影で動くのは
“聖域”の中心に位置するクレドガル王国。
“聖域”内の国々の盟主的立場の王国だが、一年前に“機神”が覚醒し、その暴走により本土に大きな被害を受け、その傷はいまも完全には消えていない。
それでも復旧は続き、自粛されていた宴なども以前のように行われるようになっていた。
本日行われる宴は、ルーネアス侯爵家の嫡子の婚約の祝いであった。
侯爵家の嫡子はまだ幼少だが、隣国のアルチア伯爵家の同じ年齢の令嬢との婚約が成立したのである。
ルーネアス家はクレドガル王国の有力諸侯の一つであり、アルチア家も隣国では長い歴史を持つ名家として知られている。
有力家同士の縁談とあり、諸侯の間では両国の友好を結ぶものとして期待されていた──しかし、それは表向きのことに過ぎない。
ルーネアスはクレドガル王国の国王を支持する反フィルディング派だったが、アルチアはフィルディング一族に連なる家柄だ。
侯爵家は先の“機神”の暴走により領地に大きな被害を受け、その建て直しのためにアルチア家から多くの援助を受けていた。
今回の縁談は侯爵家がフィルディング一族と繋がりを持つという意味では、反フィルディング派にとっては大きな痛手と受け止められていたのだ。
「でも、こちらとしては好都合ですわ」
「はっきり言うね。だが、その通りだ」
侍女として付き添うエルマに、杖を突いて歩くバルネスは失笑で答える。
この宴にはフィルディング一族の有力者も参加し、バルネスも侯爵の友人として宴に参加していた。
反フィルディング派の頭目バルネスが、フィルディング一族と同じ場所に立つことのできる、またとない機会であるのだ。
「エルマ、いろいろと見て回るかもしれない。しばらく、付き添いを頼むよ」
「はい。承知しております」
エルマは侍女として恭しく答えるが、バルネスたちの狙いは宴を楽しむことではない。
マークルフから“機竜”を操る黒幕がこの地にいる可能性を聞いており、バルネスもこの宴に黒幕が参加している可能性を考えていた。
それを確かめるために、エルマに“機神”の信号を捉える受信機を隠し持たせている。
エルマは、“機神”からの信号を集め、かなりの解析を進めていた。もし黒幕がここで“機神”を介して“機竜”に命令すれば、その信号を捉えることができ、その正体に近づくことも可能になるのだ。
「……問題は黒幕が信号を出してくれるかだな」
「期待しましょう。男爵の暗殺に失敗してから、“機竜”の動きが活発になっているようですし、黒幕さんも焦っているようですから」
宴は複雑な背景はあったものの、何の問題もなく華やかに進行した。
バルネスも多くの諸侯たちと交えながら、宴の舞台をゆっくりと移動していく。
目的はフィルディング一族に連なる者たちだ。
その姿と身分を確認し、その時間もエルマは密かに記録していた。
「……エルマ。あの男のことは気にしておいてくれ」
バルネスが示したのは、宴の真ん中のテーブルで諸侯たちと会話している男だった。
大柄で獅子のようなアゴ髭を伸ばした中年の男だ。
大げさな身振り手振りからも、豪快な気質であることが見て取れる。
「あの方ですか」
「ラングトン=フィルディング子爵。このクレドガル王国に基盤を置くフィルディング一族の有力者だ。儂は彼奴が今回の黒幕の可能性が高いと睨んでいる」
バルネスはエルマに飲み物を所望する。
エルマは近くのテーブルからワイングラスをとり、バルネスに差し出す。
そうして、二人は休憩をとるように見せながら、ラングトンの動きを注視する。
「半年前に先代の子爵が逝去し、彼奴が跡を継いだ。それから、“機竜”が動きだすまでに間もない。先代はこの国では子爵の地位だったが、一族のなかでは力を持つ有力者であった」
「おっしゃりたいこと、分かりましたわ」
エルマもうなずく。
黒幕は“機神”に命じて“機竜”を動かしている。黒幕は“機神”の制御装置を持つ者であることは間違いない。制御装置を持つのは複数いるらしいが、同時にその命令の優先権も決まっているらしい。
“機竜”の件について黒幕が独自に動いているとしたら、“機神”への優先権が高い者になるだろう。それは一族でも身分が高い者であるはずだ。
「先代は慎重な男だった。ヒュールフォンの影に隠れて目立たなかったが、実際にはヒュールフォンの監視役だったという話もある。しかし、ラングトンは先代とは気質は正反対らしい。ヒュールフォンの影で大人しくせざるをえなかったようだが、いまは自らを縛る者がいなくなり、かなり自由にしているらしい」
「確かに疑わしいですわね。あの方についてはもっと詳しく監視するといたしましょう」
エルマはこっそりとエプロンドレスに仕込ませた受信機の感度を上げる。
もし、ラングトンが“機神”に命令を出せば、それを逃すことはないのだ。
宴も終わりに近づき、帰り支度を始める者も出始める。
バルネスたちも監視対象のラングトンたちも退席したのを確認し、帰る準備をしていた。
屋敷に戻り、一刻も早く受信機の記録を確認しなければならないのだ。
「これはバルネス大公閣下ではございませぬか」
しわがれた老人の声が、帰るところだったバルネスたちを呼び止める。
「このような所でお目に掛かるとは奇遇でございますな」
声の主は車椅子に腰掛けた、バルネスよりもさらに齢を重ねた老人の姿だった。
若い娘が車椅子を動かしており、彼らはバルネスたちにゆっくりと近づいてきた。
「……あの方は?」
バルネスが警戒に目を細めたのに気づいたエルマが小声で訊ねる。
「かつてのフィルガス戦役から縁がある人物でな……フィルディング一族の最長老と呼ばれる男だ」
やがて、車椅子の老人はバルネスたちの前に辿り着く。
「ここで貴殿にお会いするとは思わなかったよ、ユーレルン=フィルディング老」
「これも巡り合わせというものでございますな」
バルネスが声をかけると、ユーレルンと呼ばれた老人は連れの娘に身体を支えられながら、恭しく頭を下げた。
正装をしているが、この場にいる諸侯たちに比べれば地味な衣装だ。その表情もシワだらけであるが、好々爺然としており、全く華など感じさせないでいる。
しかし、一見、どこかの田舎の老貴族のようなこの老人こそ、世界を裏で席巻するフィルディング一族からも一目置かれる人物なのだ。
「そうだな。貴殿とはフィルガス戦役からの長い縁になるな。ここにルーヴェンがいれば、面白い昔話がいくらでもできるのにな」
「ふぉふぉ、懐かしい話でございますが、いまは隠居の身の上。それに孫娘の前ゆえ、どうかご容赦を──」
まるで昔の若気の至りでも恥ずかしがるかのように、ユーレルンは困った表情をする。
「そうそう。そのルーヴェン卿の後継者たるマークルフ=ユールヴィング男爵殿は今回は参加されていないようですな」
「うむ。噂には知っていると思うが、領地が“機竜”と思われる兵器に攻撃され、その復旧を優先している」
「まさかとは思ってましたが、伝説の“機竜”の噂は本当だったのですな。それはまた、物騒な話ですな」
ユーレルンは大層驚いたように、何度も首を縦に振った。
「しかし、残念でございますな。実は孫娘が最近、男爵に熱を上げておりましてな。今回も男爵にぜひお会いたいとせがまれ、こうして出席したのですが──」
「お、お祖父様──」
ユーレルンの後ろに立っていた娘がはじめて慌てたように表情を崩した。
「ご紹介いたします。孫娘のエレナですじゃ。ほれ、ご挨拶をしなさい」
エレナと呼ばれた娘は、その美しい表情こそ硬かったが、上品な仕草でバルネスに会釈をする。祖父に合わせるように地味なドレスだったが、着飾ればさぞや、見る者を惹きつけただろう。
「男爵もまだ独り身。いかがでしょう。ぜひ、このエレナのことをお考えいただけないでしょうか」
「お祖父様!」
エレナが困惑を隠しきれないように言った。
「いいかもしれないね。今度、伝えておくとしよう」
バルネスも笑いながら答えた。
ユーレルンが咳き込む。
エレナが慌ててハンカチで祖父の口元に添えた。
「……いや、申し訳ございません。孫のためとはいえ、この老体で宴はちと身体に堪えたようようです」
「我らもそろそろ帰るところだ。貴殿もゆっくり休まれる方がよいだろう」
「お気遣いありがとうございます。では、これにて失礼いたします」
ユーレルンたちは頭を下げると、やがて去って行った。
孫娘に押されて去って行く車椅子の老人をバルネスは黙って見送る。
「残念でございますね。昔話はぜひお聞きしたかったですわ」
エルマが言うと、バルネスは苦笑する。
「なに、あの戦役では罠にかけられたり、こっちが襲撃仕返したりしたぐらいじゃよ。ルーヴェンの話術があれば、面白い話として聞かせられたかもしれんがね。しかし、とっくに隠居しているあの男がわざわざ出向いてくるとは、気になるな」
「あの方も今回の件に関わっているのでしょうか?」
バルネスは少し考えたが、首を横に振った。
「知らないわけはないな。じゃが、彼奴が裏で糸を引いているとは思えん。今回のような性急なことをする男ではない……まあ、いずれ分かる。さあ、帰ろう。坊主も連絡を待っているだろうし、面白い土産話もできた」
「あのお嬢様のことをお伝えするのですか?」
「ああ。これほど面白い冗談もなかなかないだろう」
「確かに。男爵がどんな反応をするか、楽しみですわね」
エルマも少し悪戯っぽく笑うのだった。
「ラングトン卿、お久しぶりでございますな」
空も暗くなりはじめたなか、護衛を連れて帰りの馬車へと向かっていたラングトンを、老人の声が呼び止める。
護衛がすぐに前に出るが、ラングトンは相手に気づくと手で制し、自ら前へと出る。
「これは老。このような場でお会いするとは思っておりませんでした。ご健勝でなによりでございますな」
ラングトンが一族の長老に対して敬意を表するように恭しくお辞儀をする。
「それにエレナ嬢もお美しくなられましたな。老もさぞや鼻が高いでしょうな」
そう言ってラングトンは豪快に笑う。
「ラングトン卿も相変わらず、強壮で羨ましい限りですな」
孫娘に車椅子を押させて訪ねてきたユーレルンも満足そうにうなずく。
「それで、このようなところでどのようなご用件かな?」
「なに、たまたまお姿を拝見したもので、一言だけ伝えたいことがございましてな」
「それは何でしょうか?」
ラングトンが手を後ろに組み、拝聴するように立つ。それは自分が生まれる前からフィルディング一族の重鎮だった老人への礼儀のつもりなのだろう。
「ユールヴィングの追求がそなたにも迫っておる。気をつけなさい」
ユーレルンの声色が変わり、ラングトンも表情を硬くした。
「儂にはそなたをどうこうするつもりはない。だが、そなたまでが何かあれば、ヒュールフォンに続き、一族は大きな損失をすることになる。それは避けたい」
ラングトンは背を向けた。
「随分と弱気ですな、老よ。お言葉ながら、すでに一族はユールヴィングに二度も敗退しているのです。このまま手をこまねいていては、一族のさらなる繁栄はなりません」
「あくまで一族の繁栄を望んでということかね」
「無論。むしろ、いま手を打たねば今後の衰退のきっかけにもなりましょう」
有無を言わせぬように、ラングトンは告げる。
「……ならば良い。儂の望みもまたフィルディング一族の変わらぬ繁栄──虚飾と偽りすら武器と絆にする世界に生きてきたが、これだけは嘘をつくこともねじ曲げることもしなかった。だから、儂はこの年まで生かされてきたのじゃよ」
「それが老の長生きの秘訣ということですか。私もぜひ見習うことに致しましょう」
「お節介だとお思いじゃろう。じゃが、一族のためにも、そなたには長生きしてもらわねば困るのでな」
「はっはっは、老にそこまで気を遣っていただけるとは光栄ですな。もちろん、私も志半ばに死ぬつもりなど毛頭ございません。我らフィルディング一族のさらなる繁栄のための礎となる所存にございます」
同乗の誘いを断り、ユールレンたちはラングトンの乗った馬車が去って行くのを見送った。
「……お祖父様。冷えますから、そろそろ戻りましょう」
エレナが声をかける。
「どうやら、老いぼれジジイの老婆心など、役に立たなかったようじゃよ」
老は車椅子に背を預け、ため息をついた。
「あの男は儂よりも長生きできぬかも知れぬな」
「ユールヴィングに負けると──」
「それだけで済めば傷は浅い。問題はその傷が一族全体に広がることだ」
老はゆっくりと頭を振る。
「一族のために生きられない者は長生きできん。傷が化膿する前に患部を切除することで、一族は存続してきたのじゃから──」
「あらら!? 何よ、これは!?」
別荘に戻り、自室でくつろいでいたバルネスの耳に、隣の部屋からエルマの声が響いた。
「どうかしたのかね?」
様子を見にバルネスが部屋の扉を開けた。
そこには脱ぎ散らかした侍女服と、髪を下ろし、下着姿で机にしがみついているエルマの姿があった。
「先手を打たれたちゃいました」
がっかりしたようにエルマが机に突っ伏す。
「何があったのかね」
エルマが手の上で転がしていた小さな受信機を机に放った。
「受信機の魔力が切れていました」
「そうか。やはり、保たせるのは難しかったか」
“聖域”では魔力の消耗が激しく、まともに機械を動かすのは難しい。魔力自体は封印して保管できるが、機械に使えばあっという間に消費する。
この受信機にしても、普段は待機状態にして、必要な時だけ感度を上げる。それも相手の強力な信号を捉えるだけの受動的な機能に絞り、魔力の消耗を極力抑えることでやりくりして動かしていたのだ。
「信号は捉えられなかったか」
「逆です。ずっと信号を捉えていました」
エルマの投げやりな返事に、バルネスが眉を潜めた。
「わたしたちの近くから、微弱な信号がずっと発信されていたみたいで、それを受信し続けた受信機があっという間に魔力切れになってました」
「……なるほど。わたしたちの目的を察して、妨害に出たというわけか」
バルネスは近くの椅子に腰かける。
「“機神”の制御装置を持つ者が逆にわたしたちを監視していたということか」
「でしょうね」
「……ユーレルンか」
宴に出席していたフィルディングの有力者たちの行動はだいたい把握していたが、こちらを監視している暇はなかった。
他に考えられるのはあのフィルディングの最長老だけだ。
「あるいは、あの孫娘さんの方かもしれませんよ」
エルマが付け加える。
「どちらにしても、こっちの持つ受信機の特性を把握して、妨害する手段を考えるのですから、機械に詳しい者がついているのかもしれませんね」
エルマは停止した受信機を睨みながら、何かを考えているようだった。




