動きだす者たち(1)
“機竜”と対決し、マークルフは“機神”復活の野望を阻止することはできた。
だが、マークルフとリーナは力尽き、それぞれ地上へと落下する。
破壊されなかった“機竜”も“聖域”の影響下に捉まり、“竜墜ち”──過去に多くの犠牲を出した地上墜落の惨劇が現実になろうとしていた。
リーナは“蛇剣士”カートラッズの傭兵部隊に保護され、マークルフの捜索に向かう。
マークルフも辛うじて生き残り、ブランダルクの双子の兄妹ルフィンとリファたちに介抱されていた。
やがて、マークルフたちがいた村を謎の部隊が襲撃する。
仮面の女剣士が現れて彼らの助けに入り、さらにフィルディング一族の最長老の孫娘エレナまでが現れることで部隊は撤退した。
その後、マークルフはリファを連れ去ろうとする仮面の女剣士と対峙する。
身体が思うように動かずに苦戦を強いられるも、彼を捜してやって来たリーナらが合流し、追い払うことに成功した。
ようやく再会した二人は、来たるべき“竜墜ち”を防ぐため、その決意を新たにする。
一方、《戦乙女の槍》を捜していたマリエルだが、オレフに槍と共に捕まる。
オレフはこの地を裏で支配するウルシュガル司祭長の命により動いていた。
そして、マークルフを捜す副長ログもまた、かつての祖国であるブランダルクへと急ぐ。
避けられぬ戦いがそこで待っていることを予感しながら──
「“竜”だ!?」
「こっちに来るぞ!」
「ちょっと、どうするのよ!?」
街の人々が一斉に空を見上げ、動揺の声をあげる。
彼らの視線が集まる先は、大空を彷徨う“機竜”の姿だ。
まだ小さな姿だが、よく見れば手負いの状態を確認できるまで、高度が下がっている。
何人かがその場から走り出した。それが呼び水となり、次々に人々が逃げる。
ついには街を悲鳴と雑踏が覆い始めた。
ブランダルクの人々にも“機竜”の噂が瞬く間に広まっていた。
“機竜”の軌道がこの地域に寄り始めており、墜落の可能性が出始めたこと。
もう一つは先日、この“機竜”が地上を攻撃したという話だ。
いつ攻撃するか分からない、明らかに手負いの破壊兵器に民衆は恐怖し、その姿が見える度に逃げ惑う姿が各地で見られるようになっていた。
酷い時には暴動にまで発展することもあり、政府も部隊を派遣して治安を強化した。
それを援助するように司祭長の意を受けた神官たちが人々の不安を取り除こうと奉仕活動に努めるが、それでも焼け石に水であり、ブランダルクはさらなる疲弊を余儀なくされるのが現状であった。
「それで、そのギルドのタヌキ親父ってのはあてになるのか?」
リーナの前で、マークルフが口を開いた。
彼は車椅子に座り、彼女が自らその椅子を押す役目を引き受けていた。
「抜け目のなさは信用できる。少なくとも誰かが大怪我してるのを見越して、車椅子を用意していたぐらいにはな」
隣に立つカートラッズが答えた。その背後にはテトアもいる。
「確かに気は利くがな。足元を見られて高くついたぜ」
「でも、それで動き易くなったのですから良かったじゃないですか」
リーナは言った。
「確かに、横になったままじゃ話もやりにくいしな」
マークルフは今後の情勢に対応するため、この地の傭兵たちを仕切る顔役らとの接触を試みようとにしていた。
そのために傭兵ギルドに口利きを頼んでいた。もっとも傭兵ギルドは監視されている可能性があるため、マークルフではなくカートラッズがギルドの主人に依頼したらしい。
その主人から伝えられた接触場所が、この地の傭兵組織が利用するという宿屋であった。
やがて扉が叩かれる。
テトアが扉に近づくと、扉の向こうの人物と何か言葉を交わした。
合い言葉のようだが、やがてテトアは鍵を開けて元の場所に戻る。
扉が開き、大きな体躯の男が現れた。
坊主頭に、固いアゴ髭で顔が覆われている。肉体は筋肉質だが、全体的に弛んだ脂肪に覆われて余計に身体を大きく見せている。
男はマークルフとカートラッズの姿を認めると、その身体で威圧するように部屋に入ってきた。
「大した風貌だな」
「裏方にしておくのは惜しいな」
小声で話すマークルフたちの前に男が立った。その形相で二人の顔を睨み付ける。
リーナは緊張に息を飲むが、やがて男の顔が明るくほころんだ。
「いやぁ、やっぱり男爵じゃないですか! それに蛇のダンナも久しぶりですね! それにしても想像以上にズタボロじゃないですか。大丈夫なんですか、男爵?」
見た目とは裏腹な明るい声と態度に、リーナは思わず呆気にとられる。
いや、それ以上にマークルフたちが途惑っていた。
「……蛇剣士、こいつ、誰だっけ?」
「分からぬのか……俺も思い出せん」
一度会った同業の顔は忘れない主義の二人が、そろって首を捻った。
「やだなぁ、ちょっと見た目が変わりましたけど忘れたんですか? 僕ですよ。セイルナックですよ」
男が名乗ると、マークルフたちの動きが止まった。
カートラッズが男の顔をじっと睨むと、その顔を掴み、マークルフにもよく見えるように向ける。マークルフもしばらく凝視し、二人で何やら小声で相談するが、やがて揃って口を開いた。
「“龍聖”セイルナックか!?」
「だから言ってるじゃないですか。セイルナックですよ」
「おめえ、いったい何でここにいるんだ!?」
「“竜皇”のオジキは知っておるのか!? 便りがないと嘆いておったぞ!」
マークルフたちが何やら揉め始めたため、リーナはその場から静かに離れると、テトアに耳打ちする。
「テトアさん。セイルナック殿と言えば確か、傭兵一の美丈夫と本で呼んだのですが……」
「はい。“聖域”の外の紛争地域に遠征に出たってことになってます」
「……失礼ながら、あの方が──?」
「あたしの記憶と少しも被らないのですが……男爵とダンナさんが認めているらしいので……多分──」
傭兵ギルド記者のテトアですら自信がないようだ。
リーナは以前、彼の熱心な追っかけの女性と話をしたことを思い出す。
きっと彼女がいまの彼を見たら、まず信じまい。むしろ、その方が幸せだろう。
「遠征はどうなってんだ!?」
「いやあ、あっちは予想以上に物騒になったんで、戻ってこの辺に潜伏してたんですよ。髪型とかも変えて、しばらく身を隠してたんですけど、ちょっと身体がたるんでしまって──」
「たるみすぎだ! “竜”のオジキに何と説明するんだ! オジキはおまえを売り出すために苦労していたんだぞ!」
カートラッズが呆れたように首を左右に振る。
「そうなんですよ。このまま帰ったら師匠に斬られかねないんで、ずっとここに居てたら、いつの間にか顔役みたいになってましてね」
セイルナックはポリポリと頭をかく。
リーナは、いつかマークルフから教えてもらった“遠征”についての話を思い出す。
傭兵業界は売り出したい傭兵を武者修行を兼ねて、“聖域”外にある熾烈な紛争地域に遠征に出させる習慣がある。遠征帰りとなれば、それだけで箔が付き、いろいろと売り出しやすくなるそうだ。もっとも、実際に紛争地域で戦うわけでなく、頃合いが来るまで身を潜めているのが実情らしく、目の前のセイルナックもその一人なのだろう。
リーナの脳裏に“大失敗”いう単語が浮かんだ。
「そういう訳なんで、お二人には師匠との間に入って話をしてもらいたいんですよ。何でもお手伝いしますのでお願いします」
セイルナックが手を合わせて頭を下げた。
「確かに放っておく訳にもいかんが……こりゃ、筋書きの書き直しが大変だな」
「オジキには世話になってるしな。仕方あるまい」
マークルフとカートラッズが揃って肩を落とす。
傭兵業界の裏を見てしまったようだが、ともかく話はついたようだ。
「“機竜”が地上を攻撃した噂は本当なのか」
セイルナックに案内された別室で、まずマークルフが訊ねる。
「本当でしょう。丘が吹き飛んだって話ですから──」
「原因は分かっているのか?」
「いやあ、向こうもかなり混乱していて詳しい情報までは分からないんですよ」
マークルフは険しい顔を浮かべた。
過去の“竜墜ち”では、“機竜”は地上に墜落するまでは地上を攻撃することはなかった。 “機竜”は少しでも高度を維持しようと余計な魔力は消費しなかったからだ。
だが、その前提が崩れたことになる。
攻撃した原因も気になる。損傷が影響しているのか、他に要因があるのか──だが問題はその事により魔力を消費することである。
これが繰り返されれば、“機竜”の墜落が予測より早まる可能性もあるのだ。
「急がねえとな。セイルナック、さっきの言葉通り、手伝ってもらうぞ」
「非常事態だってのは分かってます。そっちの状況を教えてください」
「いま部下たちがここに向かっている。俺の部隊の副官ログに、研究所の責任者エルマとマリエル。あいつらとの合流を急ぎたい。ブランダルクに来る彼らの手引きを頼めるか?」
セイルナックは頷いた。
「引き受けました。“竜墜ち”が迫って警戒も厳しくなってますが、幸か不幸か、ブランダルクの国境は抜け穴だらけになって来てましてね。何とかできると思います」
「この国はそこまで酷くなっているのか?」
カートラッズが口を開いた。
「元々酷かったのに加え、“機竜”がこの地方に墜ちる可能性が出てきて悪化の一途ってやつですよ」
セイルナックがお手上げとでも言うように両手を上げた。
「有力者たちが我先にと逃げる準備をしてるんですよ。資産を持ち出したり、いち早く脱出したりしてね。逃げ出せない貴族たちも周辺国の有力者に取り入り始めたらしいですよ。ブランダルクが崩壊した後のことを考えてるんでしょうね」
「自分の国を守るということはしないのでしょうか?」
リーナが訊ねた。彼女の故郷エンシアも“機神”によって滅ぼされた。その過去が重なって見えて仕方がないのだろう。
「リーナ、気持ちは分かるが相手が“機竜”じゃどうしようもねえ。それにエンシアとは時代が違うんだ。この時代の貴族や騎士は国王と契約して領地を預かっているだけで、国と心中する気なんてないのさ」
「国王直轄の政府軍は“竜墜ち”に備えて治安強化を進めているって話ですけどね。ただ傭兵の需要が増えていましてね。この国の兵士よりも傭兵の方がマシって言われてますからねえ」
「耳にはしていたが、この国の形骸化は酷いもんだな」
マークルフは目を閉じて考え込むが、やがてセイルナックを見た。
「〈オニキス=ブラッド〉もここに召集させる。その手引きも頼まれてくれるか?」
「いいんですかい? 傭兵部隊とはいえ、クレドガルの男爵軍が他国に侵入なんてなったら、後で大問題なんじゃあ?」
「いざという時に政府軍が機能するか期待できそうにねえしな。治安が崩壊するのを想定しておく方が良さそうだ」
「血統書付きに同意だな。周辺国も“竜墜ち”に備えるために軍を動かすはずだ。ここも他国の部隊がどうこう言っていられん状況になるのは明白だ。いや……最悪の場合、崩壊したブランダルクの占領合戦に巻き込まれるかもしれん。それに備えるためにも手持ちの戦力は集めておくべきだ」
「それでは……この国の民はどうなってしまうのでしょうか」
リーナが悲しげに呟く。
マークルフは答えなかったが、権力の不在がどれほどの被害をもたらすかは想像するのは難しくない。
“機竜”を破壊できていれば──きっとそう思っているのだろう。
「自分を責めるな。“機竜”を破壊できなかった責任は俺にある。おまえは俺に戦う力をくれ。それがおまえのするべき事だ」
「国を守る責任は国王たちにある。危機でガタガタになるなら、それはそいつらの責任。姫がお心を痛めたところで、事態が改善するわけでもないでしょう」
カートラッズもそう付け加えた。
「俺たちは俺たちで、やるべきことをやるしかねえ。それにまだ分からないことも多すぎる。後悔するなら文字通り、全てが終わった後だ」
マークルフがそう説き伏せると、リーナはマークルフの傍らに膝をつき、安心させるように無言で頷いた。
「いやあ、男爵もいつの間にかこんな綺麗な女性を傍に置いてるなんて、隅に置けないですね」
「いいだろ? “戦乙女の狼犬”の名は伊達じゃないってことさ」
そう言いつつ、得意気に鼻を高くするマークルフ。
「完全に首輪に繋がれてますけどね」
「苦労ばかりかけさせているようだしな」
「……」
テトアとカートラッズに言われ、マークルフは押し黙る。
「しっかり者の方みたいで安心しました。なら、引っかかることもないと思いますが、いまは宗教の誘いにのらないでくださいね」
「どういうことだ?」
「実はですね。“機竜”の騒動で暴動が起きているんですが、それに乗じて傭兵ギルドなどが襲撃されているんです。暴動のとばっちりではなく、裏で何かが動いているのは間違いありません」
「俺たちの動きを潰そうとしているのか?」
「俺も親父から聞いたな」
カートラッズが言った。
「この情勢で傭兵の需要が上がるはずだが、逆に傭兵の流れを抑えようとする動きがあるそうだ。かなりの大物が手を引いていて、親父も危険を感じて、頃合いを見て店を休むことも考えているらしい」
マークルフは考え込む。
「……現在の国王にそこまでの力があるとは思えねえ。だとすると残るは──ウルシュガル司祭長か」
「そうだな。フィルディングの最長老がわざわざ孫娘を代理に遣わしている。その相手が誰かとも考えれば、一番怪しいのはフィルディング一族に連なる司祭長だな」
「ええ。僕たちもそう考えてます。司祭長はかなり手強い相手になりそうです。こっちも手を尽くしますが、不測の事態も考えてください」
「すまねえな。危ない橋を渡らせる」
「傭兵は世間からあぶれた者たちの最後の居場所ですからね。お偉方の都合で潰されてたまるかって、仲間たちも本気ですよ。僕としては師匠の方が怖いですけどね。ぜひとも男爵たちには頑張ってこの件を解決してもらって、こっちの件もお願いしたいですからね」
ブランダルクの近郊にある宿営地でも、マークルフの部下たちが集まっていた。
「その話に間違いはないわね」
エルマが言うと、先ほど合流を果たしたアードとウンロクの二人が揃って頷く。
「間違いないっす。僕たちは直接、顔を見てないですけど、あんな手段で“槍”を探す科学者なんて他にいないっすよ」
「姐さん代理と“槍”はオレフの野郎が連れ去ったに違いないですぜ」
「どうする? 妹さんを捜すか?」
サルディンが訊ねる。
「“槍”も取り戻す必要があるぞい」
背後に《グノムス》が控えていた。その肩の上に乗るダロムが言う。
「あれがなければ、“機竜”との再戦も厳しくなるしのう」
「でも、男しゃくさんはどうするの? グーちゃんだってリーナ姫に早く会いたいって思ってるよ」
ダロムの隣に座るプリムが言った。
一同の視線がエルマに集まる。
「男爵との合流が先よ」
エルマが答えた。
「所長代理はどうするんです?」
アードが訊ねる。
「オレフの狙いがどうであれ、あの子を殺すことはないでしょう。おそらく、うちを呼ぶための人質ってところでしょうね」
「いいのか? 若は生きているって“蛇”からつなぎがあったんだぜ。ログ副長が向かっているはずだ」
サルディンが言った。彼の部隊にも傭兵の情報網を通して男爵の生存は伝えられていた。
「だからよ。男爵はログ副長との合流を急いでいる。おそらく、“機竜”との戦いで受けた傷が深刻なのでしょう。あるいは副長に“心臓”を渡すつもりでいるとも思う」
「命を捨てる気か」
「じいじ!? 男爵さん、死んじゃうの!?」
ダロムの言葉にプリムが顔を真っ青にする。
「安心して、プリムちゃん。男爵を死なせるつもりはないわ。そのためにも男爵との合流が先決よ」
「だけど、どうやってブランダルクに入るかだな? 国境付近の警戒も厳しくなってる。先行していた“蛇”は上手く入れたみたいだが、こっちはツテがねえ。いまからそれを探すにしても抜け道を見つけるにしても時間がかかるぜ」
サルディンが困ったように首を捻る。
「うちらだけでも先行しましょう。少人数で入るだけなら難しくないわ」
エルマは《グノムス》を指差した。
「地中に国境はないしね」




