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燃える館(2)

 魔物が咆哮と共に飛びかかる。

 マークルフは距離を離すために後ろに飛び退いた。

 目の前に着地した魔物はさらに地面を蹴り、マークルフに追いすがる。

 マークルフは倒れている兵士の前に着地すると、その手から剣を拾って投げつけた。

 強化された腕力で投げた剣は、瞬時に魔物に迫る。だが魔物は易々と腕の刃でそれを振り払った。

「チッ──!?」

 マークルフは横っ飛びで逃げ、入れ替わりに着地した魔物は唸りをあげる。

 地面を転がるマークルフもすかさず起き上がり、いつでも踏み出せる態勢をとった。

(やはり、ブランダルク王はロクな奴じゃねえな。こんなの飼ってたらますますロクな考えはしなくなる)

 マークルフは魔物と対峙しながら悪態をつく。

 その巨体で跳ね上がる脚力。そして投げつけた剣をあっさりと叩き落とした反射神経──やはり、肩当ての肉体強化だけでは勝てない。

 リーナが来るまで持ち堪えるしかないが、躱すだけでも肩当ての魔力を消費するだけに、うかつに動き回ることはできない。

「何をしている! 奴はフラフラだ! 一気に仕留めろ!」

 離れた場所から敵隊長の怒鳴り声が響く。

 敵隊長を人質にすることも考えたが、こっちを警戒しているのか一定の距離から近づこうとはせず、魔物に指示を与え続けている。

 魔物が地面を蹴った。

(逃げ続けたら、こちらが力尽きるだけか)

 マークルフはあえてそこから動かない。

 魔物が腕の刃を振り下ろすと同時に、マークルフはそれを躱しながら肩当てのスラスターを一瞬だけ噴射した。

 刃が胸を掠めるが、同時にスラスターの噴射した魔力が魔物の顔を直撃する。

 その場から飛び退いた魔物は、手で顔を覆い怯んだ声をあげた。

 マークルフがその場から離れると、魔物は手を退けた。

 魔力の噴射を受ければ目が使えなくなってもおかしくないが、魔物の目ははっきりとこちらを捉えている。だが、効いてはいるのか、こちらを警戒しているようだ。

「どうした? さっきの威勢はよ」

 マークルフは挑発するように不敵に笑いかける。

 時間稼ぎだった。こちらにまだ手があると思わせ、魔物に警戒させ続けねばならない。

 手段も魔力もない以上、残る武器はハッタリだけだ。

 敵隊長も警戒しているのか、次の指示を出していない。

 後はどれだけ時間を引き延ばせるかだった。



 倒壊した瓦礫に行く手を塞がれたリーナは、いま来た道を振り返る。

 すでにそちらにも火の手が回ってきていたが、迷っている時間はない。

 リファに肩を貸しながら、引き返そうとしたリーナの背に誰かの声が聞こえた。

 振り返ったリーナが見たのは、瓦礫の向こうに立つルフィンの姿だった。

「ルフィン君!? どうしてここに!?」

 だが、こちらの声は炎に掻き消されて届かないようだ。ルフィンもこちらを見つけて叫んでいるが、その声も届かない。

「兄ちゃん! バカ! 早く逃げて!」

 リファが叫ぶ。

 ルフィンの方にも火の手が回っており、危険な状況だが、それでもルフィンは何かを迷っているようだ。リーナたちを見ながら、外に顔を出そうとしているようだが、炎に阻まれそれができないようだ。

 リーナは気づいた。

 いまも感じ続ける装着信号の発信源はルフィンが見ようとしてる方向と同じだ。

 きっと、マークルフに自分たちの位置を知らせようとしているのだ。

「行って!」

 リーナはリファを抱きしめると一緒にその場にうつ伏せになる。

 ルフィンはその行動に驚いたようだが、リーナは顔をマークルフの方に振った。

 自分たちはここから動かないから、外に告げろという意味だった。

 ルフィンもそれに気づいたようだ。炎が迫る中、二人を置いていくのを躊躇う素振りを見せたが、意を決したのか、何かを叫んでその場から走り去っていく。

「リファちゃん、我慢してね……マークルフ様はきっと来てくれるわ」

 リーナは身体を起こすと、リファを抱き寄せる。

「分かった……兄ちゃんも、お姉ちゃんも、男爵さんも──みんな、信じるよ」

 リファは頷き、リーナの胸に顔を埋めた。

 床からも熱が伝わってくる。

 すぐそこまで炎は迫っていた。



 マークルフと魔物の睨み合いは続く。

 だが、魔物もしびれを切らしたのか、その両腕を持ち上げる。

「逃げも隠れもしねえぜ。隠れる所はねえけどな」

 マークルフも迎え討つように右腕を上げた。

 逃げも隠れもしないのは本当だ。いや、そうするだけの魔力の無駄遣いもできないのだ。できるのはそれ事態もはったりとして、魔物の警戒を一秒でも長くさせ続けることだった。

 その時、背にする館の方からルフィンの声がした。

 マークルフは魔物から顔を逸らさないようにしつつ、横目でその場所を確かめる。

 ルフィンが館からこちらに駆けてくる。炎に包まれた館から離れ、マークルフに向かって叫んだ。

「男爵! 二階だ! 二階の左から三番目の窓の奥! そこに二人とも一緒にいる!」

 そこはすでに炎に包まれていた。周辺も崩れかかっており、内部の様子を確かめることはできない。

「よくやった、ルフィン!!」

 マークルフは労いの笑みを浮かべて叫ぶと、魔物を挑発するように右手で手招きした。

「どうするつもりだよ、男爵!」

 明らかにふらふらの身体で、それでも挑発するマークルフにルフィンが叫ぶ。

 挑発が通じたかは分からないが、魔物は一直線にマークルフに襲いかかる。

「挑発に乗るな! ガキから殺せ!」

 敵隊長の声が響いた。明らかにマークルフを警戒をしているようだ。

 魔物がマークルフの前で跳躍した。命令通り、狙いを背後に立つルフィンに変えたのだ。

「挑発には乗るもんだぜ!」

 マークルフは肩当てに残った魔力を全て解放し、スラスターを起動した。

 飛び上がったマークルフは、ルフィンの目の前に迫った魔物の間に割り込み、魔物の首を右腕で羽交い締めにする。そのままルフィンの頭上を飛び越え、スラスターに残った魔力を注ぎ、館へと突っ込んでいく。

 目指す先はリーナたちの居る場所だ。

 賭けだった。

 このまま突っ込めば、脆くなった屋内は間違いなく崩壊する。リーナとの接触が遅れれば巻き込まれて共倒れだ。

 そして、リーナの位置を目視できない状況ではその可能性は高い。

(だが、リファが一緒にいるなら──)

 肩当てが誘導されるような反応を示していた。

 “機竜”戦の後に落下した時と一緒だ。

 あの時も肩当てが何かを求めるように誘導されていた。

 その後、最初に会ったのがリファだ。

 そして胸の“心臓”も、リファに接触する度に反応を示している。

 マークルフは仮定していた。

 魔力が不足した動力源は理由は分からないが、リファに誘導されるように反応すると──

 ならば、魔力が切れかけた肩当てはリファに誘導されるはずだ。

 そして、リーナもそこにいる。

 マークルフは燃えさかる炎と壁を貫き、屋内へと飛び込む。

 そして、辛うじて動く左腕を前に突き出す。

 リーナもまた、同じように腕を差し出していると確信しながら──



「ああッ!?」

 ルフィンの目の前でマークルフが魔物を道連れに館へと飛び込み、その衝撃に耐えきれなくなった館の上部が一気に崩壊した。

 火の粉を吹き上げた館跡を前に、ルフィンは愕然として膝から崩れ落ちる。

「リファ!? 男爵!? リーナ姉ちゃん!?」

 ルフィンが叫ぶが、その絶叫も炎の勢いにかき消されていく。

「魔物を道連れにしやがったのか。くそ、貴重な兵器を無駄にしやがって!」

 敵隊長がルフィンへと迫っていた。

「こうなってはおまえの首だけは何が何でも貰っていくぞ」

 ルフィンは逃げなかった。腰の短剣に手を伸ばし、敵隊長を憎悪の目で睨み付ける。

「せめて仇を討つか。いいぜ。追いかける手間が省けたんだ。相手をしてやるぜ」

 敵隊長は手にした戦斧を構えた。

「安心しろ。すぐに同じ場所に連れてってやる。いや、同じ場所に行けるかは分からねえな。なにしろ、てめえの片割れは──」

 その言葉を遮ったのは館から響き渡った衝撃音だった。

 原形を留める館の壁を貫き、何が飛び出した。

 それは魔物と、その首を右手で鷲づかみにする“光”に包まれたマークルフだった。

 その左脇にリファを抱えてながら外に飛び出たマークルフは、魔物を敵隊長へと投げ飛ばした。

 慌てて飛び退く敵隊長の前で魔物は地面を転がるが、すぐに起き上がる。

 その隙に離れたルフィンはマークルフの許へ駆け寄った。

「男爵! 無事だったのか!」

『ルフィン、リファを頼む。大丈夫、無事だ』

 全身に魔力の紋様と黄金の“光”を纏いながら、マークルフは言った。

「リーナ姉ちゃんは!?」

『安心しろ。一緒にいる』

 マークルフはそう言ってリファをルフィンに預ける。左腕は震えていた。この状態でもリファを支えるのが精一杯だった。

 マークルフが魔物へと近づいていく。

 全身の紋様──装着信号が明滅していた。身体を包む“光”も鎧の輪郭だけが浮かび上がる半実体化の状態だ。

 魔物は怒りの咆哮をあげた。

 その全身には瓦礫が突き刺さっていたが、その強靱な肉体には支障はないようだ。

『長くはもたねえ。さっさと片をつけるぞ』

 マークルフはリーナに言った。彼女の声は届かないが、こちらの声は届いているはずだ。

 魔物が飛びかかった。

 魔物の右腕と、マークルフの右拳が交錯する。

 腕から伸びた魔物の刃は光の装甲に阻まれ、逆にマークルフの拳は魔物の胸にめり込み、その巨体を大きく殴り飛ばす。

 魔物は地面に叩き付けられた。さすがにいまの一撃は効いたのか、すぐには起きられずにうずくまっている。

「……何だ、何なんだ、あれは!?」

 敵隊長が驚愕したまま、後ずさりする。

『クッ!?』

 マークルフは全身を襲う激痛に片膝をついた。

 その全身の紋様が消えかかり、全身の装甲もその姿が不鮮明になっていく。

 魔物が起き上がった。両腕の下から新たに二本の腕が現れていた。さらに全身からも短剣のような刃が生える。

 そして身動きのできないマークルフを逃すことなく襲いかかる。

 マークルフと魔物の姿が重なった。

 魔物は二本の腕でマークルフにしがみき、もう二本の腕を振り上げ、その刃で身動きできないマークルフを背中から貫こうとする。

 だが、魔物の腕は振り下ろされなかった。

 逆にその口から体液がこぼれ、自身の体毛を染めていく。

『刃の数が多ければいいってわけじゃ……ねえぜ』

 魔物の全身の刃は光の装甲に辛うじて阻まれていた。

 逆にマークルフの右腕から実体化した湾曲の刃が、魔物の腕の付け根から突き刺さり、急所である心臓にまで届いていた。

『うぁおおッ!』

 マークルフは足で魔物を蹴り飛ばして、刃を強引に引き抜く。

 胸を斬り裂かれた魔物は血を噴き出しながら地面に倒れた。呻きながらもがぐのの、やがて動かなくなった。

 マークルフもその場に崩れ落ちた。

 制御信号が途絶え、身を纏っていた半実体化の“鎧”も光の粒子となって散る。

 その粒子が彼の傍らに集まり、リーナの姿に戻った。

「マークルフ様!?」

 リーナがマークルフの身体を支える。刃の先端が幾つか刺さっていたのか、全身に新たな傷を負っていた。

「このまま帰れるか!」

 二人の前にいつの間にか、敵隊長が迫っていた。

「おまえたちだけは生かしてはおけん!」

 敵隊長が戦斧を振り上げる。

 リーナが咄嗟にマークルフに覆い被さるが、だが刃は振り下ろされなかった。

 顔を上げたリーナの前で、敵隊長は背中から剣で貫かれている。

 その背後にはいつの間にかカートラッズが立っていた。

「──気を付けろ。“蛇”はいつ忍び寄っているか分からんぞ」

 カートラッズは剣を抜きながら、敵隊長を突き飛ばす。倒れた敵隊長は二度と起き上がることはなかった。

 血糊を払って剣を収めたカートラッズがマークルフを肩で担ぎ起こす。

 リーナも反対から担ぎ、二人でマークルフを運んでいく。

「……すまねえな」

「まったくだ。俺と姫にこんなことをさせおって──」

「マークルフ様、お身体の方は大丈夫ですか?」

 リーナが心配するが、マークルフは強がって笑みを見せる。

「大丈夫さ。だが、この身体で“鎧”はさすがに無理があったか……予想以上に堪えたぜ」

「何が大丈夫だ。切り札がこれでは、今後の苦労が目に見えるようだ」

「この件から手を引かないのか、蛇剣士?」

「こっちも部下がやられた。いまさら引き下がっては“蛇剣士”の名に傷がつく。仕方あるまい。貧乏くじを引かされたかもな」

 カートラッズは答える。誰よりも傭兵の名にこだわる男らしい判断だ。部下も大事だが、傭兵の生き方を曲げることはできないようだ。

 向こうではルフィンたちが待っていた。

 リファも目覚めていた。

「男爵、大丈夫か!?」

「もう言うな。大丈夫という言葉はもう聞き飽きた」

「ねえ、リーナお姉ちゃん……いまのは何──?」

 リファも呆然とし、リーナに訊ねる。

「言ったでしょう。この人を護るのがわたしの役目よ」

 リーナもリファに微笑みかけていた。

「皆さん、ご無事でしたか」

 彼らの前に現れたのは、マリアに付き添われたリーデだ。

 所々にすり傷を負っていたが、無事だったようだ。

「ご無事でしたか、良かった」

 リーナも安心したように胸を撫で降ろす。

「司祭様はグラスディ様に助けていただいたそうです」

 リーデに代わってマリアが答えた。

「ですが、そのグラスディ様は倒壊した瓦礫の下敷きになり──」

 マリアはそう言って、顔を伏せる。

「……あの騎士がいなくなったか。どうする、血統書付き?」

 カートラッズが訊ねると、リーデが胸の前で両手を組む。

「あの方は最後まで避難の指揮をとった勇敢な方でした。あの方の遺志はこちらで引き継ぎます」

 焦燥した様子のリーデだが、意を決したように告げる。

「グラスディ様の行き先は存じております。私も向こうにはツテがあります。私が引き続き、依頼人となります。当然、報酬は変わらずお約束します」

「報酬の出所が変わらぬなら、それで問題はない」

 カートラッズは頷く。

「ついてるぜ、二人とも。特賞クジだけじゃなくて二等クジまで当選だ」

 マークルフは双子たちの前で笑みを浮かべる。

「そんななりで何が特賞だ。残念賞で十分だ」

 カートラッズが鼻を鳴らす。

 そんな二人のやりとりを聞き、ルフィンたちも力なくだが微笑んでいた。



「姐さん! 反応があったっす!」

 測定器の番をしていたアードがエルマを呼んだ。

 エルマが計器の記した反応の記録紙に目を通す。

 確かに無反応だった計器が一時的に反応を示していた。

「見つけたわ」

 反応の正体は男爵の“鎧”だ。究極の均衡とも言える“鎧”の力は“聖域”の影響を受けない。その反応も減衰せずに伝わるため、遠くまで計器で拾えるのだ。

「男しゃくさん、見つかったの!? リーナ姫は?」

 背後に《グノムス》が立ち、その肩に乗るプリムが代弁するように訊ねた。

 《グノムス》に乗って国境を越えてきたのはエルマと部下二人。そして妖精族のダロムとプリムたちだ。

 サルディンは同行せず、後で追いつく約束だけしていた。彼も部下を置いて行くわけにいかなかった。護衛の役は《グノムス》もいてくれる。

「姫様も一緒よ。“鎧”を発動できたってことは合流できたってことよ」

 エルマは答えた。だが、その表情は楽観していない。

 “機竜”戦時に比べても反応が著しく不安定で弱い。やはり戦いの傷が深いのだろう。そして、それでも“鎧”を使用せざるを得ない状況に巻き込まれているのだ。

「みんな、発信位置の計算を手伝って。一刻も早く追いつくわよ」


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