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沈みゆく国を舞台に

「それで、どうするつもりなの、男爵さん?」

 リファが訊ねると、後ろにいたマリアも頷く。

「早く、自分の家臣に知らせた方がいいんじないですか? きっと男爵様のことを捜していますよ」

「……そうしたいが、どうやら……用心した方がよさそうなんでな……この国が、俺のことを捜しているなら……下手な動きはできん」

「じゃあ、どうするんだよ?」

 ルフィンが言った。

「申し訳ありませんが、私たちも下手な動きはできません」

 リーデが念を押すように言った。

「そうだな……」

 マークルフはルフィンの方を見た。

「……傭兵ギルドに行って……くれないか。将来……傭兵を雇うなら、見聞するには悪くないぜ」

 マークルフは不敵な笑みを浮かべながら、言った。

「行ってどうすればいい?」

 ルフィンがさらに訊ねようとしたが、リーデが手をかざしてそれを制した。

「司祭様?」

 警戒するように表情を固くするリーデを見て、ルフィンが首を傾げる。

「男爵様は、やはりこの国のことをよくご存じのようですね」

「……どうしてそう思う?」

「普通なら、まずは傭兵ギルドの存在の有無を確かめ、それが可能かどうかまで考えるはずです」

 ルフィンがマークルフとリーデに挟まれ、困ったように互いの顔を見る。

「でもさ、ユールヴィング男爵家は傭兵の神様と呼ばれた人の一族なんだよ。傭兵のことは何だって知ってるよ」

「分かってるわ」

「だったら、別にさ──」

「言いたいことは……だいたい分かるよ……司祭様」

 マークルフが言った。

「……この国は……中も外も不安定だ……国が揺らげば……傭兵たちは自然と増える……実際、ルフィンの口に出るほど……傭兵が幅を利かせてきてるんだろ」

 リーデの手前か、ルフィンは答えなかったが、その目を見ればそれが当たっていることは明らかだった。

「俺の耳にもこの国の情報は集まっている……その俺が傭兵たちを使って……この国や、あんたたちの問題に介入するかもしれない……それが気になるんだろ?」

 リーデは答えなかったが、その態度は否定ではなかった。

「……この国は……常に他国に干渉され続けてる……警戒するのは当然とは思う……だけど……俺の目的はあくまで“機竜”だ……あんた達が何を隠しているかは知らないが、この国にも墜ちる可能性がある以上……そっちも無関係ではない……だろ?」

 双子たちがリーデの方を見た。

 リーデも思案するように目を伏せる。

「俺は行くよ。男爵の言う通り、この国だって危険かもしれないんだ」

 ルフィンが言った。

「兄ちゃん、あたしも行く!」

「おまえは留守番してろ」

「だって、兄ちゃん一人じゃ心配だし──」

「双子は目立つ。一人の方が動きやすい」

 双子が言い合うなか、リーデは顔を上げた。

「分かりました。私が行きます。あなたたちはここに居なさい」

「お姉ちゃんが傭兵ギルドに行くの?」

「……もし、この国が男爵様を捜しているのなら、傭兵ギルドも監視されてるかも知れないわ。それこそ、男爵様が傭兵と繋がりが強いことは皆、知っていることですから──」

「……ああ、だから目立たない方法を選ぶ……いまから、俺の言う通りの内容で……傭兵ギルドに依頼を出してくれ。傭兵の依頼なら、不自然じゃない……だろ」

「それで、仲間の人に伝わるの?」

 リファが不思議そうに訊ねる。

「……傭兵の……連絡手段てのは、いろいろ手があるのさ」

「分かりました。では傭兵ギルドに依頼を出し、もし、途中で男爵様の部下の方が見つかれば、その方にお伝えすればよろしいのですね」

「……いや、注文出すようだが……俺のことを……伝えるのは、二人だけ……俺の部隊の副長ログか──“蛇剣士”カートラッズという傭兵の……どちらかにしてくれ。おそらく……捜しに来るはずだ」

「他の仲間の人には言ってはダメなの?」

「ああ……俺のことを心配してる奴がいるかもしれんが……この身体じゃ、まだそいつに会えなくてな……」



 マークルフの放った〈アトロポス・チャージ〉と“機竜”の放った“魔咆”の衝突──

 互いを消滅させるべく放たれた破壊の力は衝突の果てに暴走し、全てを掻き消す巨大な光の爆発となって、両者を呑み込んだ。

 マークルフの視界が閃光に包まれ、同時に全身を砕くような衝撃が襲う。

 次に気づいた時、自分は生身の姿に戻っており、何もない大空の中に放り出されているのに気づく。

(リーナは──どうなった!?)

 爆発により生じた乱気流に翻弄され、何がどうなったか確認することさえできない。

 全身も衝撃によって麻痺しており、思うように身体が動かせなかった。

 マークルフの全身が真紅の光の紋様に包まれる。

 《アルゴ=アバス》の装着信号だ。万が一のためにダロムに託していた対策のためだが、しかし、この高度では届きようもなく、悪あがきでしかないはずだった。

 だが、信号に対する応答があった。

 マークルフは呼んだ。

 そに応えるように乱気流の中を飛んできたのは、ダロムに託していた《アルゴ=アバス》の一部──肩当てだった。

 どうやって、ここまで飛来したのか考える暇もなく、マークルフは飛来した鎧の一部を肩へと装着した。

 やがて、乱気流が収まり、変わって重力がマークルフを捕まえる。

 マークルフの身体は落下速度を上げながら、大地へと近づいていく。

 迫り来る地上との激突が不可避のなか、マークルフはそれでも諦めなかった。

 地上の様子が鮮明になると、マークルフは肩当てのスラスターを段階的に開放した。

 魔力の噴射により落下速度を抑えようと試みるが、姿勢制御の噴射では弱く、高度も想定よりも高すぎた。落下速度を抑えきることができず、地上の景色が目の前に急速に広がっていく。

 その間にも肩当ての魔力は消耗していた。

(駄目だ──やはり、魔力が足りねえ──)

 内蔵されたジェネレータが魔力を集めようと起動しているが、魔力の希薄な“聖域”では消耗にとても追いつかないのだ。

 その時、マークルフは気づく。

 魔力を集めようとする肩当てに引っ張られるように落下の軌道が僅かにずれているのを──

 だが、それを確かめる前に地上が迫る。

 どこかの山肌と見たマークルフは、落下箇所を大きな崖に定めると、軌道の微調整だけをして噴射を止めた。そして、肩当てに残った魔力の全てを肉体の強化へと回す。

(この“心臓”だけは──)

 肉体強化をしても落下の衝撃には耐えられないだろう。だが、肉体自体を鎧とすることで、胸の中の制御装置だけは守らねばならない。

 目の前に崖が迫る。あの斜面に転がるように落下して、衝撃を逃すこと。それが最期に自分ができることだった。

 黄金の髪をなびかせる、少女の笑みが脳裏をよぎる。

 それは最期に見るという思い出の光景か。

 それとも命を落とした勇士を死後の世界に迎えるという“神”の娘の出迎えなのか。

(リーナ──おまえは迎えに来るなよ──)



 マークルフは目を開けた。

 目に入ったのは暗い部屋の天井だった。

 夢──いや、焼き付いていた記憶が蘇ったようだ。

 まだ深夜の時間で、この家人であるマリアと双子たちは別室で眠っている。

 リーデという女司祭はこの家に留まらないらしい。いろいろな準備もあり、別の場所で休んでいるそうだ。

(あいつ……無事でいてくれるといいがな)

 マークルフはリーナのことを考えていた。

 “機竜”との戦いの後でどうなったのか──だが、きっと生きていてくれるはずだ。

 何だかんだで、彼女は“神”の娘たる“戦乙女”なのだ。

 それに自分は生きてる。彼女だけ死ぬ訳はない。根拠はないが、そんな確信があった。

(だが──)

 眠る気もせず、今後のことを考えていると、扉が少し軋む音がした。

 マークルフは咄嗟に眠ったふりをする。

 扉が静かに開き、誰かが入ってきた。

 それは寝間着姿のリファだった。

 手に毛布のような物を持った少女は床にそれを広げると、傍に置いてあった《アルゴ=アバス》の肩当てを持ち上げ、その上にそっと置く。そして、それを丁寧にくるむと、また隅っこの方に移動させ、最後にポンポンと優しく叩いた。

「……ありがとな」

 マークルフが言うと、リファは飛び上がるようにして振り返る。

「お、起こしちゃいましたか、男爵さん?」

「いや、最初から起きてた……驚かせて、悪かったな」

「眠れないんですか?」

 リファが近くの椅子を寄せて、座った。

「いや、ずっと眠ってたのか、眠れなくてな……」

 リファが男爵の顔を見つめ、やがて口を開く。

「ひょっとして、大事な人のこと考えているんじゃないですか?」

 マークルフは虚をつかれたように驚くが、すぐに苦笑した。

「……結構、鋭いんだな」

「うん。さっきの話を聞いてたら、そう思えて──その人にここに居るって伝えなくていいんですか」

「心配するな、いずれ伝える……ただ、この身体じゃ、あいつを抱きしめられないんでな……」

 リファが訝しげな顔をする。

「……何か、怪しい気がする」

 思った以上に勘が鋭い娘のようだ。

「まあ……俺を怪しいと思うのは……まともな反応だ……だが、安心しろ。約束と報酬の支払いだけは守るから、な」

 リファが何かを考えるように、こちらを見つめていた。

「何だ? まだ何かあるのか?」

「傭兵を雇う時に力を貸してくれるって約束よね?」

「ああ……おまえの兄ちゃんとの約束だな」

「……男爵さんを雇うってダメかな」

 リファは真剣な顔で言った。

「俺……か?」

「だって、男爵さんって“機竜”と戦えるほど強いし、傭兵のなかでも一番、えらい人なんでしょ?」

 マークルフは思わず吹き出した。

「はは……大きくでたな」

「ダメ?」

「言っておくが……俺は、高いぞ」

「やっぱり、そうだよねぇ」

 リファも覚悟したかのように口を結ぶ。

「あたしが報酬じゃ……ダメ?」

 思いがけない言葉に、マークルフは目を丸くする。

「将来を約束した人がいるなら、邪魔できないけどさ……愛人とか、現地妻とか、後宮の隅っこの賑やかしとかでもかまわないから──」

「おまえ……自分で言ってて悲しくないか」

「だって、あたしが払えるものなんて、そんなのしかないし──それとも、その手の宿で稼いで、お金で払った方がいい?」

「しなくていい……助けてもらった恩人にそんなことさせてみろ……俺がユールヴィングの面汚しだ」

 マークルフは重い身体を動かし、リファの方に向けた。

「……恩返しに引き受けてやってもいい……ただ、俺もクレドガル王国の爵位を持つ身だ……おまえたちの問題が国に関わるなら……国際問題になることは……考えた方がいいぞ」

 リファはずっと難しい顔して考えるが、やがて落胆するように肩を落とした。

「うーん……難しいかなぁ」

「本当に必要なら、力は貸してやるよ……ただ、兄ちゃんたちの力になりたいなら……もう少しだけ、慎重になれ……いまので、おまえたちに金がなく、国に関わる何かがあるって言ったも同然だ」

 リファがしまったというような顔をして、がっくしと肩を落とした。

「……うう、バカだな。何やってんだろ、あたし──」

「だが……悪いわけじゃない」

 マークルフはそう言って苦笑した。

「本当なら、こっちがどう受け取ったまで……教えねえよ……それを言わせるあたり、ある意味、たいしたもんさ」

 リファは表情を綻ばせた。

「励ましてくれるんだ。ありがとう、男爵さん」

 リファは笑みを浮かべるが、また考えるような表情を浮かべた。

「どうした?」

「ここって、“手つけ”とか“先払い”とか、何かした方がいいのかな──」

「……下手な考えはしなくていい……いいから、戻って寝ろ」

「分かった。早く元気になってね、男爵さん」

リファが元気づけるように両手を伸ばし、マークルフの右手を握った。

(──!?)

「どうかしたの? 痛かった?」

「いや、何でもない……行きな」


リファが去った後、マークルフは天井を見つめた。

 あの少女が触れた時、胸の“心臓”が一瞬、強く働いたような気がしたのだ。

(いまのは──)



 リーナは傭兵隊長カートラッズの部隊の中にいた。

 彼の部下に扮して軽装の傭兵に身をやつし、特徴的な黄金の髪も革兜に押し込めるように隠していた。

 山岳地帯の間を通る道にブランダルクの関所があり、カートラッズは関所で門番の兵士たちと何やら話している。

 やがて交渉が終わったのか、カートラッズが戻って来ると、部隊に出発を告げた。

 関所を通り、ブランダルクに踏み込んだ部隊は、しばらく進むと開けた場所で留まり、休憩をする。

 リーナも、カートラッズとテトアの二人と共に荷馬車の上に腰掛けていた。

「姫様、窮屈じゃないですか」

 テトアがリーナの様子を気にするように言った。

「申し訳ないが、姫君の姿は人目を惹きすぎるのでな」

 カートラッズも革袋に包んだ水筒に口を付けながら、言った。

「いいえ。大丈夫です」

 リーナは笑顔で答えた。確かに不慣れな格好で移動しており、疲れがない訳ではないが、マークルフを捜すのに弱音など吐いていられない。

「でも、ダンナさん。意外と簡単に関所、通れちゃいましたね。もっと、厳しいかと思ってましたけど──」

 テトアが拍子抜けしたように言った。

「ここも傭兵たちの出入りが激しいからな。俺も何度も仕事でこの国に来ている。俺ほどの傭兵なら信用が物を言うのさ」

「でも賄賂、渡してましたよね?」

「それも含めての信用だ」

「賄賂で関所を通すんですか?」

 リーナは複雑な表情で告げた。あまり好ましいことではないが、それでブランダルクに入れたのも事実である。

「この国もかなり落ちぶれててな。特に周辺国との不平等な条約に縛られ、自由に動けない。近隣の奴らが悪さをしても手出しできないなんて日常で、関所の連中もやる気を無くしておるのさ。もっとも、正規の兵がやる気をなくすと出番になるのは傭兵。俺もここでいくらか稼がせてもらったよ」

 リーナは周囲を見渡した。

 街へと続く街道だが、行き交う人の姿は少なく思えた。

 リーナは以前、マークルフからログ副長の過去を教えられている。

 副長は過去は捨てたと言っていたが、故郷の現状にどのような思いを抱いているのだろうか。

「それより、これからどうやって男爵を捜すのですか?」

 テトアがカートラッズに訊ねる。

「うむ。この一帯に範囲を絞るとしても、標高差が激しい土地だからな。やみくもに捜すのも効率が悪いし、いまは目立った動きも避けた方がよいだろう」

「何かあるんですか?」

「この国の兵士たちが付近を捜索しているという噂を、傭兵仲間から聞いた。血統書付きの事かもしれん」

 リーナが顔を強ばらせるが、カートラッズはそれに気づいて、首を横に振った。

「血統書付きの方の噂が掴めん。空から墜ちてきたなら何かしら噂になるはずだが、それもないということは、まだ見つかっていないか、或いは隠れているのかもしれん」

「もしかしたら、親切な人が助けて匿ってくれてるかもしれませんよ、姫様!」

 テトアが希望を持たせるように言うが、カートラッズは軽く鼻を鳴らした。

「いまだにどこかで野ざらしの可能性もあるがな」

「ダンナさん! もう少し、姫様の気持ちを考えてあげてください!」

「可能性を言ったまでだ。ま、それでもくたばるような血統書付きとは思わんがな」

 カートラッズは荷馬車から降りた。

「……ごめんなさい。素直な人じゃなくて」

 テトアが小声でリーナに謝る。

「素直な傭兵など、早死にするだけだ」

 耳聡く聞いていたのか、カートラッズが振り向いて答える。

「この先の街に傭兵ギルドがある。血統書付きが生きてるなら、まずはそこに連絡をとろうとするだろう。それを確かめに行く。よいな?」


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