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暗躍する小さい影(3)

「おや、フィーちゃん? おでかけかい?」

 道往く大人たちをかけ分けて駆けるフィーに、近所のおばちゃんが声をかける。

「うん! ちょっとぼうけんにでるの!」

 フィーは懐に何かを抱えたまま返事をする。

「ぼうけん? ダメよ。あんまり、遠くまでいったら──」

「うん、わかってる!」

 フィーはこれ以上、何かを訊かれる前に手を振って走り去る。

 そうして、街の大通りを駆け抜けると、街壁の門までたどり着く。

 いつも口うるさい門番の兵がいたが、フィーは街を出ようとする馬車の陰に隠れ、見つからないように外に出た。

 街の外に出ると、人目のつかない所に行き、懐からダロムを引っぱり出した。

「ようせいさん、これからどうやってプリムちゃんをさがすの?」

「うむ。ちょっと、まってておくれ」

 ダロムはフィーの手からピョンと地面に飛び降りると、そのまま地面の中に沈んでいった。

 フィーはその場にしゃがんでジッと地面を見ていたが、やがてダロムが再び現れる。

「こっちじゃ。向こうの方から、かすかにプリムの気配がするぞい」

 ダロムは丘の向こうの森を指差した。

「ようせいさん、よくわかるね」

 フィーが感心するように言うと、ダロムは誇らしげに胸を反らせた。

「ワシら、大地の妖精は他の仲間が地中に潜ると、その気配が地面を通して伝わってくるんじゃよ」

 だが、ダロムはすぐに困った顔をする。

「だが、プリムはまだ幼いから、ワシのように遠くの気配が分からん。きっと、いまも独りで心細い思いをしているはずじゃ。早く見つけてやらんとな」

 フィーにもそれはよく分かった。自分も迷子になった時、祖母たちが見つけてくれるまで泣いたことがあったからだ。

「わかった。フィーがそこまでつれてってあげる」

 フィーはダロムを頭の上に乗せると、そのまま走り出した。自分の方が身体が大きいから早く走れるからだ。

「おお、これは早いの!」

 ダロムはフィーの髪に掴まりながら叫ぶ。

「これなら、プリムのいるところまで、すぐに追いつけそうじゃ!」

「もっと、はやくいけるよ!」

 フィーはさらに足を速めた。足の速さなら、リーナおねえちゃんと追いかけっこしても負けないほどの自信があるのだ。

「おお! これはいいぞい! やっぱりお嬢ちゃんに頼んでよかったぞい!」

 こうして、フィーはダロムを連れて森へと入っていった。

 しかし、得意気になっていたフィーは、森に近づくなという祖母の言いつけをすっかり忘れていたのだった。



 マークルフは街の通りを歩いていた。

 その服装はお忍び用に用意した一般的な服装のものだ。

「……マークルフ様」

 後ろから彼に呼びかけたのはリーナだ。

 彼女もマークルフに合わせるように町娘の服装をし、目立つ黄金の髪だけはツバの広い帽子で隠していた。

「何だ?」

「これでグーちゃんは見つかるのですか?」

 リーナは若干、不服そうにしながら訊ねる。

 探しに出かけるのは二人だけ。それも街をただ歩いているだけだからだ。

「仕方ない。家出巨人一機のために貴重な兵士を使うわけにはいかん。それに地中を移動する相手なんて普通に探して見つかるわけない」

「でも、それではグーちゃんをどうやって探すのですか」

「心配するな。手は考えてある」

 マークルフはそう言って、懐から何かを取り出した。

 それは水晶球だった。

「リーナも覚えているだろう。グーの字の存在を感知する装置だ」

 この水晶球は古代文明の道具で、《グノムス》が近くに来ると反応して、その距離に応じて光を放つ仕組みになっている。リーナが長い年月の後に地上に帰還する際、それを知らせるために地上に遺された物だったが、現在は城の敷地内の研究所に保管され、《グノムス》が戻ってきた時の合図として活用されていた。

「これで心当たりを歩いて回れば、そのうち反応が出るだろう」

「でも、グーちゃんが行きそうな場所の心当たりがあるのですか?」

「リーナが分からないのに、俺が知るわけないだろう」

 リーナは少しがっかりして肩を落とす。

「結局、あてもなく歩き回るということなのですね」

「仕方ない。家出人、いや、家出機の捜索は簡単にはいかないものさ」

 マークルフはお気楽に笑うと、リーナに左腕を向けた。

 訝しむリーナ。

「……それは?」

「お忍びなんだ。二人でただ歩いているのもおかしいだろう」

「腕組みする気分ではありません。お断りします」

「じゃあ、帰る」

「……」

 黙って向かい合う二人の姿を、通行人たちが面白そうに盗み見ながら通り過ぎていく。

 リーナは自分たちが注目されているのに気づくと、恥ずかしさと怒りで顔を紅くしながらも黙ってマークルフと腕を組んだ。

「……これでよろしいですか。その代わり、ちゃんと探してくださいね」

「分かってるさ。では、あらためて、家出鉄機兵を探しにいくとするか」

 マークルフたちは歩き出した。

 しかし、通行人たちは何ともいえない微妙な笑みを浮かべてマークルフたちを見ている。

「……さっきから私たち、目立っていませんか」

「当然だ。昔から出歩いているからな。俺の顔を知らない奴はいないさ。だが、変装時は声をかけないことが、ここの暗黙の了解になっている。気にするな」

「それって、最初からお忍びになってないじゃないですか!?」

「なに、すぐ慣れる。そういう“ぷれい”だと思え」

「私が“ぷれい”の意味を知らないと思って、何でもその言葉でごまかさないでください!」

「教えてやろうか」

「結構です!」

 腕を離そうとするリーナと逃すまいとするマークルフ。

 往来を右往左往する二人を、住人たちは避けながら黙って忍び笑いをするのだった。



 樹の茂る森の奥は日の射さない影の領域となっている。

 さらに太陽が傾くにつれて、その領域は広く、濃くなっていく。

「……じいじ、どこにいるの~」

 闇に沈みゆく樹の根元に、その小さな妖精はいた。

 頭にかぶった帽子は折れ曲がり、その根元の宝石が妖精の少女プリムの顔を映す。

 その涙目の自分の顔を見ていると、余計に心細くなり、思わず辺りを見回してしまう。

 初めての地上世界の旅だったが、到着直前に地中で何かが大暴れし、“じいじ”と慕う一族の長老ダロムとはぐれてしまった。

 その後、地上に投げ出されたプリムは初めて見る人間たちから身を隠していたが、つい誘惑に負けて食べた人間の食事が美味しく、そのままその人間たちの一行に紛れていた。

 しかし、いつの間にかとんでもなく遠い地まで運ばれていたらしい。

 このままでは人間たちに見つかると思い、“マチ”と呼ばれる集落から離れ、この森に身を潜めてダロムが迎えに来てくれるのを待つことにした。

 しかし、何日も過ぎたが、じいじの気配は全く感じなかった。いや、じいじの方も自分を見失っているのかもしれない。そうなると自分一人ではもうどうすることもできないのだ。


 きゅ~


 おなかが鳴った。

「“マチ”に戻ろうかなぁ」

 地上の生活をよく知らないプリムは、この森ではあまりたくさんの食料は採れなかった。花の蜜や木の実だけではお腹は満たされない。だが、“マチ”に戻れば人間たちの食事を少しもらうことだってできるのだ。とくにあのスープはとても美味しかった。危うく、見つかりかけたが、その味が忘れられない。

「……ううん、だめ。じいじの言いつけを守らないと──」

 じいじは人間たちに存在がばれるとひどい目に遭うから、絶対に見つかってはいけないと言っていたのだ。

「……待ってよ」

 プリムは膝を抱えて、その場で丸くなる。

 きっと、じいじも今頃、人間たちから身を隠しながら捜してくれているはずだ。

 じいじを信じよう。


 ガサッ


 周囲の葉がざわめく。

 プリムが周囲を見渡すと、そこには数匹の山犬たちがプリムを囲むように徘徊しているのに気づく。

 プリムは小さなポッケから小さな本を取り出して、それをめくった。

 ダロムからもらった『地上の危険生物二十選』にそれが載っていることを確かめたプリムは、慌てて地面へと潜る。

 逃げるプリムを見て山犬たちが姿を現すが、その前にプリムは地中に身を隠すことができた。

(ふぅ、助かったです。やっぱり、“マチ”に戻ろ)

 プリムは物騒な森から立ち去る決意をするが、次の瞬間、ポンと地面に勝手に飛び出してしまう。

「いた!? なんで~」

 地面に尻餅をついたプリムが顔を上げると、目の前にはこちらを見て驚く山犬の顔が広がっていた。

「…………きゃぁあああああああーー!!」

 プリムが思いっきり悲鳴をあげると、山犬が少し後ろに退いた。

 プリムは逃げようとするが、周囲は山犬たちが行く手を阻んでいた。どうやら、山犬たちの集まった真ん中に飛び出てしまったようだ。

 ようやく、ダロムからの注意を思い出す。

 大地の妖精は地中を自由に潜行できるが、お腹が空きすぎたりして体力が減ると、その能力が一時的に使えなくなる。地中ならすぐに分かるが、地上に出るとそれが分かりにくくなるから気をつけるように言われていたのだ。

「じいじ~~、たすけて~~」

 プリムは泣きじゃくりながら、その場にへたりこむのだった。



 森に入ってしばらく進んだフィーが少し休憩する間、ダロムは再び地面に潜っていた。

 フィーは一人で森で休んでいると、いつの間にか空が薄暗くなっているのに気づく。

 ようやく、祖母に森に入るなと言われていたことを思い出し、急に不安がこみ上げてきた。

 だが、迷子の妖精さんを放っておくこともできない。いま、妖精さんたちに協力できるのは自分だけなのだ。

 フィーは自分に言いきかせていると、やがてダロムが戻ってきて、森の奥を指した。

「こっちじゃ。さっきよりも気配が強くなっておる。もうすぐ、追いつけそうじゃ」

「わかった。いそごう!」

 フィーはダロムを頭の上に乗せると、先を進んだ。

 不安になったせいか、さっきよりも早足になっていた。

「ねえ、ようせいさん。どうして、ようせいさんたちははぐれたの?」

 黙っていると怖くなるので、フィーは何か話をしようとした。

「うむ。ワシらは地下世界から地上の近くまでは一緒に来てたんじゃ。ところが地上近くまで来た時に、とんでもなく大きな何かが地中で暴れ出しての。おそらく、巨人族のなかでもとびきり大きい奴だったに違いない。それに巻き込まれてはぐれてしまったんじゃよ」

 フィーが頭に浮かべたのは、“だんしゃく”の“けんきゅうじょ”で働く、アードという人だ。あの人はとても身体が大きい(でも、マリエルおねえちゃんにいつも怒られているので、多分、弱い)。ちっこい妖精さんが言うのだから、きっと、あの人ぐらい大きいのが地面に寝ていたのだろう。冬眠でもしていたのだろうか。

 その時、前方から微かに悲鳴が聞こえた。

「プリムの声じゃ!」

 ダロムがフィーの頭から飛び降りようとするが、フィーはそれを空中で捕まえると、そのまま急いで走った。

 やがて、目の前が開け、小さな空き地に飛び出る。

「フィーちゃん! 通り過ぎた! 後ろじゃ!」

 フィーが立ち止まって振り向くと、足許にダロムと同じような格好をした妖精の少女がいた。

「プリム!」

 ダロムはフィーの手から飛び降りると、プリムの許へ駆け寄った。

「よかった! 無事じゃったか!」

「ごめん、じいじ~、ぜんぜん、無事じゃない~~」

 そう言って、プリムが指差した。

 そっちを見ると、山犬たちがこちらを遠巻きに睨んでいるのに気づいた。

 プリムの声に引き寄せられ、気づかないうちに山犬たちの中に飛び込んでしまったようだ。

「こ、こりゃ、いかん!? プリム、おまえだけでも先に逃げるんじゃ!」

 ダロムがフィーを庇うように前に立つが、山犬たちは構わず、こちらを睨み続ける。

「むりだよ〜。お腹が空いて逃げられない~~」

「何じゃと!? だから、いざという時のためにおやつは残しておくように言っておいただろう」

「そんなこといったって~~」

「プリムちゃん、これあげる!」

 フィーは自分がとっておいたパンを取り出した。

「だ、だめじゃ! フィーちゃん!」

 それを見た山犬たちが包囲を狭め始めたのだ。

 フィーはその場にしゃがみこみ、妖精たちを腕のなかへと庇う。

 しかし、足は恐怖ですくみ、立ち上がることもできなかった。

 そして、ついに山犬の一匹が口を開け、飛びかかった。

「きゃああああーーーー!?」

 森の闇のなか、三人の悲鳴が響き渡るのだった。


 

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