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決戦の始まり(2)

「第二配置に移行だ! 急げよ!」

 地下の古代遺跡に避難するマリベルの隣で“親分”が叫ぶ。

 デカ鼻で小柄だががっしりした体躯、ぼさぼさ髪の親分は、マリエルたち非戦闘員の避難完了を見届けると、部下の傭兵たちと共に遺跡の中へと飛び込んだ。

 それと同時に遺跡への入り口の扉が閉じられる。

「親分! 他の出入り口の封鎖も完了! 第三配置の準備も予定通りです!」

「早くしろよ! 今度の相手は人間じゃねえからな!」

指示が終わるのを待って、マリエルが話しかける。

「さすがに防衛戦のプロね。見事な手際だわ」

 親分は《四つ首の番犬》と呼ばれる傭兵部隊の元部隊長だ。防衛戦の手腕は屈指といわれていたが、古巣と仲違いして脱退して、小さな傭兵部隊を立ち上げた経歴を持つ。

「落ち目だがよ。こういうことはきっちりこなすさ。傭兵で食ってくにはそれしかねえしな」

「だから、男爵は雇ったって言ってたわ」

「そうかい。だけど、切った張ったはごめん被るぜ。そっちは男爵にまかせた」

 傭兵同士の戦いは裏で打ち合わせありきだ。だからマリエルもその能力がどこまでなのか疑問に思っていた。

 しかし、籠城戦に備えて遺跡の構造を全て把握し、的確に人員を配置。目の前の門も籠城用に改築したものだが、その造りもしっかりしている。

 その手腕は決して喧伝ばかりではなかった。

 親分は腰に吊した缶から何かを取り出し、口に放り込む。

「親分さん、それは?」

「飴さ。いるかい?」

「いいえ。酒や煙草の方が似合いそうだけど、意外ね」

「甘党でね。それに酒や煙草は仕事中はしねえことにしてる」

 親分は扉の狭い覗き窓から外を確認した。

「しかし、うじゃうじゃ降ってきやがるな」

 遺跡の外には鋼の骸骨たちが姿を見せていた。

 それは上空にいる“機竜”から放たれた〈竜牙兵〉たちだ。

 見ている間にも空からいくつかの鉄球が落下する。地面に落下した鉄球は展開し、骸骨の姿になると活動を始めた。

 〈竜牙兵〉の目的は、マリエルたちが籠城する遺跡の地下にある巨大な土木用鉄機──正確にはそれに封印されている膨大な魔力だ。

 そして、それがマリエルたちが仕掛けた“罠”でもある。

「地下の機械は本当に暴れ出すことはないんだな、姉さん?」

「それは大丈夫。うちらは男爵が来るまでここを守り続けること──」

 地下の鉄機自体は、“機神”の命令を受けてすでに起動していた。

 本来なら鉄機が遺跡の外に現れ、“機竜”が〈竜牙兵〉を使って魔力を全て回収する予定だったのだろう。だが、鉄機はいまも遺跡の地下にいるため、〈竜牙兵〉たちの方が遺跡に侵入しようとしているのだ。

 マリエルたちは地下の機械にある処置を施していた。まずは介入されそうな機械はあらかじめ稼動不能にしていた。

 そして標的となる鉄機については、人工知能と機体を結ぶ命令伝達系統を遮断した。

 “機神”の指令で人工知能が反応しても、機体自体は動かすことができないようにしたのだ。

 もちろん、それは困難なことではあった。だが、古代文明の知識を持つ老妖精が力を貸してくれたため、その知識と技術に驚かされつつも、作業を完遂することができたのたった。

「男爵が来るまで、どれぐらいになりそうだ?」

「一日ぐらいになるでしょうね」

 “罠”を仕掛けた遺跡は一つではない。この一帯の複数の遺跡にエルマたちが同じような“罠”を仕掛けている。この一帯が、“機竜”を捕らえるための広大な“網”なのだ。

 男爵はその中心で、どの遺跡に“機竜”が現れても駆けつけられるように待機していた。捕まえる確率を上げるために仕方ないとはいえ、到達に時間がかかるのは避けられなかった。



「副長! つなぎがきましたぜ!」

 クレドガル王国近くまで進軍中のログの許に、部下が血相を変えてやって来た。

 部下はログに耳打ちし、その内容を伝える。

「……今日はここで野営をする。皆にそう伝えろ」

 部下は命令を伝えるため、その場を立ち去る。

「ログさん、どうかしたのですか?」

 傍にいたタニアが訊ねる。ログの表情がいつになく険しいものとなっていたからだ。

 ログはタニアに水を求めると、近くにあった岩の上に腰掛ける。

 タニアは持参の水筒を差し出し、ログの隣に座った。

「……もうじき、今後の行く末を決める戦いが始まる」

 ログはタニアにだけ聞こえるように小声でささやく。

「男爵ですか!? 行かなくていいんですか」

「いや、いま動きを変えれば他に感づかれる可能性もある。一日待つ……もし閣下が敗北したら、その時は我々がクレドガルに乗り込み、黒幕と対決することになるだろう」

 ログはタニアに水筒を返す。

「その時は大公閣下の屋敷に行け。これは命令とする」

 重大な局面が迫っていると理解できたのだろう。タニアはいつものように食事の準備に向かうが、その口はじっと固く閉じられていた。



 “機竜”の出現から一昼夜が過ぎようとしていた。

 “機竜”は現在も遙か上空に停滞し、地上に定期的に〈竜牙兵〉を送り込んでいる。

 新たな命令がない限り、この遺跡の攻略を実行し続けるだろう。古代文明の国防兵器といえど、その本質は与えられた命令を実行し続ける機械なのだ。

 男爵もこの時のために動いていた。

 自ら、フィルディングの長老を訪れ、自分たちが動いていることをあえてフィルディング側に流れるようにした。そして、クレドガルに向けてログ副長を派遣させた。

 ともにクレドガルにいるであろう今回の黒幕を“黙らせる”ためだ。

 “機竜”が“罠”に嵌まっている間に新たな命令を出されては困るからだったが、現在のところ、それは功を奏しているようだ。

「この調子なら、男爵が来るまで持ちこたえられるな」

 親分が床にあぐらをかきながら言った。

 指揮を続けているものの、その顔に疲労の色は感じられない。

「うちも飴をもらっていいかしら?」

 親分は黙って缶を差し出し、マリエルはそこから飴を一つ、口に入れる。

「親分、まずい!」

 その時、別の出入り口を守っていた傭兵が血相を変えて駆けつける。

「どうした!?」

「南西の通路に骸骨連中が現れやがった!」

「門が破られたのか!? なぜ早く知らせなかった!」

「門は無事だ。どっかから潜り込んできやがったんだ!」

 傭兵も状況が分からず、混乱を隠せないようだった。

「親分さん!? あれ!」

 マリエルは天井を指した。

 そこには大きく亀裂が入っていたが、その隙間から何かが落ちてきたのだ。

 それは紅い魔力の燐光を放つ小さな鉄球だ。それは床に転がると静止したが、やがて巨大化し始めた。その金属は粘土のように変形しながら、骸骨の姿へと変形していく。

 そして天井からは新たな鉄球が滴のように落ちてきた。

「チィッ! あそこまで小さくなれるのかよ!」

「圧縮に時間がかかるみたいだけど、そうみたい……いままで静かだったのを考えれば、これから一気に押し寄せてくるかも──」

「冷静だな、おい。だが、いい分析だ。退くぞ!」

 マリエルたちは奥に撤退するが、途中の通路で他の傭兵たちと合流する。

「親分! あちこちから骸骨どもが涌いて来やがった!」

「仕方ねえ! 第四配置に移行だ! 急げ! あと、穴という穴は何でもいから徹底的に塞げ!」

 マリエルたちは遺跡の最奥部の広間に逃げ込んだ。この先には“機竜”たちの狙う鉄機がある。ここが最後の“門”であった。

「……第五配置はあるの?」

「ねえな。元とはいえ、《四つ首の番犬》だからな」

 親分は笑うが、後はないらしい。

「……姉さん、策はあるか」

「時間を稼いで。あいつらも“聖域”内では長く活動できない。後は男爵が来るのを待つ……間に合わなければ、あの鉄機を爆破するしかないわ」

 親分が口笛を吹いた。

「やれやれ、あの世の扉の向こうに“撤退”する時が来やがったかもな」

 〈竜牙兵〉たちが通路から迫ってきた。

 傭兵たちは用意していた投石器で迎え討つ。

 骸骨たちは石を受けてその姿が揺れるが、それでもしぶとく接近を続ける。

「聞いてはいたが、再生が早いな」

 石を受けて破損した箇所がすぐに修復していくのを見て、親分が舌打ちする。

「続けて。再生に魔力を使わせれば、すぐに力尽きるわ」

 マリエルは言った。

 実際、最初に現れた〈竜牙兵〉たちは肋骨の数は激減している。それは奴らの魔力の残量を示していた。

 やがて、〈竜牙兵〉も力尽き、金属の欠片に変化するものが出始める。

「新手が来やがったな」

 通路の奥から〈竜牙兵〉の増援が現れた。

 しかも、それは途中にある鉄の欠片を拾うと、自らの身体に融合させる。同時に減少した肋骨が再生していた。

「仲間を喰いやがったのか!?」

 活動できない個体を回収して、他の個体の活動時間を延ばしたようだ。

「なあ、奴らは魔力が目当てなんだろ。自分たちのやってる方が魔力の無駄遣いって考えやがらねえのか」

「“機竜”はそこまで考えないでしょうね」

 マリエルもうんざりするように答える。さらに厄介なことに、“機竜”は無駄遣いできる魔力をかなり貯め込んでいるのだ。

「へッ! 採算度外視の兵器なんて、味方だけにしてほしいぜ」

 傭兵たちも籠城を続けるが、〈竜牙兵〉の侵攻は途切れない。次第に、そして確実に傭兵たちの防衛線との距離は縮まり続けた。

 さすがの親分の顔にも悲壮感が浮かび始める。

 その時だった。

「親分! あれは──」

 傭兵の一人が天井を指した。

 天井に淡い光が浮かび、その中から巨大な鋼の“脚”が現れたのだ。

 同時にその周囲の天井に亀裂が走る。そこを潜行する何かの重さに耐えきれないからだ。

「下がって!」

 いち早くその正体に気づいたマリエルは叫ぶ。

 崩れた天井の瓦礫と共に、それは地響きをあげて落下した。

「な、何が来やがった!?」

 驚く親分の前で、土煙の中から飛び出た巨腕が近くの〈竜牙兵〉を薙ぎ払う。

 迫り続けた骸骨たちがはじめて足を止めた。

「……間に合った」

 マリエルは安堵して、その場に座り込む。

 土煙が晴れ、そこから現れたのは鉄機兵グノムスの姿だった。

 《グノムス》はその両手で〈竜牙兵〉を掴むと、骸骨の群れへと投げつける。〈竜牙兵〉は仲間を巻き込みながら、壁へと叩き付けられた。

 〈竜牙兵〉の群れが《グノムス》に襲いかかるが、骸骨たちは《グノムス》に比べてあまりに非力だ。魔力を吸収する能力も“大地”の霊力を動力とする《グノムス》には通用しない。

 ほどなくして骸骨の群れは消え、鉄の欠片が床に散らばるだけとなった。

「ありがとう。助かったわ、グノムス」

 マリエルは近づいた。親分が感心しながら後に続く。

「何だか分かんねえが、命拾いしたようだな」

「まだ安心できないわ。とにかく、ここから避難しましょう」

「おいおい。脅かすなよ、姉さん」

「いいえ。最悪、ここに“機竜”が落下する可能性もあるわ」

 すでに男爵たちは《グノムス》から降りている。

 これからが決戦なのだ。



 マークルフは古代遺跡の地上部分の屋根に立っていた。

 その左手に《戦乙女の槍》を携え、その傍らにはリーナが寄り添う。

「間に合ったようだな」

 マークルフは周囲を見渡す。

 彼らを目指して、地上にいた〈竜牙兵〉たちが近づきつつあった。だが、それは“機竜”がここにいる証拠でもある。

 見上げる先には青い空が広がり、白雲が散らばっていた。

「まったく、戦うのがもったいないほどのいい天気だぜ」

「そうですね。こういう所でゆっくりするのも悪くないかもしれませんね」

 リーナも笑みで応える。そして、マークルフの持つ槍をそっと掴んだ。

「……勝ちましょう、マークルフ様」

「ああ」

 二人は誓うように、槍を握る手に力を込める。

 マークルフの全身を包むように、紅き光の紋様が浮かび上がった。

 リーナが手を差し出す。

 マークルフも手を差し出すが、彼女の手が触れる直前に、ひょいと引っ込めた。

 空振りし、途惑うリーナをマークルフは抱き寄せると、彼女の唇に自分の唇を重ねる。

 “心臓”から発した装着信号に反応し、〈竜牙兵〉が迫るが、その前に二人を閃光が包み、骸骨たちの姿は消滅した。

 光はそのまま天を溯る流星のように上昇する。

 光が薄れ、その中から黄金の鎧を纏う戦士が現れた。黄金の槍を右手に持ち直し、その速度を上げながら空の向こうへと飛翔する。

『マ、マ、マークルフ様ッ!? いきなり、な、何を──』

 黄金の強化鎧《アルゴ=アバス》と化したリーナの声が、それを装着するマークルフの耳元に響く。

 声だけだが、困惑と興奮する姿が目に浮かぶようだった。

「隙だらけだったんでな。いつも手を繋ぐだけじゃ飽きてきたところだったんだ」

『そういう問題じゃありません! これから大事な戦いなんですよ!』

「堅い奴だな。だが、残念ながら、鎧じゃ手も足も出せねえな」

 マークルフは憎まれ口を叩くように言うが、すぐに苦笑した。

「しかし、戻った後が怖いな。考えてなかったぜ」

 一瞬、リーナの声が途絶えたが、すぐに同じ苦笑するような声が返ってきた。

『ええ、覚悟してください。後で酷いですからね』

 二人は雲の向こうを目指し続けた。

 何が起こるか分からない“聖域”の外へ──

 人の野望の尖兵に堕ちた、古代文明の守護神を破壊するために──


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