望みをつなげるために
エルマたちに囲まれながら《グノムス》は静かに直立していた。
「……なあ、こいつが何か教えてくれるのか」
「さあ? この子、しゃべらないんだけどね」
エルマの答えに、サルディンが訝しみながら、機体を見上げる。
「ワシが答えるぞい!」
「ただいま!」
《グノムス》からの突然の声に、サルディンが思わず後ずさった。
それを見て親分が腹を抱えた。
「ハハッ。やっぱりあんたも驚いたな、同業」
「笑ってんじゃねえ! さてはてめえ、分かってたな!」
サルディンたちが揉めているのをよそに、エルマは《グノムス》と向き合う。
「へえ。いつの間にそんな場所、作ったの?」
《グノムス》の首の後ろの装甲が小さく開き、そこから妖精たち──ダロムとプリムが顔を出していた。
「丁度いい広さの隙間があったのでな。修理ついでに作ったぞい」
ダロムが答える。
「ここで暮らせば、わざわざグーちゃんに会いに行かなくてもすむよね」
プリムが《グノムス》の横顔を見ながら言った。
「だ、ダメじゃ! プリムを鉄の棒と同棲させるために作ったわけじゃないぞい!」
「ええ、なんで~~。いいじゃん。じいじのイジワル~~」
妖精達が何やら揉めている中、サルディンがエルマと並ぶ。
「……なあ、前所長。こいつら、何だ?」
「ああ、紹介がまだだったわね──と言っても、うちもこの前、男爵に紹介されたばっかだけどね。男爵のところに居候してる、器用で何でもしてくれる便利な妖精さんよ」
「……妖精ねえ。若もいろいろ引き受けてるな」
サルディンも半ば流れに身を任せたように、ため息をつく。
「はじめまして。よろしくおねがいします」
「プリム! ここであっさり認めたら、ワシらは便利屋扱いじゃぞ!」
「いいじゃん。役にたたないと男しゃくのお城に住まわせてくれないよ。それにいまは大変なときだし、お手伝いしよ」
「妖精はこっそり住めばええんじゃ! それにどんなときもあっさり譲歩してはいかん!」
「ええ~~。ふつうにグーちゃんの中に住まわせてもらえばいいじゃん~~」
「ダメじゃ! プリムも妖精族としての誇りをそろそろ──」
サルディンがエルマに耳打ちする。
「……なあ、どうすんだ?」
「もちろん、説明を聞くのよ」
エルマは顎で《グノムス》に命じた。
《グノムス》は左手で肩口にいたダロムを掴むと、エルマたちの前に突きつけた。
「こら、グーの字! 話はまだ終わってないぞい!」
「始まってもないわよ。早く説明を聞かせてちょうだい。男爵はまだ望みがあるって本当なのかしら」
エルマがダロムの前に顔を突きつけて言うと、ダロムは思い出したように手を叩いた。
「おお、そうじゃった! うむ、生存の可能性が出てきたんでな。マリエルたちは先に男爵を探しに行ったぞ。ワシはプリムを置いたままなので、グーの字と一緒に迎えに行っておったんじゃ。あんたらが来たら説明するように頼まれてもおる」
ダロムは《グノムス》の手からスポッと抜け出した。
「実はワシは男爵にあるものを頼まれておったんじゃ──」
マークルフと“機竜”の決戦が始まるなか、マリエルと親分も地下の遺跡から地上へと出ていた。
「男爵はどうなった?」
親分が空を見上げるが、そこは太陽と雲が漂うだけだった。
「かなりの高度にいるはずだから、ここからでも見えないようね。親分さん、うちが預けていた荷物は無事かしら」
「ああ、それなら残っておるぞ」
親分が部下に命じてマリエルが預けていた木箱を持ってこさせた。
マリエルが木箱から取り出したのは何かの機械だった。起動させると針が動いており、その動きが記録として用紙に記されはじめた。
「何だ、それは?」
「“力”を測定する装置よ。これで男爵たちの様子が少しは分かるはずよ」
マリエルは記録を睨み続ける。
「どうなんだ、男爵は?」
マリエルはすぐには答えられなかった。
“黄金の鎧の勇士”を示す反応は健在であったが、かなりの頻度で不安定な状態が現れていた。
「……予想はしていたけど、苦戦しているみたい。このままだと──」
「“機神”の野郎をぶっ倒した“勇士”でも厳しいのか」
「相手が強力なうえに、舞台が不利すぎるのよ」
マリエルは記録に目を向け続けるしかできなかった。
その後ろに、いつの間にか《グノムス》が立っていた。
「ああ、こいつが空を飛べたらよかったんだがなぁ」
親分が鉄機兵を見上げて言った。
「間に合ったぁ!」
思わぬ鉄機兵からの声に、親分が思わず飛び退いた。
「な、なんだ!?」
驚く親分の前で《グノムス》の首の後ろが開き、そこから小さな妖精の老人が顔を出した。
「ホオッ!? なんだ!?」
親分がすっとんきょうな声をあげる。
「ダロムさん!?」
「話は後じゃ。男爵はどうなっておる!」
思わぬ出現に驚くマリエルだったが、ダロムに訊ねられると、マリエルは首を横に振った。
「予想通り、“力”が安定しなくて苦戦しているようです」
「そうか。では、やはり用意しておいてよかったぞい」
ダロムが《グノムス》の中に潜る。
やがて、鎧の肩当てを持ち上げて、ダロムがまた出てきた。
「それは《アルゴ=アバス》の──」
男爵の城の地下に安置していた《アルゴ=アバス》のオリジナルのパーツだ。
しかも、よく見れば別のパーツから部品を流用し、いろいろと寄せ集めているようだ。
「うむ。オリジナルの魔力ジェネレータと肩部の姿勢制御スラスターをつないだもんだ。予備に魔力の封印具も埋め込んでおる。突貫作業なんで造りは誉められてもんじゃないがの」
ダロムが言った。
「いいえ。すごいわ。ここまで出来るなんて──」
マリエルが肩当てを手にすると感嘆の声を漏らした。
マリエルたちが匙を投げていた古代鎧を使ってここまで出来る技術は、おそらく現代にはないだろう。
男爵は《アルゴ=アバス》の修復をこの妖精に依頼しているが、これなら時間はかかる としても修復は不可能ではないはずだ。
だが、同時に疑問もよぎる。
これだけの技術を持つ妖精が現れたのは本当に只の偶然なのだろうか。
だが、いまはそれを考えている余裕はない。
「──どうしてこれを?」
「うむ。“機竜”との戦いで必要になるかもしれないからと、無茶な注文をされたんじゃ。まあ、一番後回しでいいと言われておったんじゃが、間に合って良かったぞい」
ダロムは巨人の腕を伝って地面に飛び降りると、マリエルが見ていた計器を覗く。
「ぬぅ、これはまずいぞい。予想していたが、やはり“聖域”外の戦いは無理がありすぎたか」
一目で計器の意味を見抜いたらしく、老妖精は険しい顔をする。そして、空を見上げた。
「いかんの。ここからでは見えんぐらいの高さにおるのか……これでは役に立たんのぉ」
ダロムは落胆するように呟く。
「実はこの肩当ては万が一のために作っておったんじゃ。戦いで空に投げ出された時の生存率を高めるためらしい。じゃが、戦乙女の鎧を纏うと、オリジナルのパーツが装着できんのでな。ここで待つ段取りになっておった」
「男爵からはそんなこと聞いていなかったわ」
「“機竜”を引き止める“罠”が優先じゃったし、間に合ったとしてこれが実際に役立つかもわからんかった。下手な期待を持たせないようにと周りには秘密にしておったんじゃ」
「そうだったんですね。確かにその魔力と装置があれば、落下の衝撃を少しでも抑えることができそうですね」
パーツを装着すれば、その魔力で装着者の肉体は強化される。ジェネレータと余剰魔力を搭載しているなら、肉体はかなりの強度を得られるはずだ。それにスラスターを上手く利用すれば落下速度を抑えることもできるだろう。
「じゃが、本来はもっと低い高度を想定していたんじゃ。あれだけ高い位置まではこれは送り届けられん……」
鎧のパーツは装着者の放つ信号を辿って自動で飛ぶ機能がある。だが、それも単独で長距離は厳しい。魔力が減衰する“聖域”内ではなおさらの話だ。
「何とか、できないかしら──」
マリエルも必死に策を思案する。
男爵たちが“黄金の鎧の勇士”でいられる時間は少ない。このままでは男爵たちは空中に投げ出されてしまう。
しかし、男爵が“機竜”を“聖域”内に追い込めずにいる以上、ここからでは手が出せない。
もどかしげに空を見上げるマリエルとダロムの後ろ姿を見て、親分が舌打ちする。
「くそったれ。“機竜”には襲われたままで、こっちからは手が出せねえってのは腹がたつな」
その言葉に、マリエルはあることにひらめく。
「……そうか! 逆をたどれば──ダロムさん! 魔力の封印具はまだ残ってるかしら!」
「んッ? ああ、まだ組み込めなかった分が少し残っておるぞ」
「急いで準備してください!」
マリエルはそう言うと、遺跡の方へと走り出した。
ダロムは不思議に思うも、言われたように封印具の用意を始める。
しばらくして、マリエルは息を切らせて戻って来た。
「……これを……再生させるわ」
マリエルが手にしたのは一つの金属の欠片だった。
「おい、姉さん! そいつは骸骨野郎のじゃねえか!? 本気か!?」
親分が驚くが、マリエルは息を整えつつも、真剣な目でうなずく。
「ええ。男爵は“機竜”と戦っている。つまり、この〈竜牙兵〉が“機竜”の所に戻れば同時に男爵まで行き着くことにもなるわ」
「そうか。つまり、そいつにパーツを結びつければ、男爵のところまで送り届けられるということじゃな……しかし、上手くいくのかのぉ」
「もう、迷っている余裕も時間もないわ」
準備を終えたマリエルたちは、計器の動きを固唾を飲んで見守っていた。
突然、計器の針が大幅に振れた。
その動きは激しく揺れ動き、設計限界を超えて記録が途絶える。
同時に空気が震えた。足元すらも揺れる感覚に、地上にいるマリエルたちも思わず途惑いを覚える。
「おい!? いったい、何が起こりやがった!?」
親分がマリエルに訊ねる。
マリエルが空を見上げた。
遙か頭上の雲がかき消え、青空が見えていた。その周囲も雲が大きく乱れている。地上まで届いた余波からも、あの空でとてつもない爆発のようなものがあったに違いない。
「使ったんだわ……最後の“切り札”を──」
男爵が最大の攻撃システム〈アトロポス=チャージ〉を発動したのだ。
そして、“機竜”側も相応の反撃に出たに違いない。その二つの力が衝突すれば暴発は避けられない。
「やります!」
マリエルは懐から金属の筒を取り出した。
〈アトロポス=チャージ〉は最後の切り札であるが、札を切るべき舞台──“聖域”の外で使用すれば自滅必至の諸刃の手段だ。それでも敢行したのは男爵側にもう余力が残っていないからだ。すでに男爵とリーナ姫は元の姿に戻っているはずだ。
マリエルは封印具である筒を捻り、もう片方の手に持つ袋にそれを放り込む。
その中には〈竜牙兵〉の欠片が入っている。
マリエルは袋を投げ捨てるが、瞬く間に袋が破れ、封印具の魔力を吸った骸骨が再生していく。
「大丈夫なんだろうな!」
親分が部下たちと共に武器を手に待機する中、マリエルは頷く。
「ええ。魔力をあれだけ取り込めば“機竜”への帰還を優先するわ」
マリエルの予想通り、〈竜牙兵〉は身体を丸め、鉄球のような姿に変わる。
「グノムス! 捕まえて!」
真下の地面から二本の鋼の手が現れ、浮かび上がろうとした〈竜牙兵〉の動きを封じる。
その間にマリエルとダロムが駆けつける。
マリエルは鉄糸で結んだ《アルゴ=アバス》の肩当てを〈竜牙兵〉の腕に引っ掛けた。
同時にダロムが〈竜牙兵〉の上に載ると、肩当てに繋いでいた導線の先を〈竜牙兵〉に押しつける。導線が魔力を帯びており、〈竜牙兵〉に取り込まれる形で先端がめり込む。
「いいわ! 離して!」
鋼の手が離れ、球体と化した〈竜牙兵〉は高速で浮上を始めた。取り付けられた古代鎧の一部と共に──
マリエルたちはその様子を見えなくなるまで眺めていた。
「あれで男爵のところに届くのか?」
親分が同じく見上げながら言う。
「肩当てのジェネレータと〈竜牙兵〉を直結させたから、浮上で消費する魔力を補い続ける限りは肩当てにまで手は出さないでしょう。後は男爵が近くで装着信号を出してくれれば、肩当ては勝手に外れて、男爵の方に飛んでいってくれるはずよ」
ダロムが感心するようにうなずく。
「あんたもやるの。咄嗟とはいえ、ここまでよく考えたもんじゃ」
「うちの故郷は“機竜”の研究で栄えたところで、〈竜牙兵〉の実験の記録もかなり残ってます。それを参考にしただけです」
「これで男爵は助かるのか、姉さん?」
「……分からないわ」
まず男爵のいる場所が高すぎる。そして、肩当てに充填した魔力も多少の消費は避けられない。そもそも男爵自身が装着信号を出せない状態に陥っていれば、全ては無駄になるのだ。
そして、肩当てを装着できたとはいえ、男爵がそれを利用して地上に生きて戻ってこれる可能性は正直なところ、難しい状況だ。
「後は男爵次第よ」
「なるほど。男爵も手は打っていたのね」
ダロムから一部始終を聞き、エルマは腕を組んだ。
「機械の話はよく分からんが、若もまだ望みがあるんだな」
「話の通り、男爵次第でしょうね」
サルディンの問いにエルマは答える。
「それを確かめるためにも男爵たちを探さないと──」
「親分! つなぎが届きましたぜ!」
そこへ傭兵が慌ただしく駆け込んで来た。
「静かにしろ。いまは大事な話の最中だぜ」
「緊急で重要な知らせらしいんすよ」
傭兵が紙を渡す。それには傭兵たちが遠方の仲間に使う合図が記されていた。
親分がそれに目を通して、眉を潜める。
「……姐さん。あんたら、“蛇”にも手を回してたのか」
「“蛇”──カードラッズか。ああ、男爵も今回の作戦で方々に手を回してたから、そうだろうな」
サルディンが答える。
「親分さん。どういう知らせなの?」
「よく分からんが、『血統書付きの飼い主を見つけた』とある。何のことだ?」
「姫様だわ。姫様のことも男爵は手を打っていたようね」
エルマが答える。その表情にようやく安堵を覗かせていた。
「知らせはどこから? それで向こうはどうするって?」
「暗号伝達だからな。正確な場所は分からんが、東の方だろう。向こうは飼い主と一緒に迷子のバカ犬を探すそうだ」
「姫様、生きてたんだね。よかったね、グーちゃん」
プリムが言った。
《グノムス》はすでに潜行を始めていた。
エルマは静かにうなずく。
「姫様のことはお願いするわ。こっちは男爵を探すことにする」
「わかったです!」
「こら、ワシを置いていくな!」
妖精たちが《グノムス》の肩から中に乗り込むと、鉄機兵は床の下へと消えていった。
「さあ、こっちも探しにいきましょ」
「どう探すんだ、前所長?」
「まずは“機竜”の動きを確かめるわ。それが判れば男爵が落ちていった場所も目星はつけられる。マリエルも同じ方法で探すはずだから、いずれ合流できるわ。いきましょう」
オレフは自らの研究室で、“聖域”南東部の地図を広げていた。
そこにはいくつも印が描かれている。現在までに判明している“機竜”の目撃地点だ。
前回の“竜墜ち”の時、“機竜”は螺旋状に広がりながら飛行している。
拠点防衛のためか、異変があった場所から遠く離れることを避ける行動原理によるものだ。“聖域”の影響から脱するには不適切な軌道だが、“聖域”のなかった古代の遺物にそのような事態は設定されていないのだ。
目撃例をつなげれば、今回の“機竜”も円を描くように飛行している。その間にも機体を支えきれずに高度を下げているのだ。
ユールヴィング男爵が“機竜”との戦いに敗れて地上に落ちたことは、すでにオレフも知っていた。
エルマたちは“機竜”の軌道を逆算し、螺旋の中心を男爵の落下地点として絞ってくるはずだ。
だが、今回の“機竜”はその軌道に異変が見られており、螺旋の動きが大きく乱れている。
“機竜”の動きを左右する存在がまた別にいるのだ。
さすがのエルマたちでも男爵の落下地点を特定することは時間がかかるだろう。
オレフは別の地形図を手にした。
それは同じく“聖域”南東部が描かれている。そこには詳細な地形とそれを埋め尽くすような無数の矢印が描かれている。
その向きは乱雑極まりないが、全体で大きな流れを構成し、そこに法則性を見つけることもできる。もっとも、“神”が生み出した法則性に気づくことができるのは、オレフをはじめ、ごく限られた人物だけだろう。
オレフは立ち上がった。
事態はすでに新たな舞台へ移りだしている。
自分もそこに行き、必要な準備をしなければならない。
そう、事態は彼の計画から外れることなく動いていた。




