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二人の姫君(1)

 カートラッズは、リーナたちの泊まる部屋の前にいた。

 部屋の中ではリーナ姫が窓から外を眺めている。

 ここに来て日は過ぎたが、マークルフについての情報はいまだに届かない。

 姫は何も言わないが、焦燥にかられているのはその後ろ姿からでも分かる。

 カートラッズは男爵についての情報をすでに掴んでいた。捜そうと思えばすぐにそれも可能だ。

 だが、男爵はそのことを彼女に伝えることを拒否していた。そして、その理由も薄々だが察していた。

(男爵──生きて戻って来れぬのか)

 やりきれないまま、カートラッズはその場を離れようとした。

「だ、ダンナさん!? 大変です!!」

 階段を慌てて駆け上がってくるのはテトアだった。

 いつになく慌てた様子で案の定、階段から足を踏み外す。

 カートラッズはテトアの腕を掴んで引っ張り上げた。

「慌てるな。何があった?」

「大変なんです!? あの噂の仮面の女剣士が現れたそうなんです! 馬が走り回ってそこら中で話が広まってるんです!」

 カートラッズもここに来て女剣士の話は耳にしていた。

「だから、どうした? もっと分かり易く説明しろ」

「馬が走り回っている先に、あのヘイムズ村があるんです! 噂ではその村が襲われたとか──」

「何だと!?」

 カートラッズは手を離した。テトアは床に尻餅をつく。

「とにかく何とかしないと! もし男爵の身に何かあったら──」

「どういうことですか!?」

 背後からリーナの声がした。いつの間にか二人の後ろに立っていたのだ。

「マークルフ様は……生きてらっしゃるのですか──」

「ひ、姫様!? いえ、それが、その──」

 非常事態と自分の失言で狼狽するテトア。その首根っこをカートラッズは掴んで立たせる。

「まだ確認したわけではない。事情は後で説明する。とにかく俺が出るから、姫はここで待って──」

「一緒に行かせてください!」

 カートラッズが言い終わる前にリーナは答えた。

「姫様!? 危険ですよ!」

「そうだ。俺が血統書付きから請け負った仕事は姫の保護だ。貴女を危険な場所に連れて行くわけにはいかん。テトア、姫と一緒に待っていろ」

 だが、リーナはカートラッズの前に回った。

「いいえ。危険だからこそ行かなければなりません! マークルフ様に何かあった時、あの方の楯となれるのは私だけです!」

 リーナはこれだけは譲れないとばかりに、カートラッズの前に立ち塞がる。

「……お願いします。あの方と私は揃ってこそなのです」

 カートラッズは目を閉じる。眉間に苦渋のシワを作るが、やがて目を開いた。

「やむを得まい。だが、どちらかを取らねばならない時は血統書付きを捨ててでも貴女の保護を優先する。俺も仕事については譲るわけにはいかん。それが条件だ」

「ありがとうございます!」

 リーナの悲痛な表情に笑みが浮かぶ。

 男爵の危機だが、少なくとも消息が分かり、希望を取り戻したようだ。

「テトア、急いで部下たちに出発を伝えろ!」

 その希望をまた絶望に変えるわけにはいかないのだ。



「うぁああぁあッ!!」 

 ルフィンの叫び声と共に短剣が振り下ろされる。

 だが、その刃はマークルフに届かず、代わりに届いたのは何かが地面に落ちた音だった。

 目を開けたマークルフが見たのは地面に落ちた短剣と石。そして呆然としながら外の方を見るルフィンたちだった。

「貴方たちの覚悟とやら、見せてもらったわ」

 岩穴の入り口に立っていたのは、仮面と縁無しで素顔を隠す女剣士だった。

 驚いて声も出せない一同を無視するように、仮面の女剣士は中へと踏み込む。

「さすがは“戦乙女の狼犬”ね。礼を言うわ」

 仮面の奥でややくぐもっているが、その声は確かに若い娘のそれだ。

「……てめえ、ルフィンがどこまでできるか……見てやがったな」

 マークルフは睨み付ける。

 女剣士の表情は仮面に隠れて意図は読めない。だが、ログの話を聞く限りでは味方と判断するのは早い相手だ。

「せっかくの覚悟を邪魔してごめんなさいね。悪いけど、その覚悟は別の機会にお願いするわ」

「どういうつもりだ?」

「貴方の“心臓”をどうこうするつもりはないわ。そのつもりなら、最後まで黙って見ていたわ」

 女剣士はマークルフを見下ろすように立つ。

「取引しない?」

「……神女の生まれ変わりが、身動きできない相手に何をお望みだ?」

 マークルフも仮面の奥の目を睨み返す。

「貴方とこの子たちの護衛を引き受けるわ」

「……そいつは助かるな。だが、なぜそうする? 危険をわざわざ知らせたりと至れり尽くせりじゃねえか」

「理由は秘密よ。こちらの条件は──貴方の副官にガルフィルス王を討たせること」

 話を聞いていた双子とマリアが騒然とする。

「ど、どういうことですか、仮面の剣士様──」

 マリアが双子たちの後ろから訊ねる。

「知りたければ男爵に訊くことね……どう?」

「……何を考えていやがる?」

「いずれ分かるわ」

 マークルフと女剣士の睨み合いが続いたが、やがてマークルフは自分から折れるように苦笑した。

「仕方ねえな」

「だ、大丈夫なのか、男爵!? そんなことをしたら──」

 ルフィンが言った。他国の男爵が国王を討つようなことになれば、ブランダルクはもとより世間すらも揺るがす新たな火種になる。

「ここで拒否しようが、そいつは俺を連れて人質にするつもりだろうさ。いまのところ、こちらに交渉の余地はねえ」

「話が早いわね。貴方たち、男爵を運ぶ役目は任せるわ」

 仮面の女剣士は先に外に出る。

 双子たちもその後ろ姿を見ていたが、やがて男爵の方に向き直る。

「……神女様の生まれ変わりっていうけど……ちょっと怖い」

 リファが不吉な何かを感じたように呟く。

「そうだな。だが、護衛としては確実に頼りにはなるさ。死に損ねたが、少なくともいまはおまえたちを逃がすことが先決だ」



 話が決まると、女剣士が先導し、マークルフたちを連れて岩穴を出た。

 このままでは追手に包囲されるのは確実のため、そこから抜け出すことが先決だった。

「……さっき言った分、忘れ物はないな」

 担架で運ばれるなか、マークルフは傍で担架を持つリファにささやく。

「さっきの? 肩当てのこと?」

「いつでも取り出せるようにしておいてくれ」

 マークルフは先導する女剣士を目で示す。

 リファも黙ってうなずく。肩当ては彼女が背負う荷袋の中に入っていた。

 彼らは林の中を進んでいくが、やがて女剣士は足を止めた。

「どうした?」

「確かめるわ」

 マークルフが訊ねると、女剣士は剣を抜いた。

 やがて前方から何者かが騒ぐ声がした。同時に馬の嘶きが響き渡る。

 同時に女剣士が駆け、前方に消えた。

 やがて男たちの断末魔の悲鳴が響き渡る。

 リファが耳を塞ぎ、ルフィンが妹を庇うように抱き寄せた。

 静かになり、しばらくして馬を連れた女剣士が戻ってきた。

「待ち伏せされてたわね。やはり、逃げる方法も変えないといけないようね」

「どうするつもりなんですか?」

 ルフィンが訊ねた。

「ヘイムズ村に行くわ」

「あそこには追手の本隊らしいのが陣取ってるはずだ。何をしに行くんですか?」

「こうなったら、貴方たちをわたしの馬に乗せて包囲網を突破させるわ。でも、もうこの子は限界みたいだから、代わりの馬が必要なの。村になら馬はいるでしょう」

 女剣士は寄り添う馬に手を添えた。

 すると、馬は力を抜き取られたようにその場に崩れ落ち、動かなくなった。

「でも危険ですよ」

「向こうも探索に部隊を分けている。合流する前に少しでも向こうの戦力を削り、馬を手に入れる」

 一見、過激で無謀な作戦だが、女剣士ならそれができると確信しているようだ。

「でも、村の人たちも危ないかも──」

 リファが言うが、女剣士は先に進み始めた。

「いまは貴方たちが助かる方が先決よ」

 リファも言葉を返せず、マークルフを見る。

「……成り行きを見守るしかなさそうだ」

 一行は村の近くへとやって来た。

 幸い、その途中で誰かに見つかることはなかった。

「ここから近い厩はどこ?」

 女剣士が村の様子を確かめながら訊ねた。

「そこから入ればすぐに井戸があるよ。その近くの一番大きな家の裏に馬が繋がっているはずだよ」

 マリアが答えた。

「いいわ。下がってなさい」

 仮面の女剣士は一人で村の敷地内に踏み込んでいった。

「リファ、俺の言ったことは忘れていないな」

「うん」

 リファは荷袋を背中から降ろした。

 やがて、村の中で悲鳴と剣戟が鳴り響いた。

「すごく強そうだけど、でも大丈夫かな、あの人──」

 ルフィンが固唾を飲んで見守る。

 だが、時間が経っても女剣士が言っていた馬は現れない。

「こいつは……まずいかもしれんな」

 マークルフは言った。

「どういうことだ、男爵?」

「もし向こうも、女剣士の能力を知っていたとしたら──伝説の神女には、馬に従僕の霊を宿して“神馬”にする能力があった。そして、その能力は“最後の騎士”が実証し、知られている。神女の生まれ変わりと噂される相手なら、俺なら馬をあらかじめ使えないように潰しておくな」

「じゃあ、男爵。あの女剣士は本当に神女の生まれ変わりなのか?」

「──たいした洞察力だな」

 マークルフとルフィンの会話に何者かの声が割って入った。

 現れたの外套と覆面をした集団だった。

「あんたたちは何者だい!?」

 マリアが双子たちを庇うように前に立つ。

「その双子たちを迎えに来たものだ」

「だから、何者だい!?」

「おまえに答える義務はない。さあ、お越しいただこうか」

 集団の中から男が進み出て、ルフィンとリファに告げた。

「我々も不必要な刃傷沙汰は避けたいと思っております。村人たちも捕まえてはいますが、いまのところ命まで奪うことは考えておりません」

 男は双子に対して丁重な言葉遣いだったが、有無を言わせぬ物言いでもあった。

「返答次第ということか」

 ルフィンが悔しそうに言うが、選択の余地はない状況だ。

「一緒に行く! だから村の人とこの人は助けてあげて」

 リファがマークルフの前に立って言った。

「いえ、その者を置いていくことはできません。いまの洞察を聞いた以上、只者とも思えなくなりました」

 男は答えた。

 今後のためにと双子たちに喋りすぎたのが仇となってしまった。だが、マークルフの素性までは把握していないということは、彼らの目的は最初からこの双子たちのようだ。

「この人は──この村に来る途中で拾った怪我人だ。ただ世話してただけだ!」

「足手まといを承知で連れだしたわけですか? ともかく、何者かはっきりと答えていただきたい」

 男たちは明らかに疑っているようだ。あるいは感づいているのかもしれない。いずれにしても素性がばれるのは時間の問題だ。

「……クッ!?」

 マークルフは苦痛で呻く振りをする。

 慌てて駆け寄ったリファに、マークルフは目で合図した。

 彼女もその意図に気づいて、目だけを荷袋に向ける。

「ともかく、仲間が仮面の女を抑えている間に同行していただこうか」

 男たちが近づく。

 だが、その足が止まった。

「その者はこちらで預からせていただきたい」

 澄んだ、それでいて毅然とした声がした。

 新たに現れたのは、外套を羽織ったドレス姿の少女だった。

 その声、そして意志の強さを秘めた眼差しにマークルフはすぐに思い出す。

 フィルディング最長老の屋敷で出会った娘だった。

 相手が少女一人だからか、男たちは動かない。だが、一人だからこそ警戒の素振りも見せていた。

「何者だ?」

「私の名はエレナ=フィルディング。我が祖父ユーレルンの遣いとしてこの地に赴いています。ここにはたまたま立ち寄りました」

 確かに羽織る外套にはフィルディングの紋章が描かれていたが、それでは完全な身分の証明にはならない。

 それでもエレナはこれ以上の説明は不要とばかりに姿勢を正し、男たちと対峙していた。

「それほどの方が一人でここにいることを信じろと?」

「もちろん護衛の騎士もいます。ですが彼らを引き連れると静かに話ができないため、一人でここに来ました。ただ、私の身に何かがあればすぐに姿を現すでしょう」

 マークルフも周囲で動く複数の気配に気づいた。

 男たちも気づいたのか、周囲を見回す。

 エレナが危険なのは変わらないはずだが、すでに策をうっているのだろうか。あるいははったりなのか──マークルフも判断できないほどに彼女は臆する様子を見せなかった。

 男たちは互いに何かを相談を始める。

 やがて何を思ったか、彼らはその場に静かに跪いた。

「この状況でも揺るぐことなき姿。さすがはフィルディング一族に連なる姫君。感服いたしました。ご無礼をお許しくださいませ」

「……私のことは分かっていて、試したということですか。いえ、そもそも貴方がたは何者なのですか?」

 エレナもさすがに怪訝そうな表情を見せる。

「ここで申し上げることはできません。ですが、貴女様と争うことはこちら側も不本意。我々は退去いたします」

 男たちは立ち上がると、エレナに背を向けて離れる。

 その途中、一人が花火らしきものを取り出し火を点けたかと思うと、一筋の火花が上がった。

 すぐにエレナの護衛の騎士たちが現れた。騎士たちは彼女を守るように構える。

「ご心配なく。これは撤退の合図。他の者たちも速やかに退去するでしょう」

「それほどの規模で動いたわりには諦めが早いようにも見えますが──」

 護衛の騎士に守られつつも、エレナはその姿勢を崩さずに言った。

「我らが主は不必要な争いを求めておりません。申し上げられるのはそれだけです」

「つまり、貴方がたの主に訊けということですか」

 エレナは何か思い当たったのか、意味ありげに言った。

 男たちは答えず、言葉通り速やかにその場から姿を消していく。

 エレナも騎士たちに追跡は命じなかった。

 彼らの気配が消えた後、エレナたちはマークルフたちの方を向く。

 だが、すぐに騎士たちが別の方向に身構えた。

「フィルディング一族のご令嬢を守るだけあって、手際の良い動きね」

 騎士たちが睨むなか、仮面の女剣士が立っていた。

「何があったかと思えば、また大物が動いているようね」

 仮面の女剣士が言った。エレナのことを値踏みするように睨んでいるようだ。

「噂には聞いています。この地に出没するという神女の生まれ変わりだそうですね」

 エレナも気圧されることなく言った。

  騎士たちが間合いを詰めるのを見て、女剣士は肩をすくめる。

「さすがに腕利きを揃えてるわね。少し骨が折れそうだし、今はそこまでして争うこともないか……仕方ないわ。わたしも退去するとしましょう」

 女剣士はそう言うと、背後から一頭の馬が現れた。

 儀礼用の装束の馬が女剣士の背後に立つと、彼女は颯爽とその背に乗った。

「ただそちらの馬は一頭、拝借したわ。では、ごきげんよう」

 そう言うと瞬く間に走り去っていった。

「……お祖父様の仰る通り、厄介な相手みたいですね」

 エレナはそう言うと、あらためてマークルフの方に近づく。

 騎士たちもマークルフたちを完全に包囲した。

 エレナは地面に横たわるマークルフを見下ろす。

「奇遇だな。酷い姿だが、それでも生きているとは感心するほどに悪運の強い男だ」

「そうだな……今回ばかりは俺もそう思うぜ」

 この状況を危機と見たのか、リファが荷袋に手をかける。

 騎士たちが一斉にマークルフに剣を突き出した。身動きできないまま眼前で刃を突きつけられ、マークルフは苦笑するしかなかった。

「……動けない相手に厳しいな」

「そなたは何をするか分からないのでな。そこの娘も余計な真似はしないこと。いいですね」

「リファ、もういい。下手なことはするな……だが、なぜ、あんたがここにいる? 最長老の遣いか?」

「答える義理はない。だが、訊ねたいことはある。ここでは話がしにくい。場所を移そうか」


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