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“最後の騎士”

 男爵捜索に向かうエルマたちは、とある山岳地を望む平野へ辿り着いていた。

「この先が若が落下した場所なのか?」

 サルディンが険しい道が予想される山岳を見つめながら言った。

「その可能性があるとしか言えないわね」

 エルマが答えた。

 戦闘の最後、巨大な力の暴発が発生している。それに巻き込まれて男爵がどれだけ吹き飛ばされたのか不明であり、さらに落下までに何らかの 行動を起こしていることも考えれば、その落下範囲を絞ることは無理な相談だった。

 むしろ、“機竜”の動きから落下地点を予測することを考えていた。

 “竜墜ち”の始まった“機竜”は螺旋を描く軌道をとる。その軌道を逆算すれば落下地点を絞る手がかりになるはずだった。

 だが、“機竜”の軌道は不規則な円を描いていた。理由は不明だが、正確な計算はできなかったのだ。

 確かなのはリーナ姫がこの近辺で保護されたという情報だ。そして“機竜”の軌道からも、この地が落下地点の可能性を否定していない。

 リーナ姫を保護した傭兵部隊、それにマリエルたちの部隊もいまは捜索に向かっているはずだ。

「……前所長はあの向こうがどこだか知ってるか?」

 何を思ったのか、サルディンが訊ねてきた。

「ブランダルクのこと?」

「なら、左手に紋章を持つ“最後の騎士”の逸話は知ってるのか?」

 サルディンが確かめるようにエルマを見る。

 エルマもサルディンの意図に気づいた。

「副長さんのことを知っているかってこと?」

「やはり、あんたも知っていたんだな。あの人の過去を──」

 サルディンが剣を両肩に背負いながら一歩、前に進み出た。

「話には聞いていたわ。でも隊長さんまで知っていたのは意外だったわ」

「もう七、八年ぐらい前か。昔、先代様のお供をしてブランダルク近くまで遠征したことがある。その時に見たことがあるのさ。“最後の騎士”の雄姿をな──」



 あの惨劇から日が経ち、アウレウスは動けるまでに回復した。

 そして、ある夜、彼は剣を手に天幕を抜け出した。

『──やっぱり、行く気か?』

 一人、去ろうとしていたアウレウスを呼び止める声がした。

 振り返ったアウレウスの前に立っていたのは、腕組みするルーヴェンだった。その脇にはあの黄金の槍を地面に刺している。

『だが、黙っていくこともあるまい。水臭い奴だな』

『……すみません。貴方にはお世話になりました。ですが、ここからはわたしの戦いです。一人で行かせてください』

 アウレウスは静かに頭を下げる。

『せっかく仲間が命拾いさせてくれたんだぜ』

『ですが、いま亡くなった者たちの代弁をできるのは、わたしだけです。それに考えがあります。無駄死にはしません』

 その決意の固さを見て取ったのか、諦めたようにルーヴェンは肩をすくめた。

『そうか、分かった。無駄死にしないというそなたの言葉を信じよう。しかし、残念だな。孫にそなたを会わせたかったのだがな。真の騎士というものをあいつにも見せたかった』

『話はここの方たちから伺いました。貴方に似た利発な若様らしいですね』

『そう言ってくれると嬉しいがな。実はこの槍は孫にやった物でな。今回、こういうこともあろうかと勝手に持ち出してきておるんだ。いまも帰った時の言い訳を考えておるところだよ』

 ルーヴェンは困ったように笑った。こうして見る限りは英雄の顔はなりをひそめ、孫を可愛がる好々爺にしか見えない。

 だが、ルーヴェンの表情が不意に寂しくなる。

『だが、そうやって相手をできる時間も儂にはあまり残っておらんだろう』

 アウレウスは怪訝そうに男爵を見つめる。老齢ながらその肉体は壮健そのものに見えたからだ。

『そう見えんか。実は儂の身体には古代鎧の制御装置が埋め込んである。文字通り、鎧と儂の命を管理する“心臓”だ。要するにこの身体は兵器化しておってな。長年、この“心臓”と付き合っておると、自分の身体の耐久期限というものが何となく分かってくる。どうも“心臓”も儂の身体を維持するのに疲れてきておるようでな。もうじき見限って、身体中に一気にガタが来るかもしれん』

 ルーヴェンは自分の左胸をポンと拳で叩いた。

『ですが、きっと若様が立派に跡をお継ぎになるでしょう』

『喜びたいところだが正直、こんな腐れ縁は儂の代だけで済ませたかった』

 ルーヴェンは再び腕を組み直した。

『古代文明はあの“機神”を“世界の運命”となぞらえていたそうだ。儂はずっと“機神”を消滅させる方法を探していたが、運命を断ち切るどころか、腐れ縁ばかりが増えていった。特にフィルディング一族とは因縁ばかりが増えおってな』

『フィルディング一族──貴方はなぜ、彼らと戦い続けているのですか?』

 アウレウスはこの機会に、疑問に思っていたことを口にした。

 名声も地位も得て、余生を考えて生きてもおかしくないのに、それでもこの老雄は戦いから退こうとはしない。

 そこまでして戦う理由を知れば、自分が今後どうするべきか、その道を知る助けになると思ったからだ。

『そりゃ、“聖域”を牛耳る巨大な悪と戦った方が格好良いからに決まっておるじゃろう』

 ルーヴェンはさも当然のように答えるが、アウレウスは黙って答えを待ち続ける。

『……おまえさんに冗談はやりにくいな。いまの儂の望みは“機神”の脅威をこの世界から完全に排除すること。しかし、そのためにいろいろやってたら、奴らとの腐れ縁が断ち切れなくなってしもうたわけじゃ。ようするに、あの一族自体が“機神”との腐れ縁みたいなもんなんじゃろう』

 ルーヴェンは面倒臭そうに首をほぐす仕草をする。

『だが、見方によってはあの一族も運命を操られた、悲運の一族なのかもしれん』

『あの一族が悲運だと──』

 その意外な言葉に、アウレウスは思わず口をこぼす。

『いや、奴らの謀略の被害者にこんな言葉は不謹慎だったな。これは失言だったな。忘れてくれ』

『いえ、教えてください。わたしは貴方の真意を伺いたいのです』

 食い下がるアウレウスの姿に、ルーヴェンは口の端を歪める。

『なに、奴らが善人と言っているわけじゃない。じゃが、“機神”の力に魅入られなければ、あそこまで悪党になることもなかった──そう思っているだけだ』

 ルーヴェンは背中を向けた。

 その視線の先にあるのは“聖域”の中央、“機神”を封印しているクレドガル王国だろう。

 アウレウスにはあの一族に対して憎しみはあっても、同情の余地はない。だが、誰よりもその一族と争ってきた老雄の言葉に反論することはできなかった。

『いずれにしろ、孫というだけで継がせるにはしんどい腐れ縁だ。儂が動ける間にできることはしておきたいと思っておる』

 ルーヴェンは笑顔で振り返った。

『もし将来、孫と何かの縁があったら、よろしく頼まれてくれんか?』

 アウレウスも思わず、表情を和らげていた。

『貴方には恩があります。お約束します』

『いやいや。そこまで本気にならんでくれ。孫バカの老人の戯言ぐらいに思ってくれればそれでいい』

 アウレウスはあらためて深く、頭を下げた。

『今後のご武運、お祈りいたします』

『ははは。これから戦いに赴く奴にご武運を祈られるとはな』

 ルーヴェンはそう言うと、地面に刺していた黄金の槍を引き抜き、それをアウレウスに投げてよこした。

 アウレウスはそれを手で受け止めた。間近で見れば、本当に傷一つない不思議な槍であった。

『ユールヴィングには戦いの運命を司る戦乙女がついておる。それはその戦乙女の化身と伝えられている。おまえさんもその槍に祈っていくといい』

 アウレウスは騎士団の伝説の始祖たる神女を思い起こす。彼女もまた神の娘と呼ばれた存在であった。

 アウレウスは言われた通り、その槍に祈りを捧げると両手でルーヴェンに返す。

『約束だ。死ぬなよ』

 ルーヴェンが槍を受け取りながら告げた。

『──はい』

 アウレウスはそう答えると静かに旅立っていった。



 その日、ブランダルクの誇るムンドガル大神殿に民衆が集まっていた。

 神女の伝説を持つブランダルクは“神”の信仰も息づいており、そのための神殿は多い。

 ムンドガルはこの国の神殿の総本山と呼べる場所だ。

 先日、政治的に中立なこの場において、ブランダルク王と諸国の和平協定が結ばれていた。

 それが実質的な降伏であることは民衆も分かっている。

 騎士団の力を過信した王の無謀な政策で諸国と争いになり、ついにはブランダルクの至宝であった〈白き楯の騎士団〉までも全滅させた。そのあげくに自らの地位の保全を約束させるため、不利な条約を結んでしまったのだ。

 そして今日、またこの神殿に民衆は集まっていた。いや、集めさせられていた。

 ここで新生〈白き楯の騎士団〉が結成が行われようとしていたのだ。

 神殿の前には選ばれた騎士たちが整列していた。

 白塗りの楯を持ち、その姿はかつての騎士団を彷彿とさせるものだ。

 だが、民衆もまた分かっていた。

 彼らは寄せ集めの騎士たちに過ぎない。真の騎士団と比べるべくもない紛い物であることを──

 新生騎士団の結成を急ぎ、ここをそのお披露目の舞台にしたのも、騎士団全滅というおのれの最大の失策と降伏条約の記憶を早々に過去のものにしたい愚かな魂胆であることも──

『──諸君は新たなブランダルクの未来を担う勇者たちである』

 神殿の二階。吹き抜けの舞台の檀上で騎士達を見下ろしながら演説する者がいる。

 ブランダルク王、その人である。

 若くして王位を受け継ぎ、今年30歳となる痩身の王は、その髪の色から“赤髪王”と呼ばれていた。

 自らを髪の色になぞらえて“炎”に例え、格式を重視して硬直化していたブランダルクの政治改革を自任していたが、その政策がことごとく失敗し、いまのブランダルクの苦境を招いた張本人であった。

『諸君らには先達以上に騎士の本分を全うしてくれることを余は確信している』

 その先代の騎士団を暗に非難するような言葉に、民衆が露骨に顔をしかめる。

 王は騎士団の全滅を彼らの独断行動が原因と説明しており、おのれの責任については言及せず、周りにも言及できるものはいなかった。

 やがて、王の隣に大神殿の長である司祭長が登壇する。

 豪奢な外衣を纏い、その頭巾の下には壮年の男のそれが覗いていた。

 その出自はフィルディング一族とされ、近隣にも大きな影響力を持つと言われる。

 先日の条約の舞台を御膳立てをしたのも、この司祭長の働きであった。

 司祭長は儀礼用の古き剣を所持していた。

 かつて伝説の騎士団が結成された時、時の司祭長が彼らに騎士の洗礼を与えた時に用いられた秘宝である。

『諸君らはこの時、この場において新たな伝説を担う騎士として生まれ変わるのだ!』

 王が宣告し、司祭長が意匠の施された鞘から剣を抜き掲げようとする。

 だが司祭長の手が止まった。

 彼らの視線の先、民衆たちの後方からの乱入者に気づいたからだ。

 それは馬に乗り、外套を纏っていた。

 王もすぐにそれに気づくと、すぐに警備の人間に排除を命じる。

 だが、乱入者は手綱を操ると、躊躇うことなく民衆たちの方へと走り始めた。

 民衆たちは慌てて道を開ける。

 警備の兵士が立ちはだかるが、馬は稲妻のように疾走し、彼らの間をすり抜けた。

 その先に騎士たちが塞がるが、馬は跳躍し、彼らの頭上を大きく飛び越えた。

 明らかに普通の馬の動きではない。

 馬は整列していた騎士たちを跳び越え、慌てて飛び退いた彼らの間に着地すると、さらに跳躍した。

 人馬一体の動きで神殿の柱を足場にさらに跳び上がり、神殿の二階にあっという間に到達する。

 乱入者は馬から飛び降りて床に着くと、両手にそれぞれ剣を抜き放った。

『構わん、斬れ! この狼藉者を早く斬って捨てろ!』

 王が叫び、護衛の騎士たちがその前に盾となって並ぶが、乱入者は一気に距離を詰めると剣を振るった。

 騎士たちは剣を取り落とす。

 その姿を見た民衆たちのどよめきが場を支配した。

 護衛の騎士たちを圧倒する剣技、そしてその剣を握る左手の甲に〈白き楯の騎士〉の紋章を見とめたからだ。

 包囲を突破した乱入者は司祭長の持つ儀礼の剣を薙ぎ払う。

 儀礼用の剣はその一撃で刀身が折れ、床に転がった。

 乱入者はさらに左手の小剣を構え、王に迫る。

『や、やめろ──』

 王は逃げようとするが、壁際に追い詰められた。その前に立つのは護衛の騎士二人。

『王よ! 何故、我らをお見捨てになった!』

 乱入者──アウレウスは叫ぶ。

『し、知らん! 何のことだ!?』

 王がわめく。この後に及んでも自らの非は絶対に認めないようだ。

『……我らを見捨てし王よ! 我は亡き同胞たちと共に──』

 アウレウスは左手の小剣を逆手に構え直す。それは手の紋章を逆位置にして剣を構えたようであった。

『王に捧げし剣をお返しする!』

 アウレウスは騎士たちの間を縫って、王の胸を斬りつけた。

 だが、致命傷ではない。その胸を掠った程度だ。

『うぁああぁあーーーッ!?』

 騎士たちが慌てて剣で牽制するが、アウレウスは恐怖と痛みと流れる血で恐慌をきたした王を一瞥すると、馬の方へと戻る。

 増援の警備が現れ、慌てて追いすがるが、それよりも先にアウレウスは馬に飛び乗ると、手すりを飛び越えて地上へと着地する。

 だが、着地と同時に馬が崩れ落ちた。

 アウレウスが予想していたよりも早く、馬の“力”が尽きたのだ。

『逃がすな! 絶対に逃がすな!! 生け捕りにしろ!!』

 頭上から王が叫んでいた。生け捕りに固執するのは、ただ殺すだけでは気が済まないからだろう。

 アウレウスは両手で剣を構えると、その場にいた騎士たちを迎え討つ。

 だが、包囲し、数も圧倒する新生騎士たちはアウレウスの剣の前に手も足も出なかった。命までは取られないが、戦闘不能になり地面にうずくまる仲間たちの姿に、騎士たちは臆したようにアウレウスを遠巻きにする。

 アウレウスは外套の下で苦笑するしかなかった。皮肉な話だが、王の私怨を優先した生け捕り命令が本気の殺し合いを阻止させているのだ。

 だが、このままではさらに増援に囲まれて追い詰められるだけだった。

『お、おい!? 逃げろ! 王を狙った不埒な野郎がこっちに来るぞ!』

 その時、やや芝居がかった聞き覚えのある声がした。

 声は騎士たちの包囲のさらに後ろ、民衆たちの先頭の列からだ。

 そちらを見たアウレウスは声の主が一般人にやつしたルーヴェン男爵だと気づいた。

 その近くには仲間の傭兵たちの姿もある。

 男爵は目で合図した。

 アウレウスは騎士の包囲を強引に突破すると、男爵のいる方向に向かった。

 男爵と傭兵たちが開けた道を、アウレウスは躊躇うことなく割って入る。

 男爵たちだけではなかった。

 他に潜伏していた傭兵たちも民衆たちの間で道を開くために動いてくれていた。

 彼らの助けを借り、アウレウスは民衆たちの間を逃げる。

 幸いなことに、民衆たちはアウレウスの逃亡を阻もうとはしなかった。

 逆に追撃の騎士たちも民衆の間に割って入ろうとするが、彼らは混乱しているらしい民衆に行く手を遮られ、それ以上、追撃することはできなかった。



 新生騎士団の結成は中止された。

 民衆は“最後の騎士”の復讐劇だと噂した。

 王は〈白き楯の騎士〉の偽物か裏切りを誇張しようとしたが、それは断念し、箝口令を敷くことでこれ以上の噂の拡大に腐心することになる。

 騎士は奇跡の力をもって現れたのだ。神女の信仰が根強いブランダルクにおいて、その騎士を誹謗すれば、自分への不満が表面化し、新たな暴動となることを怖れた結果だった。



 〈オニキス=ブラッド〉は陣地を解体し、撤収の準備を行っていた。

 その陣頭指揮を執るルーヴェンだったが、部下の何人かがこちらの様子を覗っているのに気づく。

 ルーヴェンも部下の視線が示す先を見た。

 野営地から離れた場所でこちらの様子を見ている外套姿の人物がいた。

『……少し、ここを離れる。後はまかせた』



 様子を見ていたアウレウスの許に、ルーヴェンがゆっくりとやって来る。

『よう。見送りに来てくれたか』

 ルーヴェンが何事もなかったかのように手を挙げた。

『……また、窮地を救われました』

 アウレウスは地面に両膝と手をつくと、剣を置き、深々と頭を下げた。

『大げさな真似はせんでいい。槍の前で“死ぬな”と約束させてしまったのでな。あのまま死なれては寝覚めが悪くなると思っただけのことよ』

 ルーヴェンはアウレウスの隣に腰を下ろし、胡座をかく。

『……槍の前で?』

『験担ぎという奴さ。あの不朽の槍を手に誓ったことは決して違わない──そういうことにしておってな。だから、死なれると戦乙女の名に傷がつくし、そうなると儂が孫にこっぴどく叱られてしまう。そういうことだから、そこまで畏まらんでくれ』

 まるで大したことでもないように、ルーヴェンは笑った。

『……しかし、あのような馬をよく見つけてきたな』

 アウレウスも老雄と同じように胡座をかく。

『あの馬には神女の下僕たる神馬の力が宿っていました』

 ルーヴェンが驚いたように目を見開く。

『ほう。そいつはすごいな』

 アウレウスは左手の革手袋を外し、甲の紋章を掲げた。

『洗礼を受けた騎士の紋章を持つ者のみが、その力を使うことを許されています』

『それは初耳だな。騎士団にそのようなものがあったとはな。だが、騎士団はその力を使わなかったようだが──』

『この力は封印された力です。わたしがその封印の一部だけを解放し、一時的に神馬の力を借り受けました』

『なるほど。それで馬がすぐに潰れたのも納得がいく。“聖域”では神族の力の消耗も早いからな』

『ですが、もうこの力を使うこともありません』

 アウレウスはもう一度、革手袋を左手にはめた。

『……伝説の神女は人知れず、その姿を消したと伝説にあります。ですが真相は少し違います。神女は自ら封印されたのです』

『それも初耳だな』

『わたしも団長からの遺言で初めて知りました。神女は地下の神界からやって来たそうですが、帰る術は持たなかったそうです。戦いが終わった時、神女はしもべの神馬と共に封印されることを選びました。〈白き楯の騎士団〉は代々、神女の封印の秘密を守ってきたのです』

『その封印されていた力を借りたということか』

『はい。このことは騎士団長とごく一部の者にのみ伝えられていましたが、それを知っているのはもはや、わたしだけでしょう』

『思いがけず重要な話を聞かされたな。儂にしゃべって大丈夫なのか』

『……騎士団は滅び、その役目はもう果たせません。それに封印の力は本来は人々の争いに使うべきでものでもない。神女に導かれた騎士の末裔として、一部の力を使わせてもらいましたが、このことはわたしが墓場まで持っていくつもりです』

『そうか。確かに“神”の力はみだりに使うべきではないな。それに、そなたには剣がある。その技こそが、騎士団が伝えてきた真の神女の力と言うべきかもしれん』

 アウレウスはかぶりを振った。

『いえ、わたしの剣ももう騎士の剣ではありません。わたしの剣は騎士を名乗るには、人の血を吸いすぎました。ただの人殺しの剣に過ぎません。全ては終わったのです』

『はは、おまえさんも固い奴だな』

 ルーヴェンは苦笑して腕組みした。

『もう一つ、訊いてよいかの? おまえさん、王を斬り損ねたように見せてたが、本当は王を斬ろうと思えば、斬れたんじゃないのかい? 護衛もおったが、おまえさんの腕前ならできたと思うんだがね?』

『騎士団は滅びました。さらに王までも失えばブランダルクは周辺国の餌食となって崩壊するでしょう』

『母国を犠牲にしてまで復讐はできんかったか』

 ルーヴェンはアウレウスの肩に手を置いた。

『だが、あれで王も二度と〈白き楯の騎士団〉の名を使おうと思うまい。また、いつ来るか分からない騎士の亡霊に怯えて過ごすのも悪くはあるまいて』

 ルーヴェンはアウレウスを見据えた。

『だが、これで良かったか? おまえさんが立ち上がってブランダルクを建て直すという道もあるんじゃないのか? 最後の〈白き楯の騎士〉の名はでかいぞ。おまえさんを支持する者だってきっと出てくるはずだ』

『それも国を分断する争いになるだけ。それを口実に周辺国の介入を招くだけでしょう』

『確かに、いまのブランダルクには自ら建て直す余力はないか……王の自業自得とはいえ、それに付き合うしかない臣民が気の毒になるな』

 ルーヴェンはやりきれないように首を振った。

『それに、わたしも自分の身の振り方を別に考えていました』

 アウレウスはルーヴェンに手をついた。

『わたしを雇っていただけませんか』

 ルーヴェンは驚いた顔をしたが、すぐに真顔になる。

『〈白き楯の騎士〉殿を雇えと言うのかね』

『その名を二度と名乗るつもりはありません。それに来る者拒まず、去る者は追わず──それが傭兵の流儀と聞きました』

『うーむ。確かにそうだがな。ただ、いっそ、しがらみを全部捨てて、自由に生きる道もあるんだぞ。そなたの腕なら一から成り上がっていくこともできるだろう。儂が保証してやる』

『いえ。この剣は騎士としても、自分のためにも使う気はありません。ただ、鈍らせるわけにもいきません。フィルディング一族と戦う貴方なら有用に使っていただけると思いました』

『おまえさんもフィルディング一族と戦う道を行くというのか』

『わたしに残ったのは血に染まった剣だけ。それでも、貴方の道の露払いができるなら、仲間たちもきっと納得してくれるでしょう』

 ルーヴェンは困ったように首を左右に傾ける。

『やれやれ……言っておくが楽はできんし、格好いい道でもないぞ』

『構いません。後に続くであろう若様のためにも──』

 ルーヴェンはしばらく目を閉じて考えていたようだが、やがて一息ついた。

『勝手に槍を持ちだした言い訳を考えてたんだが、どうやら孫に良い土産ができたわい』

 ルーヴェンは豪快に笑った。そして、ひとしきり笑った後、アウレウスに座ったまま向き直り、彼の両肩に自分の両手を置いた。

『ありがとう、礼を言うぞ。あいつは──マークルフはきっと儂よりも先を行ってくれるだろう。重責しか残せんだろう儂の代わりに──あの子の力になってやってくれ』

 ルーヴェンはそのまま深々と頭を下げた。

 その時、アウレウスはユールヴィングの傭兵として生きることを決めたのだった。



「あれからだ。わたしがログという名で生きていくことにしたのは──」

 ログが話し終えた時、隣にいたタニアはすすり泣いていた。

「別に泣くことはない」

「だって……ログさんがあまりにも可哀想で──」

 タニアは袖で涙を拭きながら言った。

 ログは静かに立ち上がる。

「すまんな。泣かせるつもりはなかった」

「なんでログさんが謝るんです! 酷いのはそのブランダルクの馬鹿王とフィルディング一族じゃないですか!」

 タニアも立ち上がると、ログを見上げるようにして言った。

 その目には理不尽に対する怒りがありありと浮かんでいた。

 自分の過去を、彼女は自分のことのように受け止めている。過去として全てを封印していたログには、失ってしまったその素直さが眩しく思えた。

 ログは左手をタニアの肩に置く。

「力を貸してくれるか」

「もちろんです! 何でもお手伝いしますから、遠慮なく命じてください!」

 タニアは敬礼の構えをする。

「ありがとう──わたしは何としても閣下を捜し出さなければならない。それに確かめたいこともある」

 タニアは自分の肩に置かれたログの左手を見つめた。

「あの仮面の女剣士のこと、ですか」

「そうだ。彼女の操る馬は“神馬”を彷彿とさせるものだった」

 ログはタニアから手を離す。

 過去は捨てた。

 だが、運命として向こうからやって来るのなら、逃げるわけにはいかない。

 女剣士の力が予想通りであり、誤った道に使おうとするのなら──たとえ、刺し違えることになろうとも、自分が止めねばならないのだ。

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