闇と光の剣
「ログさ~~ん! また届きましたよ」
ログの居るユールヴィング城主の執務室。そこに侍女のタニアが入って来る。
彼女は両手で重そうな箱を抱えていた。
「すまんな。そこに置いてくれ」
ログは執務室の机に座りながら答える。“失踪”した主の代理としてログはここに詰めていた。
タニアが近くの床にそれを置くと、ソファに座って足を伸ばす。
「はぁ~~、最近、また増えましたね」
箱の中身を見ながら、タニアがうんざりするようにため息をついた。
箱の中に入っているのは報告書の束だ。それらは全て各地から集まった男爵の目撃情報だった。
「まったく、こんなに多いと逆にどこにいるのか、さっぱり分かりませんよね。懸賞金が高すぎたんじゃないですか?」
タニアがぶつくさと文句を言う。報告者の山をここに運ぶのが彼女の役目だったからだ。
「……そうだな」
「あ、ログさん。ちょっとだけ笑いましたね」
「そう見えるか?」
「はい。他の人には分からなくとも、あたしは見逃しませんよ」
「それはすまなかった。次は気をつけよう」
「やっぱり、笑ってましたね」
タニアが口を尖らせる。
報告の数が多いのは、各地の傭兵ギルドを使って偽情報をあちこちに流させているせいもある。男爵たちの居場所を悟らせないためだ。
事情を知らないタニアが不満を漏らすのも仕方がないだろう。それでもこの仕事を他人に代わらせるつもりはないようだ。
「もう、いっそ見つからなくてもいいんじゃないですか? 男爵がいなくてもここの生活は何も変わってないし――」
タニアが面倒くさそうに足をぶらぶらさせながら愚痴る。
「閣下だからこそ、閣下がいなくとも済んでいる。他の城ではこうはいかないだろう」
普通、城主が失踪すれば領地は大混乱だが、現在のユールヴィング領に目立った混乱はない。
男爵の腹心とはいえ傭兵部隊の副長でしかないログが代理を務め、それですんなり治まっている方が不思議なのだ。
「そりゃあ、いちいちあたふたしてたら、ここの領民なんてやってられないですけどね」
一代にしてこの地を築き上げた型破りな先代と、その気風をそのまま受け継いだ当代領主マークルフに治められてきたのだ。タニアが言うように領民たちも男爵の“失踪”をそのまま受け取っているわけではない。
「でも、本当にどこにいるんですかね、男爵は?」
タニアが箱の中から報告書を取り出して読み始めた。
「えーと……『黄金の槍を売って金を手にした若者がいた。後にその槍は偽物と判明し、詐欺だったことが分かる』――あ、なんかこれ、男爵ぽくないですか?」
「違うな。閣下なら怪しまれないように本物を売って、後で店に忍び込んで槍を取り返す」
「直接、お金を盗んだ方が早くないですか?」
「閣下は自ら金を奪うより、相手に出させてから踏み倒す方を選ぶ」
「そんなもんですか」
タニアが報告書を丸めると隅にある『没』と書かれたゴミ箱に投げ捨てた。
そして新しい報告書を手にする。
「……『ユールヴィング男爵を名乗る覆面男が次々に行商人を襲って金品を強奪する事案が発生』ですって。まったく普段の行いがろくでもないから、こうやって悪い奴に便乗されるんですよ」
タニアが報告書を丸めると没箱へと投げ捨てた。
「いや、それが閣下だ。間違いない」
「マ、マジっすか!?」
驚くタニアの前で、ログは自らその報告書を拾う。
「で、でも、自分で名乗ってるじゃないですか!?」
「覆面をしている相手の正体は知らないふりをするのがこの世界の掟だ」
「知らないですよ、そんな掟! 男爵はどこの世界に生きているんですか!? っていうか、ログさんの言った事とぜんぜん違うじゃないですか!?」
「すまんな。男爵は必要なら流儀はいくらでも変えられる方だ」
「いえ、ログさんが謝る必要はないんですけど……」
ログは報告書の内容を確認する。
タニアでなくともふざけた話に見えるが、間違いなく男爵から準備が整ったことを知らせる合図だった。
「どうするんです? 男爵を捕まえにいくんですか?」
「そうだな。時が来たようだ」
“機竜”の動向次第だが、“黄金の鎧の勇士”と“機竜”の決戦は迫りつつあるのだ。
後日、ログは傭兵部隊《オニキス=ブラッド》を率いて出征した。
それは近隣都市からの要請を受けて古代遺跡を荒らす過激派組織の討伐を名目としていたが、それをそのまま受け取る者は少なかった。
「ログさん、夜食をお持ちしました」
タニアはログの居る天幕の入り口に立つ。
椅子に座って剣の手入れをしていたログが剣を腰の鞘に収めた。
「すまんな。しかし、鍋を丸ごとか」
「はい! やっぱり、こういうのは熱いうちに食べていただこうと思って!」
分厚い鍋掴みで湯気の立つ鍋を抱えたタニアは天幕の中に入った。
手勢を率いて城を出発したログは部隊を複数に分け、旧フィルガス地方の各地に派遣する形を取っていた。
それは各地の破壊活動に対応するためであるが、同時にこちらの目的を悟らせないためでもあるらしい。
ログ自身が率いる本隊は北上する進路を選んでいた。もっとも、本隊といってもその規模は別動隊と変わりは無く、こじんまりとしたものだった。
タニアもまたログの部隊に従軍することを志願し、同行していた。
行く手にクレドガル王国がある進路を行軍した本隊はこの日、とある森の中に陣地を設営し、夜を過ごすことになったのだった。
タニアは脇に挟んでいた鍋敷きを器用に机の上に投げると、その上に鍋を置いた。
「ログさんの大好物の鶏ガラのおじやです! 冷めないうちにどうぞ!」
「ありがとう。いつも悪いな」
「いいえ! 頼み事があれば何なりと言ってください!」
「そうか。なら頼みがある」
「何ですか?」
「黙って言うことを聞いてくれ」
ログは立ち上がってタニアに近づくと、小柄なタニアの身体を両腕で抱え上げた。
「ロ、ログさん!? いったい何を――」
ログは黙って隅にある簡易寝台の上にタニアを横たわらせた。
「あ、あの!? あたし、その、夜伽とか、そういうのは基本、受け付けてないんですが――ッ」
タニアは動転のあまり顔を真っ赤にするが、寝台の上から見下ろすログの真剣な眼差しの前に、タニアはログの言うまま黙ってしまった。代わりに緊張のあまり、シーツを握りしめる。
「すまんな。怖い思いをさせるかもしれないが、少し我慢してくれ」
ログは腰から鞘ごと剣を外す。
「あ、あの、ログさん……せめて、食事をとってからでも……あたし、その、逃げませんから――」
頭がいっぱいになったタニアはなぜか夜食が気になってそう告げるが、自分が何を言っているか気づくと、恥ずかしくなって顔をこれ以上になく紅潮させる。
だが、ログは冷静に告げた。
「いや、逃げてくれ」
ログが瞬時に剣を抜いた。
タニアは反射的に目を閉じる。
そして目を開けた瞬間、自分の頭上に二振りの剣が交錯しているのに気づく。
それはすぐ外から天幕を破って突き出された剣。
もう一つはそれを躱し、外に向かって突き出したログの剣だった。
外で何かが倒れる。
「寝台の下に隠れろ!」
ログが叫んだ。
何がどうなったか分からなかったが、タニアはその声に従って寝台の下に転がるように隠れる。
ログも剣を持ったまま、空いた手で近くの机を持ち上げた。
天幕を突き破って飛んできた複数の矢が盾となった机に突き刺さる。
ログが身を乗り出し、近くの天幕を剣で薙ぎ払った。
切り裂かれた天幕の向こうで刺客が悲鳴をあげて倒れる。
ログが破れた箇所からそのまま外に飛び出た。
外では別の刺客が天幕の入り口に矢を向けていたが、慌ててログの方に狙いを変える。
しかし、ログが先に投げた短剣が刺客の胸に突き刺さった。
別方向から矢が飛来するが、ログは冷静に剣を振るって払い落す。
近くの藪に潜んでいた刺客が隙を突いて躍り出るが、ログは刺客の剣を躱すと、その腕を掴んで捻り上げる。
さらに矢が飛んできたが、それはログに盾にされた刺客に刺さる。
ログが刺客の腰から短剣を引き抜くと、その場から飛び退きながら投げつけた。
苦悶の声が聞こえ、矢が止まる。
ログが剣を肩に担ぐような構えを見せ、周囲を警戒した。
「副長!」
部下たちが異変に気づいて加勢に駆けつけた。
しかし、すでに刺客の気配はなくなっていた。
「……片づけたようだな」
ログがしばらく周囲を確認するが、やがて剣を収める。
部下の傭兵たちがログに倒された刺客の持ち物を確認するが、身元を確認できるものはやはり出てこなかった。
「ログさ~~ん、だ、大丈夫ですか」
タニアはようやく寝台の下から顔を出し、天幕の穴から外を確認する。
「おっ、どうした? 独りだと怖くて副長に添い寝でもお願いにきたのか?」
傭兵の一人が茶化すように言うと、他の傭兵たちも愉快そうに笑う。
「う、うるさい! っていうか、さっさと助けに来なさいよ! この無駄飯ぐらいどもが!」
いろんな面で傷ついたタニアは涙目で叫ぶ。
「すまない、タニア。驚かせてしまったな」
ログが天幕まで戻ろうとする。だが、途中でその足が止まった。
「――本当、役に立たない傭兵さんたちね。こんな可愛い娘さんを放っておくなんて」
タニアの背後から伸びた剣が、彼女の首筋に刃を突きつける。
「貴様は――」
タニアを人質にログの目の前に現れたのは、あの仮面の女剣士だった。
ログの前に現れた仮面の女剣士はタニアを人質に天幕から出た。
タニアに剣を突きつけて先に歩かせる女剣士を傭兵たちが包囲する。しかし彼女は構うことなくログと対峙する。
「……どうするつもりだ?」
ログは女剣士の動きを少しも見逃さないようにしつつ尋ねた。
「交渉よ」
仮面の女剣士が堂々と告げる。包囲されても自分の優位を疑ってはいないようだ。
「何が望みだ?」
「あら、意外とあっさり話を切り出したわね。あなたが見捨ててきた数を思えば、いまさら侍女の一人ぐらい変わりはしないと思ってたわ」
「……わたしの過去を言っているのか?」
「さあ、どうでしょうね?」
仮面の女剣士がわざとらしく肩をすくめる。
この女はログの過去を知っているようだ。どこまで知っているのかは分からないが、憤りや憎しみに近いものを感じていた。
「言え。何が望みだ?」
ログは表情を変えることなく、もう一度、尋ねる。
「こちらの要望は一つよ。あなたの主人に“機竜”の破壊を止めて欲しいの」
傭兵たちが騒然となる。
「貴様の目的は何だ?」
ログは部下たちを制するように、さらに問い詰める。
「それは秘密。あなたの主君に戦うなとは言わないわ。ただ、“機竜”の完全破壊だけは困るのよ」
それが冗談ではないと言うように、女剣士の剣がタニアの喉元に添えられる。
「……それは“竜墜ち”を望むということか?」
「別に無理してあなたの主人に戦ってもらいたいわけじゃないし、どう受け取ってもらっても構わない。本当は直接、あなたの主人と交渉したかったけど、どこに雲隠れしたのか分からないから、代わりにあなたに頼むことにしたわ。あなたなら居場所を知っているのでしょう?」
「そんな条件を呑めると思うか」
「できなければ、あなたのお気に入りが死ぬだけよ」
女剣士の気配が変わった。ログが動けば即座にタニアの喉を斬り裂くつもりだ。
ログは黙っていた。交渉を見守る部下たちも、自分の命を握られたタニアも誰も口を開くことができず沈黙が支配する。
「……まあ、いいわ。実際にどうするかはこの娘を預かって、じっくりと拝見することにしましょう」
女剣士が口笛を吹いた。
やがて木々の向こうから一頭の白馬が現れた。頭に兜のような飾りを装着しているが、その足取りは軽やかで力強い。
女剣士はタニアを無理矢理歩かせると、呼び寄せた白馬の方へとゆっくりと向かう。
「逃げるつもりか」
「この子に追いつけるほどの馬を用意してから言うことね」
ログたちから距離をとった女剣士は剣を握り直した。そしてタニアの抵抗を奪おうとその後頭部に柄を叩き込もうとする。
ログは自分の剣の鞘に手を伸ばし、そこに施された起動装置を動かした。
「――なッ!?」
その瞬間、タニアの周囲に真紅の輝きが炸裂した。
その魔力の光はタニア自身には何の影響も及ぼさなかったが、女剣士はその魔力に弾かれるように離れてよろめく。
女剣士はすぐに体勢を立て直そうとするが、その隙を逃すことなく傭兵たちが襲いかかる。
女剣士は傭兵たちの攻撃を身を翻して避けたが、急にその動きが止まる。
「――そこまでだ」
死角に立ったログが女剣士の喉元に剣を突きつけていた。その間にタニアが傭兵たちに保護される。
「……さすがね。でも、今のはどういうことかしら?」
「あの娘には一つの装置を持たせていた。こちらの操作で一瞬だけ、貯蔵した魔力を解放する装置だ」
「……どうしてそんなものを? こうなることを想定してお守りを渡していたってこと?」
「貴様の中に“光”の力があることは気づいていた。この魔力の発動は普通の人間には効果はないが、相反する力を内包する貴様なら影響を受けると予想していた」
女剣士の手から剣が離れ、地面に落ちた。
「そう……あなた、わたしの正体に薄々気づいているということ?」
「貴様の正体は分からないが、その力の謎は予想している。貴様がわたしを知っているということは、貴様もわたしが知る範囲にいるはずだ」
「そこまで話せばわたしも正直にタネ明かしをすると思った? そうね。だったら今から答え合わせでもしてみる?」
仮面の女剣士が自ら仮面に手をかける。
「――その剣でね!」
仮面の女剣士の全身が輝き、ログの剣が跳ね上げられる。女剣士の腕から光刃が発生し、それで弾き返したのだ。
ログは身を翻しながら咄嗟に魔法剣の魔力を解放すると、女剣士が続けて繰り出した光の刃を受け止めた。
相反する力が衝突し、光刃が不安定化した。その余波が衝撃となって二人を弾き飛ばす。
ログは踏み止まり、腰の短剣を逆手で引き抜くと二刀流の構えを取る。
女剣士も自分の剣を回収すると、その剣に光の輝力を宿らせながらログに斬撃を繰り出す。
ログは短剣で自分の剣を支えるようにして光の剣を受け止めた。
輝力を宿した刃の威力は凄まじく、その両腕に威力が伝わってくる。魔法剣でなければそれだけで破壊されていただろう。
一撃を凌ぎきったログは力任せに女剣士を押し返した。
その“力”は脅威だが、体力差だけならログの方が圧倒的に有利である。
態勢を崩しかけた女剣士にログは追撃を狙うが、その前に白馬が間に割り込むように突進してきた。
ログがそれを避けた時には女剣士はすでに馬に飛び乗っていた。
「今回はここまでね!」
女剣士がそれだけ告げると、馬を走らせて夜の闇へと消えた。
ログは魔法剣の装置を切ると刀身を見る。光の剣の使い手が相手だったためか、魔法剣の魔力も消耗が激しかったようだ。
表情こそ分からなかったが、あの女剣士もやはり疲れが出ているのだろう。
ここは光も闇の力も拒絶する“聖域”だ。彼女が“光”の力を使うとしても、ここではその力を存分に発揮することが難しいはずだ。
傭兵たちがログの前に立って指示を仰ぐが、ログは頭を振る。
彼女の馬はまさに神速というべきもので、追跡は断念するしかなかった。
「ログさん、大丈夫ですか!?」
対決を見守っていたタニアが声をかける。怖い思いをしたはずなのに、気丈な声だった。
「すまなかった。ここまで怖い目に遭わせるつもりはなかった」
「いえ、あたしは大丈夫ですから! ログさんのお役に立てて嬉しいです!」
ログは仮面の女剣士が出現する可能性を考え、いざという時にはタニアに囮役になることをお願いしていた。ただ刺客と女剣士が同時に現れることは予想外だった。
「刺客が現れたということは、閣下の思惑通りになりつつある。タニア、本当なら次の街でおまえを帰らせるべきだが、あの女剣士に目を付けられた。危険を伴うが、このまま同行してもらう。辛抱してくれるか」
「大丈夫です! 任せてください! ここの無駄飯ぐらいをばりばり働かせるまで、食事はきっちり管理させていただきますから!」
「おいおい、無駄飯ぐらいはあんまりだぜ」
傭兵たちが苦笑するが、タニアも退かなかった。
「だったら、ちゃんと戦いなさいよ! 最後はログさんひとりで戦ってたじゃない!」
「いやぁ、さすがにあれは手出しできねえって――」
言葉を濁す傭兵たちに代わるように、タニアはログに敬礼するのだった。




