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機竜決戦(2)

 “機竜”の巨躯が雲間を突き抜け、さらに落下していく。

 機械の魔獣を天より堕とさんとするのは同じく機械の鎧を纏った光の勇士だ。

 黄金の“鎧”の輝きは軌跡となり、災厄の獣を背中から射貫く矢のように空に描かれる。

「リーナ、まだか!」

『もうすぐのはずです!』

 高度計算を続けるリーナが答えた。

 眼下には地平線を描きながら地上が広がる。大空の真っ只中だが、その先には確実に“機竜”にとっての地獄が待ち受けている。

 “聖域”の影響下に捉えるまでもう少し――魔力が希薄となる“聖域”内に入れば“機竜”は本来の力を発揮できなくなる。

 逆にマークルフたちの“力”は“聖域”でこそ安定するため、切り札である〈アトロポス・チャージ〉の発動が可能となる。

 “聖域”内まで持ち込めば、わずかにも勝機が見えてくるかもしれないのだ。

 だが、マークルフの纏う“鎧”が急に重くなる。

「――リーナ!?」

 推進機関の出力が低下した。

 異変に気づいたのか、“機竜”が翼を広げて落下に制動をかけようとする。

「くそッ――」

 “聖域”を目前にして、ここで逃げられたら意味がなくなる。

『マ――クルフ――さ――』

 リーナの声が途切れ途切れに届く。

 鎧も何とか出力を維持しようとしているが安定しない。

 “聖域”外で活動した反動によるものか、リーナの力が急速に不安定化していた。

「もう少しだ! “聖域”まで落とせば――」

 槍が刺さった“機竜”の装甲がまたしても変化し、そこから〈竜牙兵〉たちが現れた。

 何体かは落下の勢いで空中に投げ出されるが、残った数体が槍や鎧にしがみつく。

「自爆で吹き飛ばす気か! させるか!」

 マークルフは纏わり付いた骸骨たちを掴んで剥ぎ取ろうとするが、鎧の出力が上がらず、思うように振り払うことができない。

『――だ――マ――この……まま――は――』

「どうした!?」

 リーナの苦しむ声がした。

 何を言っているか判別できないほどに声が遠いが、相当に苦しがっているのは嫌でも伝わってくる。

 ようやく、マークルフは気づいた。

〈竜牙兵〉が噛み付いた箇所の同調が著しく乱れている。

 噛み付きは魔力を吸い取るための骸骨たちの本能的行動だが、こちらの特殊な“力”を吸い取ることはできないし、いまもそうだ。

 しかし、現在のリーナにはその行動自体が“力”の不安定化を加速させている。

 彼女も“鎧”を維持しようと必死に耐えているのだ。

 “機竜”の背中から新手の〈竜牙兵〉たちが出現する。

「……ちくしょうめ!」

 マークルフは槍を引き抜くと〈竜牙兵〉の手から逃れるように飛翔する。

 同時にしがみついていた〈竜牙兵〉が自爆した。

「ぐぁああっ!?」

 予想していた衝撃に耐えながらも、マークルフは決して槍は放さなかった。

 その間に“機竜”は離れ、大きく弧を描きながら上昇を始めた。

『――マークルフ様!?』

 リーナの声がした。状態が安定したのか、先ほどよりも声がはっきりしている。

「……大丈夫か?」

『いまは何とか――』

「骸骨の影響は予想していなかった……すまない」

 あのまま骸骨たちの数が増えていたら、リーナは耐えきれなかっただろう。

『いいえ……私のせいです……せっかくの好機を私のせいで――』

 悲痛に打ちひしがれるリーナの姿が声から伝わってくる。

「謝るな」

 マークルフはいつものように不敵な笑みを浮かべて言った。

「俺がドジを踏んだら、リーナは俺を罵倒するのか?」

『それは……』

「俺たちは二人で一つ。どっちが悪いかなんてないさ」

 マークルフは黄金の手甲で《戦乙女の槍》を握りしめた。

「この槍を握っているのは俺だけじゃねえ。リーナも一緒に握っていることを忘れるわけねえだろ。最後に一緒に勝てばいいのさ」

『……はい』

「来るぞ」

 その間に“機竜”がマークルフと同じ高さに来ると対峙する。

 “機竜”は尾を大きく振るい、自らの顔の前に持ってくると、その先端に噛み付いた。そのまま尾を引き戻し、分離した先端が“機竜”の顎に挟まる。

 “機竜”が威嚇するように尾を上げた。

 先端の取れた尾の断面から長く伸びた槍状の魔力が発生する。

 同時に口に挟んだ尾の先端――巨大な円筒の両端から魔力の紋様が扇状に展開する。

「……古代の科学者連中め。こいつにどんだけ芸当を仕込みやがった」

 魔力の双紋が“機竜”の顎の両側面に広がった。

 珊瑚のように広がるその紋様は見た目は華やかだが、測定される魔力の強さは“魔咆”に匹敵する。触れるだけで致命的な威力だ。

 尾から伸びた魔力の“槍”をこちらに向け、“機竜”は双紋の武器をエラのように眼前にかざす。

 接近戦に特化した機械の巨獣は敵意を剥き出しにするように吼えた。



 オレフは街の中央広場にいた。

 クレドガル王国有数の都と呼ばれるレルアン。首都移転の候補地として再開発の動きが進んでおり、さまざまな人間の出入りが活発になっている街だ。

 オレフもその流れの中、この街に滞在する日が増えていた。

 フィルディング一族はここに新たな研究施設を創設する話を進めている。

 その主な目的はバルネス大公に対抗するためだろう。

 大公は古代文明研究の後援者として著名な存在であり、その研究はユールヴィング男爵の力を支える一つである。

 だが、前年の“機神”覚醒で大公の研究施設は壊滅し、その時の恐怖が世間の逆風となり、大公も建て直しには苦慮している。その隙を突こうという形だ。

 オレフは広場の通り沿いにある酒場で休憩していた。

 路地に並んだテーブルの一つに腰掛け、紅茶を手に資料に目を通す。

「――ここに居たのね。探したわ」

 背中越しに若い娘の声がした。

 オレフは彼女の姿を一瞥し、紅茶を一口飲むと受け皿に戻す。

 娘はオレフの近くの席に座っていた。

「すでに始まっているわ。“勇士”と“竜”の戦いがね」

 娘が背を向けるオレフに告げた。

 その服装はどこにでもいる街娘であったが、オレフはその娘のもう一つの姿を知っている。

「分かるのか? どこだ?」

「何となく感じるのよ。でも遠くの地だから、今から行こうとしても無理ね」

 娘はそう言うと、近くを通った給仕に海草のスープを注文した。

「そっちはどうする気だ?」

「どう決着したか、確かめるわ。貴方は?」

「首都に戻る」

 資料を閉じたオレフはその場に代金分の硬貨を置いた。



 “機竜”は首を巡らせ、頭部に展開する紋様の刃を敵に叩きつけようとする。

 マークルフは回避するが、さらに尾から伸びる“槍”が迫った。

 それもギリギリに避けたが、“機竜”は慣性操作で体勢を変え、紋様の刃が再び死角から迫る。

「クッ!?」

 マークルフは咄嗟に《戦乙女の槍》を構え、紋様を受け止めた。

 凝縮された魔力の力場が超重量の衝撃となって全身に伝わる。

 眼前に煮えたぎるような真紅の魔力が広がった。

 魔力が固定化されているために神槍で受け止めることができたが、神槍でなければ止められずに消し炭と化しただろう。

 マークルフは弾かれるように後退して距離をとろうとするが、見かけを超える機動をする“機竜”はその頭上を覆うように飛翔していた。

 “機竜”が身体を捻る。その尾が、翼が、そして口に咥えた双紋が全て武器となってマークルフを薙ぎ払おうとする。

「――ッ!?」

 再び身体の自由が利かなくなり、マークルフは巨大な翼に殴りつけられた。

 マークルフは翻弄されるように落下していく。

「リーナ!?」

『――私は――でも、このまま――』

 リーナの声が聞き取れない。“鎧”との同調に再び障害が起きている。

 同調が回復し、マークルフは推進機関を噴射して落下を止めた。

 “機竜”は追撃してこなかった。

 どうやら、これ以上の降下を警戒しているようだ。向こうも“聖域”の影響に気づいているのかもしれない。

 助かった反面、こちらの狙いを読まれていることに苦渋するしかなかった。

「……リーナ、まだ戦えるか?」

『――正直――分かりません』

 リーナがいつになく弱気な声で告げた。

『一度、撤退できませんか――“聖域”まで戻れば――“力”が元に戻るかも知れません』

 リーナが言う間にも声が途絶え始めていた。

 本当に限界が来ているのかもしれない。

「奴はここまで深追いしそうにない。もし、退いてしまえばどこかに逃げるだろう……同じ“罠”はもう使えねえんだ。いま決着をつけるしかねえ」

『――しかし、もう、これ以上――この状態を維持できないかも――』

「ああ。だから、最後の札を切るぜ」

 リーナの返事がない。同調障害ではない。沈黙しているのだ。

「――リーナ、聞こえてるな」

『〈アトロポス・チャージ〉は――ここで使えないのは――』 

「分かってるさ。要は“機竜”と一緒に“聖域”まで落ちてから、それを使えばいいということだ……俺に策がある」

『――どんな――』

 リーナが不安そうに尋ねるが障害が顕著になり始め、その言葉も上手く聞き取れない。

「時間はなさそうだ。まあ、見てろ。リーナはいつでも切り札を切れるように“力”の維持に努めてくれ」

 マークルフは“機竜”に向かって上昇した。

 “機竜”もすぐに迎撃に移る。

 だが、マークルフは防戦に徹して自分からは手を出さない。

『――マーク――様――』

 “機竜”の猛攻を躱し続けるだけのマークルフに、リーナが訝しげに尋ねる。

「撃つことに集中しろ!」

 しかし、躱し続けるのも限界がある。

 巨大な尾の一撃がマークルフを捉えた。

「ぬぅあぁッ!?」

 かろうじて“槍”の直撃は逃れたが、尾の一撃はマークルフの肉体を軋ませる。

『マークルフ様!? もう、身体の方が――』

 全身が悲鳴をあげ、マークルフは息を切らせる。

 彼自身の肉体にも限界が近づいていた。

 だが、リーナの声がはっきりと聞こえたマークルフは、それでも不屈の笑みは捨てなかった。

「いけそうだな……奴の頭上に回り込むぞ」

 マークルフは飛翔する。

 行く手を阻む“機竜”の脇を強引に突き抜けようとするマークルフを双紋の刃が掠めた。

「――うわあッああーーー!?」

 黄金の装甲は耐えたがその破壊力が負荷となってマークルフの左肩を焼く。

 熱塊を押しつけられたような激痛にマークルフは叫ぶが、それでも強行突破し、“機竜”の上を取る。

『マークルフ様!? 無理はしないで――』

 意識が途切れそうになるのを引き止めたのはリーナの声だ。

「安心しろ……やれるさ」

 左腕の感覚が完全に無くなり、いうことをきかなくなっていた。

 それでもマークルフは右手で左腕を掴み、首の後ろに掛けるように回した。

 “機竜”が向き直り、追撃のために翼を広げる。

「……『その命運、ここに断ち切る』――」

 マークルフはシステム発動のコマンドを唱える。

『マークルフ様!? ここでそれを使ったら――』

 リーナが驚きの声をあげた。

 だが、マークルフは構うことなく首で支えた左腕を、動く右腕で交差させた。

 “機竜”が警戒するように動きを止めた。

 “鎧”の急激な出力上昇を感知したようだ。

 両腕の手甲が連結し、右腕に巨大な合体手甲が形成される。同時に一対の湾曲した刃が展開する。

 “機竜”が飛翔した。

 迫り来る巨獣を前に右手に握る《戦乙女の槍》が赤熱を始めた。

 一対の刃に挟まれた槍に膨大な破壊力が付与されていく。

 “機竜”が体当たりした。

 口に挟んだ双紋の刃がマークルフを薙ぎ払おうとするが、それは輝き始めた槍に真正面から受け止められていた。

 拮抗する破壊の力場に周囲の空気が震える。

『策は!?』

 リーナが切羽詰まったように叫ぶ。一連の無茶な行動に不安が頂点に達したようだ。

「……この一撃で押し切りながら“聖域”に突入する」

『や、やめてください! 発動してしまったら“聖域”に届く前に――』

 本来の専用武器を用いない〈アトロポス・チャージ〉は膨大な破壊力付与にはかなりの制御を要する。不安定な状態でこれを発動すれば、間違いなく限界を超えるのだ。

『マークル――止めて――もう――本当に――このま――』

 自分ではシステムを止められないリーナが懇願するように呼びかける。

 自分の身ではなく、守るべき勇士のために――だが、その必死な声も急激な不安定化で遠くなっていく。

「この一撃を撃ち切るまでは持ち堪えてくれ……頼むぜ、リーナ!」

 マークルフは暴発しそうな力を片腕で支えながら、槍の先をジリジリと“機竜”に向ける。

『――バカァッ――』

 リーナの泣きそうな声が一瞬だけ聞こえた。

 “鎧”の不安定化は極限まで達し、彼女の声も届かなくなったが、懸命に状態を維持しようとしているのは伝わってくる。

「……ありがとよ。せめて、おまえだけは――」

 マークルフは告げた。それが彼女に届いたかは分からない。

 全身の鎧の輝度が最高潮に達する。

 背部推進機関が展開し、その爆発的な推進力に“機竜”が押され始めた。

「うぉおおおッーーーーー!!」

 巨大な破壊の力が“機竜”を襲う。“機竜”が咥える双紋の刃が楯となるが、それをも凌ぐ破壊の力が“機竜”の装甲を焦がしていく。

 “機竜”が尾の“槍”でマークルフを刺し貫こうとするが、鎧に満ちた破壊の力に触れ、尾は粉砕された。

 “機竜”も危険を感じたのか必死に逃れようとするが、両者の間で渦巻く破壊の渦に捉われて身動きをとることができない。

 “機竜”を守る双紋の刃がついに吹き飛んだ。

 武器を失った“機竜”は顔の装甲を剥がされながらも顎を開く。

「リーナ――後をたの――」

 “機竜”が“魔咆”を放った。

 同時に〈アトロポス・チャージ〉の力を解放する。

 強大な破壊の力が爆発した。

 “機竜”の巨躯も――

 それと対峙した黄金の勇士も――

 その周囲の全てを目映い閃光が呑み込んでいく。

 その光に呑み込まれながら、マークルフは最後まで自分に付き添ってくれた戦乙女の名を口にしていた。



 リーナは自分に呼びかける声に気づく。

 周囲は閃光に包まれていた。

 声も出せず、身体の感覚もない。

 ただ、視覚だけが生きている。

 鎧の状態から解除され、純粋な“力”の状態に戻っていた。

 その事実を理解する前にリーナは目の当たりにする。

 全身の装甲を粉砕されながら、墜ちていく“機竜”を――

 そして、その煽りに翻弄されて空に投げ出されたあまりに小さな若者の姿を――

 リーナは叫んだ。

 だが、声を出すこともできない。

 手を伸ばすこともできない。

 ただ、泣き叫ぶ彼女の前で、勇士は光の彼方へと消えていくのだった。 



 地上――


「……そんな――」

 “力”の計測を行っていたエルマの手が止まった。

「おい、どうかしたのか?」

 後ろに控えていたサルディンが尋ねる。

 エルマは口をきつく結んでうなだれるが、それでも測定結果が示す事実を冷静に分析する。

「ログ副長に急いで連絡して――」

「若に何かあったのか!? どうなったんだ!?」

 記録は“勇士”からの“力”の反応が途切れたことを示していた。

 だが、依然として魔力の微弱な反応は途切れていない。

 その直前に爆発的な力の反応が確認されている。

 それが示す結果は一つだった。

「男爵の作戦は失敗した……“竜墜ち”の可能性が高いと――」

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