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掴んだ手かがり

「さて、そろそろ行くか」

 カートラッズが荷台から降りると、リーナとテトアも後に続く。

「きゃあッ!?」

 テトアの悲鳴がした。

 カートラッズに突き飛ばされるようにして、リーナは場所から離れる。

 振り返ると覆面した三人の男たちがおり、一人が彼女を捕まえ、もう一人が短剣を彼女の喉元に突きつけていた。

「テトアさん!?」

 リーナが叫ぶと、その声を聞きつけて部隊の傭兵たちが姿を見せる。

 カートラッズは部下を手で制すると一人、覆面の男たちの前に進み出た。

 歴戦の傭兵隊長らしく、カートラッズは全く動じた様子はない。

 緊迫した場面だが、ふとリーナの脳裏に疑問がよぎった。

 彼女はこの傭兵隊長が直に戦うところを見たことがない。

 傭兵の経歴や逸話はたいがい誇張や作り話(マークルフ談)であるため、カートラッズのことも正直、不安であった。

「止まれ!」

 覆面男の一人が叫んだ。

「我々は“風転の盗猫”団だ! こいつを返して欲しければ相応の身代金を用意しろ!」

 テトアを人質にした覆面男たちはカートラッズに迫るが、カートラッズは表情を変えることすらなく、訝しげに男たちを睨む。

「……貴様ら、モグリだな」

「な、何を言ってる!? 俺たちは“風転の盗猫”だ! 傭兵なら知らないとは言わせんぞ!」

「そいつらは知っておる。傭兵を専門に悪事を働く盗賊集団──だが、俺を見くびるなよ。貴様らが本物の“盗猫”でないことぐらい、とっくにお見通しよ」

 カートラッズが一歩、踏み出した。

「逆に言わせてもらおう。“風転の盗猫”なら、この“蛇剣士”カートラッズのことを知らぬ訳があるまい!」

 カートラッズの啖呵に覆面の男たちは一瞬、怯んだように見えた。

「悪党集団なら騙ったところで問題ないと思ったのだろうが、浅はかだったな。本物なら、まず俺には手を出すような愚かな真似はせんわ!」

「来るな! 女がどうなってもいいのか!?」

 テトアに短剣を近づけるが、カートラッズは意に介さない。

「貴様らごときの脅しに屈したとあっては、“蛇剣士”の名折れよ。そいつをどうするかは勝手だが、後のことを考えてものを言えよ」

 カートラッズは後一歩で間合いに入るところに立つと、腰の剣に手を伸ばす。

「部下を殺した時点で、俺の名に傷をつけた報いは受けてもらう」

 カートラッズは凄みを利かせた双眸で男たちを睨む。目を合わせただけで首を絞められたような、息をするのも忘れる殺意の目だ。

 覆面の男たちの表情は分からないが、明らかに動揺した様子が見える。

「それに貴様たちの命だけで済むと思うなよ。知ってるか? 悪党は何より自分の名を騙られることを嫌う。貴様らの首をはねた後、奴らに渡せばどうなると思う? 向こうは躍起になって身元を調べて、一族郎党全てに報復に出るだろうよ」

「あ、あんた、そいつらの知り合いなのか!?」

「語るに落ちたな。奴らは傭兵の敵だが、傭兵はどんな相手とだって必要なら取引する。俺も部下を一人、失うのだ。奴らに貴様らの情報を売れば女の一人か二人、譲ってもらえるだろう。貴様らにもいるのだろ? 女房か、娘か、姉妹か、従姉妹が? 婆さんはいらんがな」

 カートラッズは宣告のようにゆっくりと剣を抜いた。

「ちなみにそいつは俺の取材中のギルド記者だ。そいつを殺そうが、俺は痛くも痒くない。だが、殺されるのも気の毒だ。その時は俺の部下として仇はとらせてもらうぜ」

 カートラッズは自分の剣に長い舌を這わせる。

 覆面の男たちは忙しく互いに顔を見合わせていたが、やがてテトアを突き飛ばして一斉に逃げだした。

 だが、すでにカートラッズの部下が待ち伏せしており、覆面の男たちは瞬く間に取り押さえられたのだった。



「どうだ、貴重な体験ができただろう、記者さんよ。写真は撮れなかったが存分に記事にするがいいぞ」

 カートラッズは先ほどの馬車の前で高笑いする。

「笑い事じゃないですよぉ」

 テトアが疲れた顔でため息をつく。

「……カートラッズさん。あの人たちはどうされるのですか?」

 リーナが遠慮がちに訊ねる。

 覆面の男たちは捕まり、す巻きにされて転がされていた。

 傭兵の世界にあまり口を出すべきではないのだろうが、さすがに非情な悪党集団に売り払うのは気の毒に思えた。

「白状しおったよ。あいつら、商売でここに来る途中に野盗に襲われて金目の物を奪われたらしい。手ぶらで故郷に帰れず、途方に暮れてあげく、あんなことをしでかしたようだ」

「やはり、治安が良くないのですね」

「ここは警備も制限があるからな。周辺国の略奪権の延長みたいなもんだが、悪党どもがそれに付け込むのもある意味、当然ではある」

 カートラッズはそう言うと、笑みを浮かべた。

「なに、あいつらを悪党集団に売るようなことはせんよ。“盗猫”の連中も押しつけられたら困るだろうしな」

 リーナとテトアは意味が理解できず、互いの顔を見る。

「“盗猫”の連中も悪役を演じているだけで、同じ傭兵仲間ということさ」

「……つまり、ダンナさんの言ってた悪行は嘘ってことですか?」

「嘘も方便だ。ああいう悪役も用意しておかないと、傭兵の世界もうまく回らんのでな。おかげで助かったのだから、感謝しておけ」

「……つまり全部、傭兵業界の自作自演なんですね」

 唖然とするテトアは、先ほどよりも深いため息をついた。

「言っただろ? 素直な傭兵は早死にするとな。いちいち真に受けていたら身が持たんぞ。ギルド記者も同じと思え」

 そう言って、カートラッズはさらに豪快に笑うのだった。



 やがてカートラッズの部隊はブランダルクのとある街に辿り着く。

 本隊は近郊に宿営し夜を過ごした。

 次の日、カートラッズはリーナ姫とテトア、数人の部下を連れて、街へと出かける。

 途中で馴染みの宿を手配し、姫たちをそこに預けたカートラッズは、情報収集のために一人で出かけた。

 大きな街ではなかったが、前に来た時よりも活気が落ちている印象だ。

 国の衰退を肌で感じる場面だが、それを気にする暇もなく、酒場などで噂話を拾って歩く。

 やはり、空から墜ちた男の噂は聞かなかった。

 いま噂になっているのは“機竜”と、それに備えて周辺国の部隊が動き出しているという話だ。長年、周辺国に苦しめられているだけあって、住民たちもその手の話には過敏になっているようだった。

 やがて、一番の目的である傭兵ギルドへと向かう。

 傭兵ギルドとは傭兵たちが組織した互助組織だ。

 その業務は依頼の受付、斡旋、傭兵隊長の部隊結成の段取りや調整など、傭兵に関した仕事はほぼここを介して行われる。

 カートラッズはギルドの前に来た。

 ギルドと言っても、看板を掲げただけの三階建ての店で、人目につく派手さはない。

 傭兵自体が土地の事情に左右されるため、テトアのような記者も抱える大きな所もあれば、地味に活動する所もあるのだ。

 中に入ると、そこは酒場になっていた。

 ここの傭兵ギルドは酒場だった場所を改造しており、現在も酒場の営業を行っている。

 先客である同業の傭兵や旅人、地元の住人が交じって賑わっており、ギルドの看板がなければ只の酒場と間違われてもおかしくはなかった。

 カートラッズはカウンターの奥にいる主人の前に足を運ぶ。

 ここの主人は眼鏡をかけた小太りの老人だ。算盤を前に帳簿をつけているところだった。

「副業も盛況だな、狸親父」

 カートラッズがにやりと笑うと、主人もそれに倣うように笑った。

「なに、こうした方が本業もはかどるというものですからね。人の出入りがしやすい方が、依頼も人も増えるというものです」

「だが、こうなると、どっちが本業かは分からんな」

 主人は算盤を置くと立ち上がった。

「本業もちゃんと営業しておりますよ。本当はもう遅い時刻ですが、他ならぬ“蛇”のダンナですからね」

 主人は近くにある扉を開けた。

 この先は傭兵隊長しか上がれないようになっている。

 二階へと続く階段を、カートラッズと主人は上がった。

 二階に辿り着くと掲示板が並んでおり、そこには依頼状がいくつも貼られている。

 カートラッズは依頼に目を通していく。

「“蛇”のダンナにふさわしい依頼がいくつかございますが、お聞きになりますか?」

 主人が言ったが、カートラッズは無視した。主人もそれ以上は深入りせず、近くの机に腰掛ける。

 カートラッズはやがて一つの依頼状を手にすると、親父の机に置いた。

「この件について教えてくれ」

 親父は眼鏡の位置を直して依頼状を確認する。

「ああ、これはついさっき受け付けたんですがね……ただ、正直言ってダンナにおすすめのものじゃございませんよ」

「それは俺が決める。親父に損はないだろう」

「まあ、仕事でございますから、ダンナがそれで構わないのでしたら──」

 主人は奥の別室に行くと、依頼の詳しい書類を持って戻って来た。

 依頼人は若い村人風の女性らしい。

 内容は行方不明になった飼い猫の捜索だ。ただ、行方不明になった場所は最近、魔物が出没するという場所らしい。

「兵士も敬遠する危険な場所で猫捜しですよ。とっくに魔物の餌かもしれないうえに、報酬も渋いものでしてね。口入れ料は頂いたので受け付けましたが、まあ、本来なら誰も引き受けない依頼ですよ」

 主人は苦笑する。

「血統書付きの猫らしいですがね。人間には金をかけたくないということでしょうかね」

 カートラッズは依頼人が渡したという書状を見つめていたが、やがてそれを握りしめた。

「この依頼、俺が預かる」

 カートラッズの言葉に、主人が驚いた表情を見せた。

「本当にいいんですか?」

「ああ。他の連中には話を通すな」

「承知しました。ダンナも物好きですねぇ。もっとも、わたしも傭兵たちの物好きというのは何度も拝見させてもらってますのでね。あえて口は出しますまい」

 主人は意味ありげに含み笑いをする。

「手付けだ」

 カートラッズは金を置き、すぐにここを立ち去ろうとする。

「“蛇”のダンナ」

 主人が呼び止めた。

「最近、見ない連中がここに探りを入れているようでしてね」

 カートラッズは振り返る。

「ここに何か迷い込むとでも思ってるんですかねぇ。ダンナも探し物をする時はお気を付けくださいな」



 日も沈む頃、カートラッズは宿屋へと戻った。

 そして自分たちが借りている最上階へと上がっていく。

「おかえりなさい、ダンナさん。何か情報は掴めましたか?」

 通路にテトアがおり、彼の姿を見て近づく。

「姫は?」

「まだ眠らないそうですよ」

 奥の部屋を覗くと、椅子に座って窓の外を静かに眺めるリーナの姿があった。

「男爵のことが気になって仕方ないんですよ。もしかしたら、この近くにいるかもしれないですもんね」

 テトアが小声で言った。

「……手を貸せ」

 カートラッズはテトアを連れて、自分の借りた部屋へと戻る。

 カートラッズは依頼書を取り出す。

「テトア、これの解読を手伝え。符号は二番と二十三番だ」

「それって男爵の──!?」

 驚くテトアの口をカートラッズは手で塞いだ。

「声を出すな。姫に伝えるのは全て解読してからだ」

 二人は依頼書に隠された暗号の解読を始めた。

 傭兵たちの間では密かな連絡手段として暗号文を使っている。普通の文に隠した文を組み込み、符号の組み合わせを知るものだけがそれを読み取ることができるのだ。

 カートラッズたちもリーナの件を依頼された時、非常時の連絡手段として符号を決めていたのだ。

 この依頼がユールヴィング男爵のそれだと確信したカートラッズはしばらくして暗号文の読み取りに成功した。

 やはり男爵からのものだったが、その内容が問題だった。

「……ダンナさん、これはいったいどういうことでしょうか」

 テトアが理由が分からず、カートラッズに訊ねる。

「文字通りでしかあるまい」

 隠された情報は三つだった。

 ヘイムス村という、おそらく男爵がいる場所の名。

 そして、このことをログ副長に知らせて欲しいこと。

最後に、リーナには消息を伝えるな、ということだった。

「どうしてです? どうして、姫様に伝えてはいけないんです!? この書状を持った人が直接、そのギルドに来たってことは、きっと男爵も遠くない場所にいるはずですよ!」

「分かっている」

「男爵のこと一番、心配しているのは姫様ですよ!? 生きていることだけでも──」

「ならん! そのことを一番、苦にしているのも血統書付きのはずだ。その血統書付きが伝えるなというのだ。俺たちが軽く口を挟むことではない!」

 カートラッズは腕組みをして黙り込んでしまった。

「……あの、何かあったのですか?」

 二人の声に気づいたのか、リーナが部屋の外から声をかける。

「ひ、姫様!? あの、その──」

「いや、すまんな。こいつがまたとぼけたことを言いおってな」

 カートラッズは何もなかったかのように伝えた。

 その時、外から人々が騒ぐ声がした。

 急いで自分の部屋へと戻るリーナの足音に、カートラッズとテトアもすぐに跡を追う。

 姫は窓を開け、夜空を見上げていた。

 窓の外からも人々の騒ぐ声が広がっていく。

 カートラッズも窓の前に立ち、空を見上げた。

 月明かりの中、紅く輝く何かが上空を漂っている。

 “機竜”だ。

 紅い光は機体が発する魔力の光なのだろう。その様はやがて起きるかもしれない災厄の凶兆そのものであった。

「……また、高度を下げてますね」

 テトアが呟くと、部屋の隅に置いていた機材一式を持ってきた。

 三脚と望遠鏡を取り付けた写真機だ。それを“機竜”に向けて熱心に覗き込む。

「写真は撮れんだろう」

「それでも“機竜”がどんな状態か、少しでも観察しておいた方がきっと男しゃ──」

 カートラッズがテトアの肩を掴む。

 テトアも男爵のことを言いかけたのに気づき、慌てて口を閉じた。

 二人のやり取りをよそに、リーナが“機竜”の姿を厳しい顔で見つめていた。

 推しはかることはできないが、誰よりも苦しい胸の内なのは間違いないだろう。

 カートラッズも声をかけることができず、ただ“機竜”の姿を睨みつけるのだった。

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