壊れた鎧(1)
「……どういうことなのでしょうか?」
リーナが疑問に首を傾げる。
研究室の地下。《グノムス》が待機する部屋にマリエルはリーナを連れてきていた。
「日に日に破損箇所が修復されているのです」
マリエルもまた整った顔を疑問にしかめながら告げた。
《グノムス》の謎の修復は密かに進んでいた。確認しにくい内部機構から始まり、最近になって外部の装甲にまで修復は及んでいたのだ。
「……なぜ、直っているのでしょうか?」
「恥ずかしながら、さっぱり分かりません。姫様なら何かご存じかと思ったのですが……」
「グーちゃんにこんな能力はなかったはずです」
「そうですよね。いまになって修復が始まったのかもおかしな話ですし──」
リーナがしばらく《グノムス》の姿を見つめていたが、やがてその前に立った。
「グーちゃん。直ってくれるのは嬉しいけど、何か私たちに隠し事をしていない?」
リーナが訊ねるが、《グノムス》は何の反応もしない。
「この前の家出といい、最近のグーちゃん、何か変だと思っていたの」
リーナがまるで子供に追及する母親のように、自分の倍以上はある鉄機兵の姿を見上げる。
「怒らないから正直に答えなさい、グーちゃん」
『……』
マリエルたちの見ている前で、リーナと《グノムス》の間を沈黙が支配する。
「……やっぱり、何か隠してるのね」
リーナは困ったようにため息をつく。
「姫様、よく分かりますね」
「グーちゃんは嘘をつくのが下手ですから。すぐに分かります」
「下手──ですか」
マリエルの目には《グノムス》は何一つ表情を変えているようには見えない。むしろ、そう考えること自体、何か科学者として敗北した気持ちになるのは気のせいだろうか。
「ともかく、これからマークルフ様は大変な戦いを迎えるかもしれないの。それを邪魔するようなことだけはしてはダメよ。もし、直してくれる人がいるのなら、お礼をしなければいけないから、ちゃんとここにご招待するのよ。いいわね?」
リーナがたしなめるように言った。
それでいいのだろうか、とマリエルの疑問は増えるが、自分が間に入る余地はなさそうなので、これ以上はつっこまないようにした。
「それができなければ、エルマさんの所に送って、しっかり診てもらいますからね」
リーナが付け加える。
マリエルの目には《グノムス》の姿が小刻みに震えたように見えた。きっと、姉が分解しようとしたのを止めた過去があるので、そう錯覚しただけだろう。
多分──
「二人そろって何してるんだ?」
部屋にマークルフが姿を現し、不思議そうにしている二人の姿を不思議そうに見ていた。
「マークルフ様。それがグーちゃんの様子がちょっとおかしいんです」
「まあ、鉄機兵のわりに個性的な奴だからな。おかしなところがあってもおかしくはないな」
「もう、まじめに聞いてください!」
リーナがマークルフに説明する。
「……勝手に直ってるか。そう言われてみれば、確かにそうだな。マリエル、心当たりもないのか」
「はい」
「うーむ。そうだ、こいつは地面を操作できる。それで地面に字を書かせてはどうだ。この前、俺たちを誘導した地面の文字の件もまだ聞いていなかったしな」
「無理です。あれから確認しましたが、《グノムス》の人工頭脳は文字を描けないように設定されているようなのです」
マリエルが答えた。
「あれもグーの字じゃなかったか……ええい、めんどくせえ。こいつはしばらく様子を見て調べていくしかなさそうだな」
「結局、それしかないようですね」
マリエルは自分を納得させるようにうなずく。
「それより、リーナ。グーの字を借りるぞ」
「グーちゃんをどうするのですか?」
「例の地下室に行く。マリエル、後で頼みがある」
マークルフはそう言うと、胸の装甲を開けた《グノムス》に乗り込むのだった。
「やっと見つけたぞい!」
とある地下室に辿り着いた小さな妖精たちは、苦労の末にようやく目的の物を見つけた喜びに叫ぶ。
ここはユールヴィング男爵城の地下にある一室だ。
一面を石壁に囲まれていた。唯一、扉が一つあったものの、長年にわたって使用されていなかったためか、錆びついている。
ダロムは扉の前に行くと、その中に顔を突っ込んだ。
大地の妖精であるダロムは土や鉱物の中を自由に潜ることが出来るのだが、扉一枚隔てた先は地中となっていた。
「こんなところにポツンとお部屋があったんだね、じいじ?」
後ろからついてきた妖精娘プリムが部屋を見渡しながら言った。
「うむ。道理で見つからんと思ったわい」
ここはどうやら昔に土砂崩れか何かで外の通路が埋まり、地上からの道が閉ざされた部屋らしい。城か研究室から続く通路を辿って探していたので、このような隔絶して廃棄された部屋の存在に気づけなかったのだ。
「じゃが、よく考えればここにはあの鉄機兵がおるからの。そう考えれば泥棒除けとしては便利な場所ではある」
《グノムス》がいれば地中を潜行してここに来ることも可能だ。むしろ、それ以外にここに行く手段がない以上、大事な物の保管にはうってつけとも言える。
部屋の中には機械が置かれていた。
その機械は机に置かれた小さな装置とコードで繋がれており、別のコードが複数の水晶柱を取り付けた別の装置に繋がっている。水晶は微かな紅い光を放ち、明かりのない室内を照らしていた。
ダロムは机の足からよじ登ると、小さな装置の前に立った。
装置は起動しており、内部に強い魔力の光を宿していた。
「これは動力ユニットか。生きている部分を使って、魔力の補充をしておるようじゃな」
ダロムは一目で機械群の正体を見抜いた。
小さな装置は魔力を生成するジェネレータだ。水晶柱は魔力を貯蓄する装置であり、ジェネレータで発生した魔力が中央の機械を用いて水晶柱に補充されているのだ。
おそらくは地上の研究所の装置に使用する分だろう。“聖域”内でもこれだけの魔力を生成できるのだがら、このジェネレータは小型ながら規格外の出力を持つ物に違いない。
ダロムは机の上から、部屋の奥に棚を用いて置かれたそれを見つめた。
ダロムが地上に来た目的であるそれが目の前にあったが、しかし、それと呼んでいいのかと考えるほどの光景だった。
棚に保管されたそれは、大量の部品が陳列されており、辛うじて人型を留めた部品群の姿が、それらが一つの機械鎧だということを示していた。
「……こいつは予想していたより酷いのう」
ダロムは机の上から飛び降り、鎧の残骸にそれぞれ目を通していく。
鎧は古代エンシア文明末期に生み出された戦闘用強化装甲《アルゴ=アバス》のオリジナルであった。戦乙女リーナが力の原型とする鎧であり、一年前の“機神”との戦いで大破していた。本来は細かいパーツが集まって構成されているが、完全に破壊された現在は見る影もない残骸の山と化していた。
「これを修復とは、“神”様の頼みでなければ引き受けんぞい」
ダロムは困ったように頭をかく。
製作した古代の科学者たちでもサジを投げたくなるだろう。ほとんどの部品が回収され、集められているのだけが、せめてもの救いであった。
「行き来に不便な所に保管していることでも、修理のめどが立たんのがよく分かるわい……プリム、ワシはしばらくここにいることにするから、おまえも勝手に出歩かんように──」
ダロムはふりむくが、そこにはプリムの姿はなかった。
「おうッ!? 言ってるそばからもうおらんぞい!?」
《グノムス》のなかに乗り込んだマークルフは、《アルゴ=アバス》が保管された地下室へと向かっていた。
内部の周囲モニターには地中を降下する様子が映しだされている。
(“機竜”との戦いだ……できるだけの対策はとらねえとな)
腕を組んでマークルフは考えていた。相手は古代エンシアでも最強クラスの戦闘兵器である。
そして、マークルフやリーナにとっては別の危険を伴う戦いでもあるのだ。
『グーちゃ~~ん!』
マークルフの思考を中断させたのは、突然として聞こえてきた女の子の声だった。
声のする方に目を向けたマークルフが見たのは、地中からこちらにやって来る小人さんの姿だった。
女の子は、まるで《グノムス》を知っているかのように警戒することなく、笑顔で近づいてくる。
『よかったね。また、じいじに直してもらっ──』
突如として周囲の映像が全て消えた。
「お、おいッ!? グーの字! いまのはいったい何だ!?」
マークルフは叫ぶが、《グノムス》からの返事はない。
ほんの一瞬だったが、いままで木の根か石ぐらいしかなかった地中のなかを小さな娘が現れたのだ。見間違いはありえない。
「おめえ、さては本当に何か隠しているな」
《グノムス》は何もなかったように動いているが、この行動自体が正直に話しているようなものだ。
さすがに驚いたものの、マークルフはすぐに持ち前の好奇心と警戒心が持ち上がる。
「……そういや、前にもこんなことがあったな」
確かに、あの小さな娘を一度、どこかで見たことがある気がした。
そして、以前にフィーに大地の妖精の本を読んでやったことを思い出す。
大地の妖精は現在では姿を見せないが、地中を自由に潜ることができるという伝承がある。
あれがその種族なら、《グノムス》と同じ能力を持つ妖精がここにいる説明もつく。
しかし、なぜ、ここに妖精がいるのか、それはさっぱり謎だ。
それにどうやら《グノムス》を修理しているようなことも言っていた。
「……」
『……』
黙って何かを考えるマークルフと、黙って様子を見守る《グノムス》はやがて地下室へと到着した。
ダロムは近くの壁から地中に潜ると、プリムの気配を追った。
どうやら、この上にいるらしいが、こちらに戻ってこようとしているようだった。
だが、他にもう一つ“気配”があった。
プリムのようにはっきりとしたものではないが、徐々にこちらに近づいてくる。
(むう、プリムめ。また鉄の棒のところに行ったか)
微かな気配は《グノムス》だろう。大地の妖精族と似た能力を持つため、似た気配を放つが、人工のためにその気配は感じにくい。
どうやら、プリムも《グノムス》を追って来ているようだ。
(むッ、これはまずいかもしれん)
ダロムは壁から頭だけ出して、部屋の様子を確認する。
やがて、部屋の壁を通り抜けて《グノムス》が姿を現した。
ダロムは慌てて地中に戻ると、大きく迂回して部屋の上に回り込む。
案の定、プリムがこちらに戻って来るところだった。
『あ、じいじ! 待っててくれたの?』
『待っててくれたじゃないぞい! プリム、グーの字の前に姿を現したのか』
ダロムが訊ねると、プリムは素直にうなずいた。
『うん。でも、呼んでも気づいてくれなかったよ』
寂しそうにシュンとなるプリムだが、ダロムは頭を抱えた。
『うーむ、グーの字がそんな態度をとるとなると、やはり悪い予感が的中したかもしれん』
『何かあったの?』
『ここから顔だけ出して、部屋のなかを覗いてみるんじゃ』
ダロムが足元の壁から頭だけ突っ込む。
プリムも不思議に思いながら、真似をする。
部屋の天井の隅から顔を出した二人が見たのは、部屋の中に立つ《グノムス》と、その胸の装甲が開いて中から人間が降りてくる姿だった。
その人間はマークルフという戦乙女が選んだ勇士の少年だった。
『やはり、ここに来るということは人が乗っておったな。プリム、おまえの姿を見られたかもしれんぞい』
『そ、そうなの!?』
プリムのようやく事の重大さに気づいて、顔を青くする。
『プリム、しばらく、グーの字に近づくのは禁止じゃ』
『えーーッ!?』
ダロムは慌ててプリムの口を押さえた。
勇士の少年が気づいたのか、部屋のなかを見渡す。
『……ごめん、気づかれたかな?』
『いや、気づかれておらんとは思うが、怪しんでいるかもしれんな』
少年がしばらく警戒する姿に、ダロムは向こうもこちらの存在を意識していることを察する。
『見ての通りじゃ。向こうもグーの字の監視を増やすかもしれん。うかつに近づけば見つかる可能性もある』
『じゃあ、しばらくグーちゃんに会ったらダメなの?』
『しょうがあるまい。ワシらには“神”様から託された使命があるのじゃ。ようやく、それを見つけたのじゃ。いま人間に捕まるわけにはいかん』
やがて、少年は諦めたのか、部屋に安置された《アルゴ=アバス》と機械装置の前に立つ。魔力を補充した水晶柱を回収に来たと思ったのだが、少年は反対に取り付けられた動力ユニットを停止させ、それを外した。
(どうするつもりじゃ?)
ダロムは不思議に思って見ていたが、やがて少年は《グノムス》に乗り、部屋から出て行くのだった。




