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序章

 “聖域”──かつて古代文明エンシアを滅ばした機械の神、《アルターロフ》がその中心で眠る封印の地を、人々はそう呼んでいる。

 その“機神”が約一年前、覚醒した。

 自らを生み出した古代文明、そして世界を壊滅させた災厄の復活は、人々を恐怖と混乱に陥れた。

 “機神”は天を覆う鋼の翼で地上を睥睨し、古代の遺産である機械や魔物を操って人々を襲った。

 だが、その災厄は一人の勇士によって打ち払われた。

 黄金に輝くエンシアの強化鎧を纏い、黄金の槍を持った勇士が突如として現れ、“機神”と戦った。激しい戦いの末に“機神”は力を使い尽くし、再び機能を停止して眠りについた。

 勇士も姿を消した。以後もその姿は目撃されているが、この者の正体はいまだに判明していない。

 いずれにせよ、動乱によって受けた傷跡は消えることはない。

 “機神”が安置されていた中央王国クレドガルは王都を中心に壊滅的な被害を受け、いまだに復興の途中にある。盟主的立場だった王国の混乱は“聖域”内の他国にも波紋し、水面下で新たな争いの種を生みだしていた。



 怒声と剣戟の交錯する中、傭兵たちは戦い続ける。

 動乱によって各地の権力者たちが各々の思惑で動き出し、必然的に戦いに発展した。

 彼らは配下の騎士を動かすが、戦いが続けば疲弊し、思うようには動かなくなる。あるいは元から戦力となる者がいない場合もあった。

 そうすると、彼らはその穴を埋めるために傭兵を雇うようになる。

 その結果、戦いは傭兵たちによって占められていった。

 “聖域”の外縁部であるこの地でも、傭兵たちは主役となり戦っていたのだった。



 屈強な体躯の傭兵たちが居並ぶ戦場の中でも、飛び抜けて背の高い大男が雄叫びに似た叫び声をあげた。

 大男は手にした大剣を振り回しながら、敵陣へと我が物顔で踏み込んでくる。

 それを食い止めようと敵方の傭兵たちが行く手を阻む。

 彼らは腕にバンダナを巻いていた。赤地に黒の意匠の入ったそれは傭兵部隊〈オニキス=ブラッド〉の腕章だ。傭兵の神と呼ばれたルーヴェン=ユールヴィングが創設し、その孫であるマークルフ=ユールヴィング男爵が現在の隊長を務める歴戦の傭兵部隊だ。

 だが、猛者揃いと呼ばれる彼らですら、軽々と振り回される大剣の猛威を前に容易に踏み込めずにいた。大男を取り囲み、その足を止めることしかできずにいた。

 その包囲網を割って、一人の男が現れた。

「副長!?」

「下がれ。この大男はわたしが引き受ける」

 黒衣の外套を纏った長身の男は、腰の剣を抜くと大男の前に進み出た。

「……貴様は誰だ?」

 大男は剣を止めると、長身の男を睨み付ける。

「〈オニキス=ブラッド〉副長ログだ」

 副長ログが相手に向かって身体を斜めに構えながら答えた。長身の彼が見上げるほどの大男を前にしても、その冷静な表情に臆した様子はない。

「俺は“七巨星”の一人、『罪』のガルガンドだ!」

 ガルガンドが大剣を振るった。空気を裂いて唸る一撃を、ログは軽く一歩退いて躱した。

「まだまだ!」

 ガルガンドは大剣を振り回す。

 軽々と舞う大剣の攻撃を、ログは取り乱すことなく紙一重で躱していく。

「やるな! だが、避けてばかりでは──!?」

 ガルガンドが大剣で薙ぎ払うと、ログは自らの剣でそれを受け止める。いや、剣で受け流して軌道を逸らし、ガルガンドの動きに隙を作った。その隙を突いて踏み込んだログがすれ違い様に剣で斬りつけた。

 周囲で戦いを見守っていた兵士たちにどよめきが巻き起こる。

 ガルガンドの左腕に刀傷が浮かんでいた。傷は浅いが、それを見たガルガンドの表情が一変した。

「てめえッ!!」

 激昂したガルガンドが再び大剣を振り回す。その激怒した大男の猛攻は、見ているだけで足をすくませるほどだったが、ログはその迫力に呑まれることなく、剣を躱し続ける。

「がああああッーーー!!」

 ガルガンドの咆哮と共に大剣が振り下ろされる。ログは剣を構え、再びそれを受け流そうとした。

 キィン──

 剣の悲鳴と共にその先端が折れた。ログはとっさに回避して大剣を避けたが、少しでも遅れていれば大剣の餌食になっていただろう。

「す、すげえ、触れただけで剣が折れたぞ!」

「ふ、副長!?」

 部下たちが動揺する中、ログは何も言わず、折れた剣に目を向ける。

「やるじゃねえか。大抵の奴はここでぶった切られて終わってるぜ」

 間合いを離したログに、ガルガンドは凄惨な笑みを浮かべた。

「これが俺の“憤怒”の一撃だ。だが、俺の技はまだこれだけじゃねえぜ」

 ログは何も言わず、折れた剣を投げ捨てる。そして右手を伸ばすと、右腰に下げた短剣を逆手で引き抜く。

「……“七巨星”を名乗る連中はそれぞれ七つの技を持つと聞く。見せてもらおうか」

 ログは短剣を順手に持ち変えた。 

「大きくでたな。さて、くたばるまでにいくつ見せてやれるかな」

「気にするな。全部、見ているほど暇ではない」

 ガルがンドとログは身構えると、再び間合いを詰めて激突するのだった。



 傭兵になる者の出自や理由は様々だ。だが、共通しているのは、戦いの舞台で必ず主役となる者が現れることだ。

 “聖域”の東南部で続く戦いにおいて現在、名を上げているのが“七巨星”と呼ばれる巨漢の傭兵たちだ。『星』のビルバス率いる七人の集団は、それぞれが異名とそれにまつわる七つの技を持つ強力な戦士だ。今や彼らの参戦が戦いに大きく影響を与えるとまで噂され、有力者たちはこぞって彼らを傭おうとしているほどだった。

 文字通り、新星のように現れたこの傭兵部隊の名を、人々は驚嘆と畏怖を込めて呼ぶ。


 《倶楽部・七ッ星》と──



「……どうにかならなかったのか、あの名前だけは──」

 一人の少年が遠眼鏡で戦いの様子を眺めながら眉間をしかめていた。

 貴族服を着崩した格好の少年は、意志の強さをたたえる鋭い眼差しを部下に向ける。

「へえ、ビルバスの旦那、引退してから長く料理人をしてたそうで、どうしても星にこだわっているようでして」

 部下も困ったように頭をかく。

 少年はため息をつくが、すぐに苦笑する。

「まあ、しょうがねえ。予定通り、俺も出るぞ。準備しろ」

 その眼差しは若さに見合わぬ意志の強さを秘め、一見、粗野な姿を飄々とした、それでいて惹き付けるものに変えている。

 少年の名はマークルフ=ユールヴィング。“聖域”の南端に自らの領地を持つ、クレドガル王国の若き男爵だった。

 マークルフは側に立て掛けていた黄金の斧槍を手にする。

 《戦乙女の槍》と呼ばれるこの槍は先代領主にして祖父であったルーヴェン=ユールヴィングの形見だ。決して折れることのないこの槍はユールヴィング家の家宝であり、マークルフが常に手にしている愛用の武器だった。

「マークルフ様!」

 場を離れようとしたマークルフを呼び止めたのは可憐な少女の声だった。

 下に続く階段から現れた声の主はマークルフの姿を見つけると、慌てて駆け寄った。

 黄金の流れるような長い髪と碧玉の瞳を持つ、美しい顔立ちの少女は、まるでマークルフの槍に冠せられた伝説の戦乙女を彷彿とさせるものだ。

 戦乙女と呼ばれる“神”の娘は、自ら選んだ勇士の武具となって共に戦う存在と言われている。マークルフの城で暮らす彼女も、彼を勇士とするかのように常に付き従っており、今回の戦いにも共に付いてきていたのだ。

「どうした、リーナ?」

 駆け上がって来たのか、息を切らせるリーナにマークルフは訊ねる。

「ど、どうしたじゃありません! ログさんが大変なことになってるんですよ!」

 リーナは息を整えながらも、慌てた様子で言った。

「何だ、リーナも見てたのか。どうだ、なかなかの戦いだろ」

 得意気に言うマークルフに、リーナはじれったそうに叫ぶ。

「どうだ、じゃないです! 剣が折れちゃったんですよ! あの大男さんは本気でログさんを斬ろうとしているんじゃありませんか!?」

 リーナは心配そうに言うが、マークルフは思わず笑うと、手をひらひらとさせた。

「安心しろ。あれは元から折れるように細工をしてある」

 リーナはきょとんとした表情をする。

「じゃ、じゃあ、あれもお芝居なんですか!?」

「大きな声を出すな」

 とまどうリーナの耳元にマークルフは顔を近づけた。

「最近、膠着状態を続けすぎたんでな。ここいらの領主たちが手持ちの騎士部隊の再編に力を入れだしたんだ。だから、あいつらを使ってテコ入れすることになってるんだ」

 傭兵たちは報酬で傭われて戦うことが生業だ。だが、上の言う通りに戦っていては命はいくらあっても足りないし、戦いに決着を付けてしまっては、結局は自分たちがお払い箱になる。

 いつしか、傭兵たちは独自の情報網と暗黙の了解を持って、八百長戦の仕組みを作り上げた。

 相手の傭兵たちと打ち合わせ、本気での命のやり取りを抑えながら、戦いを膠着状態に仕向けようとしたのだ。

 それを成し遂げたのが自身も歴戦の傭兵隊長であった亡き祖父ルーヴェン=ユールヴィングであった。祖父には別の隠された目的もあったが、これによって権力者の使い捨てだった傭兵たちの生活は格段に向上していったのだった。

 そして、その役目をマークルフは現在も受け継いでいる。

「凄腕の傭兵を登場させれば、領主たちもそっちに注目するだろう。そのためにログにちっとばかり苦戦させているのさ」

 マークルフの擁する傭兵部隊〈オニキス=ブラッド〉は祖父の代から活躍する猛者揃いの傭兵部隊だ。そのなかでも副長ログは凄腕の剣士として知られている。ログに苦戦をさせれば必然的に相手の評判も高くなるのだ。

「そうだったんですね」

 リーナはひとまず安心したように胸を撫で下ろす。傭兵たちの裏事情は彼女も知っているが、まだまだその世界を理解するには遠いようだ。

 マークルフはそっと含み笑いをする。そういう彼女の驚く姿を見るのが、彼には密かな楽しみでもあった。

「さて、そろそろ行くか。次は俺も“七巨星”の一人の相手をすることになっているんでな。まあ、無事を祈っていてくれ」

 マークルフが悪戯っぽく言うと、リーナはちょっと頬を膨らませた。

「隊長! それに姫様も! お取り込み中、すみません!」

 先ほどの部下が慌てて戻ってきた。

「どうした?」

「へい。向こうからつなぎがあって、予定していた『光』の方が急に出られなくなったそうです」

「何だと? チッ、この土壇場でか」

「何でも、食あたりをおこしたそうでして。代役をよこすと言っています」

「……ビルバスのおっさん、料理人廃業してたのも何となく分かるな」

 マークルフは頭をかくが、すぐに気を入れ直す。

「まあ、いい。後は俺が上手く合わせてやる。それで代役は誰だ? 他の“七巨星”がいるんだろ?」

「へい。『草』のアロマロスというヒョロイおっさんです」

「……」

「それと、何でも急な代役で、まだ技とかも決まってないそうでして、閣下にその辺のこともお願いしたいそうです」

「が、がんばってくださいね、マークルフ様……」

 頭を抱えるマークルフに、リーナは別の意味で心配するように声をかけるのだった。



 〈オニキス=ブラッド〉は本隊の投入により、押され気味だった戦線を押し返した。

 副長ログと“七巨星”の戦いもそのあおりを受け、決着がつかないまま終わった。

 これも打ち合わせ通りの流れであり、後は新手の“七巨星”がマークルフの進軍を止める場面を演出すれば今回の戦いは終わる予定であった。

「隊長、ずいぶんと難しい顔してますね?」

「静かにしてろ。隊長はいま、『草』相手にどう戦うか真剣にお考え中だ」

「草? 草となんてどう戦うんすか? 食べるんすか?」

「やかましい! てめえら、さっさと持ち場につけ!」

 マークルフが睨みつけると、部下たちは八つ当たりから逃れるように退散した。

「まったく、こっちの苦労も考えやがれ」

 マークルフはため息をつくと、腕組みしながら上を見上げた。w

「仕方ねえ、リーナは怒るがグーの字に暴れさせるか……」

 マークルフが青空を見ながら嘆いていると、ふと何かに気づく。

 最初、それは小さな点にしか見えなかったが、それは次第に輪郭をはっきりとさせていく。

「やべえッ!?」

 それが高速でこちらに落下してくるのを見て、マークルフは慌ててその場から飛び退く。

 地面を転がるマークルフに大きな落下の衝撃が伝わる。予想よりも衝撃は小さく、思ったより軽い物体なのだろうか。それでもかなりの高度からの落下には違いない。

 顔を上げたマークルフの前に、落下したらしい物体が地面にめり込んでいた。それは金属の部品が集まって球形になっていた。

 マークルフのなかで好奇心と警戒心が手を組み合って力比べに入る。さすがに今回は警戒心が組み伏せようとするが、乱入した冒険心が好奇心の救援に入り、警戒心はまたしても敗北する。

 マークルフは槍を頭上で振り回すと、逆さに持ち変えて見得を切った。

「……」

 そーっと腕を伸ばし、槍の石突きの部分でゆっくりと謎の物体を突いてみた。

 物体が微かに動いた。

 マークルフは咄嗟に後ずさり、槍を構え直した。

「隊長!? ご無事ですか!?」

「いったい、何があったんで!?」

 騒ぎを聞きつけて駆けつける部下たちを、マークルフは手で制した。

「……気をつけろ。嫌な予感が──」

 球体が動きだし、マークルフたちは遠巻きに離れた。

 球体の下から細い脚が伸びた。骨のような金属の二本脚に支えられて立ち上がった球体はほどけるように広がり、瞬く間に金属の骨格を持つ骸骨へと変形した。

「なんだ!?」

 マークルフは驚きつつも《戦乙女の槍》を構えた。部下たちも同様に武器を構える。

 頭蓋骨の眼孔に紅い光が灯った。そして右手首から鋭い刃が伸びると、マークルフに飛びかかった。

「──!?」

 金属質とは思えない身軽さ詰め寄った骸骨が刃を突き出す。マークルフは手にした《戦乙女の槍》でそれを何とか受け流すが、骸骨の体当たりを受けて地面に押し倒された。骸骨の口が開き、そこから無数の牙らしきものが現れる。

「何なんだ、こいつは!?」

 骸骨が噛みつこうとし、マークルフは槍の柄でそれを必死に押し返そうとする。

 骸骨は槍に噛みつくと、無数の牙がアゴに沿って目まぐるしく回転を始めた。槍の柄が骸骨の口のなかで火花を散らすが、やがて骸骨の口の方が火花を散らし、アゴが勢いよく吹っ飛んだ。一方、槍の方にはまったく傷はなかった。

「やれ! おまえら!!」

 マークルフは骸骨が動きを止めた隙を逃さず、骸骨の腹を脚で蹴りあげた。意外と軽い骸骨は地面に跳ね飛ばされ、そこを部下たちが武器で袋叩きにする。

 だが、骸骨はまるで効いていないのか、すっくと立ち上がり、部下たちは遠巻きに下がる。

「駄目ですぜ! えらく頑丈なやつです! どうします、隊長!?」

 アゴを無くした骸骨が不気味にマークルフの方を睨む。

(狙いは俺か)

 骸骨のアゴが再生を始めるが、それは途中で止まった。逆に肋骨の何本かが縮んで消えるが、明らかに消えた部分の方が大きい。

(再生能力まであるのか。だが、途中で失敗したのは──)

 再び襲いかかろうとした骸骨が、何かに気づいたように後ろを振り向く。

「その骸骨はわたしが引き受ける。閣下をお守りしろ」

 そこにいたのはログだった。左手に鞘に収まった剣を持ちながら、骸骨を囲む部下たちに告げる。

「ログ! 奴の脚を切り落とせ! 動きを止めろ!」

「御意」

 マークルフの命令に応え、ログは右手で剣を抜いた。それは柄に紅玉を埋め込み、刀身にも文様が描かれた剣だった。

 剣を片手に近づいてくるログに、骸骨が襲いかかった。

 飛びつこうとする骸骨とログの姿がすれ違う。ログの剣が一瞬、紅く光り、骸骨を一閃する。

 ログを捕まえ損ねた骸骨の右脚が根元から切断され、地面に倒れる。

「待て、ログ」

 ログが再び剣を構えるが、マークルフは追撃を止めさせた。

 骸骨の右脚が再生を始める。その代償のようにあばら骨が全て消えるが、それでも右脚は途中までしか再生できなかった。左腕が縮み、その分だけ右脚が伸びるが、それでも足りないのか、身体中が縮んでいき、それでようやく右脚が再生する。しかし、骸骨は混乱するように頭蓋骨を左右に揺らす。全身が浸食と再生を繰り返しながら、身体全体が縮んでいく。やがて骸骨の姿も維持できなくなり、溶けるように液体金属の塊へと変化していく。そして、ついに骸骨は一片の金属を残して消えてしまった。

「……助かったぜ、ログ。マリエルたちが作った剣が役に立ったな」

「隊長、いったい、何があったのですか」

「それは俺が聞きたいところだ」

 ログの問いにマークルフは腕組みをしながら答える。

「だが、分かったことはある。奴は魔力で身体を再生できるようだ。だが、この“聖域”の作用でそれが上手く働かず、力を使い果たして自滅したんだろう」

 この“聖域”は魔力が非常に希薄だ。そのために魔力を動力源とするものはほとんど役に立たない。例えば、ログの持つ剣も刃に魔力を付与して威力を高める効果があるが、それも必要な一瞬だけ封印された魔力を開放する仕掛けになっている。

 骸骨も魔力で動く以上はこの“聖域”では長く活動できないのだ。

「これも“機神”が覚醒した時の影響でしょうか」

「そうだな。ここ最近、古代エンシア関連の遺物や魔物が暴れる事件が増えているし、こいつもその一つ──」

 突如として足元の地面が大きく揺れ、マークルフたちの会話は中断された。

 地揺れは近隣一帯でも起こっているらしく、展開している敵味方の兵が騒ぎ出す様子が聞こえてくる。

「ええーいッ! 今度は何だ!」

 揺れはさらに激しくなり、マークルフは膝をつく。

 戦場を見下ろす丘が崩れた。その近辺の地面に激しい亀裂がはしり、地面が陥没を始める。

「──なっ!?」

 戦場にいた者たちが我先に逃亡を始めるなか、崩れた丘の下から巨大な頭が現れた。

 長い髪と髭に囲まれた顔の、その半分が機械化された巨人の頭だった。さらに地面を引き裂き、巨大な腕が現れる。巨大熊を一掴みできそうな手を地面につけると、地面の下から身体を引きずり起こそうする。

「部隊を撤退させろ!」

 さすがに唖然としたマークルフだったが、すぐに立場を思い出して命じた。

 足元にまで響く地響きと亀裂の衝撃は、その下に埋もれるものが途方もなく巨大なことを教えていた。とても人の手に負えるような相手ではない。

「ログ! おまえが指揮を執れ! ここから人をできるだけ避難させろ!」

 敵味方関係なく逃げ惑う人波の中、マークルフはその場に踏みとどまりながら叫ぶ。

「閣下はどうされるんで!?」

 混乱の中、部下が声を張り上げる。だが、マークルフの考えを知ったログは部下に命じ後退させた。

 やがて、戦場を巨大な影が覆った。地下から身体を起こした巨人が立ち上がったのだ。 その身の丈はいままでに見たどの建物よりも高かった。

 巨人族は太古から存在する異種族だが、これほどの巨体は歴史の記録でも滅多にお目にかかれないだろう。しかも、その巨体の各部位が機械化されている。それは古代エンシア文明期に研究・改造された“被験体”と呼ばれる特殊な個体だ。“被験体”は通常種よりも遙かに強力なものが多いのだ。

 巨人の身体中から土砂が流れ落ち、それが粉塵となって無人となった戦場を呑み込んでいく。その中を巨人は地響きをあげながら歩き始めた。

 それはマークルフがいる方向であり、その背後には拠点としている街がある。

 巨人が咆哮をあげた。

 それは周囲の空気を震わせ、マークルフも思わず耳を塞ぐほどの轟音だった。

 “被験体”は機械化された部分が多く、その内に莫大な魔力を蓄えている。しかし、“聖域”では魔力が急速に欠乏するため、この地に迷い込んだ“被験体”は飢えに似た凶暴性を見せるのだ。

「まったく、天災というべきか、人災というべきか──」

 自然の猛威と古代文明の脅威を併せ持った相手に、マークルフは悪態をつかずにはいられなかった。

 しかし、このまま放っておけば街の壊滅は必定だ。

 足許が砕け、マークルフの身体が沈み始める。巨人が抜けだし暴れはじめたことで、脆くなった地盤がここまで崩れ始めたのだ。

「リーーナッ!!」

 その叫び声だけを残し、マークルフの姿は粉塵と地割れの中にかき消されていった。

    


「ひ、姫様!? な、なな、なんか、とんでもないのがでましたよ!?」

 〈オニキス=ブラッド〉が陣営として借り受けていた、街の館の一室──

 地震と外での悲鳴に気づいたリーナが自分の部屋に戻ると、そこにいた侍女姿の少女が窓際に掴まるようにして叫んだ。

 彼女はユールヴィング家で下働きをしているタニアだ。今回はリーナの身の回りの世話のために同行していた。

 リーナが窓の外を確かめると、その先に巨人が立っていることに気づいた。

 地形と比較すればまだ遠くにいるはずなのに、その偉容と足音がここまで伝わってくる。しかもそれが“被験体”と呼ばれる存在であることが、エンシアの生き残りであったリーナにはすぐに分かった。

「ろ、ログさん、大丈夫かな──い、いえ、そ、そうです! 姫様! 早く避難しましょう!」

 立ち上がろうとしたタニアが大きな地揺れに足をとられ、その場に尻餅をつく。その拍子に栗色の短髪に挿していた髪飾りが落ちそうになるのを、タニアは慌てて抑える。

「──マークルフ様!?」

 リーナが大きく目を見開いたが、やがて意を決したように口をきつく結んだ。

「ど、どうかしましたか、姫様!?」

「マークルフ様が呼んでいます! 行かないと──」

「よ、呼んでるって、声なんて全然、聞こえないですよ!? それに男爵は戦場──」

 リーナは慌てて部屋を飛び出した。

「少し留守にします! タニアさんは先に避難をしていてください!」

「る、留守にしますって、姫様、いったいどこに──帰っても街なんてなくなってますよ!?」

 タニアの制止の声を無視して、リーナは階段を駆け下りると、館の中庭へと飛び出した。

 館を囲む塀の向こうでは住人たちの怒号や悲鳴が交錯していた。 

「グーちゃん!」

 リーナは剥き出しになっている中庭の地面に呼びかけた。

 やがて、地面が薄く輝き、その中から鎧に似た鋼の巨人が浮かびながら姿を現し始める。

 エンシア文明期に開発された“鉄機兵”と呼ばれる機械の巨人だ。

 《グノムス》の名を持つこの鉄機兵は、エンシア王族の姫であったリーナの守護者として開発された機体だ。先の“機神”との戦いでの損壊が修復されないままの痛々しい姿だったが、地中を自在に潜行する能力などはいまだに健在であり、いまもリーナに付き従っている。

「マークルフ様が呼んでるの! わたしをそこまで連れてって! お願い!」

 《グノムス》の胸の装甲が開いた。その中は空洞になっており、人が一人、入れるようになっていた。

 リーナは差し出された《グノムス》の手を足場にして中に乗り込んだ。

「グーちゃん、急いで!」

 《グノムス》に会話の機能はない。だが、主人の切迫した様子に応えるように、すみやかに胸の装甲を閉じた。そして、彼女を乗せたまま、再び地中へとその姿は沈んでいった。



巨人が群衆が入り乱れる街へと近づいていた。

 その歩みはまさに鈍重だったが、その規格外の大きさだ。足音がする度に一挙に距離が縮まっていった。

 その巨人が、目の前の異変に気づいて足を止めた。

 自らが巻き上げた粉塵のなかで紅く輝く紋様が浮かび上がったからだ。  

 巨人が足を止めたことで、粉塵が少しずつ晴れていく。

 その中から現れたのはマークルフだった。

 全身を囲むように光の紋様が展開し、鎧のようにその姿を包んでいる。

「まったく、こっちの台本を滅茶苦茶にしやがって。目立ちたいならビルバスのおっさんのところに行きな。てめえらなら、“七巨星”に間違いなく採用だぜ」

 マークルフは口元の血を拭いながら軽口を叩く。

 普通の人間なら骨が何本か折れているところだ。だが、マークルフの胸には“心臓”と呼ばれる古代の強化鎧の制御ユニットが埋め込まれており、その肉体は鎧の装着に耐えられるように強化されている。全身に浮かぶ光の紋様も、強化鎧の緊急装着の要請信号だ。本来なら鎧の部位をそれぞれ装着するためのものだが、現在は彼女・・を呼ぶためのものとして働いている。

「ぐああああぁあーーー!!」

 巨人が唸りをあげて振り上げた拳を叩きつけた。

 そのあおりで吹き飛ばされながらも、マークルフは横っ飛びに避けた。地面に拳がめり込み、地面を転がるマークルフを大きく揺さぶる。まともに喰らったら強化された肉体でもひとたまりもない。目覚めたばかりなのか動きが鈍いのだけは幸いだ。

「マークルフ様──キャッ!?」

 自分の名を呼ぶ少女の声にマークルフが顔を上げる。

 近くの地面から胸の装甲を開いた《グノムス》が浮上し、その中からリーナが慌てて地面に降りようとして──思いっきり尻餅をついていた。

「リーナ!? いきなり近くに現れるな! 危ないだろうが!」

「ご、ごめんなさい! でも、マークルフ様が危ないと思って──」

 その間にも巨人は今度は右足を持ち上げ、二人をまるごと踏みつぶそうとする。だが、支えていた左足の地面が急に陥没し、バランスを崩した巨人は思いっきり後ろに転倒する。

「グーちゃん! ありがとう!」

 《グノムス》には地中潜行だけでなく、土や岩などを変化させる能力も持っている。いまも巨人の足元の地形を操作し、二人を助けたのだ。

「グーの字、こいつを持ってろ」

 マークルフは《戦乙女の槍》を《グノムス》に投げ渡した。鉄巨人は器用にそれを受け取ると、地面を割って槍ごと地中へと姿を消した。

「さあて、やるぞ、リーナ!」

 マークルフが手を差し出す。

「はい!」

 リーナもそれに応えるように手を伸ばす。

 マークルフの手が彼女の手を掴んだ瞬間、リーナの姿が輝きだし、光の粒子となってマークルフの周囲に展開した。粒子が全身の光の紋様に沿って集まり、眩い装甲となってマークルフを包んでいく。

 巨人はようやく身体を起こそうとするが、黄金の軌跡がその顎を捉え、その巨体は砂塵をまきあげながら再び地面に倒れた。



「お、おい!?」

「あれは!?」

「お、俺、見たことある! あれは──」

 避難のためにひしめきあっていた街の住人たちが足を止める。

 街の向こうでまきあがった砂塵が晴れ、そこから彼らにとっての希望の“光”が現れたからだ。

 輝く鎧を纏った騎士は宙に留まったまま、地面に仰向けに倒れた巨人を見据えていた。

 巨人が怒りの咆哮をあげ、その腕で目の前に浮かぶ騎士をなぎ払う。しかし、その巨大な腕は空振りし、いつの間にか、騎士は巨人の眉間に立っていた。

 人々の中から歓声が沸き上がる。

 彼らは知っていた。

 この黄金の騎士がかつて“機神”を打ち倒し、その後も“聖域”に現れては人々を救ってきたことを。そして、その正体がマークルフ=ユールヴィングではないかと噂されていることも。

 その真偽は確かではなかったが、いずれにしろ、この騎士が自分たちを救うために戦う勇士であることを疑う者はいなかった。



『目覚めたばかりで悪いが、また眠ってもらうぞ』

 黄金の装甲を纏ったマークルフが巨人の眉間に立ちながら告げた。

 これこそが、リーナの持つ戦乙女の力によって再現された古代の強化鎧《アルゴ=アバス》の姿だった。

 オリジナルは“聖域”の影響で力を十分に発揮できないまま、“機神”との戦いで大破していた。しかし、リーナが身を変えたこの鎧は、“聖域”の制約を受けずに全ての力を発揮することができる。本来、“機神”を倒すほどの性能を誇ることもあり、この“聖域”の頂点に立ちと共に、その番人的な存在となっていた。

『──うおッ!?』

 巨人が起き上がった。いや、浮かび上がったのだ。

 その重量を感じさせない急な浮上にマークルフは意表を突かれた。さらに巨人は途中で止まり、マークルフだけが慣性で上に飛ばされる。

 マークルフは背中のバーニアを展開して姿勢を制御しようとするが、それよりも先に巨人が両掌でその姿を挟み潰した。

 岩盤のような掌に押し潰されては、どのような鎧も原型すら留めることはできないだろう。

 だが、その両手が内側から押し開かれる。

 マークルフが《アルゴ=アバス》のパワーを上げ、両腕を押し広げてその圧力から逃れようとしていた。

『宙に浮かべるとはな……古代の科学者も変わった実験をしやがるもんだ!』

 巨大な両手の甲を刃が貫く。それは《アルゴ=アバス》の両手甲から展開した、一対の湾曲した刃──“魔爪”(オニキス)だった。

『ぐぁああああーー!?』

 巨人が悲鳴をあげて両手から刃を抜いた。解放されたマークルフはその場から離れようとするが、背後からの超質量の不意打ちを喰らった。

 マークルフは地面に叩き付けられ、岩盤の山に半ば埋もれるように倒れ込む。

『……チッ、大丈夫か、リーナ?』

『私は大丈夫ですが、マークルフ様は──』

『安心しろ。戦いが終わったら、後で背中に薬を塗ってくれ』

『……本当に大丈夫ですか』

 マークルフは立ち上がった。

 巨人は空中で後ろ向きに回転し、足でマークルフを背後から蹴り飛ばしたのだ。

 巨人は空中で滑らかに体勢を立て直す。

 巨人の飛行能力は想像以上に素早い。本体の動きが鈍くとも、空中で自在に動かれてはその巨体はさらに厄介なものとなる。

 マークルフは背中のバーニアを噴かすと巨人へと飛びかかった。

 巨人が拳で迎え撃つが、マークルフはそれを素早く躱して懐に飛び込む。

『下!』

 リーナの警告と同時に、身体を空中で捻った巨人の膝が死角から迫る。

 マークルフはそれも躱すが、さらに巨人は手刀で薙ぎ払う。それを間一髪で避けたマークルフはすれ違いざまに“魔爪”で手を斬り裂くが、巨人の猛攻は止まらず、今度は身体ごとぶつかってきた。さすがに巨体そのものから逃れる余裕はなかった。

『うざってえッ!』

 マークルフは右の“魔爪”を巨人の胸に突き刺す。その刃から破壊の“力”が流れて巨人の胸が赤熱したように紅くなる。近くの機械化された部分が火花を散らし、巨人の動きが少しだけ重くなる。マークルフは足で巨人の胸を蹴って刃を抜くと、苦悶に身をうずくませる巨人から離れた。

『飛んで踊れる巨人というのは初めて見たぜ。だが、こっちはもう戦乙女と踊っているんでな。そう長くは相手はしないぜ』

 巨人は顔を上げると、怒りの形相を見せながら掴みかかる。

『狙いは分かるな、リーナ!』

 マークルフが装着者と強化装甲の繋がりを通して、リーナに意思を伝える。

 巨人の飛行能力は慣性を無視しており、動きの予想がしづらい。だが、それが改造で付与された能力であるなら、機械化された部分を破壊すれば止められずはずだ。

『待ってください! あれは──』

 リーナがセンサーで巨人の上空にいる何かを捉え、それがマークルフの前の視界モニターに表示される。

『こいつは、さっきの!?』

 それはさきほど降ってきた球体と同じ物だった。しかもその数は二十近い。

 降ってきた球体は直前で骸骨の姿になると、巨人の身体に取り付いた。そして、その顎で巨人の身体に噛み付く。

『やだ、こっちにも来ますよ!』

 リーナが気味が悪そうに告げた。最強の強化装甲と化しても骸骨は苦手らしい。

 だが、マークルフもそれは同感だ。

 降ってくる球体の群れをマークルフは避ける。だが、通り過ぎたと思った球体は途中で止まり、その一つが腕を伸ばしてマークルフの足を掴んだ。動きが止まった隙に骸骨が二体、マークルフに取り付き、噛み付いてきた。先ほど同じように回転する歯で《アルゴ=アバス》の装甲を削ろうとするが、またしてもアゴの方が耐えきれずに破裂する。

『や、やだ、やだ、マークルフ様、早くとって、とって!』

『やかましい! 耳元(?)で騒ぐな!』

 マークルフは両腕の“魔爪”でそれぞれの骸骨の頭を破壊すると、力を失ったように離れて地上に落ちていった。

『大丈夫か、リーナ?』

『は、はい……よく分かりませんが、私に噛み付いて“力”を吸い取ろうとしたみたいです……うまくいかなかったみたいですが……』

『力を?』

 暴れる巨人の身体に骸骨が群がっていた。骸骨は巨人に噛み付き、回転する歯で表面を削り取り、何かを吸い取るように顔を埋めている。しかも球体はさらに落下してきており、骸骨はさらに数を増していく。まるで巨大な虫に集まる蟻の集団のようだった。

『……魔力を吸っているのか』

 その異様な光景にマークルフは注意を向ける。骸骨が特に群がっているのは機械化された部分だ。しかも先に取り付いていた骸骨は身体を真紅に輝かせると、球体に戻ってまた上空へと飛んでいき、入れ替わるように新たな球体が落下してくるのだった。

『あれは──』

 マークルフとリーナが同時に気づく。

 《アルゴ=アバス》の視界センサーが上空にいる何かを捉えた。最大望遠にしてもその姿が何かははっきりとはしないが、かなりの大型のものだろう。この球体もそこから落下してきているに違いない。

 巨人が地面に落下し、地上が激震した。苦悶にのたうちまわる回り、いくつかの骸骨が押し潰されるが、他の骸骨たちは器用に身体を這い上りながら、取りつくの止めなかった。

『何かは知らねえが、黙って見ている訳にはいかないようだな──やるぞ!』

『はい!』

 マークルフは両腕を胸の前で交差させた。左手甲が右手甲と連結し、右腕に合体手甲が完成する。両手甲の“魔爪”が展開し、湾曲した一対の刃が“鋏”のように前面に迫りだす。

 真下の地面がひび割れ、そこから《グノムス》が姿を現した。手にしていた《戦乙女の槍》を構えると、マークルフに向かって投げつける。

『その命運! ここに断ち切る!!』

 槍を空中で受け取ったマークルフは、《アルゴ=アバス》に搭載された最大兵装の発動コマンドを唱えた。

 合体手甲の刃が赤熱するように輝き、一対の刃の輝きは、やがてそれに挟まれる形で手に握られた《戦乙女の槍》を同様に輝かせ始める。

 〈アトロポス・チャージ〉──《アルゴ=アバス》が誇る超弩級ジェネレータの全出力を破壊の力として武器へと付与する攻撃システムだ。その付与される力は膨大であり、現存するなかでそれに耐えられる武器は《戦乙女の槍》だけである。

 強大な破壊の力を宿して震撼する神槍の狙いを、巨人へと定める。

 その間にも骸骨がマークルフの方に降下してくるが、発動と同時に輝きを増した装甲に弾かれ、砕け散った。

 巨人に群がる骸骨たちがその強大な力に反応してこちらを向いた。

『もう、遅えッ!』

 爆発的なバーニアの開放によって、マークルフは光弾のように巨人へと突撃する。

 骸骨は球体になって上空に逃げるが、触れたそれらを粉砕しながら《アルゴ=アバス》は突進する。

『うおおーーーッ!!』

 巨人へと到達すると構えた光の槍をその巨体へと叩き付けた。

 その瞬間、全てが閃光に包まれ、逃げる骸骨もろとも巨人の姿がその中へと消えていった。



 閃光が収まった時、周囲は巨人がいた場所を中心に大地は広範囲にわたって抉れていた。

 あの途方もなく大きな巨人も、群がっていた骸骨も、その全てが消え去っていた。

『……片付いたか』

 マークルフは荒野と化した周囲を見渡し、手にした槍を見つめる。

 槍は付与された力を全て開放し、元の姿へと戻っていた。〈アトロポス・チャージ〉に耐えることができるとはいえ、あくまでこの槍は代用でしかない。その破壊力の制御にはまだ課題が残されていた。

 《アルゴ=アバス》の装甲が光の粒子と化し、マークルフから離れた。粒子は一つに集まり、やがて、リーナの姿へと戻っていった。

「やれやれ、これでまた筋書きの練り直しだな」

 戦いは決着したが、これによって近辺の紛争に間違いなく影響が出るだろう。傭兵ギルドの取材の対応もしなければならない。

「まあ、『草』相手の戦いを考えなくて済んだだけマシか」

 マークルフはその場に腰を下ろした。《アルゴ=アバス》の着用は装着者の肉体に過度の負担を残すのだ。w

「……どうかしたか、リーナ?」

 リーナが黙って何かを考えているのを見て、マークルフは訊ねた。

「いえ、あの骸骨、心当たりがあるかもしれません」

 リーナが深刻そうな顔をして答えた。

「骸骨の知り合いでもいるのか?」

「違います! 本気で言っているんです」

 リーナが口を尖らせる。

「分かってるさ。だが、ここで話をしてもしょうがない。帰ってから聞くさ」

 マークルフは重くなった足でよろよろと立ち上がると、振り返る。

 だが、そこには地面から上半身を出した《グノムス》と、その中に乗り込むリーナの姿があった。

「お、おい! 一人で帰る気か」

「グーちゃんは一人乗りなんです」

「いや、詰め込めば二人、入るだろ? いままでそうしてきたじゃないか?」

「ダメです。この前だって胸触られましたし、問題がありすぎます」

 リーナはまだ口を尖らせていた。どうやら、さっきの冗談が通じなかったらしい。

「いや、わざとじゃねえんだ。狭いんだからしょうがないだろ……それに、もう身体が動かねえよ」

「どうぞ、お休みになっててください。後でログさんに迎えに来てもらいます」

 《グノムス》は胸の装甲が閉じると、無情にもリーナだけを乗せて地面へと沈んでいった。

「……」

 取り残されたマークルフは、途方に暮れて空を見上げる。

 先ほど、遙か上空にいた何かは肉眼では捉えることはできなかった。

 だが、リーナは何かを知っている口ぶりだったが、あの様子ではしばらく機嫌は直らないだろう。

 マークルフは地面にうつ伏せに寝転がる。

「あーあ、ツいてないな、今日は……リーナの薄情者~~」

 リーナに背中をスリスリしてもらうのを楽しみにしていたマークルフは、自分の不用意な冗談を後悔して手足をジタバタするが、やがて虚しくなって地面に突っ伏すのだった。



「ちゃんと見てますよ」

 《グノムス》の中にいるリーナは、周りに映しだされる地上の様子を見つめていた。

「でも、たまにはお灸を据えないとね。面白いからログさんたちが来るまで、こうしてよっか」

 ふて寝するマークルフの姿にリーナは悪戯っぽい笑みを浮かべると、《グノムス》に楽しそうにささやくのだった。

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