滅びし騎士団(1)
「ただいま」
赤毛の少年が部屋に入ってきた。
物置を改造した狭い部屋だ。
その奥の寝台に、少年たちが助け出した若者眠っていた。
その傍らには祭司服の女性が椅子に座り、隣に双子の妹の少女が立っていた。
「おかえりなさい、ルフィン」
「兄ちゃん、外は大丈夫だった?」
「うん。いろいろもらってきたよ」
少年は手にした袋から薬や包帯などを取り出した。
「それで、その人の様子はどう?」
「まだ目は覚めてないわ。この怪我だから無理はないだろけど──」
女性が心配げに答える。
若者は身体を拭かれ、着替えをさせられていた。だが、右肩に装着された肩当てだけは外すことができなかった。
「……どういう人なのかな? ぜったい、普通の人じゃないよね」
少女──リファが呟く。
「それと関係あるか分かんないけど──」
ルフィンが言う。
「“機竜”が現れたって噂になってた。もしかしたら、落っこちてくるかもしれないらしんだ」
「それって聞いたことあるよ! 大昔にあった“竜墜ち”っていう事件でしょ! また落ちてくるの?」
「詳しくはよく分からないけどさ……俺、思うんだけど、この人ってそれと関係があるんじゃないかって思うんだ」
兄の言葉にリファは驚く。
「ほんと!?」
「だってさ。この人、やっぱり空から落っこちてきたようにしか見えないしさ。“機竜”と同じ時期に空から落ちてくるなんて、何かあるように思えないか?」
「……そうだね。この人も機械みたいなの付けてるもんね」
少女が不思議そうに肩当てを見つめる。
カタン
肩当てが勝手に外れ、床へ落ちた。
少女は猫のように部屋の隅に飛び退く。
「お、落ちた!?」
「落ち着いて!」
女性は若者の顔や首に手を当てる。
「……容体に変化はなさそうね」
少女は転がった肩当てにそっと近づくと、床に伏せてその内側を覗き込む。
「こっちは中の光は消えちゃったよ」
「古代の機械みたいだしな。この“聖域”じゃ長持ちしないんだよ」
少年も少女と同じように覗き込みながら答えた。
「何かあったのかい!?」
扉が開いて、恰幅のある中年女性が入ってきた。
「大丈夫です、マリアさん。驚かせて申しわけありません」
女性が詫びると、マリアは安堵したように言った。
「いえ、いいんですよ。もし司祭様たちの身に何かあったらと思って、ついね。あたしもそそっかしいから」
マリアは笑いつつ、奥に眠る若者の姿を見た。
「だけど、リーデ様が戻ってきてそうそう、こんなことになるなんてねぇ」
「これも“神”様のお引き合わせでしょう」
リーデと呼ばれた女祭が手を合わせ、祈りを捧げる。
「……司祭様。気の毒だけど、あの腕は切るしかないんじゃないかい?」
特に負傷の酷い左腕を見て、マリアが言った。
「切っちゃうの!?」
少女が心配そうに訊ねる。
「あの腕じゃ治療は無理だろうしね。壊死が進む前に切断しないと、本人の命にもかかわるよ。あたしも怪我人は多く見てきたんだ」
「……いえ、もう少し様子を見ましょう」
リーデが答えた。
「本来なら、マリアさんのおっしゃる通りです。でも、この人に限ってはもう少し様子を見ましょう」
リーデが男の左腕に触れる。
「この状態でも腕の機能は生きているようなのです。下手なことは逆にしない方がいいのかもしれません」
「まあ、確かにタダもんじゃなさそうだし、司祭様がそうおっしゃるなら……だけど、不思議な人だね、ほんと──」
その時、誰かが玄関へと駆けてくる物音がした。
マリアが顔を強ばらせて部屋の外に出るが、それがすぐに仲間の村人だと分かる。
「なんだい、あんたかね。驚かさないでおくれ」
マリアが肩をすくめるが、村人は険しい顔をしていた。
「悠長なこと言ってる暇がない。もう近くまで兵士たちが来ている!」
「何だって!?」
驚くマリアの後ろからルフィンとリファが現れる。
「どういうことなの!?」
「わたしたち、みつかっちゃったの!?」
「そこまでは分からない。ひょっとしたら、あの男の噂をどこかで聞いたのかもしれないな」
ルフィンたちは奥で眠る若者の姿を見た。
ここは辺境の小さな村だ。普段なら目につくことはないが、若者を助けた際の噂が広まった可能性は捨てきれない。
「どう見ても、訳ありそうだしな。しかし、いまここを捜索されたら、この子たちまで見つかってしまう。こうなったら、子供たちだけでも逃がして、そいつは──」
「いや、待っておくれ」
マリアが村人の言葉を遮る。
「あたいが何とかするよ」
「来たぞ! 早く身を隠した方がいい!」
外で別の村人の声がした。
「チッ、こういう時だけ動きは早いね。そう言うことだから、あなたたちは早く奥に隠れな」
マリアは少年たちの背を押した。
「でも、どうする? 下手に追い返したら、逆に目を付けられるぞ」
「だったら、気が済むまで調べさせればいいのさ」
マリアはそう答えると、子供たちを隠し部屋に戻すのだった。
「どけ!」
兵士が扉を乱暴に開け放った。
村に到着するなり、家捜しを始めた兵士の集団だったが、すぐに村のなかでも比較的大きなマリアの家に目をつけ、駆け込んで来た。
「な、なんなんだい!? あんたたちは──」
台所から飛び出したマリアが驚くが、兵士たちは答えずに家捜しを始めた。
「ちょっと!? 家を荒らさないでおくれよ!」
「黙れ! それにきさま、最近、こそこそと出歩いているそうだな。何か隠しているのではないのか」
マリアは返事に窮した。
確かにマリアは最近、他の村へと足を運んでいた。
それは匿っている双子たちに必要な物を揃える必要があったからだ。
だが、それも異常な回数ではない。普段と少し多いだけだ。それだけでここまで捜索されること自体、この捜索には何か事情があるのうに思えた。
兵士もマリアの一瞬の変化に疑いを持ったのか、さらに家捜しを続けた。
「隊長! ここにあやしい扉がありますぜ」
兵士の一人が奥にある扉を見つけた。台所の壁際にある扉だが、その横には机が置かれ穀物を詰めた袋が散乱していた。
「その机と袋を詰んでこいつを隠していましたぜ」
「どういうことだ、女!」
兵士の隊長が恫喝するようにマリアの胸ぐらを掴み上げる。
「そ、それは──」
「調べろ!」
隊長の命で兵士たちは扉を蹴り破った。
「こいつは──」
そこは小さな物置だったが、そこには一振りの小剣が立てかけられ、お供えがされていた。
「こいつを隠し持っていたのか!」
隊長が女を蹴りつけた。女は近くの食卓にぶつかり、椅子と共に床に転げ落ちた。
「陛下の命を忘れたわけではあるまい!」
「そ、それは夫の形見なんだよ! 妻が夫の弔いをしたらいけないのかい!」
「黙れ! いかなる理由であろうとあの連中に関わる品を所持することは許されん!」
兵士が剣を奪い取ると、他に何も無いか物置を探しだした。
「後生だから、それだけは持ってかないでおくれ! 代わりに金目のものなら差し上げるからさ!」
「ふざけるな! 俺たちを盗人呼ばわりするな!」
兵士たちはマリアを強引に台所から放り出した。
「マリアさん! どうかしたのか!」
外から悲鳴を聞きつけた村人たちが駆けつけてきた。そして、マリアの姿を見ると慌てて助け起こす。
やがて、騒ぎを聞きつけた他の村人たちが次々にやって来た。
その数はやがて家屋を囲むほどになる。
兵士たちもそれに気づくと、互いに顔を見合わせた。
「……おい! やけに多いな。何かあったのか」
「祭りの準備がこれからあるんだよ。神女様の祭りのな」
近くの男が答えた。その口調には兵士たちへの反発が隠しきれないでいる。
兵士達の周りにいる村人たちも同じように険悪な雰囲気を漂わせていた。
兵士たちが隊長を見た。彼らも自分たちの評判は分かっており、民衆の不満を何よりも警戒している。
隊長は周囲を見回すと、あくまで表情を変えることなく告げた。
「……まあ、いい。亭主の弔いだけらしいから、今回だけは大目に見てやる。だが、今後、連中に関わる物を持つことも語ることも許さん! 肝に銘じておけ!」
隊長はそう吐き捨てると、兵士たちを引き連れて去っていった。
兵士たちが去り、村人たちの多くも帰っていく。
マリアも家に戻った。
物置は荒れ、いくつか見当たらないものがあったが、それは大したことではなかった。
マリアは戸棚の前に立つ。
「奴らは退散しましたよ」
戸棚が内側から開いた。それ自身が隠し部屋の扉なのだ。その奥にはリーデたちが身を潜めていた。
「大丈夫!? おばさん!?」
戸棚を動かしたルフィンがマリアの怪我に気づく。
「あいつら! おばさんによくも──」
「いいんだよ。ともかく、これでしばらくはここに来ることはないだろうさ」
リーデも近づくと、申しわけなさそうに頭を下げる。
「……ごめんなさい。大事な形見が──」
「なーに。それでこの子たちを守ることができたんだ。きっと、夫も褒めてくれるさ」
マリアはあっけらかんとして言った。
「それに、そこの兄ちゃんもね。きっとあいつらにとって何かがあるんだろうさ。だったら、意地でも渡すわけにはいかないね」
マリアはそう言って、口をきつく結んだ。
「そうさ。あいつらがいくら無かったことにしようたってね。夫の──〈白き楯の騎士〉の誇りと無念は消えはしないんだよ」
大公の屋敷にログたちが帰還した。
「ただいま、戻りました」
自室に赴いたログが敬礼の姿で報告するのを受け、大公は立ち上がるとログの肩を叩いた。
「ご苦労だった。部下の者たちにも伝えてやってくれ」
「ありがとうございます。しかし、ラングトン=フィルディングがこうもあっさり暗殺されてしまうとは──」
「奴はあきらかにやり過ぎた。あの手際の良さからも、一族側に始末されたのは間違いあるまい。だが、あの暗殺の仕方は気になるな」
大公は再び椅子に腰を下ろした。
「ラングトンの胸には“機神”の制御装置が埋め込まれていたはずだ。だが、あの暗殺状況から見て、その制御装置もまともに残っておるまい。いや、ラングトンの失策に乗じて制御装置を破壊する方が目的だったのかもしれぬ」
大公は腑に落ちぬ表情を見せながら言った。
「制御装置を破壊することは、“機神”の力を手放すに等しい。フィルディング一族が自らそれをやるとは考えもせんかったが──」
大公がまず思い浮かべたのは一族の最長老ユーレルンだ。あの男は“機神”の力に振り回される一族の未来を危惧していた。だが、あの男はあくまで一族の監視役に徹しており、ここまでするとは思えない。
「いや、それはこちらで詮索しても仕方あるまい」
そう言うと、大公は扉に向かって声をかける。
「入りなさい。待っておったのだろ」
扉が遠慮がちに開き、そこから顔を覗かせたのはタニアだった。
だが、ログの姿を見た途端、その目に涙を浮かべる。
「ログさん、無事だったんですね……よかった」
「心配かけたな、タニア」
ログが言うと、なぜか扉がゆっくりと閉まり、その向こうで安堵の号泣が響いた。
ログと大公は顔を向け合う。
「ずっと心配しておったらしい」
「タニアを預かっていただき、ありがとうございました。ただ、できればもう少しここで預かっていただければと思います」
ログが言った。
「坊主を捜しに行くか」
「はい。閣下の消息を確かめ、場合によっては“心臓”を回収しなければなりません」
「そうだな。“竜墜ち”が迫っておる。ゆっくりはしておられんしな」
扉が慌てて開いて、タニアが入ってきた。
「男爵を捜しにいくんですか! あたしも行きます! お手伝いさせてください!」
しっかりと話は聞いていたらしい。
「捜すなら人手が多い方がいいはずです! 体力だって自信ありますから!」
ログが少し困ったように目を伏せたが、代わりに大公が笑って答えた。
「そうだな。坊主を知る者が多い方が、捜索もはかどるだろう。それに、そなたのことも知っている。あるいは助けになるかもしれん」
「どういうことでしょうか?」
ログが訝しげな表情を浮かべる。
「エルマが傭兵たちの情報網を使って、ここに知らせを送ってきた。彼女たちはすでに男爵の捜索に入っている。理由は詳しくは分からんが、まだ希望は捨てていないようだ。そして、坊主がいるかも知れない地域をおおまかにだが伝えてきた」
「その場所は──」
「“聖域”東南部の山岳付近。ブランダルクの国境沿いだ」
ログの目が一瞬、険しくなる。
「そういうことだ。本来なら不用意にそなたを差し向けるべきではないかもしれん。だが、いま頼めるのもそなたしかおらん。行ってくれるか」
ログは一瞬、何かを考える素振りを見せたが、すぐに返答する。
「承知しました。いまは閣下の捜索が最優先です」
「あの……ブランダルクという国とログさんはどういう──」
タニアが遠慮がちに訊ねる。
「ブランダルクはログの故郷だ」
大公は答えた。
「かつて最強と謳われた騎士団を擁した、“聖域”でも列強国の一つだった。いまは見る影もないほどに没落してしまっておるがの」
「その騎士団って……もしかして、ログさんが昔、いたっていう──」
「そうだ。彼らは〈白き楯の騎士団〉と呼ばれていた。儂が知る中でも彼らを超える騎士たちはいなかっただろう。だが、主君の愚策の犠牲となり、生贄同然に滅ぼされてしまった」
大公が彼らを悼むようにその面持ちにシワを刻む。
「ただ一人。当時、最も若かった騎士だけを遺してな」




