来るべき時に備え
日も暮れ、外の気配も静かになるのを、マークルフは寝台の上で感じていた。
匿ってもらう身で贅沢は言えないが、外の事情を確かめられないのがもどかしかった。
「身体の具合はいかがですか、男爵?」
替えの包帯を持ってきたマリアと双子たちが隠し部屋に入ってくる。
「まあ……良いとはいえんが、少しは楽になったかな」
マークルフは答えると、リファがにかやかなにこやかな顔をする。
「うん。喋り方も少し、はっきりしてきたよね」
「嬉しそうだな、リファ」
双子の兄ルフィンが怪訝そうに言った。
妹と違い慎重な性格で、妹の言動に常に気にしているようだ。
「だってさ、男爵さんが治ってくれたら頼もしい味方になってくれるじゃん」
「男爵には“機竜”との戦いが待ってるんだぞ。まさか、余計なことを頼んだんじゃないだろうな」
「……そう言ってやるな。俺の身体を心配してくれてるのさ」
眼の泳ぐリファに助け船を出すつもりで、マークルフが苦笑した。
双子たちに手伝われ、マリアがマークルフの傷口に巻いていた包帯が取り替えていく。
「おばさん、あの司祭様はどうしてるんだい?」
「リーデ様ですか。今頃、街の傭兵ギルドに依頼を出されてますよ。ただ、もう少し世間の様子を見たいから、帰るのは少し遅れるらしいですよ」
「あの司祭様って何者なんだ? 若いが随分と立派な人らしいが──」
「それは司祭様に訊いてくださいな。あたしの口から言えることは少ないもんでね」
それがどのような意味を含むか分からないが、あの司祭についての詮索は難しそうだ。
「すごいな。もう傷が塞がってる」
包帯の下の傷を見たルフィンが感心するように言った。
「……言ったろ。俺の身体は兵器みたいなもんでな……早く戦えるように肉体の修復を急いでいるのさ」
「でも、左腕は酷そうだね」
リファが状態の一番酷い左腕を見て、自分が痛いかのように顔をしかめる。左腕はいまだに火傷が酷く、かろうじて指を動かすことができるだけだった。
「仕方ない……これは“機竜”の攻撃をまともに喰らったからな、まだ時間が要る……それに傷はともかく、身体自体もまだ言うことをきかねえ」
「無理しなくていいよ。ゆっくり休んでね」
リファが微笑む。
「……早く、治ってほしいんじゃないのか」
「いいよ。その分、治った後でたくさん働けばいいんだからさ」
「おい、リファ」
ルフィンが渋い顔をするが、マークルフは愉快そうに声をあげた。
「しっかり者の妹じゃないか。将来、ダンナを働かせるいい女房になるぜ」
後ろでつられて笑っていたマリアが、ふと外の様子が気になったのか、その場を離れる。やがて血相を変えて戻って来た。
「また、出たよ! 機竜が──」
マークルフは真っ先に身体を起こそうとするが、右腕で上半身を支えるのがやっとだった。
「男爵、機竜を見たいのか!?」
「ああ……奴の様子を確かめさせてくれ」
双子たちが前のようにマークルフを両脇から支える。
その際、リファに触れるが、またしても“心臓”が騒ぐ感覚を覚えた。
前の時は朦朧として気づけなかったが、肉体の感覚が回復してきたことで、その感覚もよりはっきりと感じられるようになっていた。
分かったのは同じ双子であるルフィンが触れても変化はなく、あくまでリファの時だけだ。
(この感覚は──)
マークルフはある推測をする。だが、いまはそれを考えている場合ではない。
双子たちに支えられたマークルフは窓際に立った。
月の浮かぶ夜空のなか、紅き光点が遙か高みに舞っている。
それは機体の魔力で自らを照らす“機竜”の姿だった。
「……なんか無気味だな」
ルフィンが呟く。
「さすがに向こうも手負いの身らしいな」
対峙したから分かるが、“機竜”自体に魔力の光が浮かぶ部分は少ない。魔力の光が見えるのは、損傷が装甲を超えて内部機構にまで及んでいるのだろう。
「この前よりも墜ちてきてるね。この辺に墜ちてくるのかな?」
リファが不安げに言う。
「まだ分からねえが……こちらも準備を急がねえとな」
マークルフは倒すことのできなかった“機竜”の姿を睨みながら、自らに言いきかせるように呟くのだった。
ブランダルク王城〈ブランテレス〉──
ブランダルク苦境の時代においても、美麗と謳われたこの城の外観は損なわれていない。
だが、いまの民にはその城の美しさを誇る余裕はない。
その外観を維持するための経費や労力、そして王城の主の存在を考えれば、城の威容など無駄でしかなかった。
それだけ、現在の王ガルフィルスは民の信望を得られないでいた。
主だった家臣が謁見の間に集まっていた。
玉座に鎮座するのは、痩身気味の赤髪の男だ。豪奢な外套を纏うも、落ちくぼんだ神経質な目を家臣たちに向けている。
「……貴様たちは無能か」
ガルフィルス王が口を開いた。王に呼び出され、戦々恐々としていた家臣たちに対しての第一声だった。
家臣たちが反応に困り、途惑っていると、王は玉座の肘かけを拳で叩く。
「余が知らぬと思っておるのか!」
王の激昂に家臣たちは平身低頭の態度を見せる。
「申し訳ございませぬ。まさに我らの不徳の致すところ。故にどうか、我らに陛下のご意向をお示しくださいませ」
家臣の一人が王に進言する。
理由を告げぬままの激昂も日常茶飯事であり、その態度とはうらはらに彼らもその対応には慣れていた。
王は家臣を一瞥する。
「王城の外壁に落書きがあったそうだな」
王の言葉に家臣は唖然とするも、すぐに深く頭を下げる。
王城への落書きは以前からあるものだ。大半が王や政権の批判である。
だが、そのためだけに巡回の兵士なども増やす訳にはいかない。
そのために見つけ次第、掃除してなかったことにしているのだ。
だが、王はどこからか、嗅ぎつけたようだ。自分への不信には過度に嗅覚が働く人物であった。
「この城は余の、いや、ブランダルクの権威の象徴であるぞ。それに落書きされるなど、国への冒涜に他ならぬ! それだけではない。そのような真似を許すこと自体、この城の警備に穴があるということだ! よいか! このような国の冒涜者を逃してはならぬ。必ず捕まえ、処断せよ! 貴様らもどのような手口か洗いざらい白状させ、今後の警備のさらなる改善をするように! よいな!」
「ははッ!」
家臣たちが一堂にひれ伏せると、王はようやく気が済んだのか、立ち上がると手を挙げた。
「うむ。貴公らはこの苦しいなか、国のために働く忠臣であることは余は忘れておらぬ。さらなる働きを期待しておるぞ」
王はそれだけ告げると、謁見の間を退出する。
その姿が完全に消えると、家臣たちが顔を見合わせる。
「……王も自分の不人気をもっと自覚するべきだ。むしろ、落書きだけで済んでるだけマシであろう」
「犯人を捕まえろと言ったところで、分かる訳がないわ」
「適当な奴を用意すればいい。王に不満を持たない人間の方が珍しいんだ。あながち外れじゃない」
「失礼致します!」
家臣らが今後の相談をしていると、謁見の間に騎士が駆け込んで来た。
やましい話をしていた家臣たちが慌てるも、すぐに取り繕う。
「どうした!? 許しもなくここまで入ることなど──」
「申し訳ございません! ただちにお伝えしなければと思い──」
謝罪する騎士の背後から、ゆっくりと人影が現れた。
現れたのは頭から覆うように豪奢な祭司服を纏った人物だった。
表情などを窺うことはできないが、その足取りは力強く、威厳と風格が滲み出ている。
「その騎士殿を責めないでやってくだされ」
祭司服の人物に気づいた家臣たちが慌てて、道を開けた。
その姿は王の前にいた時よりも緊張が滲み出ている。
「目立ってはいけないと内密でお伺いしたのだが、かえって騎士殿にご迷惑をおかけしたようだ。すまないことをした」
司祭服の人物が自ら顔を覆う頭巾をずらす。
その下から現れたのは壮年の男のそれだった。整えた顎ひげとその力強い目は、丁寧な言葉遣いでは隠せないほどの強壮な印象を与える。
司祭長の言葉に騎士は恐縮しながら場を離れると、家臣の一人が訊ねる。
「ようこそ、お越しくださいました、司祭長殿。お伝えいただければ、こちらからお迎えにあがりましたものを──」
「いえ、あまり目立った動きをすれば民の不安を助長することになりかねない。いまは“機竜”が空を舞い、民も不安な時期。私でお力になれることがあれば思いましてな。陛下にお目通り願えますかな? 不都合があれば出直そうと思いますが──」
「我が君が司祭長殿のご訪問を拒むことなどありえませぬ。さっそく陛下にお伝えいたしますので、それまで控えの間で足をお休めくだされ。誰か、司祭長殿をご案内せよ!」
宮中の者たちが急いで動き回る。
司祭長はこの地域全体に影響力を持ち、ブランダルクと周辺諸国の調整役も務める人物だ。いまもブランダルクがあるのは、この司祭長の存在があったからで、この国においては国王以上の権威を持つ人物であったのだ。
王と司祭長は奥の部屋で二人、会談となった。
王は椅子に座り、司祭長はその傍らに立ち、窓の外を眺める。
「例の捜索ははかどっておいでかな、陛下」
「分かっておろう。まだ、見つからぬ」
謁見の時とは違い、王は態度を崩したまま、憤然として言った。
「だが、随分と躍起だな、司祭長。“機竜”との戦いで消息不明。死んだ可能性が高いのであろう」
「杞憂で済めばそれでよい。だが──」
司祭長は答えた。
「生きていれば、奴は我らが計画において最大の障害となる。足元もよく確かめることだ。この国には傭兵たちが入り込んでいる。あの男爵は傭兵らの棟梁的存在。油断すれば足元から崩しにかかられるかも分からぬ。亡くなったラングトン=フィルディングもそうだった。ユールヴィングを甘く見たせいで、悲惨な死に方はしたくなかろう?」
「フィルディング一族の有力者だったくせに、そのような末路を辿った奴と一緒にしないでくれ」
ガルフィルス王が吐き捨てる。彼には彼なりに苦難の時代の王として生きる自負があるのだろう。その要因は自らにあることだったが──
司祭長は振り向く。
「詰めを怠らぬことだ。生き残った相手を放っておけばどのような反撃を受けるか、陛下ならご理解いただけるだろう。安心はただでは得られん」
かつて、“白い楯の騎士”の生き残りに襲撃された王は何も言えずに渋い顔をする。
その事件を契機に王の面目も丸潰れとなり、いまも行方をくらました騎士の再来を怖れているのだ。
自分以外に王の資格を持つ者が現れれば、自分は殺されると思っているのだろう。
「……こちらの事ばかり訊くが、そちらも準備は整っているのだろうな」
「心配されるな。計画は順調だ。この計画が上手くいけば、陛下の権威も回復し、この国の復活の道も開けるだろう。時間はかかるかも知れんが、着実な道が一番だ」
司祭長は答えた。
「こちらの目的は陛下も知っての通り。裏方でしかないわたしには、表舞台に立つ力強き王が必要なのだ。それに相応しいのはこの地の盟主としての力を取り戻したブランダルクとその王に他ならない」
「言葉を選ばなくなったな。余に傀儡になれということか」
「まさか。わたしが望むのは傀儡などではない。そのような人物ではわたしが望む王にはほど遠い」
「……まあ、よい。司祭長殿が力を貸すというなら遠慮はせんぞ。余もこのまま終わるわけにはいかぬ。そのために今までを堪えてきたのだ」
「ふふ、それぐらいでなくてはな。期待していますぞ」
司祭長は王との会談を終えると、そのまま静かに立ち去る。
(──堪えてきた、か。わたしの助けがなければとっくに国ごと滅びていたし、そもそも要因は自分にあろう。雌伏の時を待つ不遇の英雄王のつもりかね)
救いようがないというように、司祭長は口の端を歪める。
(ラングトンと一緒だよ。持ち過ぎた無能と待たざる無能──その違いでしかない)
司祭長は窓の前に来ると空を見上げた。
(こちらも準備を怠るわけにはいかんな。そろそろ、あれの回収もせねばなるまい。それに、あの者も早く呼び寄せねばな)
とある森の中、その二人は対峙していた。
「それを渡してください」
一人はマリエルだった。両手に護身用の銃を持ち、相手へ銃口を向けている。
「……君を見くびったようだな」
銃を向けられた相手が答える。
それは布に包まれた細長い何かを手にした、学者風の男だった。
「姉の後ろに隠れがちだった君が、そこまで大胆な行動をとるほどになってたとはな」
「それだけ事態は逼迫しているんです。それが何か、貴方なら分かるはずです」
男はマリエルの警戒する中、ゆっくりと布を外した。
その下から現れたのは、黄金の斧槍だった。
「強化装甲《アルゴ=アバス》が搭載する魔力付与システム〈アトロポス=チャージ〉──その使用に耐えうるほぼ唯一の武器……そう答えれば正解かな」
「どこまでご存じなのですか──」
マリエルの覚悟の表情にも、その男は冷静さを崩さない。逆に見据えた目で彼女を捉え続けている。
マリエルは自身の緊張を悟られないようにしながら、銃口を男の心臓に定めた。
「──答えてください、オレフさん!」




