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決戦の始まり(1)

 ユーレルンと孫娘エレナはクレドガル王国内の館にいた。

 若きユールヴィングが彼の許を訪れてから、すでに一ヶ月近くが過ぎようとしている。

「……ユールヴィング卿は本当に動いているのでしょうか?」

 ポットで紅茶を注ぎながら、エレナがユーレルンに尋ねる。

 この間にも“機竜”は幾つかの遺跡や魔物を襲い、魔力を蓄えていた。

 だが、それに対するはずのユールヴィング自身については確かな情報が伝わっていない。

「待っているのかもしれん。獲物を待ち伏せしているのを気取られてはならんからな」

「しかし、確信があるのでしょうか? 自分たちの待ち伏せ場所に“竜”が来ると──」

「動いているのは間違いない。どうやら、腹心の“懐刀”をこのクレドガルに差し向けているようじゃ」

 ユーレルンの許にはすでに情報が入っていた。

 男爵の右腕というべき傭兵部隊副長が密かに進軍しており、それを察知したラングトンが刺客を放って暗殺を目論んだことも──

「“機竜”ではなく、それをを動かす者をどうにかするつもりでしょうか?」

「あの副長はこの“聖域”内でも屈指の剣の遣い手。刺客とするなら十分じゃろう。ラングトンもそれを怖れて先手を打ったのだろうが、刺客は返り討ちに遭ったそうじゃ。まあ、一筋縄ではゆくまいて――」

 ユーレルンはエレナの差し出した紅茶に口を付けた。

「向こうはラングトン様のことに気づいていると──」

「いや、このクレドガルに黒幕がいると予想できても、そこまでは突き止めていないはずじゃ。それに若きユールヴィングの目的はあくまで“機竜”のはず。何か裏があると見ているのじゃがな」

 エレナが何かを考えるように目を伏せる。

「最近になり、ラングトン様の“機神”への指令の数が減っているように感じます」

「向こうにも“機神”の信号を傍受するだけの技術はある。ラングトンも自分が発信源とばれないように警戒しているのじゃろう……意外と気の小さい男よ」

「そうだとすれば、腹心の派遣は裏目に出たのではないでしょうか? 警戒させて信号の頻度を落とさせたのでは、傍受して情報を得る機会を自ら捨てたようなものです」

 エレナの顔には苛立ちにも似た戸惑いが浮き出ていた。

 彼女も男爵のことを知ろうとしているが、その動向が全く読めず、判断ができないのだろう。若きユールヴィングが英雄の資質を持つのか、それとも名ばかりの若僧なのか、揺れているに違いない。

「……まるで想い煩う乙女のようじゃの。ま、そういう年頃じゃて。おかしくはあるまいがの」

「お祖父様!? ユールヴィングの真価を見届けろとおっしゃたのはご自身ではございませんか!」

「これは失言じゃったな。撤回しよう」

 むきになる孫娘にユーレルンは冗談のように笑った。

「エレナの言うとおり裏目かもしれんし、あるいは作戦かもしれん。それもいずれ分かるじゃろう。近いうちにな」

 ユーレルンは思っていた。

 すでに事態はユールヴィングの思惑通りに動いていると──

 かつて先代のユールヴィングと幾度も戦ったからこそ感じる、直感に似た確信であった。



 周囲を森に囲まれ、人の生活圏からも離れた僻地にある小高い丘。その麓の洞窟の奥――人目から隠れるように天幕は設営されていた。

 そこに番人のように立っているのは《グノムス》だ。

 その手にはリーナと共に守ることを命じられた《戦乙女の槍》が握られている。

 さらに直立不動の鉄機兵の頭上に妖精の少女が乗っかっていた。

 手にした小さな布で《グノムス》の頭をきれいに拭くと、やがて地面に飛び降りる。

「これできれいになったよ。新品みたいだね」

 プリムが笑顔で告げる。

 老妖精による修復が完了し、《グノムス》はようやく元の姿を取り戻していた。

 だが、問題もあった。それは男爵が椅子代わりに頭に座るため、すぐに汚れてしまうことだった。

「あら、身体を拭いてもらったの? ありがとう、プリムちゃん」

 天幕から出てきたのはリーナだった。

「いいえ! プリムもこれぐらいはお手伝いさせてください!」

 プリムがどこで覚えたのか、敬礼の真似をした。

「これからもグーちゃんと仲よくしてあげてね」

「はい! こちらこそ! あと“だんしゃく”に言ってくださいね。グーちゃんの頭の上に座るなって!」

 プリムが不満を口にすると、リーナが思わず笑みをこぼし、洞窟の入り口の方を見た。



 マークルフは潜伏する洞窟の入り口で地面に腰を下ろし、じっと外を見つめていた。

 普段の冗舌で気さくな態度はなりを潜め、それだけが日課のようにずっと続いていた。

 リーナがマークルフに静かに近づく。

 彼女もマークルフの姿を見守るのが日課となっていた。

「マークルフ様、代わります。少しお休みください」

 マークルフは顔を上げると、いつものように不敵な笑みを浮かべた。

「大丈夫だ。ここに籠もりっきりだからな。せめて、こうしていないと退屈でしょうがねえ」

「実は私もなんですよ」

 そう言って、リーナがマークルフの傍らに座った。

「そう言えば、またグーちゃんの頭に座りましたね。プリムちゃんが怒ってましたよ」

「地面から頭だけ出てると、どうしても座りたくなってな」

「ダメですよ。座り心地良いですけどね」

「リーナも座ってるんじゃねえか」

 この日々も、たわいないやりとりも、合図が来るまで──時が来るまで続けられるだろう。

 いつまで続くのか分からない日々ではあったが、彼らにとっては二人で過ごすことのできる大事な日々でもあったのだ。

 しかし、いつ終わるか分からない時の終わりはいつも唐突であった。

 二人は同時に異変に気づいた。

 森の遥か遠く、地平線の向こうから明滅しながら光が発信されていた。

 それは罠を仕掛けた古代遺跡の一つに“機竜”が襲来していることを知らせる合図だ。

「……ついに来たな」

「はい」

 マークルフとリーナは一緒に立ち上がる。

「リーナ姫! だんしゃく! 来たんですか!?」

 いつの間にか、足許にプリムが駆けつけていた。

「ああ。いっちょ行ってくるか。留守番を頼むぜ。来い、グーの字!」

 マークルフに呼ばれた《グノムス》が近づきながら、胸の装甲を開く。

「じいじ! グーちゃんたちが行っちゃうよ! じいじ!」

 プリムがダロムを探して、あちこちの壁や地面に顔を突っ込むが、ダロムからの返事はないようだ。

「もう、じいじったら! こんなときにどこにいるの!?」

 プリムが大声で怒鳴るが、マークルフは苦笑した。

「構わねえよ。あの妖精ジイにはいろいろと世話になった。礼を言っておいてくれ」

 マークルフはそう言うと鉄機兵の中へと乗り込み、リーナの手を掴む。

「……頼むぜ」

「はい」

 リーナもうなずき、その手を引っ張りあげたマークルフの隣に身体を潜り込ませる。

 プリムが駆け寄り、《グノムス》の姿を見上げた。

 この小さな娘もこれから始める戦いを知っているのか、不安な表情を浮かべていた。

「気をつけてね、グーちゃん! リーナ姫! “だんしゃく”さん!」

 プリムが手を振ると《グノムス》が珍しいことに自ら左手を挙げて応えた。

「俺が最後かよ」

「いいじゃないですか。グーちゃんにも花を持たせてあげてください」

 渋い顔をするマークルフにリーナが微笑ましげに呟く。

 マークルフは肩をすくめて苦笑するが、すぐに真顔になって告げた。

「……グーの字、行くぜ」

 もう少し時間をやりたかったが猶予はない。

 命令を聞いた《グノムス》は背部装甲の一部を開くと、そこに右手に持っていた神槍を収める。

 ダロムの手で修復される際、槍を内部に収める機構が追加されていた。直接、機体に収めることで槍を所持したままでも地中の移動を速やかにできるようにしたのだ。

 胸の装甲が静かに閉じられ、入れ替わるように周囲のモニターに外部の光景が映しだされた。

 モニターに映るプリムが地下に沈んでいく《グノムス》の姿をじっと見つめていたが、やがて地下へと潜行した。

「急いでくれ、グーの字。あいつらもいつまでも籠城はできないだろうからな」

 加速度が感じられた。《グノムス》が地中の移動を始めたのだ。

「……マークルフ様」

 リーナが後ろのモニターを見ながらささやく。

 マークルフも後ろを向いた。

 そこには同じく地中に潜行したプリムがこちらに向かって両手を振る姿が映っていた。

「……良かった、グーちゃんに良いお友達がいてくれて──これで、安心してマークルフ様のお手伝いができます」

 “機竜”との戦いは二人のどちらか、あるいは両方が戻れないかもしれない。

 リーナも自分に何かあって《グノムス》だけが残されることを心配していたのだろう。

 その小さな妖精娘の姿もあっという間に見えなくなった。

「……しばらく休む。近くに来たら起こしてくれ」

 二人が乗る機体内部で休眠装置が稼働した。

 古代遺跡までは地中を直進する《グノムス》の足でも一日ぐらいはかかるだろう。

 隣にいたリーナがマークルフの肩に自分の頭を預けた。

 マークルフも静かに目を閉じる。

 二人は微睡みながら、次に目覚めた時に始まるであろう決戦の刻を待つのだった。

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