滅びし騎士団(3)
マークルフが自ら名乗ると、その場にいた双子たちは互いに顔を見合わせた。
「──とはいえ、証明するものがねえけどな」
双子たちが女司祭の方を見る。
どうやら、この女性が双子たちの保護者的な立場にいるようだ。
リーデと呼ばれた司祭はしばらく何かを考えるように目を閉じる。
「──俺は信じるよ」
双子の片割れ、ルフィンという名の少年が答える。
「ユールヴィング男爵は、“機神”を倒した先代の古代鎧を継承してるんだ。それでその鎧を使うために身体も特別な強化がされてるって話なんだ。だったら、これだけ酷い怪我をしても生きているのだって不思議じゃないよ」
「じゃあ、これがその古代鎧なの!? 肩当てしかないけど!」
双子の妹らしいリファが床に伏せ、隅に放置していた肩当てを指で突きながら、しげしげと眺める。
「おい。男爵家の家宝なんだから、あんまりいじるな。それとこっちにお尻を向けるな。失礼だろう」
「あ、ごめんなさい」
リファは立ち上がると、反対方向に回り、またしゃがんで肩当てを見つめる。
「……おまえな」
「かまわんさ……それよりもよく、知ってるな」
「傭兵ギルドの本で読んだ。有名な話なんだろ」
「おまえ……傭兵に興味があるのか」
「いや、いずれ雇うならどの傭兵がいいかなって──」
リーデが手を上げて、少年の言葉を止めた。
「それよりも男爵様が何故、このような場所に、そのような酷いお怪我で倒れていらしたのですか?」
リーデが訊ねる。
「話せば長いが……どうしても“機竜”を破壊する必要があってな……ようやく戦えたんだが、破壊し損ねて……情けねえが、この有り様だ」
「兄さん、あんなのと戦ったのか!?」
ルフィンが目を丸くする。
「まあな……だからもう一度、戦って……今度こそ完全に、破壊しなきゃなんねえ……このままでは……“竜墜ち”の二の舞だ」
「でも身体、ボロボロだよ。戦えるの?」
リファが枕元に立って、上からマークルフの顔を心配げに覗く。
「大丈夫だ……俺の身体は特別だからな……すでに再生を始めている。ただ……時間がかかりそうだ。だから……力を貸して欲しい」
マークルフは重い首を巡らし、少年の方を見る。
「その代わり……傭兵がいるなら、俺が手を貸す。俺ほど傭兵に顔が利く奴は……いないぜ」
「兄さんは俺たちを信用するのか」
「ああ……いまでも……〈白き楯の騎士団〉の誇り……それを捨てないあんたたちを……俺は信用する」
後ろで様子を覗っていたマリアが近づく。
「男爵様は、夫のいた騎士団のことをご存じなのかい?」
「……詳しい奴がいてな」
マークルフは、祖父とログから聞かされた話を思い出していた。
『目が覚めたか、若いの』
アウレウスを見下ろしていたのは老齢の男だった。
その衣装自体は良質な生地を使った高価な物のようだが、随分と荒い着方をしているのか、ボロが目立っている。
周りには傭兵の姿もあった。この老人は成金の傭兵隊長というところだろうか。
老傭兵はアウレウスの左手に目を向ける。
『そなた、〈白き楯の騎士〉か』
アウレウスは力を振り絞って飛び起きると、剣を抜いた。
このまま捕まって終わるわけにはいかない──ただ、それだけがアウレウスを突き動かしていた。
だが、それよりも早く、老傭兵の手刀がアウレウスの首筋を打つ。
目の前が揺れた。精根尽き果てていた身体には体勢を立て直す力すら残っていない。
無様に地面に倒れたアウレウスの手から剣がこぼれ落ち、傭兵が慌ててそれを拾い上げた。
『いや、すまんな。いい動きだが、その身体では老いぼれ一人、倒せんぞ』
アウレウスは目の前に立った老傭兵を睨みつつ、腰の短剣の位置を確かめた。
このまま捕まり、傭兵たちの手柄にされたくはなかった。
ならば、せめて自分で自分の始末をつけるしかない。
ただ、団長たちに顔向けできないまま終わってしまうことが悔しくて仕方なかった。
『……死に急ぐ顔をしておるな。だが、早まるな。間に合わなかったとはいえ、せっかく駆けつけたのでな。せめて、そなたは拾っていくことにしよう』
アウレウスにはその言葉の意味が分からなかった。
その時、近くから複数の馬のいななきが響き渡った。
どうやら追跡の手がここまで来たらしい。
老傭兵はそちらを一瞥すると、すぐに他の傭兵に命令する。
『ここは儂が引き受けた。おまえたちは騎士殿を陣地の奥に隠せ』
傭兵たちがアウレウスを両脇から抱え上げる。
アウレウスは抵抗しなかった。ただ彼らの手を借りて立ち上がると、老傭兵をまっすぐに見つめる。
『あなたはいったい、何者だ?』
『なに、すぐ分かる』
老傭兵は不敵な笑みを浮かべると、部下にアウレウスを連れていかせた。
近くには傭兵部隊が陣地を設営していた。
その天幕の一つにたちは身を隠す。
『……どうする気だ? わたしを庇えばただではすまないぞ』
アウレウスは一緒に隠れた傭兵に告げる。
『ただで済む相手なんて最初から庇いませんよ。それに訳ありの人間を庇ってきた数なら、きっと旦那よりも多いですぜ。まあ、今回は隊長にまかせておきましょう』
傭兵はよほどあの老隊長を信頼しているのか、事も無げに言った。
やがて、陣地の入り口に立った老傭兵たちの前に、馬に乗った騎士たちがやって来る。
『おお! これはこれは騎士様。このような場所にいったい何のご用ですかな。我らをお雇いになるおつもりでしたら、さっそく試算させていただきますぞ。見れば北のランムト国の騎士ではございませぬか。実はあそこは我が亡き妻の祖母の故郷。ですので今回は特別料金で──』
『話す前からベラベラうるさい! 黙ってこちらの質問にだけ答えよ!』
騎士の一人が一喝し、老傭兵は肩をすくめる。傭兵たちを見おろす騎士たちの表情には、冗長な物言いに対する不機嫌がありありと浮かんでいた。
『これは失礼いたしました。それで、質問には情報料をいただ──』
騎士の一人が剣を抜き、老傭兵に突きつける。
『金に汚い傭兵はこれだから好かん。命の方が大事だと教えてやろうか』
恫喝する騎士たちに老傭兵は苦笑いを浮かべた。
『いやいや、これは敵いませんな。それで、この老いぼれに何を?』
『この近辺に何者かが逃げてきたはずだ。身体のどこかにこのような紋章がある男だ』
騎士の一人が巻物を取り出し、目の前に広げた。
それにはアウレウスの左手にある紋章──〈白き楯の騎士団〉の紋章が描かれていた。
『貴様たちがこの辺りに陣を構えているのは分かっている。言っておくが、隠しだてはためにならんぞ』
騎士たちが陣の中をうかがっていた。ここを疑っているようだ。
『おお! それならおりますぞ。連れてこさせましょう』
老傭兵がそう答えると、近くにいた部下に連れてくるように命じた。
アウレウスは咄嗟に短剣を抜こうとしたが、それを傭兵たちが押さえた。
『安心してください。隊長が旦那を売るようなことはしませんよ』
やがて、一人の傭兵が連れてこられた。
『こいつでございますかい?』
老傭兵が仲間の背中をめくった。
その背中には〈白き楯の騎士〉の紋章が彫られていた。
騎士たちが色めき立つが、やがて一人の騎士が先頭の騎士に何かを告げた。
『そいつではない! しかも、その紋章も違うではないか!』
騎士が激怒して、老傭兵に怒鳴りつける。
確かによく見れば紋章は偽物だ。本物を知るアウレウスの目から見れば明らかだ。
『貴様! 我らを愚弄しておるのか!』
老傭兵は騎士たちをなだめるように両手を上げた。
『いやいや、とんでもございません! おい、他の連中も連れてこい!』
やがて、他の傭兵たちが五人ほど連れてこられた。
彼らは命じられて、身体の思い思いに彫られた紋章を見せる。
どれも似ているが、〈白き楯の騎士〉の紋章ではない。
さらに別の騎士が彼らの顔を確かめるが、どれも違うことを仲間に返した。
『どれも偽者ではないか! 我らをたばかるつもりか!』
『ま、まあ! 待ってくだされ! 実はここだけの話。こいつらは元〈白き楯の騎士〉という経歴で売り込んでましてね。なに、傭兵の世界ではよくあることでしてな』
老傭兵は悪びれることなく笑った。
『ふざけるな! 騎士団の名を騙ったというのか!』
『ははは。その騎士団も勝手に自滅したって聞きましたしな。そんな連中なら別に名を騙ったところで罪にならないと思いましてな』
さすがに騎士たちの忍耐も限界を超えたようだ。
騎士たちは剣を抜いた。
『もう、よい! こうなれば我らで捜す! その前に貴様の名を名乗れ! それとどこに雇われているかもな!』
『儂か? 儂の名はルーヴェン=ユールヴィングだ』
老傭兵はあっさりと答えた。
その名に騎士たちの表情が固まった。
それは隠れて聞いていたアウレウスも一緒だ。
ルーヴェン=ユールヴィング──過去のフィルガス戦争において活躍し、復活しかけた“機神”を自ら所持する古代鎧の力を借りて倒したと言われる、生ける伝説の英雄だ。
『あまりの剣幕で名乗りそびれてたわ。だが、安心してくれ。これは別に騙っておるわけではない。その証拠をお見せしよう』
ルーヴェンと名乗った老傭兵は部下に命じて、何かを持って来させた。
それは黄金の斧槍だった。
ルーヴェンは槍を手に持ち、騎士たちの前に掲げた。
『我がユールヴィングの家宝、《戦乙女の槍》じゃ。そなたらも聞いたことぐらいあるだろ? 儂がこれを手に“機神”を倒した時は、世間中に喧伝されたもんだ』
アウレウスも知っていた。“機神”を倒した英雄の手には黄金の槍があったことも──
傷一つない黄金に映える槍は、それが紛い物と考えることすら許さない美しさがあった。
『それでも納得できぬなら、本国クレドガルに照会してくれても構わんぞ。儂は一応、そこの男爵位を賜っておるからな』
騎士たちは互いに相談を始めた。
ふざけた傭兵たちを蹴散らし、あわよくば雇い主に何かを求めようとしたのだろうが、思いもよらぬ相手に完全に浮き足だっていた。
『すぐに信じられぬのも無理はないか。傭兵稼業にも手を出し、こんな僻地に遠征に来るような男爵などそうはおらんからの』
ルーヴェンは頭に手を置いて能天気に笑うのだった。
騎士たちは大人しく退散していった。
他国の爵位を持つ伝説の英雄が相手であり、しかも先に自分たちが無礼な態度を見せている。これ以上は問題を起こすことはできなかったのだ。
『しかし、ひでえな。何があったが分からんが、よっぽど酷い目にあったんだな』
アウレウスの手当てをする衛生兵の男が言った。
『〈白き楯の騎士〉が一人、包囲を突破して逃げたと耳にした。外部にまで噂になっとるのだ。よほど凄まじい逃亡劇だったのだろうな』
その様子を眺めていたルーヴェンが答える。
ここは傭兵部隊〈オニキス=ブラッド〉の本営の天幕だ。
騎士を追い返したルーヴェンはアウレウスをここに連れてきていた。
『……ありがとうございました。おかげで命拾いをしました』
『いや。礼を言うことはない。儂も結局、たいしたことはできなかったようだ』
ルーヴェンはそう言って、弔いのように目を伏せる。
『フィルディングの不穏な動きを掴んでいた。その狙いも〈白き楯の騎士団〉だと予想はついていた。だから、傭兵稼業にかこつけてここまで出張ってきたのだが、間に合わなかった』
アウレウスも聞いたことがある。
この“聖域”に確固たる権勢を誇るフィルディング一族。各国の情勢の裏でかならず噂される一族だ。
そして、その一族と老雄には深い因縁がある。
かつて“機神”を復活させようとした一族の名門フィルガス王家。
その野望はルーヴェンに砕かれ、戦後は一族の責任を追及する声も上がったという。
だが、一族の力は強く、各国も完全に糾弾できなかった。最大の好機にも関わらず、一族を排除することができずに終わったのだ。
それでも一族の影響力は大きく後退したしたため、彼らはこの老雄を天敵と見なしているという。
『我らのために、そこまで──騎士たちを代表してお礼を申し上げます』
アウレウスは両手をついて頭を下げる。
『いや結局、助けられたのはそなただけだった。礼を言われることではない』
アウレウスは顔を上げた。
『あの強大な一族に一人で渡り合っているという英雄──わたしも一度はお会いしたいと思っていました……ですが、こんな形で実現するとは思いもしませんでした』
この英雄には道化のような逸話も多く、その実像は掴み所のないものだった。
だが、こうして目の当たりにすると、伝説的な活躍も冗談のような話も当たり前に思えるような、不思議な雰囲気があった。
『誰も予想できんさ。いや、実現させてはならなかった』
しばらくして、アウレウスの手当てが終わった。
用意された雑炊にアウレウスは口を付ける。
正直、ここまで身体が欲したことがないほどにアウレウスはむさぼり食った。
『そこまで食えるなら、回復も早いだろう。ともかく、いまは休むがいい』
アウレウスは匙を持つ手を止めた。
『ルーヴェン殿。先ほど口にしていた、騎士団が自滅したとはいったい、どういうことなのでしょうか』
ルーヴェンは渋い表情を見せた。
『聞いておったか……実はそなたが逃げ続けている間に、ブランダルクは周辺諸国と停戦条約を締結しての』
ルーヴェンは淡々と答える。
『劣勢に追い込まれたブランダルク王は周辺国家と裏で取引していたらしい。自らの地位を存続させるためにな。その条件の一つとして出されたのが、〈白き楯の騎士団〉の抹殺だったようだ』
『自分の騎士団を滅ぼしたっていうんですか!?』
傍に控えていた衛生兵が、驚きを隠せないように言った。
『フィルディング一族が裏で暗躍していたのだ。周辺諸国にとって、最も脅威だったのがあの騎士団だった。そして、その裏で暗躍するフィルディング一族にとっても勢力を伸ばすための最大の障害でもあったからな──だから共謀して騎士団を殲滅したんだ。自国も敵国もない。騎士団はただ滅ぼされるために出撃させられたのだ』
アウレウスは言葉が出なかった。
だが、どこかでそのような予感も感じていた。それだけは信じたくなかったが──
『王は条約会議の場で、騎士団の増長を訴えていたそうだ。自らの統制から逸脱し、度々命令に従わないこともあったという』
『嘘だ! 騎士団は最後まで王の命令を遵守した!』
アウレウスは思わず叫んでいた。
衛生兵は驚くが、ルーヴェンはその姿を受け止めるようにまっすぐに見つめていた。
『だが、最後に王の命令がなく動き出したと言っている。そのために不必要に戦いとなり、自らが滅びる要因になったともな』
アウレウスは拳を地面に打ち付けた。
『あれは! あのまま動かずにいたら敵軍に完全に退路を断たれていた! 王からの命令が出ないため、団長が苦渋の決断で動かされただけだ!』
死ねと命令され、それに従わなかったために全てを押しつけられて抹殺される。
そのような理不尽のために、団長たちは命を捨てねばならなかったのか──
アウレウスは地面に額を叩き付けた。その頬を悔恨の涙が伝う。
『……だが、王はまだ〈白き楯の騎士団〉の名を利用するようだ』
ルーヴェンが告げた。
アウレウスは涙を拭いて、顔を上げる。
『王は壊滅した騎士団の再結成を計画しておるらしい。残った人材では烏合の衆にしかならんだろうが、伝説の騎士団の名前だけは捨てるのが惜しいようだな』
『反吐がでますよ。その騎士殿は俺ら傭兵よりもひでえ使い潰され方をしたってことじゃないですか』
衛生兵が義憤にかられて唸る。
命だけでなく、歴代の騎士たちが守り受け継いできた名声すらも奪われようとしている。
アウレウスは紋章の刻まれた左手を強く──ただ、ひたすら強く握りしめた。




