滅びし騎士団(2)
兵士たちが去った後、双子たちは思い思いに床に座った。
「危なかったね、兄ちゃん」
リファが言うと、ルフィンは唇を噛んだ。
「……俺たちにもっと力があれば──」
「焦ったらダメだよ。そのうち、あたしが強い人のところに嫁いでさ、兄ちゃんの力になってあげるからさ」
リファが笑っていった。
もちろん冗談なのだろうが、ルフィンも仕方なくつられて笑った。
「おい!」
その時、村人が家に駆け込んで来た。
ルフィンたちは慌てるが、マリアが扉の前に立った。
「あんたかい!? また驚かさないでおくれ! いったい何の用だい?」
「いや、すまん。いま上空に“機竜”が現れたらしい! ここからでも見れるぞ!」
「本当かい!?」
驚くマリアの脇に双子たちが駆けつける。
「ここに落ちてくるのかな、兄ちゃん?」
「いや、まだしばらくは落ちてこないと聞いたけどな」
双子たちの後ろにリーデも立った。
「せめて、人のいない地域に落ちてくれれば良いのですが、ね」
リーデが祈るように目を閉じる。
「……みせて、くれ」
不意に後ろから声が聞こえ、皆が振り返る。
声の主はあの若者だった。
うっすらと目を開け、身体を傾けようとしている。
「気がついたのか!?」
ルフィンが若者の前に駆け寄る。
「……まあ、な……それよりも……“機竜”がいま、どうなっているか……見せてくれ」
若者は無理に起き上がろうとして、寝台から転落した。
「お、おい!? 無茶したらダメだ。寝ていろよ」
「頼む……“機竜”を……見せてくれ」
“機竜”に執着する若者の姿にルフィンは途惑ったが、やがて自ら肩に若者の腕を回して起き上がらせる。
リファも反対側に回り、双子たちに支えられて若者は辛うじて立つ姿勢になった。
双子たちは若者を家の窓の前に連れて行く。
「……どこだ……」
首を上に向けることすら辛いのか、若者は顔をしかめながら空を睨む。
「あれじゃない!」
リファが指で一点を示した。
その先、雲にぎりぎり隠れる高度に何かが飛んでいた。
その高度から小さな点のように見えるが、それでも巨大な翼や尾を確認することができる。
まちがいなく、伝説の“竜”の姿だった。
「あれが“機竜”なんだ……大きそうだね」
リファがその姿を見つめながら呟く。
「ああ。とんでもない化け物らしいぜ。破壊力なら“機神”以上らしい」
ルフィンは答えながら、若者の顔を見上げた。
若者は一心不乱に“機竜”の姿を見つめている。その表情は険しかったが、それは身体の怪我だけではない、何か鬼気迫るものを秘めているように感じた。
「大丈夫かい、兄さん?」
ルフィンが見かねて声をかける。
「……ああ、すまん」
“機竜”の姿が雲に隠れると、若者は糸が切れたように膝から崩れた。
慌てて手伝いに入ったマリアと一緒に、双子たちは若者を寝台へと運んだ。
若者は横にさせられると、リーデが枕の位置などを調整する。
「……すまねえな。あんたたちには世話になりっぱなしだ」
若者はそう言うと、マリアの方に目を向けた。
「あんたは……“白き楯の騎士”に縁のある者か? すると、ここは……ブランダルクか」
「あたしたちの話、聞いていたのかい?」
「ああ。あんたと、あんたの亡き夫に礼を言うよ……今度は“狼犬”が、白き楯に救われるとは……これも、巡り合わせというやつか」
「いつからお目覚めだったのですか」
リーデが訊ねた。
「意識はかなり前から覚めていた……ただ、いままで身体が全く動かなくてな。それを伝えるすべがなかった……ここでの会話は悪いが全部、聞いていた」
ルフィンたちは顔を見合わせた。
「お目覚めになったばかりで悪いのですが、あなたが何者なのか、お答えいただけますか?」
リーデが緊張した表情で告げる。
「あなたがただの方でないことは分かります。いまの“機竜”に対する執着もそうですし、それに騎士団についても関わりがあるご様子。こちらだけ知らないではすまないのです」
「……答えなかったら、どうなる?」
「こちらも、事情があるのです」
リーデが答えた。具体的な返答ではないが、並々ならぬ決意の片鱗が現れていた。
若者もそれを見て取ったのか、やがて微かに頷いた。
「安心してくれ……あんたらをどうこうするつもりはねえ……どのみち、身体もまだ思うとおりに……動きそうにない」
「お兄さんは何者なの?」
リファが興味津々に訊ねる。
若者は力のない表情に不敵な笑みを作った。
「俺の名は……マークルフ=ユールヴィングだ」
「わたしのかつての名は──アウレウスだ」
大公の広間の片隅。そこにある長椅子にログは座っていた。
その隣には神妙な顔でタニアが座っている。
夜も更け、その広間には二人以外に姿はない。
一年前の“機神”覚醒でここも襲撃されたが、大部分は建て直されていた。
「あの時、わたしと戦った仮面の男が言っていた通りだ。わたしは〈白き楯の騎士団〉の生き残りだ」
ログは左の革手袋を外しす。
その手の甲には楯を模した紋章が彫られていた。
「……ブランダルクのことを知らなかったようだが、あれから、わたしのことは詮索しなかったのか」
「約束しましたから。ログさんが話してくれるまでは何も訊かないって──」
タニアが好奇心旺盛で何にでも顔を突っ込む性格なのはログも知っている。
このような言葉、同じ城の者が聞いたらきっと驚くだろう。
「……少し、長くなるがいいか」
ログは夜の広間を見つめながら言った。
タニアがログの方に身体を向けた。
「かまいません! あたし、長話は大好きです!」
「楽しい話ではないぞ」
「大丈夫です! こう見えて、聞き上手ですから!」
「それは初耳だな」
ログは微かに苦笑すると、やがて語りはじめた。
かつてアウレウスという名の騎士として、騎士団の最期を迎えた時のことを──
かつて、“聖域”の東部は混迷の時代が続いた。
この地を平定できる突出した有力者がおらず、争いが絶えなかった。
やがて、いつの頃なのか、一人の乙女がその地に現れる。
乙女は“神”より遣わされた神女と呼ばれた。
神女は自ら剣を手に執り、戦乱で苦しむ人々のために戦ったと言われる。
その剣の腕は並ぶ者なく、まさに神技の使い手だった。
だが、その彼女ですら戦を止めることはできなかった。
それでも神女に希望を見いだし、共に戦う者たちが集い始めた。
彼らは神女から剣を学び、彼女に率いられ、そして彼女を護りながら戦い続けた。
彼らはやがて傑出した戦士に成長し、遂に混迷の時代を終わらせる原動力へと成長する。
そして、ついに平定の象徴として新たな国ブランダルクが建国された。
人々の悲願が叶うと共に神女はその前から姿を消えた。
だが、彼女と共に戦った戦士たちは新たな国の礎となるべく騎士団を結成する。
伝説の神女を祖とし、その教えを受け継いだ彼らは、神女を護るために用いた武具を冠した名で呼ばれることになる。
〈白き楯の騎士団〉と──
アウレウスはブランダルクの地方騎士の家系に生まれた若者だった。
ブランダルク育ちの例にもれず、アウレウスも〈白き楯の騎士〉に憧憬を抱いて育った。
やがて戦争で身寄りを失ったアウレウスは、自らも民を護る騎士となるべく、〈白き楯の騎士団〉の門戸を叩く。
幸運なことに、彼には優れた剣の才能があった。
その才能と、それを正しく扱うための使命感を認められたアウレウスは、異例の早さで抜擢されて最年少の〈白き楯の騎士〉となった。
だが彼は最後の騎士となり、その将来も希望も捨てることになる。
『ここまでだな、白き楯の騎士団長リーデンアーズ!』
風雨に荒れる深き森の中。
木に背を預けて膝をつく老騎士が敵方の騎士たちに包囲されていた。
老騎士は左肩を負傷していた。
体力を消耗し、息を荒くするなか、右手で剣を握りしめる。
伝説を受け継ぐ騎士団の長である彼もまた、負傷と疲弊で戦う余力はほとんど残っていない。
それを見て取った騎士隊長が自ら剣を執り、前に出た。
その顔は自らの幸運に笑いが止まらないかのようだ。
〈白き楯の騎士団〉団長の実力と名声はブランダルクだけでなく、その周辺国にも広まっている。
そして、いまは敵方の総大将である。
相手が衰弱しきっているとはいえ、その首をとれば、自分の栄誉と出世は約束されたも同然だった。
『見ておくがいい! 白き楯の騎士団長の首級はこの──』
『──させるかッ!』
その口上は若者の怒号と、自らの吐血に阻まれた。
旋風のように現れた若者が、その腹を一閃したのだ。
騎士が地面に倒れるが、部下たちがその姿に唖然とする暇もなく、若者は空いた手で小剣を抜き放ち、襲いかかる。
その両手の剣が次々に騎士や兵士を薙ぎ払う。
その瞳だけが戦意に取り憑かれたように大きく見開かれ、敵兵たちを射貫く。
その姿に敵兵たちが怯むが、その隙が彼らの命運を決めた。
両手の剣が一閃され、瞬く間に彼らは地面へと倒れる。
全ての敵を斬り捨てた若者──アウレウスは荒れた息を整えつつ、団長へと駆け寄る。
『……ご無事ですか、団長?』
『アウレウス……生きていてくれたか』
アウレウスは団長に肩を貸すと、あらかじめ決めていた合流地点へと向かって歩き出す。
そこは万が一に備えて決めていた場所だった。
散り散りになって逃げた仲間の騎士たちもそこに向かっているはずだ。
だが、この絶望的な状況で果たしてどれだけ──
『……見事な剣だ』
団長が静かに言った。
『おまえは誰よりも剣の才はあったが、なかなか引き出せてやれなかった……それがこんな形で開花するとはな』
アウレウスもこの戦いでどれだけ相手を斬ったか、数えることも忘れていた。
ただ、ひたすら逃げ延びるため、立ち塞がる相手を倒し続けてきた。
アウレウスは己の剣を国と民を護るために捧げたはずだった。だが、そのために受けた厳しい訓練よりも、自らが生き残るために手を血で染めた修羅場が剣の才を目覚めさせたのなら、それはあまりにも皮肉な話であった。
『……すまない。日の浅いおまえまで道連れにしてしまうとはな』
『何をおっしゃるのです! 騎士団の戦いはわたしの戦いです!』
アウレウスは団長に肩を貸しながら、先を進んだ。
追手から逃れても、この風雨が容赦なく体力を奪っていく。
騎士団を完全に包囲した敵国の連合軍は、この荒天の続く時を狙って強襲した。
ただでさえ疲弊していた騎士たちから、さらに逃げる力を奪い取るためだ。
敵軍は〈白き楯の騎士団〉を完全に殲滅するつもりなのだ。
二人がようやく合流地点に辿り着いた。
そこは森のなかにある小さな洞窟だ。
団長が万が一に備えて伝えいた合流場所だ。
『団長!? 大丈夫ですか!?』
『アウレウス! おまえも生きていたか!』
先に来ていた騎士たちが慌てて二人を迎えた。
騎士たちに運ばれる団長と共に、アウレウスも洞窟に避難する。
だが、そこにいた騎士は四人だけだった。
最強と謳われ、白き楯を掲げて整列する騎士たちの姿は、ブランダルクの至宝と呼ばれるほどに勇壮だった。
それがいま、このようになれ果てたのだ。
アウレウスは両膝から崩れ落ちる。
『……よく生きていてくれた』
団長が告げた。
おそらくもっとも辛いはずなのに、それでも部下たちに労いの言葉を忘れない。
その姿が痛ましく、そして悔しくて仕方なかった。
『すまぬ……わたしがもっと早く……撤退を決断していれば──』
『団長のせいではありません! 団長はもっと早くから本国に撤退の打診をされていたじゃないですか!』
『そうです! 本国の指示に従っていたら、俺たちはとっくに全滅していました』
騎士たちの怒りを聞きながら、アウレウスは唇を噛んだ。
ブランダルク王は野心に満ちた王だった。
版図の拡大を求め、他国との争いも日ごとに増えていった。
〈白き楯の騎士団〉はその度に投入され続けた。
だが、最強の騎士団といえど人間である。戦いが続けば疲弊し、消耗する。
王はそのことに気づかないのか、あるいは無視したのか、ただ勝つことだけを求め続けた。
その行き着いた先が、このような結末なのだ。
『……みんな……無事か……』
洞窟に他の騎士が辿り着く。
喜ぶのも束の間、その負傷がすでに致命的であることが分かった。
騎士は岩壁に身を預けながら告げる。
『……もう、ここも追手が……逃げて……』
そう言い残して、騎士は崩れ落ちた。
『よく、伝えてくれた』
団長は地面に倒れた騎士を仰向けにさせると、自らの手でその瞼を閉じる。
『……こうなれば、せめて最後だけは、自分の望みを貫かせてもらおうか』
団長はそう言うと、アウレウスに笑みを向けた。
『ここはわたしたちが囮になる。おまえは逃げろ』
団長は立ち上がった。顔は疲労でやつれながら、その瞳は鋭く外を見据えていた。
『団長!? いえ、囮ならわたしがなります! ここで団長を失うわけにはいきません!』
団長の覚悟を決めた目を見て、アウレウスは自ら志願する。
『……わたしは手負いだ。それにもう追手を振り切る体力も残っておらん。若いおまえの方がきっと逃げ切れる』
『一人だけ逃げるわけにはまいりません! わたしもお供します!』
『ならぬッ!』
団長が声を張り上げる。
驚くアウレウスの肩に団長は手を置いた。
『……〈白き楯の騎士団〉はこの時を以て終わる。もう、団長という名にも意味はないのだ……だからおまえも騎士として殉じる必要はない。生きることだけをいまは考えろ』
『しかし! わたしには待つ家族はいませんが、団長にはお嬢様がいらっしゃいます! お嬢様のためにも団長は──』
アウレウスを引き離したのは先輩の騎士たちだった。
『そこまでだ。追手がもうじき来る。おまえは行くんだ』
『ですが──』
『おまえは若いくせに堅物すぎなんだよ。団長や俺たちは最後に好きに戦いたいんだ。その気持ちを汲みとれっていってるんだよ』
先輩の騎士たちが笑って見せた。
『わたしも入れてください! 最後の最後で自分だけが除け者になるなんて御免です!』
『うるせえ! おまえがいたら好きに戦えないんだよ。団長からも言ってやってくださいよ』
騎士の怒声の意味が分からずにいるアウレウスに団長が言った。
『わたしたちは自分より若い奴が戦いで散っていくのをいくつも見てきた。それが戦いといえばそれまでだがな。だから、許される時が来たら、死ぬなら歳の順というのをやってみたかったのだ』
『だから一番、若いおまえがいたら好きに戦えないんだよ。わかったか』
団長たちは剣を抜くと、覚悟を決めた笑みを向けるのだった。
団長たちはアウレウスに後を託すと、自ら、外へと討って出た。
アウレウスは涙ながらにその後ろ姿を振り切ると、無我夢中で走り続けた。
あの後、団長たちの鬨の声がかろうじて聞こえたが、それも風雨のなかに消えた。
自分の行く手にも、包囲していた敵の部隊が待ち受けていたが、アウレウスはひたすら剣を振り続け、敵を斬り続け、流血の間を駆け抜けた。
もはや、騎士としての誇りはない。
何かを護るという自負すらもない。
ただ、ひたすら逃げ続けた。
自分一人が生きのびようとするあがきで、多くの敵が命を落とす。
それでも、剣を止めることはできなかった。
この剣こそが自分に残された、そして同じ誇りに生きた仲間たちの遺した意地なのだ。
『おまえはまだ死ぬな。自らが剣を執るに値する道を見つけろ──我らに会いに来るのは、その道を切り拓いてからだ』
この剣がどんなに血に染まろうと、それで切り拓いた道を誰かが進んでくれるなら──
その後進のために自らは散ることを選ぼう。
そう、いまの自分のために、団長たちがそうしたように──
その思いだけが、限界を過ぎた彼の肉体と気力を支え続けたのだった。
その後のことは覚えていない。
次に覚えているのはある男の声だった。
『──これはずいぶんと酷い姿だな』
その声にアウレウスは目を覚ました。
どこかの地面にうつ伏せに倒れていたアウレウスは、残った力を振り絞って顔を上げる。
アウレウスを見下ろしていたのは老齢の男だった。
『気づいたか、若いの』
軍装を着崩し、かくしゃくとした男は、アウレウスが目を開けたのを見て、豪快にそう告げた。
それが今後の彼の運命を決めた、一人の英雄との出会いだった。




