壊れた鎧(3)
フィーは自分の部屋で寝台の上で眠りに就いていた。
階下ではまだ客の声が聞こえるが、もう慣れているため眠りの妨げになることはない。
「起きとるかの、フィーちゃん?」
突然、枕元で声がした。
寝ぼけたままフィーが顔を上げると、枕の前に妖精の姿があった。
ダロムだ。
「あれ、どうしたの?」
「起こしてすまんぞい。うちのプリムがこちらに遊びに来んかったかの?」
「プリムちゃんなら、きてないよ。グーちゃんのところじゃない?」
途端にダロムが険しい顔をした。
「……やはり、そうか。いまはグーの字の所には行ってはいかんと言っておいたのに仕方ない奴じゃ」
「なんで、グーちゃんのところにいったらダメなの?」
「うむ。城の人間に見つかったかもしれんのじゃ。それもあの男爵かもしれん」
「だんしゃくに見つかったの?」
フィーは身体を起こして、両手を差し出す。ダロムがその上に飛び乗るとそのまま持ち上げる。
「そうなんじゃ。だから、城に何があるか分からん──」
ダロムは不意に何かに気づいたように窓の方を向いた。
「すまん。窓を開けてくれんかね」
フィーは立ち上がると、ダロムを手に乗せたまま窓を開けた。
外には、酒場の裏庭に立つ《グノムス》の姿があった。
「グーちゃん、どうしたの?」
フィーは訊ねた。
《グノムス》は普段、この時間に訪ねるようなことはしないし、夜中とはいえ、周りの目につく行動もしないはずだった。
「もしや、プリムに何かあったのか!?」
ダロムが言うと、《グノムス》はゆっくりと右手をフィーたちの方に差し向けた。
「来てくれというのか?」
ダロムは《グノムス》の手に飛び移った。
すると《グノムス》は手に握り、ダロムを閉じ込めてしまった。
「こ、こりゃ!? ワシをどうする気じゃ!?」
《グノムス》はそのまま地面の中に潜っていく。
「グーちゃん!」
フィーが叫ぶと、《グノムス》は一瞬、動きを止めたが、すぐに地面の中へと消えていくのだった。
「来たか」
樽の前に椅子を置き、そこに座って待っていたマークルフの前に、《グノムス》が床を通り抜けて姿を表した。
「時間は守ったな。それで連れてきたのか」
《グノムス》が右手を開いた。その手の上には妖精族の老人の姿があった。
「こ、こりゃ!? さっきからいったい何が──」
「じいじ!」
樽に浮かぶ瓶の中の妖精娘が叫ぶ。
「プ、プリム!? どういうことじゃ、これはッ!?」
妖精ジジイが動くよりも先に、背後に控えていたアードとウンロクが樽の上に水棲生物詰め合わせを近づける。
妖精ジジイもようやく状況を把握したらしく、血相を変えた。
「プリム!? おのれ! そんな卑劣な手段をとるとは……」
「話が早そうだな。それではさっそく交渉といこうか」
マークルフはあくまでこちらの優位を示すように、足を組んでふんぞり返る。
「ワシに何をさせようというのだ!」
「簡単だ。そこの鉄機兵を修理しているのはあんたらしいな。その技術を生かして、直してほしいものがある。それは──」
「地下の隠し部屋にある鎧か」
《アルゴ=アバス》の修理を命じようとしたマークルフだが、それよりも先に妖精ジジイが答えた。
「……話が早いな。そうだ、そいつを修理しろ。エンシアの鉄機兵を修理できるなら、あの鎧も修理できるはずだ。要求を呑まなければ──」
「やってもいいなら、やるぞい」
「……」
あまりの話の早さに、さすがのマークルフも途惑いを見せる。
「い、いや、物分かりがいいのは結構だ。それで、いつ直せる?」
「それは分からん。じゃが、一年かけて直せれば良い方かもしれんの」
妖精じじいはアゴに手をかけて考えるように言った。
「そんなには待てん。すぐに直せ」
「無理じゃ。この鉄機兵と同じようにはいかん」
「資材や人手ならいくらでも用意してやる。だから急いで直せ」
「だから無理じゃ。あの鎧は構造や素材が特殊過ぎる。この時代の技術者や資材では修理の助けにはならん。だいたい、あれだけぶっ壊せば、開発した奴らだって普通、サジを投げるぞい」
「壊したくて壊したんじゃねえ! ともかく、一刻も早くあの鎧が必要なんだ!」
「無理なもんは無理じゃ! プリムに“ヘンタイ”を差し向けようが、あの鎧はすぐに修理できる代物じゃないんじゃ!」
「じいじ! この人たちって“ヘンタイ”だったの!?」
瓶詰めのプリムがアードとウンロクの顔を交互に見ながら言った。
「ワシがやった『地上危険生物二十選』の第三位に載ってたじゃろう! そっちのうすらデカブツはどうでもよいが、もう一人はプリムのような可愛い妖精の天敵! “ヘンタイ”じゃ!」
「やだーー!? こわいーー!」
プリムはウンロクに背を向けるようにまた縮こまってしまった。
「……うすらデカブツ……まあ、確かに妖精さんに比べればデカいっすけど……」
「おめえはまだいいぜ。こっちは見かけだけで変態扱いだぜ……」
あからさまに意気消沈するアードたちを背に、マークルフは気を取り直して咳払いをする。
「だが、無理でもやってもらう。拒否すればこの変態どもが何をしでかすか分からんぞ」
「あの、僕は変態じゃ……」
「あきらめろ。誤解による悲劇ってやつだ」
その時だった。
マークルフが近くの机に置いてあった照明が壊れた音をあげ、周囲が暗闇に包まれた。
「なん──だぁああッ!?」
扉が乱暴に開けられ、複数の何者かが雪崩れ込み、マークルフを襲った。
「こいつかッ! 誘拐犯はッ!」
「城を取引場所にするなんて、大胆な野郎だぜ!」
乱入者は手にした棒などでマークルフたち三人を袋叩きにする。
「ま、まて──」
「ち、ちがうっす!」
「決してあやしいものでは──」
マークルフが一人、包囲をすり抜けようとするが、その足を鋼の手が掴むと包囲の中に強引に引き戻す。
やがて、乱入者の一人が手にした照明を灯し、その姿が浮かび上がる。
乱入者たちはマークルフの部下、《オニキス=ブラッド》の傭兵たちだった。
そして、彼らの背後にはフィーがいた。
床から伸びた《グノムス》の手が妖精を閉じ込めた瓶をフィーに渡し、フィーはそこから妖精を取り出すと、その場にいた妖精ジジイと一緒に懐にしまい込んだ。
「フィーちゃん、友達の姿が見えないが無事かい?」
「うん! でも、すがたはみせたくないって」
「そうか。辛い目にあったんだから当然だな。このクソ野郎!」
傭兵の一人がうつ伏せに倒れるマークルフの頭を踏みつける。
「まったく。フィーちゃんの友達を捕まえるなんて、とんだ変態野郎だぜ」
「しかも、城の地下室を利用するなんざ、同じ城の人間として恥ずかしい限りだぜ」
「隊長が知ったらどうするか、考えただけで怖ろしいよな」
「……もう知ったぞ」
聞き覚えのある声に、傭兵たちの声が止まる。そして、恐る恐る照明を床に向けた。
「げぇッ!?」
「隊長ッ!? 何で!?」
自分たちが袋だたきにした相手を確認した傭兵たちは、慌ててその場から後ずさる。
「……言いたいことは……それだけか……」
ズタボロの姿で床に転がったマークルフが、怒りに声を震わせる。
「す、すみません! 知らなかったんです!」
「酒場で飲んでたら、フィーちゃんに友達が悪い奴に捕まったって泣きつかれたもんで──」
「城にいるんなら、俺たちでぶちのめしてやろうって思いまして……」
マークルフはフィーを大人げない視線で睨みつけた。
だが、フィーも大人顔負けの気の強さで睨み返す。
フィーの持つ戦力を甘く見たことを呪わざるを得なかった。
「……フィー、そいつを返せ。これは領主命令だ」
「やだ」
マークルフはフィーを睨み付けるが、フィーは両目のまぶたを指で引き下げ、舌を出して思いっきり拒否の態度を示す。
「てめえ、言うことを聞かないと──グハッ!?」
床の下から繰り出された鋼の拳がマークルフの鳩尾を捉える。《グノムス》だ。周りからは気づかれない床下からのえげつない攻撃だ。
「おまえら……フィーを捕まえろ。これは隊長命令だ!」
「ええッ!? お、俺たちがですかい?」
「当たり前だ!」
傭兵たちが二の足を踏みながら、マークルフとフィーを交互に見返す。
「あの、フィーちゃんを捕まえてどうするんで? 隊長?」
「決まってる。身ぐるみ剥いででも奴らを取り返すんだよ」
傭兵たちは仲間と顔を合わせるが、頭を抱えてその場に崩れ落ちた。
「だ、ダメだ! 俺にはできねえ!」
「こんな子供の身ぐるみ剥ぐなんて、隊長みたいな外道にはなれねえでさぁ!」
「ええい! 役に立たん連中め!」
マークルフは気力を振り絞って立ち上がると、フィーに掴みかかった。
「フィー! そいつらをかえ──!?」
だが、またしても床から伸びた《グノムス》の手に足首を摑まれ、マークルフは思いっきり前のめりに倒れる。
しかし、顔面を打ち付けながらも、マークルフは手を伸ばしてフィーの足首を掴んでいた。
「イテテ……ガキはこれ以上、大人の事情に首をつっこむんじゃ──」
マークルフは掴んだ感触に違和感を感じ、ゆっくりと顔を上げる。
目の前に立っていたのはリーナだった。
「マークルフ様……これはいったい、どういうことでしょうか?」
美しい顔立ちに怒りの形相を浮かべて見下ろす乙女の姿に、マークルフは戦慄を覚える。
「リーナおねえちゃん、こわかったよ~~」
フィーがリーナの背に隠れながら言った。泣きべそをかいているが、マークルフには芝居だと分かる。
だが、リーナは子供の芝居を疑う少女ではない。
「……これから大きな戦いが始まるかもしれない時に、貴方はいったい何をされているのですか!」
「いや、違うんだ! これは誤解で──」
「またグーちゃんを悪いことに使いましたね! しかもフィーちゃんまで泣かせて!」
「待ってくれ、話を聞いて──」
起き上がろうとしたマークルフだが、リーナのスカートを下から見上げる格好であり、悲しい性か、その中の足に目がいってしまう。
「どさくさに紛れて、覗かないでください!!」
「や、やめて──ギャアァッ!?」
その場にいた者たちが思わず顔を逸らす。
大地の妖精との歴史的遭遇は、誤解だらけの悲劇として幕を閉じるのだった。




