このブランダルクが立ち直ろうとするなら、あいつは自分にできることをする。この国を本当に憂う奴らが〈白き楯の騎士団〉を名乗るなら、それを止めることもしないだろう。だけど、自分が〈白き楯の騎士〉に戻る気はないと思うぜ。最後の一人だからこそ貫かねばならない――意地ってやつがあるんだろうぜ」

「意地……」

「意地があっても苦しいだけだが、それがないと生きていけない奴だからな……だから、あいつに“心臓”を渡す事態は避けられるといいがな。あいつ自身の戦いを邪魔はしたくない」

 今度はマークルフがやり切れない表情を浮かべていた。

「俺もこのまま何もできずに終わりたくねえ。できれば全てをこの手で片づけ、“戦乙女の狼犬”役は俺の代で幕引きにしたいもんだ」

「……それが貴方の意地なのですね」

 リーナが顔を伏せ、マークルフの傍に身を寄せた。その温もりが痛みだらけの身体に伝わってくる。

「今度こそ、“機竜”を止めましょう。私たち、二人で――」

 リーナが呟く。

 マークルフはいまさらながらに痛感した。

 ログに“心臓”を渡さなければならない事態を最も怖れているのは彼女なのだ。

「しゃべり過ぎたな。もう寝ろ。仕方ねえから今回はリーナの寝顔で我慢するぜ」

「……残念でした。見せませんよ」

 リーナは毛布の中に顔を隠し、そのまま出てくることはなかった。



 ログを前にして騎士隊長が驚愕していた。

 最初は一騎打ちのつもりだったが、その自信を一蹴するようなログの一撃で深手を受けた。

 それを合図に部下たちが加勢するが、それもことごとく男に斬り伏せられた。

 すでに半数近くが戦闘不能となり、部隊としては壊滅した状態だった。

 騎士隊長も相手の実力を侮るつもりなかったようだが、それすら甘すぎたことを今さらながらに後悔しているようだ。

 ログは両手に剣を構え、間合いを詰める。

 兵士たちは悲鳴をあげて後ずさった。

「……俺には分かるぜ」

 騎士隊長は胸の傷を抑えながら、それでも作り笑いを浮かべる。

「これだけの人数を相手に、ほとんど息を切らせない……それだけ、人を効率的に斬ることを覚え……それだけ斬っても動揺もしない……化け物だろ?」

 ログは逃げ出すこともできない騎士隊長の前に立った。

「戻って貴国の王に伝えろ」

 ログは言った。

「“最後の騎士”が戻って来た――とな」

 兵士たちが驚愕に声を震わせる。

 騎士隊長も愕然として目を見開く。

「わたしは傭兵たちを集め、この地の窮状を救うために戻って来たとな」

 ログは左手の革手袋を外す。

 その甲に刻まれた〈白き楯の騎士〉の紋章を目にした兵士たちは互いに顔を向け合うが、その意味を悟り、一斉にその場から遠のく。

 多くの敵兵を切り捨てて逃亡した騎士の伝説は現在でも風化していないのだ。

「……まさか、本物の……“最後の騎士”なのか?」

 騎士隊長が剣を支えに自力で立ち上がった。

 ログは左手の短剣を鞘に収める。

「……俺を討たないのか? 仲間の仇だぜ?」

「言ったはずだ。あの人たちは騎士団の最期に殉じたのだと――」

「生き延びようと……必死に逃げ回っていた奴らが、か?」

「あの人たちが守ろうとしたのはあくまで騎士団だ」

 ログの言葉に騎士隊長は何かを考えたようだが、やがて苦笑した。

「確かに、奴らは逃げるのに必死だったが……そうだな、命乞いや降伏を願う奴らは……少なくとも俺が聞いた話ではいなかったな」

 騎士隊長は手を挙げた。撤退の指示だ。

「……“最後の騎士”さんよ。あんたは……なぜ、生き残った?」

「お供を許されなかった。それだけだ」

 騎士隊長が後ろに下がる。

「その置いて行かれた騎士殿が……この国を本気で救うつもりか――」

 ログから離れたのを見て、ようやく兵士たちが近づき、騎士隊長の身体を支えた。

「なら、見させてもらう……この国がまだ救いようがあるのか……貴殿でも救えるのかどうかをな」

 それだけ言い残し、騎士隊長たちは部下たちに担がれて撤退していく。

 ログは黙ってそれを見ていたが、部隊が姿を消したのを見届けると、ようやく右手の剣も鞘に戻した。

「――お久しぶりですね、ログ副長」

 ログに近づいてきたのは髭に覆われた顔で笑みを浮かべる大男だった。

「わたしを知っているのか。貴殿は?」

「以前に男爵と一緒に会っていますよ。“龍聖”セイルナックです」

 ログは大男の顔をじっと見る。

「……この際、本物か偽者かは問うまい。その“龍聖”殿がなぜ、ここにいる?」

「そう簡単に割り切られるのも……まあ、男爵や蛇のダンナもすぐには気づいてくれなかったし、仕方ないか」

「閣下に会ったのか!?」

 ログに詰め寄られ、セイルナックがたじろぐ。

「え、ええ。貴方が追ってくるはずだから手を貸してくれって頼まれましてね」

「それで閣下はいまどこに――ご無事なのか?」

「“蛇”のダンナと一緒に行動してますが……正直言って、車椅子でようやく動けるほど、身体はボロボロでした」

「そうか……それでどちらにいる?」

「それが分からないんです。いま情報網が寸断され、情報が思うように集まってこないんです。それに男爵も訳ありの重要人物と行動を共にしている感じでしてね。きっとうかつに情報を流せないでいるのかもしれません」

「その重要人物というのは?」

「男爵もまだ確かめてないそうですが……おそらく、先王の双子の遺児ではないかと言ってました」

 戦いの時にも動かなかったログの表情に動揺が浮かぶ。

「双子の遺児……フィルアネス王子とフィーリア王女のことか!? しかし、殿下二人は火事で亡くなったはずだ」

「詳しくは何とも……でも男爵は確信があるみたいですよ」

 ログはうつむいた。

(殿下たちが生きておられた? もし本当ならば、あの時、ガルフィルスを斬ることも――)

 セイルナックが怪訝そうな顔を向ける。

「どうしたんです? 気分でも悪いのですか」

「……いや、すまない。だが、こちらも閣下との合流を急がねばならない。力を貸してくれるか」

「どうするつもりです?」

「さっきの言葉通り、わたしは“最後の騎士”として行動する。そうすれば閣下の耳にも届くはずだ。そちらもわたしを“最後の騎士”として利用してくれ。この名は大きい。傭兵たちが“最後の騎士”の味方だと広まれば、汚名を着せられている傭兵たちも少しは動きやすくなるはずだ」

 セイルナックが首を傾げる。

「そう上手くいきますかね」

「受け止める方はまず半信半疑だろう。だが、その方がかえって広まりやすいし、ばれるまでに時間もかかる。この事態を乗り切るためにはやむを得まい」

 セイルナックが遠慮がちに尋ねる。

「ログ副長……あなたが“最後の騎士”だっていうのはひょっとして本当――」

「もちろん嘘だ。ここの住人が考える“最後の騎士”ではない」

 ログは即答する。

「閣下の入れ知恵だ。わたしは剣の腕が立つから、必要なら“最後の騎士”の名を利用できるとおっしゃっていた。この紋章もそうなることに備えて、用意していた」

「そ、そうでしたか。ですが、“最後の騎士”に扮するなんて、ログ副長らしからぬ大芝居ですね」

「嘘に対抗するには、それ以上の嘘でハッタリ通せ――それが先代から続く“狼犬”の教えでな。それに倣うことにした」

「しかし、この国の伝説の英雄を騙って、ばれたら大変ですよ? 万一、本物の“最後の騎士”が現れたら――」

「本物はとうの昔に死んだという噂だ。問題ない」

 セイルナックはログの顔を窺っていたが、やがて決意したように大きくうなずいた。

「いいでしょう。ログ副長がそこまでするというなら、僕も腹を決めてお手伝いしますよ」

「頼む」

 ログは背後に気配を感じて振り向く。

 村娘と村長が近くに来ており、彼を見ていた。

 やがて二人は糸が切れたようにその場に膝をつき、娘の方は堰を切ったように泣き出す。

「どうしたんだい?」

 セイルナックがそちらに近づき、尋ねる。

「……戻って来てくれたんだ」

 娘は嗚咽まじりに答える。

「“最後の騎士”様は……この国を見捨てたって聞いてた……でも、でも、ちゃんと戻って来てくれたんだ……この国を助けてくれるんだ……」

 村長も娘の肩に手を置き、ログの方を見ながら地面にひれ伏す。

「騎士様たちが受けた仕打ちは存じております。この国のために戦ってくれなんて、あまりに虫が良すぎることも承知しています。ですが、その報いはわたしたちの代で終わりにさせてください。どうか、この子たちの未来だけはお救いください。お願いします!」

 村娘もその隣で同じように頭を下げていた。

「……顔を上げてくれ。その言葉だけ受け取っておく」

 ログはそれだけしか言えなかった。

 二人は気づいていないのだろう。

 ログは“最後の騎士”を名乗っても、〈白き楯の騎士〉の名を口にしていないことに――

 そして、自分が口にする“最後の騎士”の本当の意味も――

 この二人をはじめ、他の民も“最後の騎士”に僅かな希望を見いだしている。

 だが、ログはログであり“希望”などではない。騎士団と共に騎士アウレウスは死に、ここにいるのは彼らの無念と遺志を抱え続ける墓守のような男でしかないのだ。

「これで……仮面の女剣士様も一緒に戦ってくれれば――」

 村娘が言った。

「教えてくれ、娘。仮面の女剣士を知っているのか?」

 ログに尋ねられた娘は、村長に促されながら答える。

「はい。前からこの国に現れる、神女様の生まれ変わりと噂される方です。騎士様はご存じないのですか?」

「知っているが会ったことはない。だが、きっと彼女も神女様に導かれて戦っているのだろう。いずれ会うつもりだ」

 そして、戦うことになるだろう。

 自分はこの国の人たちをどこまでも騙そうとしているのだ。


『騙そうと思うから、そう考えるんだ』


 ログは先代男爵ルーヴェンとの会話を思い出していた。


『例えばだ、お前は目に見える“希望”がこの世にあると思うかね?』


 ルーヴェンの臣下となり、その傭兵稼業を手伝うことになった時の言葉だ。

 傭兵たちの人々を欺いた自作自演の争いに、当時のログは上手く立ち回ることができず、苦心していた。

 それを見てある時、ルーヴェンが言ったのだ。


『実は儂にも見えんよ、そんなもの――だが、“絶望”から目を背けられるうちは、“希望”もあるように見えるじゃろう? 要は騙し通すと人は自分で勝手に良い方に騙し続けることを選ぶもんでな。儂らはそれを手伝っているだけと思えばいい。それが自作自演の真骨頂というも――おいおい、騙されているような顔をするな。儂を信じろ、な?』


 先代の豪快な笑い声が、いまになってとても懐かしく思えた。

(いまさらながらに分かりました。貴方の苦労が――)

 ログは生涯にわたって“英雄”を演じた、一人の好々爺に向けて呟く。

(貴方ほどにはできないでしょうが、この戦いが終わるまではわたし自身を騙し通してみます。“最後の騎士”がいないと思っているのは、わたし一人だけのようですから――)



 クレドガル中央王国首都ラフル――

 大公バルネスは首都にある自分の屋敷に滞在を続けていた。

 “機竜”の軌道は“聖域”東部にずれたため、中央への“竜墜ち”の可能性はかなり低くなっているが、警戒態勢は解除されていない。

 そして、大公の耳にも東部国家ブランダルクでマークルフの生存が確認され、その部下たちが集結を開始している情報が届いていた。

 何が全てをブランダルクに引き寄せているのか分からないが、運命はそこを決戦の舞台に選んだのは間違いないだろう。

(すまぬ、ルーヴェン。せっかく坊主を追い返してくれたが、儂には坊主のために何もできんようだ)

 扉が遠慮がちに叩かれた。

 バルネスが許可すると、執事の男が入って恭しく頭を下げる。

「どうかしたかね?」

「実は閣下に直々にお目通りしたいと申し出がございました」

「何者かね?」

「はい――ユーレルン=フィルディング様でございます」

 普段、表情に考えを出すことのない大公だったが、思わぬ名と申し出に警戒の表情を浮かべる。

 フィルディング一族の最長老であり、かつてルーヴェンと共に争ったフィルディングの重鎮。共に現役を引退して久しいが、“戦乙女の狼犬”とフィルディング一族の戦いのそれぞれの後ろ盾として、いまも対立する立場の相手である。

 それが向こうから、直接の謁見を求めているのだ。

「……どういう理由だね」

「全てはお会いしてお話しするとのことです。向こうはできるだけ早くのご返事を求めておられます」

 バルネスはしばらく考えるが、やがて答えた。

「会おう。急いで調整してくれ。この件は全てに優先させる」



 バルネスとユーレルンの会談は非公式で行われた。

 場所はバルネスの館だ。

 敵方のお膝元であるがユーレルンはそれを了承し、少数の供を連れてバルネスの許を訪れた。

 現在は人払いをし、二人だけが応接室にいた。

「待たせたな、ユーレルン。このような形で話す時が来るとは正直、思わなかった」

「ご無礼は承知で馳せ参じました。どうか、お許しくださいませ」

 ユーレルンは車椅子に座りながら独り、バルネスに静かに頭を下げる。

 老体を鞭打ち、この館まで来ることは、それだけ重要な話があるということなのだろう。

「ところで、いつも傍らにいる孫娘はどうした?」

「エレナはいま遠くにおります。ブランダルクにあるムンドガル大神殿、そこに居るウルシュガル司祭長へ使いに出しております」

 バルネスはユーレルンを睨みつける。

「回りくどい話はよそう。いったい、彼の地で何が起きようとしているのだ?」

「実は私にも分かりかねましてな。ですが、いま手を打たねば将来、大きな禍根を残すことになるやもしれません」

「大事な孫娘を送り出してまで止めねばならぬ相手なのかね、その司祭長は?」

「そうなることは願っておりません。あの男もフィルディング一族の未来を担う者であって欲しいのですが……ですが、あの男には一地方だけでは狭すぎるのかもしれません」

 バルネスは椅子に背を預け、窓の外を見つめた。

 人を見る目についてはユーレルンは誰よりも厳しく、正確な男だ。その彼が警戒するとなると、その司祭長の手腕はかなりのものと見るしかない。そのお膝元で孤立しているマークルフが果たして対抗できるかどうか、不安を覚えずにはいられなかった。

「ユーレルンよ。そなたはなぜ、老体を押してここまで来た? そなたも歳だ。ここで老衰で倒れたとして不思議ではないぞ。儂も心臓を止める薬ぐらいは用意できるのだぞ」

「貴方様は私のような真似は致しますまい。それに、積年の因縁がそれで清算できるのなら、いつでもその薬を飲みましょうぞ」

「それだけの覚悟で臨むか。それでわたしへの頼み事とは何だ?」

「“機神”を――利用する許可をいただきたい」

 バルネスの目が大きく見開かれる。

「……何を考えている?」

「無論、“機神”を活動させるわけではございません。必要とした時にその機能を利用する用意だけはしておきたいのです」

 バルネスが表情を固くする前でユーレルンは続けた。

「それを行えば、“機神”を監視する閣下との衝突は不可避。ですが、今はこちらで争っている場合ではない。閣下がそれを看過できないことは重々承知の上。ですが、今回だけはこの老いぼれの一命をもって、ぜひとも曲げてお願いしたい」

 バルネスは深々と頭を下げ続けるユーレルンを見つめる。

 この男はもっとも油断できない存在である。だが、フィルディング一族への忠義は誰よりも厚い男だ。

 一族の危機を回避するために奔走するこの姿を無視することもできなかった。

 バルネスは壁に掛けた絵画に目を向ける。

 大公と傭兵隊長という身分の差を越え、若き時からフィルディングと共に戦った友ルーヴェンの肖像画だ。

「……あれを納得させるだけの理由はあるのかね?」

 ユーレルンも頭を上げ、宿敵であった初代“狼犬”の肖像を見つめた。

「孫娘は私のため、一族のために危険を承知で動いてくれています。マークルフ殿もルーヴェン殿と閣下の願いを背に戦っているはず――それを助けたい」

「二人の為というのか? 孫娘は分かるが、マークルフはフィルディングの敵ではないか。助けたとて、あやつは今後の戦いに手心を加えるような事はせぬぞ」

「それも承知しております。あの若者とも最近になって会いましたが、ますます亡きルーヴェン殿に似てきている。その姿も、その意志も――彼の者が敵となるか味方となるかは別としても、未来にはああいう若者が必要と思いましてな。我らは長く争い、騙しあいも繰り返しました。ですが、全ては後を継いでくれる者の未来のため――お互い、その願いだけは欺いたことはないはずです」

 バルネスは立ち上がると、ルーヴェンの画の前に立った。

「……大公閣下。難しい頼みではありますが、できればお返事を急いでいただきたい。いつ、その時が来るか、分かりませんのでな」

 バルネスはしばらく肖像画と向き合っていたが、やがて振り向く。

「儂が断ったとて、最初から止める気はないのであろう? 無駄な争いをしている場合ではないのは認めねばならんな」

「では――」

「まず詳しい話を聞こう。場合によっては今回だけは目をつぶる。未来を担う者たちにさらなる重荷を背負わせたくはない――それはルーヴェンが何よりも望んでいたことだからな」

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