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失踪

『“戦乙女の狼犬”失踪――』


 複数の傭兵ギルドが突き止めた情報として、二週間前からクレドガル王国男爵マークルフ=ユールヴィングの行方が掴めないでいる事が判明した。

 突如として姿を消し、その安否も確認できないという。

 その前日には暗殺騒ぎがあり、さらに“機竜”と呼ばれる古代の戦闘兵器による攻撃を受けて領地が被害を受けたとも伝えられている。

 何らかの事件に巻き込まれた可能性のある一方、“機竜”に怖れをなして逃亡したとも噂されている。

 男爵領側は男爵の情報を集めており、有力な情報をもたらした者には多額の懸賞金を用意しているという。

 傭兵の神と呼ばれたルーヴェン=ユールヴィングの後継者マークルフの失踪は傭兵ギルドが発行する冊子によって、瞬く間に“聖域”内の各地に知れ渡ることになった。



 男爵失踪の影に隠れる形で、もう一つの記事が取り上げられていた。

 各地にある古代文明の遺跡が暴徒の襲撃を受け、被害にあっているという。

 その活動範囲はクレドガル王国から旧フィルガス地方に渡り、遺跡に残された機械のみを標的に破壊活動を続けているという。

 今回の襲撃については“大地の民”を始めとする複数の武装集団が犯行声明を出していた。

 彼らは古代文明を否定する過激派組織である。一年前の“機神”暴走をきっかけにその脅威と人々の不安は増したため、それに触発されての行動と見られている。

 現在のところ、遺跡の調査員などに犠牲は出ていないが、最近は“機竜”により遺跡が荒らされる事件も続いており、彼らは途方に暮れているという。撤退をやむなしとする一方、傭兵を雇ってでも調査を続ける者もおり、今後も犠牲者が出ないか懸念されている。



 ラングトン=フィルディングは自らの居室でワインを口にしていた。

 周囲に側女たちを侍らせ、手にした記事の切れ端に目を通していた。

「何をお読みなのですか?」

 側女の一人がラングトンの膝にすり寄るようにして、彼の顔を見上げる。

「なに、下賤な連中の戯れ言もたまには一興と思ってな。だが、やはり下らぬな。時間を無駄にしたわ」

 ラングトンは記事を片手で握りつぶすと、床に投げ捨てた。

 近くにいた老執事はそれを拾い上げて、自らの懐に仕舞う。

「閣下。そろそろ、お時間でございます。お人払いを――」

「もう、そんな時間か。仕方ない、おまえたちは下がっていろ」

 側女たちは残念そうにしながらも一礼して、部屋を後にした。

「閣下――」

「また興が過ぎるというのか」

 ラングトンは面倒臭そうにグラスに残ったワインを飲み干した。

「王都は遷都の準備と復興のために逼迫しております。それを差し置いて、このような興に耽っていては、いらぬ反発を招くかと――」

「自分の城で、自分の金を使うぐらいで何の不都合がある?」

「人の噂に壁はございませぬ」

 ラングトンはグラスを放り投げた。老執事はそれを宙で受け止める。

「長年、父君に仕えただけあって、口癖までよく似ておるわ」

 ラングトンは立ち上がると、窓のカーテンを自ら広げた。

 夕闇に染まる王都の景色が見えた。

 かつての“機神”覚醒によって大きな被害を受けた王都は復旧が進んでいるものの、かつての王都を取り戻すことは無理だろう。

 なにしろ、近くに再封印された“機神”が居座り続けているのだ。“機神”の脅威を知って王都の人口は減少を続けている。王都の機能自体を他の都市に移す計画も進行しているのだから、この流れが止まることはないだろう。

 都を復旧させているのも、あくまで封印された“機神”を監視する砦の役割まで放棄する訳にはいかないからだ。

 ラングトンはこの王都の光景と迷走を見る度に、笑いがこみ上げてきそうになる。

 そう、この王都の人々が怖れている“機神”を現在、支配しているのは彼自身だからだ。

「忘れるな。貴様も俺も亡き父君ではない。長年、父君に仕え全てを熟知しているから使ってやっていることもな」

 老執事は自らの無礼を詫びるように深々と頭を下げた。

「まったく、人の噂話をする暇があるなら、さっさと壁の一つでも直せばよいのだ」

 ラングトンは自らが王であるかのように、都の姿を眺める。

 いずれ、この都は新たな王都となるのだ。

 そう、“機神”を蘇らせ、全てを掌中に収めたフィルディング王の君臨する地として――



 約束の時間となったラングトンは奥の一室に籠もっていた。

「これまでに、お身体に何か支障はございましたか?」

「いや、特にないな」

 寝台に横になったラングトンは問いかけに答える。上半身は裸であり、その鍛えられた胸や腕には機械のコードが付けられていた。

「そうですか。胸の制御装置との同調は完全に安定したと判断して良いでしょう」

 コードに繋がる計器を見ていた青年がそれから目を離さぬまま答える。

「相変わらず、愛想がないな」

「性分ゆえ、ご容赦ください」

「責めている訳ではない。愛想の良すぎる医者は好きになれん――いや、科学者殿だったな」

 良好な結果に満足したラングトンは上機嫌に笑みを浮かべた。

「貴殿には感謝しているのだ。貴殿がいなければわたしも今頃は父君と同じ墓に入っておったろうな。こうして、大きな夢を見ることもできなかった」

「わたしはただ、自らの仕事をしただけのこと。それに、この事で今度の研究の一助となります」

「オレフ殿。さすがにいまのは言葉が過ぎるのでは――」

 傍に控えていた老執事が慌てて口を挟むが、ラングトンは豪快に笑うことでそれを撥ねのけた。

「構わん。事実ではないか。これほど偉大な実験台など、どこにもおるまいて!」

 ラングトンはこの若き科学者に信頼を寄せていた。

 半年以上前に先代が逝去し、その跡を継いだラングトンだったが、そのためには大きな問題があった。

 ラングトンの父は“機神”の制御装置の一つを受け継ぐ、フィルディング一族の重鎮だった。

 その跡を継ぐことは、制御装置を受け継ぐことにもなるのだが、ラングトンは事前の検査で制御装置との適合に問題がある可能性を指摘されていた。

 制御装置の移植は通常でも危険は伴う。制御装置との適合に問題があれば尚更だ。

 しかし、ラングトンは半ば強引に制御装置を自らに取り込んだ。躊躇えば一族内の政敵にその権利を奪われかねないからだ。

 だが予想通り、ラングトンの肉体は制御装置と適合しきれず、彼は命すら危うい状態に陥った。

 それを救ったのがオレフだった。

 フィルディング一族が擁する古代文明研究機関で若くして頭角を現した青年は、ラングトンの調整手術を自ら志願したのだ。

 失敗すれば責任をとらされて全てを失うことになり、そして、その可能性も明らかに高い。 リスクだけしかなく誰も名乗りを上げなかった調整にオレフは臆することなく挑み、見事にラングトンの命を救い、彼に“機神”を支配する力を与えたのだ。

 予後の管理と微調整のため、ラングトンの元に出入りするようになったオレフを、ラングトンが重用するようになるのは必然だった。

「だが、これで安心して、あの犬っころの相手ができる」

「犬っころ?」

「マークルフ=ユールヴィングだ。あの犬っころもどうやら本腰を入れて、わたしに挑むつもりになったらしい」

「そう言えば、行方が分からないと噂を耳にしました」

「ああ。それに、古代遺跡の襲撃も奴が裏で仕組んでいるとみた。過激派連中が声明を出してるが、奴らにこれだけの力はない。便乗した奴らを逆に隠れ蓑に利用したところだろう」

 オレフがコードを取り外した。ラングトンは起き上がる。

「勝負を避ける“機竜”と戦うためには、どこかで待ち伏せせねばならん。そのためには居場所を悟られては意味がない。だから行方をくらませたのだろう」

「なるほど。多額の懸賞がかかれば、様々な噂が流れ、行方を掴むのは難しくなるでしょう」

「ああ。遺跡を潰しているのも、待ち伏せ箇所を絞るためだ。奴は残った遺跡で“機竜”が来るのを待つつもりだ」

 老執事がラングトンの身体にガウンを掛けた。

「だが、遺跡は発見されたものだけではない。その中から一つに絞って待つなど、甘すぎる賭けというものだ。貴殿もそう思わんか?」

「確かに運任せですね。当たる前に、“機竜”が“機神”復活の魔力を蓄える方がまず先でしょう」

「あるいはこうする事で、わたしに二の足を踏ませるつもりかもしれんな。だが、その程度でわたしは臆しはせん。むしろ、楽しみになってきたよ。どうだ、賭けでもせんか? わたしが犬っころの潜む遺跡を当ててしまうか、どうかを?」

 オレフは機材を片づけてカバンに収めると立ち上がった。

「でしたら、ユールヴィングに賭けましょう」

「ほう。何故だ?」

「同じ方に賭けては賭けが成立しないでしょう」

 ラングトンは愉快そうに笑った。

「確かにそうだな。では次に貴殿が来るときまでの賭けとしておこう。もし貴殿が勝ったら何を望む?」

「ユールヴィングの死体を。正確にはその中の“心臓”をぜひ研究してみたいものです」

「よかろう。あくまで死体が残っていたらの話だが、その時は貴殿に献体しようではないか」

 オレフは一礼すると、ラングトンの高笑いを背にしながら、退室するのだった。



 退室したオレフは見送りの騎士に先導されながら歩いていた。

(確かに賭けるしかないとは言ったが――それだけではないはずだ)

 騎士の後ろを歩きながら、オレフは独りで物思いにふける。

 運任せと答えたものの、それだけに賭ける“狼犬”とも思えなかったのだ。

(何か策を考えているはずだ。向こうには彼女もいる)

 学生時代、オレフはいつもエルマと討論していたのを思い出す。

 性格の違いから意見は噛み合わず、最後には脱線してあさっての方に行きがちだったが、いまに思えばその時がオレフにとって一番、充実した時間だった。

 こうして立場を隔てたとはいえ、相手の出方を考えてしまうのは、昔の自分を思い出すようだった。

『エルマ、いずれ決着をつけることになるだろう。そう、議題は――君と最も多く討論した“機神”だ』


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