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燃える館(1)

「なあ、あのリーデって司祭はどんな人なんだ?」

 寝台に横たわったマークルフは、隣の寝台に座るルフィンに訊ねた。

「司祭様は何年も前から俺たちの面倒を見てくれてる人なんだ。昔から反政府の立場で働いている人なんだ。マリアおばさんとも知り合いだったそうだけど──気になるのか?」

「リーデって名前に引っかかってな。確か、〈白き楯の騎士団〉最後の団長がリーデンアーズという名だったはずだ。“リーデ”に何か意味があるのかと思ってな」

「リーデは伝説の神女様の名前なんだよ」

 ルフィンが足を組みながら答えた。

「あまり知る人もいないけどさ。俺も司祭様から聞いて知ったから人のことは言えないけどさ」

「崇めてるわりには知られてないもんなんだな」

「神女様は去る前に自分のことは忘れるように言ったらしいよ。それから、名前をみだりに口にしない教えができたんだって。これも司祭様の受け売りだけどさ」

 ルフィンはそう言って笑った。

「だから、騎士団長の名前は神女様にあやかったものだと思うよ。でも、司祭様は偶然同じだったらしいんだ。この地じゃ珍しい名前でもないしね」

「なるほどな。ログが来たら確かめてみるか」

「司祭様も言ってた。ここに詳しい部下の人がどんな人か、興味があるってさ。そのログって人、ブランダルクの人なのか?」

 マークルフは苦笑する。

「いずれ分かるさ。だが愛想は期待しない方がいいな」

 マークルフはそう言って目を閉じる。

「さて、寝るか。うるさい奴もいないし、静かに眠れそうだな」

「リーナ姉ちゃんが聞いたら怒るよ」

 リーナはリファと共に、奥の部屋に泊まることになっていた。そこが一番、警備がしやすく、若い娘が安心して眠れる所らしい。

「だったら、おまえも向こうで寝ていいんだぜ。リーナもおまえのこと、弟みたいだって言ってるから、怒りゃしねえだろ」

「いいよ。男爵こそ、本当はリーナ姉ちゃんと一緒に寝たかったんじゃないの」

 ルフィンは冗談を返すように笑った。

「おまえも言うようになったな。まあ、あいつは寂しがってるだろうが、いまは静かに身体を休ませないとな。また、あいつと合体しないといけないしな」

「……が、合体?」

「ああ。この前の時は激しすぎてな。さすがの俺も堪えて、もうダメかと──グオッ!?」

 マークルフの顔面に荷袋が叩き落とされた。

 放り投げたのは扉の前に立つリーナだった。

「また、わざと誤解されるような事を言って! しかも子供たちの前で!」

 顔を紅潮させたリーナが怒鳴る。

「……なんで、ここに?」

 マークルフは荷袋の下からくぐもった声で言った。

「おやすみの挨拶をしに来ただけです。行きましょう、リファちゃん」

「じゃあね、男爵さん。兄ちゃんも──」

 リーナの後ろでリファも手を振る。

「まったく。そんなに私が疲れるなら、代わりにその肩当てでも抱いて寝たらよろしいのでは? おやすみなさいませ」

 リーナは怒ったまま、リファを連れて去っていった。

「……まあ、ルフィン。そういうことだ」

 肩当ての入った荷袋を顔に載せられたまま、マークルフは告げる。

「よく分からないけど、仲は良さそうだね」

 リーナ達に手を振りながら、ルフィンは苦笑いをするのだった。



 兵士たちを指揮する角兜の隊長は部下達に合図を送った。

 闇夜を幾つもの炎が尾を引く。

 散開した兵士たちが館に火矢を放ったのだ。

「さて、陛下のとっておき、どれ程のものか見せてもらうか」

 隊長はそう言うと、馬車に載せていた檻の鍵を開けた。

「出番だぜ」

 檻の中にいた魔物が顔を上げた。

「館から出てくる奴を全員、始末しろ」



「起きろ、ルフィン──」

 真夜中に床を走る足音に気づいたマークルフは目を開ける。

「……どうしたの」

 寝ぼけ眼のルフィンが身体を起こすと同時に、扉が乱暴に叩かれた。

「殿下! ユールヴィング卿! 起きてください! 敵襲です!」

 ルフィンは跳ね起きると、扉を開ける。

「敵襲!? 国王の軍か!?」

 扉の向こうにいたのはグラスディ配下の兵士だ。

「おそらく! 火の手が回っています! 急いで脱出してください!」

「分かった! 男爵を動かすから手伝って!」

 車椅子に乗せられたマークルフは、ルフィンに押されながら通路を進む。

 窓からは炎の揺らめきが闇を照らしている。この分では炎が回るのは早そうだ。

「ご無事ですか!」

 通路の向こうから駆けつけたのはリーデだ。

「リーナとリファはどうした!? まだ来ないのか!?」

「グラスディ様が指揮を執って、二人を迎えに行っています! 男爵様たちも急いでお逃げくさい!」

 リーデが答えた。気丈にしているが非常事態に焦りを隠せないようだ。

「火は消せないのか!」

「外に怖ろしい魔物がいて、襲ってくるみたいです。消火しようとした館の者も襲われて──」

 リーデは手を合わせて祈りを捧げる。

「魔物までいるとはどういうことだ!?」

「ガルフィルス王の仕業でしょう。あの王は使役できる魔物を隠し持っているという噂です」

 相手の狙いは読めた。

 火矢で館を炎上させ、外に逃げた者を片っ端から魔物に始末させるつもりだ。

「迂闊でした。隠れる場所がここしかなかったとはいえ、前に滞在した場所にすぐに戻ってくるべきではありませんでした」

「そんなことを言ってる場合じゃない。俺はリーナの所に行く。あいつと揃えば魔物も片付けられる」

 車椅子を動かそうとした瞬間、轟音が轟き、館が響いた。

 リーデが咄嗟にルフィンを庇う。

「火薬仕込みの火矢か」

 マークルフは拳を握る。このままでは館の崩壊もじきに始まる。逃げなければ館に潰され、逃げても魔物に襲われることになる。相手は本気で皆殺しを狙っているようだ。

「俺が囮になる!」

 ルフィンが言った。

「国王の手先なら狙いは俺だ。だったら、俺が逃げれば魔物はそちらに来る! その間にみんなを逃がして!」

「危険だ!」

 マークルフは言ったが、ルフィンはかぶりを振った。

「男爵が覚悟を決めて戦っているのに、俺も逃げてばかりいられない」

 マークルフの前で、ルフィンは決意した眼差しを向ける。

「男爵様、お願いがあります」

 リーデが言った。

「この子と一緒に先に避難してください。私もリファとリーナさんの避難を手伝ってきます」

「しかし、火の手は早いぞ」

「だからです。車椅子で動くのは危険ですわ。リーナさんがいれば何とかなるのですよね?」

 さらに壁の向こうから爆発の振動が伝わってくる。さらに柱が倒壊した音もした。

 まだ館内部まで火は回ってないが、それも時間の問題だ。

「……分かった」

「よろしくお願いします。ルフィン、男爵様を連れて逃げるのよ。いいわね!」

 リーデはそう告げると、いまにも火の手が回りそうな館の奥へと駆けていく。

「ルフィン、外へ出るぞ。もし魔物が来たら、俺が引き受ける」

「戦えるのか? 肩当ての魔力は空になったんだろ」

「魔力の充填も少しはできているはずだ。リーナが来るまでは何とかするさ」



「何かあったのかしら?」

 外が騒がしいのに気づき、リーナたちも目覚めていた。窓がないので外の様子は分からない。

「見てくる」

 リファが寝台から降りると、扉を開けて通路から顔を出すが、すぐにその顔が驚きに変わる。

「大変だよ! 火事だって!」

 振り返ったリファが叫ぶ。

「逃げましょう!」

 リーナも飛び起きるが、その目の前で不意リファが背後から突き飛ばされる。

 転びそうになるリファをリーナが受け止めるが、二人の目の前で扉が閉じられ、何かが被せられる音がした。

「ま、待ってください!」

 リーナは慌てて扉を開けようとするが、外側から引っかかっているのか、開けることができない。

「どういうことですか!? リファちゃんもいるんですよ!」

 リーナは扉を叩いて外に訴えるが、何の反応も返ってこない。

 代わりに聞こえてきたのは、遠くで何かが倒壊する音だった。



 叩かれ続ける扉の向こうにグラスディは立っていた。

 この扉は内側から鍵を掛けられるが、表からも板を挟んで固定できるようになっている。

 同室の娘には不幸だが、あの“王女”を始末するためにはやむを得ないことだった。“王女”には敵襲によって死んでもらった方が、後々のためなのだ。

 グラスディは火の手が回る前に立ち去っていく。

(これでいい……殿下を担ぎ上げるためには、あれは表に出てきてはならんのだ──いや、そもそも余計な双子など生まれなければ、この国がこうなることはなかったのだ)

 グラスディの前に誰かがやって来る。

 リーデだ。

「グラスディ様! リファたちはどこですか!?」

「すまない。殿下たちは先に部屋を出られたようで、分からぬのだ。先に脱出しているかもしれん。貴女も先に脱出したまえ」

 グラスディは答えたが、リーデは立ち止まり何かを探しているようだった。

「何をしている、リーデ殿?」

「……男爵のお連れ様はまだあの部屋にいらっしゃるようです。リファも一緒ですね?」

「な、何を言っているのかね」

「いまからでも遅くありません。助けにいきましょう」

 リーデはそう言って、グラスディの横を通ってリファたちの部屋に向かおうとする。

「……許せ」

 グラスディが腰の剣を抜いた。

 だが、その不意打ちを躱したリーデの手がグラスディの胸に押し当てられる。

 その途端、グラスディは苦悶し、その口から血がこぼれた。

「……おまえは……いったい……」

「困るのよ」

 リーデは答えた。その顔からは控えめの女司祭の表情が消えていた。

「貴方の考えていることは理解できるわ。でも、いまはリファを殺されては困るの。男爵の連れの娘もね」

 グラスディの胸を光の剣が貫いていた。



 ルフィンと共にマークルフは館の裏口にたどり着く。

 裏口はまだ崩壊しておらず、そこにはカートラッズと館の人間が何人かいた。

 すぐにも脱出しなければいけない状態だが皆、二の足を踏んでいるようだ。

「血統書付き、無事か。リーナ姫は?」

 カートラッズが外を睨みながら訊ねる。

「リーデ司祭たちが連れてくる。外はどうなってる?」

「火矢を放っていた連中は俺の部下たちが始末した。だが、手強い魔物がいて、うかつに外にでられん。部下たちも何人かやられた」

 カートラッズは忌々しげに舌打ちする。

「テトアとマリアさんは?」

「正面の方だ。こちらが魔物をどうにかする間に逃がすつもりでいるが──」

「分かった。ルフィンと俺が囮になる」

 マークルフは言った。

「その間に脱出してくれ。館の者たちの避難を頼むぜ」

「王子を囮にするのか。リーナ姫が来るまで待てんのか」

「ルフィンが言い出したことさ。ここもいつ崩れるか分からねえ。時間はねえぜ」

 火矢は止まっていたが、周囲は熱気に包まれ、木が爆ぜる音や地響きがそこかしこで巻き起こっている。館の倒壊は時間の問題だった。

「ルフィン、やれるな」

 マークルフが言うと、ルフィンは黙って頷く。

 その表情は緊張で強張っているが、その瞳は揺らぐことはなかった。

「……承知した。死ぬなよ」

 カートラッズも頷くと、その場にいた部下と館の人間に合図をする。

 そして、一斉に彼らは外に出た。

 マークルフもルフィンに車椅子を押されながら外に出る。

 館の裏はなだらかな丘になっている。障害物はなく、炎に照らされて闇に紛れることもできない。敵からは丸見えの状況だ。

 一瞬、悲鳴がして不意に途切れた。

 そこにいたのは二足歩行の巨体を持つ魔物だ。

 虎のような毛並みをし、両腕から突き出た刃が伸びている。

 足元にはたったいま犠牲になった館の使用人が倒れていた。

 魔物は跳躍し、一気にマークルフたちの近くに着地した。

 野生化した魔物ではない。機械の類は見られないが、その身体能力などは明らかに人為的な強化が施されている。

 魔物は荒い呼気を吐き出しながら、マークルフたちを獲物と定め近づいてくる。

「ルフィン!」

 ルフィンが車椅子に括り付けた荷袋から《アルゴ=アバス》の肩当てを取り出し、マークルフの肩に装着した。

 マークルフの全身の神経が活性化し、全身に感覚が戻る。

「いいか。おまえも隙を見て逃げろよ」

「リーナ姉ちゃんが来るまで……大丈夫か?」

「何とかするさ」

 マークルフは自分の身を案じるルフィンに不敵に笑って答える。

 魔物がマークルフに飛びかかった。

 マークルフは車椅子ごと後ろに倒れながら、上から迫る魔物の腹を蹴り上げる。

 腹を蹴られた魔物は勢い余って背後に飛び過ぎるが、身を翻して地面に着地する。

「行け!」

 マークルフは地面を転がりながら、ルフィンに叫ぶ。

 ルフィンは一瞬、躊躇うが、すぐに走り出す。

 だが、その向かう先は燃える館の方だ。

「バカ野郎! どうするつもりだ!?」

「リファもいるんだ! リーナ姉ちゃんも連れてくる!」

 ルフィンはそう言って館に向かう。

「焼死体では証拠にならねえ! あいつから殺せ!」

 魔物の背後から声がした。

 角兜を被った敵の隊長らしい男だ。

 魔物はルフィンに向かって跳躍しようとするが、飛び出したマークルフに足を引っ掛けられ跳躍に失敗し、両者とも地面を転倒する。

「ルフィン! リーナとリファの居る場所を教えてくれ! 見つけたら何でもいいから合図をよこせ!」

 マークルフは叫ぶ。

 ルフィンも一瞬、足を止めてうなずくと、再び館に向かった。

「何だ、あいつは!? 重傷じゃないのか!?」

 一瞬だが、常人を超えたマークルフの動きに敵隊長は驚き、魔物に命じた。

「あいつからやれ! 生かしたら厄介だ!」

 敵隊長はそう告げると、自分を狙われないようにその場から離脱する。

 魔物はマークルフを獲物に定め、牙を向き出しに威嚇した。

(肩当ての魔力は僅か。うかつには動けねえ)

 肩当てを装着した時点で装着信号は発信されている。それは間違いなくリーナに届いているはずだ。

(──無事でいろよ、リーナ)



「マークルフ様!」

 彼からの装着信号を感じ、リーナは顔を上げた。

「どうしたの、お姉ちゃん?」

 リファが訊ねるが、リーナはそれも耳に入ることなく、扉に体当たりを始めた。

 何度も扉に体当たりするが、やはり華奢な彼女では扉を開けることはできない。

「お姉ちゃん、無茶しないで! 怪我するよ!」

「マークルフ様が呼んでるの! 危険が迫っているのよ! 急がないと──」

 自分を呼ぶほどの事態が起きているのだ。しかも、マークルフは現在、自由に動くこともできない。一刻も早く、自分が駆けつけないといけないのだ。

「よく分かんないけど、手伝う!」

 リファも大変な事態なのは理解したのか、リーナと一緒に何度も扉に体当たりするが、それでも扉を開けることはできなかった。

「……やっぱり助けが来るのを待つしかないのかな」

 リファが困ったようにうずくまる。

 だが、外でも危険が迫っているのは間違いない。救助が来るかも分からないのだ。

 リーナはリファの手を取った。

「リファちゃん! あなたの得意な武器は何?」

 あまりに唐突な質問にリファは困惑の顔を浮かべる。

「な、何のこと!?」

「説明している時間がないの! お願い! 答えて!」

「そんなこと言ったって、あたし、武器なんて使ったことないよ!」

「あなたが使いたい武器でいいの! 扉を開けるために必要なものでいいから!」

 リーナの懇願に、リファは考え込むがやがて答えた。

「じゃ、じゃあ、小さな斧がいい」

「斧ね」

 リーナはリファの手を取ったまま目を閉じた。

 彼女の持つ力は、勇士を護るための武器へと身を変えること。ここから抜け出すために、リファの為の武器に身を変えることができないか試すつもりだった。

 だが、いつまで経ってもリーナの身に変化は起こらなかった。

「……ダメだわ。やっぱり、そんな簡単になれるものじゃないんだわ」

 自分でも分からないが、おそらくは後戻りしないだけの覚悟が必要なのだ。勇士を助けるためとはいえ、元に戻ることを前提に誰かを利用するような安易な決意では武器化はできないのだ。

「グーちゃんが居てくれたら、こんな所から抜け出すのなんて訳ないのに……どうすればいいの──」

 その時、扉の向こうから板か何かが動く音がした。

 そして、扉が開き、同時に熱気と煙が流れてくる。

「リファ! リーナさん! 無事ですか!?」

 扉を開けたのはリーデだった。

「司祭様、来てくれたの! 兄ちゃんたちは無事!?」

「無事よ、リファ! 男爵様も先に出られました! それよりも早く逃げて! この館も長くはもたないわ!」

 リーナはリファの手をとると、リーデに従って部屋を出る。

 戦乙女として生まれ変わったが、リーナは古代エンシア育ちで“神”への信仰はない。だが、この時だけは“神”とその司祭であるリーデに深く感謝した。

 通路の部屋から炎が漏れ出ており、中には天井が倒壊して塞がった通路もある。時間が経てばそれだけ脱出は難しくなる。

「リーデさん! マークルフ様に何が起こって──」

 リーナは思わず咳き込む。すでに全体に火と煙が回ろうとしていた。

「話は後で! ともかく、外へ──」

 リーデが袖で口を押さえながら答えた。

 内部にまで火が回り、天井が軋みはじめていた。すでに屋根を支えるのも限界に来ているのだ。

「危ない!」

 リーデがリーナたちを突き飛ばす。

 目の前で通路の天井が崩れ落ち、さらに床も抜けて下の階まで崩れていく。

 リーデが床の崩落に巻き込まれた。

 リファも降ってくる瓦礫に当たり、床へと倒れた。

「リファちゃん!? リーデさん!?」

 リーナはリファを抱き上げるが、階下に落下したリーデは炎と障害物が邪魔して、下の様子を確かめることができない。

「お姉ちゃん、ごめん……あたしも怪我しちゃった。先に逃げて──」

 リファが右足を押さえながら、苦痛に顔をしかめる。右足首から血が流れており、上手く立てないようだ。

「なに言ってるの!? 置いて行けないわ! 掴まって!」

 リーナはリファに肩を貸そうとするが、リファはそれを拒否した。

「リーナお姉ちゃんは先に行って! 男爵さんが待ってるんでしょ!」

「ダメよ! ここはもうすぐ崩れて──」

「だから行ってよ! あたしを助けてたらリーナお姉ちゃんも男爵さんも間に合わなくなっちゃうよ! あたしは役立たずだけど、足手まといになって死ぬのだけはイヤだッ!!」

 リファは叫ぶと、煙を吸って思いっきり咳き込む。

 確かに急いでマークルフの許に駆けつけないといけない。だが、それはリファを見殺しにすることになる。

「……ダメよ! 行くのよ!」

 リーナはリファを強引に立ち上がらせる。

「でも──」

「足手まといが嫌なら一緒に来なさい! 貴女にはマークルフ様に出世払いする義務があるのよ!」

 有無を言わせず、リーナはリファに肩を貸しながら歩く。

「もういいよ……その話なら無かったことにする。代わりに兄ちゃんを助けてあげて」

「ダメよ。もう仕事は始まってるの。いまさら契約を反故にはできないわ」

 リーナは急ぐが、やはりリファを連れては思うように進めない。

「お姉ちゃん、男爵さんが心配じゃないの……」

「心配よ。でも、わたしはね。あの人と──あの人がその為に戦うものを護りたいのよ」

 リーナはそう言ってリファに微笑みかける。

「マークルフ様もわたしがリファちゃんを見捨てていくなんて考えてないわ。それも全て含めて困難の打開策を考えているはずよ」

 そこまで言って、リーナは熱気に咳き込む。

 目の前で壁が崩れた。

 屋台骨の一つが倒れ、その余波で炎が噴き出し、リーナたちの肌が熱気に炙られる。

 顔を上げた時、目の前の通路は完全に塞がれていた。

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