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命運の行方

「何だと!? それは確かなのか!?」

 ラングトンは執事の報告を耳にした途端、激昂して立ち上がった。

「はい。すでに信頼できる筋からの確認もとれております」

 執事は恐縮しながらも告げた。

「そんなバカな! 何かの間違いではないのか!」

 自分の部屋から飛び出したラングトンは、城の最上階へと向かった。

 ユールヴィングの部隊が近くに来ているという情報があったため、自分の城から出るのも、“機竜”への命令も控えていた。

 だが、いま執事がもたらしたのは、その“機竜”が目撃され始めているという情報だ。

 それが本当なら、ラングトンの計画は頓挫したも同然であることを示している。

 最上階のテラスに出たラングトンは、暗雲の立ち込める空の下、首都の街並みの遥か向こうへと目を向けた。

 その先には活動停止した“機神”が眠っている。

 その“機神”に、“機竜”の高度をさらに上げるように命令した。

 ラングトンの身体を急激な疲労が襲う。

 “聖域”での命令は制御装置の出力を過剰に必要とするため、ラングトン自身の生命力にまで影響が及ぶ。これまでは魔力を封印した補助機械を使ってそれを抑えていたが、いまはそんなことを構っている場合ではなかった。

 フィルディング一族の中でも最も優先権を持つラングトンの命令である。“機神”自体は動くことはないが、その内部では命令を遂行するための機能が働いているはずだった。

「どういうことだ……」

 ラングトンと“機神”、そして“機竜”との送受信はほぼ瞬時に行われる。

 ラングトンの命令を“機神”が具体的な形にして“機竜”へと送信すると同時に、相手からの情報も受信するのだ。

 だが、ラングトンが受けたのは命令の伝達失敗の報告だった。しかも、いままで滞っていたのか、“機竜”の戦闘行動と重度の損傷を受けたことも一度に知らされる。

 予想外の事態にラングトンは途惑うが、やがてそれは憤りへと変わり、近くにあった高価な花瓶を壁に叩きつけた。

「ラングトン様。いまはむやみに“機神”へ命令を飛ばさない方が良いかもしれません」

 激昂する主君を執事たちが遠巻きにするなか、一人の青年が通路の向こうから現れ、臆することなく近づいてくる。

 ラングトンはそれが信頼する科学者オレフだと気づくと、慌てて駆け寄った。

「丁度いい時に来てくれた! どうなっているんだ!? “機竜”はどうなったんだ!? なぜ、命令が届かん!?」

 取り乱した様子を隠せないラングトンとは対照的に、オレフは冷静な態度を崩さないまま告げた。

「おそらく、“機竜”が“聖域”に捉まったのです。何かがあり、“聖域”まで高度を落としたことで、脱出することができなくなったのでしょう」

 ラングトンは渋面のなか、歯ぎしりをする。

「確かに、“機竜”が何かと戦ったような記録があった……まさか──」

「おそらく。いま“機竜”と交戦できる者をあげるなら、マークルフ=ユールヴィングしか考えられません」

「おのれ!! やりおったな、あの小僧めがッ!!」

 ラングトンは怒りまかせに剣を引き抜くと、手近に飾ってあった絵画を叩き壊した。

「どこまでも我ら一族に楯突きおって!」

「お怒りは分かりますが、“機竜”が生き残っているということは、ユールヴィングもただでは済んでいないでしょう。それよりも、まずはこれからどうするかです」

「おお、そうだな! しかし、こちらの命令が届かん。これはどうなっている?」

「いままでは、“機竜”が“聖域”外の上空にいたため、命令が届きやすかったのです。ですが、“機竜”は完全に“聖域”に入りました。その影響が命令を妨害しているのでしょう」

「なら、どうすればいい?」

「命令をするならば、“機神”の許に直接、赴けばできるかもしれません。魔力を用意し、“機神”にそれを利用させて、より強度を高めて命令を飛ばすのです」

「そうか! 出立の準備をしろ! 魔力の貯蔵もありったけ用意せよ!」

 ラングトンが執事に大声で命じた。

「しかし、いま不用意な行動をとることは危険です。それに貯蓄魔力もそう簡単には……」

「黙れ! 急がなければ、いまここで貴様を斬るぞ!」

 剣の柄を握りしめたラングトンの姿に執事は黙って頭を下げ、その場を後にした。

「オレフ殿。貴殿も来てくれるか」

「申し訳ありませんが、いまは自由に動けません。“機竜”出現で動揺している諸侯の説明に回らなければならないのです」

「ぬぅ……知ったところでどうにもなるまいに、無駄なことを。分かった。ともかく、手が空いたら力を貸してくれ」

「承知いたしました」

 ラングトンは剣を収めると、自分の準備のために通路を忙しく進む。

 オレフはその姿を冷ややかに見つめていた。

 この“聖域”では封印具に貯蔵した魔力は貴重品だ。ラングトンといえど、それをかき集めることは暴挙でしかない。そんなことをすれば、自分が怪しいことを公言するようなものでもある。

 なりふり構わなくなったラングトンの姿から、彼が最後の手段に出ることは容易に予想できた。

 “機竜”を“機神”と融合させるつもりだ。

 “聖域”の影響により、“機竜”が貯めていた“機神”復活の魔力は急速に失われている。

 一度、“聖域”外まで逃がす選択肢もあるが、次の機会はないと考えたのだろう。そうなれば一刻も早く“機竜”を取り込ませるしかない。

(ですが、もう手遅れですよ。ラングトン=フィルディング殿)

 オレフは無言で告げた。

 “機竜”に蓄えた魔力はまだ不十分。さらに“機神”復活までにさらに消耗する。弱った竜を生贄として復活したとしても、“機神”は“聖域”外まで脱出する力は得られないだろう。

 ただ、それに巻き込まれて甚大な犠牲は出る。あの男の野心の代償としては、あまりに大きすぎるものだ。

 それは誰も認めないだろう。

(ユールヴィングが“機竜”の活動を阻止した時点で、貴方の命運はすでに断ち切られたのですよ)



(……ここは?)

 リーナが目覚めた時、自分が天幕の中にいることに気づいた。

 簡易寝台に毛布を掛けられ、眠っていたようだ。

 状況が掴めず途惑っていると、やがて天幕の入り口が開いた。

「あっ、お目覚めですか」

 入ってきたのは小柄な娘だった。眼鏡をかけ、髪を後ろに束ねただけの飾りっ気はなかったが、安心したのか人の良さそうな笑顔で寝台の隣の丸椅子に腰かける。

「気分はどうですか? ケガはないみたいですけど、どこか痛いところはありませんか?」

「い、いいえ」

 リーナはどこかで娘を見たような気がしたが、とりあえずはそう返事をする。

「よかった。あ、ちょっと、待ってくださいね。ダンナさ~ん! リーナ姫様がお目覚めになりましたよ!」

 娘が天幕の入り口から顔を出して、誰かを呼んだ。

「あの、私のこと、ご存じなのですか?」

 自分の名を口にされたリーナが訊ねる。娘はあっさりと頷いた。

「はい。男爵から話は聞いてますから」

「マークルフ様の……」

「はい。男爵の知り合いって、あの方しかいませんので」

 なぜか申し訳なさそうに娘は頭を押さえる。

 マークルフの名を口にした途端、目を逸らそうとしていた喪失感が再びのしかかる。

 偶然にもマークルフの知り合いに助けられたみたいだが、肝心の本人はもう傍にいないのだ。

「ど、ど、どうしました!? 急にどこか痛くなりましたか? お医者さん、呼びましょうか!?」

 リーナの目に涙が浮かんだのを見て、娘は急に慌てた様子で訊ねる。

「慌てるなら、最初から言葉に気をつけろ。一応、記者だろう」

 天幕の入り口から新たに誰かが入ってきた。背の高い、がっちりとした体格の男だった。

 傭兵なのだろう。だが、他と違うのはその奇抜な格好だ。

 口元を帯で何重にも巻いて覆っていたが、その帯には蛇が描かれていた。さらに帯は後ろで髪を束ねるのにも使われている。まるで男の顔と後ろの髪に蛇が巻き付いているかのようだった。

「あなたは確か……“蛇剣士”殿──」

「ほう、我が二つ名を覚えておいでか。それは光栄だ」

 男はは口元の覆面を下にずらした。

 その口元から左右に伸びた髭と、その髭の先に飾ってある小さな蛇頭の水晶。

 間違いない。かつて、マークルフの護衛でクレドガル王国まで来た際、とある貴族の宴で見かけたあの傭兵だ。

 あの時はマークルフと一触即発だったが、その裏であれが演技であったことも知った。

 この時代の傭兵を知るきっかけになった人物だ。

「そうだわ。あなたは確か、テトアさん──」

 リーナは同時に娘の方も思い出した。

 クレドガルの城下町でヒュールフォン=フィルディングに絡まれた傭兵ギルドの記者で、マークルフと“蛇剣士”に助けられていたのを目撃したことがあった。

「ご存じだったんですか? ああ、男爵が言っていたんですね。初めまして。テトアといいます。こちらは……カートラッズさんです」

「言ってるだろ。普段、名前で呼ばないからいざという時にど忘れするんだ」

「だ、大丈夫です! ちゃんと思い出しましたから!」

 何が大丈夫なのか分からないが、カートラッズはたいして気にすることなく、もう一つの椅子にどすんと腰を下ろした。

「ああ、すみません。話が逸れました。あたしは傭兵ギルドの記者をしています。いまはダンナさんの部隊の従軍記者として同行させてもらってます」

 テトアが照れ隠しに苦笑いしながら言った。

 リーナはすぐに手で涙を拭いた。

「すみませんでした。ともかく、助けていただいて、ありがとうございます」

 リーナがあらためて礼を述べる。  

「姫が頭を下げることはない。こちらは仕事でしただけのことよ」

「仕事?」

「実は男爵にお願いされていたんです」

 カートラッズの代わりにテトアが答えた。

「だいたいの事情は伺ってまして。それで男爵から“機竜”と戦いになったら、空を監視していてくれって頼まれました──そのまま伝えるなら、『もし、空から“光”が降ってきたら、それを追いかけてくれ。その先にリーナ姫がいるはずだから、何としてでも守ってくれ』──ってことなんです」

「マークルフ様が……」

「その代わり、次の戦いで負け戦の台本を書くと頭を下げてきたのでな。仕方ないので引き受けてやったのさ」

 カートラッズが腕組みしたまま告げた。

 マークルフはこうなることまで考え、先に手を打っていてくれたのだ。

 それは同時に、一人で命を捨てる覚悟をしていたことでもある。

 それを止められなかった後悔に、リーナは毛布で顔を隠しながら俯く。

「ひ、姫様!? あたし、また何か余計なこと言っちゃいました!?」

「いまのおまえの台詞が余計だ。姫が落ちつくのを待て」

「い、いえ、大丈夫です」

 リーナは慌てて顔を上げた。

「……本当にありがとうございました」

「礼はこの娘に言ってくれ。俺一人では多分、見つけられなかったかもしれんのでな」

「これで見つけたんです」

 テトアはどこからか望遠付きの写真機を取り出した。

「こいつはこう見えて、被写体探しがえらく得意でな。あの広い空から降ってくる光をそれで見つけおった」

「こう見えても記者のはしくれですから!」

 テトアは写真機で覗きながら、得意そうに言う。

「ただ、その写真機、止まっている物しか現像できんのだがな」

「ううッ、そうなんです。だから綺麗な光だったんですけど、写真にできませんでした」

 テトアは悲しそうに言った。

「捨てろ、そんな古い写真機」

「だ、ダメです! 伯父の遺したこの映写機で歴史的な特ダネ撮るのがあたしの念願なんです! いまは板や現像液も改良を重ねて、あっという間(従来比)に撮れるようにしてるんです。だから、ちょっとだけ動かすにいてくれたら──」

「分かったから、おまえが泣くな」

 見た目はまったく違うが、意外と馬が合う二人のようだ。

 リーナも遠目に見ただけだが、男爵がお願いしただけあり、悪い人たちではなさそうに思えた。

「ともかくだ。姫君、俺は依頼された仕事をこなしているだけだ。遠慮せず休まれるがいい」

「でも、これからどうするんです、ダンナさん?」

「そうだな。姫が回復したら、血統書付きを探しに行く」

 予想していなかったカートラッズの言葉に、リーナは目を見開く。

 “血統書付き”とは以前に蛇剣士がマークルフを指して言った言葉だ。

「何も驚かれることはない。別に人助けではないし、血統書付きが生きていると分かったわけでもない」

 カートラッズは立ち上がった。

「こっちとしては“狼犬”のいない《オニキス=ブラッド》に勝ち星譲られても旨味がない。生きてようがくたばってようが、見つけ出して利用させてもらうだけだ。それが傭兵の世界というもんでな」

 そう言って背中を向ける。

「ただ、俺に依頼した時にこう言っておった──『自分に何があるか分からない。戻れるかどうか分からないが、それまでリーナを頼む』──とな。血統書付きは依頼で嘘は言わん。こうなると予想してなお、戻って来る算段を立てておるのかもしれん」

 その言葉に、リーナの中に希望が蘇る。すがりたかったが、あまりに絶望的な状況で否定していた、かすかな光が──

「おっと。ただし、あまり期待せん方がいいかもな。姫にも言ってなかったのなら、上手くいかない可能性の方が高いのかもしれん」

 リーナに念押しするように、カートラッズは続けた。

「それを踏まえてどうするかね? 城に帰るなら先にそちらに向かうが?」

「一緒に探しに行きます!」

 リーナは即答した。

「どんな形だろうと一刻も早くお迎えに行きたいのです! もしかしたら、いまも苦しんでいるかもしれないですし、少しでも早く──」

 こみ上げて抑えられない嗚咽にリーナは言葉を詰まらせる。

「承知した。テトア、姫のことはおまえに任せる」

 カートラッズは彼女に背を向けたまま言った。

「あの──」

「礼なら無用だ。こちらは追加の報酬を請求するだけのことよ」

 カートラッズは肩をすくめ、リーナたちを残して天幕から出ていった。

「……口はちょっと悪いですけどね。ああ見えて、ずっと男爵のことを気にしてたんですよ」

 テトアが言った。

「下手な希望は持たせるなって念を押されていたんですけど。自分は最初から姫様を連れて探しに行くつもりだったみたいですよ。あ、これはダンナさんには内緒でお願いします」

 テトアがちょっと喋りすぎたように、苦笑いして頭をかく。

 リーナは無言のまま足をそろえると、あらためて天幕の外に向けて深く頭を下げるのだった

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