表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/112

脅威の影で

「ラングトン=フィルディングが動きだしました」

 情報を集めていた部下が戻って来ると、すぐにログに告げる。

 ログたちはクレドガル王国子爵領のとある宿屋にいた。

 先代の“戦乙女の狼犬”の部下だった店主が営む、傭兵たちの隠れ宿だ。

 三階の大部屋に陣取っていたログと腕の立つ傭兵たちは、ラングトンを狙う好機を待ちながら潜伏していたのだ。

「そうか。こちらでも、いま確認した」

 ログの陣取る椅子の横に箱のような機械が置いてあった。

 “機神”から発せられる信号を傍受する機械だ。信号自体に反応して動くため、その変化は一瞬だが、少し前にその反応があった。

 何者かが“機神”と交信したのだ。

 部下はさらにラングトンの親衛隊が出発の準備をしていることと、領地内で運用していた魔力の封印具を集めていることも突き止めていた。

 魔力を集め、“聖域”下に突入した“機竜”に命令をしようとしているのだろう。

 傍受機を貸し与えれた時に、エルマからその可能性は伝えられていた。

「やはり、あいつが黒幕で間違いないですぜ……副長」

 部下の一人が剣を手に、ログの顔を伺う。

「ああ。だが、こうなるとラングトンを捕らえて“機竜”を動かすことはできんな」

 “機竜”に命令できる頃には、ラングトンも厳戒態勢となり、手が出せなくなるのは間違いない。

「……目的を奴の暗殺に変える」

 決断を待っていた部下たちに、ログはそう告げた。

「奴がこれ以上、事態を悪化させるのだけは阻止せねばならん……覚悟はできているな」

 ログが問うと、部下たちは皆でうなずいた。

「構わねえ。俺は先代には何度も窮地を救われた。ここで若の仇を討てねえと先代に顔向けができねえ」

 ここにいる中で最も古参の傭兵が立ち上がった。

 他の傭兵たちも触発されたように一斉に立ち上がる。

「すまない。閣下に代わって礼を言わせてもらう」

 ログも立ち上がった。

「時間が経てば、ラングトンの警備はさらに固くなる。決行は一両日中に行う──いいな?」

 決死隊となる彼らは静かにうなずくのだった。



「……では、それは“機竜”で間違いないということか」

 玉座に鎮座するクレドガルの若き国王が重い口を開く。

「はい。過去の“竜墜ち”を見た者の多くもそう告げております。疑う余地は残念ながらございません」

 重鎮達が集う中、謁見の間の中央に立つ大臣が告げた。

 少年の面影を残す国王ナルダークは静かに目を閉じる。

「“機竜”は現在、我が国の南東方向を飛来していると思われます。今後、この地に飛来する可能性はございます」

 大臣はさらに告げた。

「“竜墜ち”再びか──」

 誰かの嘆きのような呟きが、重苦しい謁見の間に響く。

 齢を重ねた重鎮たちも、かつての災害を知る者は多かった。

 ナルダーク自身は記録や伝聞でしか知らない。しかし、“機竜”が王国内に墜落すれば、途方もない被害が出ることは避けられない。王としてあらゆる手を打たねばならないのだ。

「バルネス大公殿。貴方の意見を伺いたい」

 国王は傍らに用意した椅子に座る大公を見る。

 大公は杖を手に立ち上がった。

「今回の“機竜”は〈甲帝竜〉と呼ばれる最高位の“機竜”と思われます。墜ちれば前回以上の破壊となる可能性は高いでしょう」

 その場にいる者の視線を一身に集め、大公は答えた。

「“竜墜ち”の始まった“機竜”の軌道は現在のところ、予測できません。ですが、墜ちる直前までは地上を攻撃する可能性は低いでしょう。現時点では墜ちる直前を見定め、すぐに避難できる準備をするしかありますまい」

「貴方は古代文明の研究に携わっている。研究者たちの力を借りて、何とか“竜”の軌道を変えられないものか」

 過去と違い、現在は古代文明の研究も進んでいる。その可能性に賭けたかったが、大公の表情は重かった。

「難しいですな。“機竜”は古代エンシアの国防兵器。それを制御する方法が見つけることは難しいでしょうな」

「──“黄金の鎧の勇士”はどうされたのだ」

 重鎮の一人が口を開いた。

「かつて“機神”の暴走を止めた、あの戦士なら“機竜”を止められるのではないのか。大公閣下ならご存じではあるまいか」

 “黄金の鎧の勇士”が若きユールヴィング男爵であることは、多くの者たちが信じている。その力の正体が分からず、また“聖域”の内患であるフィルディング一族に対抗できる存在として、これまでそのことに敢えて触れることはなかった。

 しかし、この非常時において、彼を待望する声が出てくることは必然とも言えた。

「その件についてはユールヴィング男爵に一任している。ただ、しばらく、時間をくだされ」

 大公はそれだけ答えた。

「しかしながら、その時間がどれだけ──」

「静まれ。“勇士”の件は大公殿に委ねているはずだ。ここに集ったのは我らでできる対策を検討するためのはずだ」

 大公の言葉は不十分だったが、国王の言葉もあり、それ以上の追及はなかった。

 会議は続けられたが、具体的な対策は今回出ることはなかった。



 会議が終わり、主だった者たちは退出した。

 玉座を降り、控え室に戻った国王を待っていたのは、彼の身を案じる若き王妃だった。

「……大丈夫だ、心配いらない。ただ、しばらくは気が抜けそうにないな」

 ナルダークは椅子に深く身を預けた。

 “機神”暴走の爪痕が深く残る中、今度は“機竜”が墜ちてくるのだ。その心労を王妃が心配するのは無理もなかった。

 続いて、大公がその姿を現した。

 王妃は身を引いて、王の傍らに控える。

「大公殿。本当のところをお聞きしたい。ユールヴィング男爵は現在、どうしている?」

 王家の者しか立ち入れないこの場で、ナルダークは謁見の間では訊けなかったことを訊ねた。

「……“機竜”を止める戦いで消息を絶ちました」

 王妃が驚いたように両手で口元を押さえた。

「……やはり、そうであったのだな」

「申し訳ございませぬ。結果的に“竜墜ち”という最悪の事態を引き起こしてしまいました。被害が出た時には、私も一命をもって責めをとる所存──」

「いや、大公殿が謝ることではない。“機竜”と戦わねば、“機神”復活は止められなかったのだ。責めるべきはこの事件の元凶となる者だ」

 大公からこの事件の成り行きは聞いていた。“機竜”の裏にフィルディング一族の野望があることも。そして、元凶がこの国にいるラングトンの可能性が高いことも──

「余はおのれの無力を呪う。この国の王でありながら、男爵に戦いを委ねるしかできなかった。結果、“聖域”の未来を担うべき勇士を見殺しにした」

 ナルダークは拳を握りしめる。

「……こうなれば、せめてラングトン=フィルディングだけは、余の手で何とかせねばなるまい」

 ナルダークは決意をこめた目で立ち上がった。

「確たる証拠はまだ揃っておりません。焦りは命取りになりますぞ」

「承知している。だが、この危機に直面してなお何もできねば、余は傀儡以下だ」

 フィルディング一族の力はクレドガルにも強く根を張っている。王に最も近い王妃が選ばれた際も、フィルディング一族の意向が強く反映されているのだ。

 ラングトン──いやフィルディング一族の糾弾はクレドガル王国を内部から揺るがすことになりかねない。王自体の命も危うくなるかもしれないのだ。

「……しばらく、お待ちくだされ」

 大公が告げた。

「多くは申し上げられませぬが現在、男爵の手の者が動いております。じきに大きな動きがあるでしょう。その結果が分かるまで、いまはご自重ください」

 ナルダークは大公の真意を確かめるように見つめたが、やがて椅子に腰を下ろす。

「すまない。貴方がたには頼りっぱなしだ」

「いえ。これは男爵が自ら選んだ道。ただ、それに従って動いているだけのことです」

 いままで傍に控えていた王妃が、王の肩にそっと手を添えた。

「……信じましょう、陛下。男爵殿は陛下のご期待を裏切る方ではございません。何があろうと、きっと、何とかしてくださいます──」

 控えめに、しかし、愛する夫を力づけるように王妃が微笑む。

 彼女もまた、フィルディング一族の犠牲者であった。

 一族の思惑と権力により王妃に選ばれたが、いまだ世継ぎに恵まれずにいる。そのため一族からも半ば見捨てられ、王宮からも苦しい立場に立たされていた。

 それでも王を愛し、彼を献身的に支え続けてくれている。

 王は頷き、王妃の手に自分の手を重ねた。

「そうだな。余は“戦乙女の狼犬”を臣下に持てたことを幸運に思わねばなるまい。王として我が臣下を信じるとしよう」



 ラングトンの城を望む城下街にログたちはいた。

 夜も更け、人の気配はない。

 それでも人目を避けるようにログたちは路地裏を進む。

 目的は城への帰路につくラングトンの部隊だ。

 夜更けでの帰還になると情報が入り、ログはそれを決起の時に選んだのだ。

「副長、全員そろいました」

 ログたちが集合地点に到着すると、すでに他の部下たちも集っていた。

「ここで待ち伏せする。ラングトンが城に戻ってきた時に一斉に襲撃する」

 ログが覚悟を促すように、静かに告げた。

 危険の増す夜中の行動をせざるを得ないほど、いまのラングトンは追い詰められているのだろう。だが、それでも警戒は厳重だ。おそらく無事に帰れることはないだろう。

「それなんですがね、副長」

 傭兵の一人が口を開いた。

「さっき打ち合わせたんですが、俺たちが先に切り込みます。副長は後ろで控えていてくだせえ」

「どういうことだ?」

 ログが驚きを隠せないで眉を潜める。

「若がいねえ現在、“機竜”をどうにかできるのは、もう副長しかいねえ。副長までがここで死ぬことはねえでさ」

「それに副長は顔が知れてる。俺らは死んでも素性のしれねえゴロツキで済むが、副長はそうはいかねえですからね」

「おまえたちだけで、やるというのか。しかし──」

「差し違えるだけなら、剣技はいらねえ。俺たちでもできるってことでさ」

 あの古参の傭兵が胴着を開いた。その下には爆薬が仕掛けられていた。爆薬は簡単に用意できるものではない。あらかじめ、そのように計画していたのだろう。

「ただ、俺たちがしくじったら、後は頼みますぜ。何としてもラングトンの野郎の息を止めてくだせえ」

 ログは革手袋に覆われた左手を握った。

 またしても、自分を助けるために仲間が犠牲になろうとしている。

「……いや、そうはできん。わたしはもう──」

 口を開くログを遮るように、斥候の部下が戻って来た。

「もうじき、ここに来ますぜ!」

「副長。もう後には退けないでさ。頼みますわ」

 傭兵たちが準備を始めた。

 ログも反論できなくなり、黙って動き出す。

 だが、すぐに足を止めた。

 やがて、行く手の向こうから黒装束の一団が現れた。

 夜の闇に紛れるような姿の彼らは、ログたちの前に立ち塞がるように並ぶ。

 部下たちが武器を抜くが、ログは手で制した。

 やがて一団の中から一人が前に進み出る。

「合図をするまで動くな」

 ログも一人、前へと進み出た。

「……ユールヴィング男爵配下の方々とお見受けした」

 ログが近づくと黒装束の男が口を開いた。

 いつでも剣を抜ける構えをしていたが、殺意は感じない。だが、相応の腕をしていることは読み取れた。

「貴様たちは何者だ」

 ログも鞘ごと腰の剣を抜いた。一瞬、背後に控える一団が動いたが、目の前にいる男が軽く手を上げて制する。

 その動きは訓練された一団だ。戦えば潰しあいになるのは避けられない。

「それは答えられない。だが、敢えて言うなら、貴殿らが予想するどれとも違うとだけ言っておこう」

「何が目的だ?」

「剣を交えるつもりはない。ただ、自らラングトン=フィルディングに手を下す必要はないと忠告しに来ただけだ」

 自分たちの目的を悟られた部下たちが身構える。一団もそれに応じるように一斉に剣を抜いた。

「ラングトン=フィルディングの存在を危険視しているのは貴殿らだけではない。どうか退かれよ。我々も凄腕の剣士相手に犠牲を出したくはない」

 この緊張にも冷静さを崩すことなく、黒装束は告げた。

 その時、けたたましく鐘の音が鳴った。

 それは非常事態を告げる、ラングトンの居城から鳴り響く警鐘だ。

「どうやら、斬り合わずに済んだようだ」

 黒装束はそれを合図にするかのように後退すると、一団と共に闇の向こうへと消え去っていった。

「副長、どうします?」

 襲撃の機会を逸し、傭兵たちはログの指示をあおぐ。

 その時、ログたちは遠くで人の叫ぶ声を聞いた。そして黒装束の言葉通りであったことを知る。

 それは主の死を告げる騎士たちの声であった。



 ラングトン=フィルディング子爵暗殺──

 城に帰還した子爵が暗殺者に襲撃されて死亡した知らせは瞬く間に世間に伝わった。

 城門をくぐる時に落とし格子が落下し、護衛と分断されたラングトンは城の内部側に潜んでいた暗殺者たちに襲われた。胸を滅多突きにされ、さらには動けなくなったラングトンにもう一つの落とし格子が落とされたという。

 格子に胸部を押し潰され、その心臓は深々と杭に貫かれたという、あまりに凄惨な最期に様々な憶測や噂が流れた。

 だが、フィルディング一族側はとくに何も声明を出すことなく、“機竜”墜落の危険が迫っているという理由から、その葬儀もまた密やかに行われた。

 世間もまた“竜墜ち”の噂が広まるとそちらに関心が集まり、この一大事件もすぐに風化していくことになる。

 “機神”の力に惑わされた野望の主は、自らが遺した脅威の影で、振り返られることなく消えていったのだった。

  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ