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壊れた鎧(2)

 タニアはマークルフの書斎に午後の紅茶とお菓子を持ってきた。

 テーブルの上に紅茶を注ぐ彼女に背を向けながら、部屋の主であるマークルフは何かを書いていた。

 タニアは好奇心から遠目に覗き込む。

 マークルフは何かを思案しているようだが、そういう顔をする時はだいたいロクなことは考えていない。

 タニアは巻き込まれないように、そそくさと部屋を出ようとする。

「タニア、頼みがある」

 マークルフに呼び止められ、タニアは嫌そうな表情を浮かべる。だが、すぐに何事もないようように振り返った。

「何かご用ですか?」

「こいつを《戦乙女の狼犬》亭の女将に届けてくれ」

 マークルフはいままで書いていた手紙を封筒にいれて封をすると、それをタニアに差し出す。

「あたしがですか?」

「嫌なのか?」

「い、いいえ。でも、何か大事な手紙そうですし~~、あたしなんかより他の人がいいんじゃないかと〜〜」

「なら、結構だ。その代わり、おまえはログの食事当番から外す」

 マークルフは振り返ることなく告げた。

 タニアはその背に殺意の視線を突きつけるが、恋する乙女の弱みにつけこむゲス領主には勝てない。タニアは渋々と承諾するしかなかった。

「……分かりました。届ければいいんですね」

「それだけじゃない。その後は女将の指示に従え。いいか、この事は口外するな。誰にも悟られんじゃねえぞ……いまいち人選が不安だが、この際、仕方がねえ」

(だったら、自分でやれ)

 あからさまに何かを企んでいる姿に、タニアは自分を巻き込むなと内心で愚痴る。

「もう一度、言うが相手はどこに潜んでいるか、分からん。特に地上を歩く時は足元に注意しておけ。相手は人間ではない」

(……何を相手に戦ってるんだろう、この人──)

 自分から首を突っ込むのは好きだが、勝手に巻き込まれるのはまっぴらごめんのタニアだった。



「ばーちゃん! お城からおてがみがとどいたよ」

 店内の掃除をしていた女将に、フィーが封筒を持ってやって来た。

 女将は孫娘から手紙を受け取る。それはマークルフからだった。

 わざわざ蝋で封をしてあることから、何か大事なことでも書いてあるのだろうか。

 女将は掃除の手を止めると、じっくりと目を通すために傍の椅子に座った。

「だんしゃくからなの? なんてかいてあるの?」

 フィーが膝にすがる前で、女将は封を破ると、なかの手紙に目を通した。

「……」

「なんだったの?」

「ううん、たいしたことないわ。この前、お店が大変だったから、大丈夫かって心配してくれているみたい」

「そうなの? だったら、自分で来ればいいのにね」

 フィーはそう言うと、もう興味をなくしたのか、外へと出て行った。

 もちろん、手紙の内容はまったく違うのだが、この事は極秘事項と記されていたのだ。

「……しかし、こんな物を作れって、どうするつもりなのかしら?」

 女将は首を傾げるが、すぐに気をとりなおした。

 ユールヴィング家と長くつきあっていく秘訣は、いちいち気にしないことである。

 とりあえず女将は頼まれた通りの物を作るために材料を集めることにした。

「そういえば、ルーヴェンにも似たようなのを作らされたことがあったわね。あの時は何を使ってたっけ──」



 人々の寝静まる真夜中。

 城の傍にある研究室の地下メンテナンスルームも、魔力の消費を抑えるために全ての照明が落とされ、闇に包まれている。

 そのなかで、《グノムス》は眠ることなくその場に立ち続けていた。

 その床を通り抜けて、小さな顔がひょっこりと現れた。

「グーちゃん、遊びにきたよ~~」

 周りに人の気配がないことを確認したプリムは、床を泳ぐように《グノムス》に近づく。

「本当はじいじに来ちゃダメっていわれたんだけね。グーちゃんがさびしいかなって思ってナイショで来ちゃった」

 《グノムス》は床に右手を伸ばした。

 プリムがその上に乗ると、《グノムス》は胸の前まで運び、装甲を少しだけ開く。

「よいしょっ、と!」

 プリムは《グノムス》の中に飛び込んで着地すると、その場に寝そべった。

「やっぱり、ここが一番、おちつくね~~」

 プリムはゆっくりと身体を伸ばす。

 地上に来て隠れっぱなしの生活のため、ここが一番お気に入りの隠れ家となっていた。

 大の仲良しの《グノムス》がいてくれるし、それに美味しいお菓子まで常備されているのだから。

 プリムは起き上がると、隅っこに置いてあるお菓子箱をそっと開けた。

「あッ、新しいお菓子が入ってる」

 プリムは焼き菓子を一枚取り出した。

 プリムのサイズに合わせた小さい、それに《グノムス》の顔を模したマークが入っていた。

「わあ、すごいね! グーちゃんの顔が入ってるよ! きっと、フィーちゃんが作ってくれたんだよ!」

 プリムは《グノムス》に見えるようにお菓子を頭上に掲げた。

「プリムも今度、フィーちゃんに何か作ってあげようかな。プリムね、こう見えてコップとかお皿を作るのが得意なんだよ。グーちゃんにも何か作ってあげるね。それまでにじいじが直してくれるといいね」

 プリムは上機嫌で言うと、菓子を口元に運ぶ。

「それじゃ、いただきまーす」

 プリムは菓子をかじり、口のなかで味わう。

「うん、いつものようにおいし……むぅふッ!?」

 プリムは途端に顔を真っ赤にした。

「か、からいーーーッ!? からいよ!」

 あまりの辛さにプリムはその場を走り回る。

「なんでーーッ、なんでこんなにからいのッ!?」

 目から涙を浮かべるプリムの足場が揺れ、妖精娘はその場にすってんと転ぶ。

 やがて揺れが収まり、胸の装甲が開いた。

 プリムが装甲の隙間から外を覗くと、そこはどこか別の地下室で、その隅には水が入っている樽が置かれていた。

「グーちゃん、ありがと!」

 《グノムス》は水のある場所に連れてきてくれたらしい。

 プリムは慌てて外に出ると、樽に駆け寄った。

 次の瞬間、プリムの身体が上へと跳ね上がった。

「な、なんなのッ!?」

 気がついた時には自分は小さな網に囲まれ、天井に吊されていた。

 どうやら、樽の周りに細い網が敷かれ、そこから天井の滑車で上へと引っ張り上げられたようだ。

(に、にげないと──)

 プリムは自分の能力を思い出し、網を透過するようにすり抜けた。大地の妖精は植物や金属でできた物は自由に通り抜けることができるのだ。

 だが、隅に置かれた戸棚のかげから何者かが飛び出してきた。その人影は首の長いガラス瓶を構え、落下してくるプリムを待ち受ける。

「きゃあッ!?」

 宙で身動きのとれないプリムはあっさりと瓶のなかへ落下した。

 さらに人影はプリムの入った瓶を水の入った樽へ浸けた。

 瓶は沈まなかったが、プリムの重さの分だけ水面の下に潜っている。瓶の長い口だけが水面から出て、プリムの周りは完全に水に囲まれてしまった。

 泳げないプリムは瓶を通り抜けることができない。頭上の瓶の口から抜けだそうにも、跳んでも届かず、掴まってよじ登るところもない。

「え~~ん! 外に出られないよ~~! お口がからいよ~~!」

 その場にへたりこんで泣き出すプリムの姿に、《グノムス》が手を伸ばそうとする。

「おっと、グーの字、動くなよ。そこまでだ」

 扉が開き、部屋が明るくなった。

 プリムを捕まえた人影と、入って来た二人の姿が浮かび上がる。

 プリムを捕まえたのは地下室で見かけた少年であり、あとの二人は白衣を着た男たちだ。一人はランタンを持つ巨漢、もう一人は小柄で小太りの男だ。

「やはり罠にかかったな、グーの字に妖精の娘!」

 高笑いをしながら、マークルフが口を開く。

「前から俺のおやつが減っていると思っていたが、案の定だったな」

 神が選んだ勇士とは到底思えないしたり顔で若者は告げる。

「下手なことはするなよ、グーの字。もし、あやしいまねをしたら──」

 マークルフが指を鳴らした。

 やる気のなさそうな巨漢が手にしていた透明な袋を差し出す。

 その中には水と、薄気味そうな虫が水棲生物たちが蠢いていた。

「妖精のお嬢ちゃんが、どの水中生物となら仲よくなれるか、実験しているほど俺も暇ではないんでな」

 マークルフは樽の縁に肘を置いた。その気になればいつでも瓶のなかに生物たちを入れる態勢だ。

「や、やだ~~~!! ヌメヌメしたのやだ~~!!」

 樽のなかで瓶が揺れるのを目の当たりにし、《グノムス》はそれ以上動くことができなかった。

「やはり、地下育ちは水に弱いようだな」

 マークルフは《グノムス》の顔を指した。

「取引だ。もう一匹、この娘が“じいじ”と呼んでる奴がいるはずだ。妖精娘を返してほしければ、誰にもばれることなくそいつを連れてこい。時間は三十分だ! 下手に時間を与えたら、どんな工作をされるか分からんからな!」

 こちらの圧倒的な有利を見せつけるように、マークルフは腕を組んでみせた。

「グーちゃん! つかまったプリムが悪いんだから、プリムはがまんするよ! だから、悪い人の言うことをきいちゃダメ!」

 プリムは瓶のガラス越しに《グノムス》に訴える。

「ほう、てめえにはもったいねえほどの健気な彼女じゃねえか。さあ、どうする、グーの字? 小さな彼女をおまえは見捨てるのか?」

 自分とダロムの心配をするプリムの姿を目の当たりにし、《グノムス》はしばらく動かなかったが、やがて床に沈み始めた。

 そして、最後までマークルフを威嚇するように顔を向けながら、その姿は完全に消えていくのだった。



 《グノムス》が消えると、マークルフは瓶のなかを覗いた。

 妖精娘は《グノムス》が消えていくのを涙目で見つめていたようだが、マークルフと目があうと、瓶の隅に縮こまってしまった。

「うーむ。大地の妖精なんて初めて見たが、人間にあまり友好的ではないようだな」

「大惨事っすけどね。伝説の種族との歴史的遭遇というには……」

「後が怖いですな。特に《グノムス》の方が──」

 マークルフに命じられ、罠の手伝いをさせられたアードたちが言った。一部始終を見ていたが、さすがに気の毒に思わざる得なかった。

「残念ながら、未知との遭遇というのは誤解による悲劇か虐奪と相場が決まっている」

 マークルフは気にしないように胸の前で腕を組んだ。

「それより、アード、ウンロク。これはリーナたちにばれないようにな。なあに、グーの字は喋ることができねえ。俺たちが口裏を合わせれば、ばれることはねえさ」

「はあ……」

 アードは答えると、隣にいたウンロクにささやく。

(分かってたとはいえ、目的のためなら手段を選ばないっすね)

(いやぁ、何だかんだで男爵は目的も手段もちゃんと選ぶお人さ)

 ウンロクが男爵を庇うように答える。

(ただ、ユールヴィングの名において、まっとうな目的や手段が許されんだけさ)

(……目的や手段って、何のためにあるんですかね)

 強引に共犯関係に引き込まれたようで、アードたちは不安を感じずにはいられなかった。

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