竜を追って
古代エンシア文明の戦闘兵器“機竜”が、“機神”復活のために活動を開始。さらにそれらを操る黒幕からと思われる暗殺者たちがマークルフたちを狙う。暗殺者は撃退するも、その騒動に乗じるように“機竜”がユールヴィング領に侵入。謎の協力者たちの力で何とかその攻撃をしのぐことができた。
少なくない被害を受けたマークルフだが、民の前であらためて“機竜”との戦いを決意するのだった。
「マークルフ様、腕の包帯をお取り替えいたしますわ」
自室の扉が開き、ソファに座っていたマークルフの背に声がかかる。
薬箱を持ったリーナだった。
「何だ? リーナがしなくても、他の奴らにさせればいいだろ?」
「いいえ。私も無関係ではありませんから。これぐらいはさせてください」
「すまんな。それじゃ、頼むか」
マークルフはソファの横から包帯を巻いた左腕を出した。
リーナはマークルフの腕をとり、包帯を外そうとする。
マークルフの左腕が肩から外れ、床に落ちた。
「───きゃああああぁあああーーーー!?」
リーナが思いっきり驚き、その場に尻餅をついた。
「う、うでが、腕が──」
狼狽するリーナの前で、マークルフは服の中から左腕を伸ばした。その腕には腫れ上がった負荷の痕はほとんど残っていなかった。
「よく出来ているだろ。試しに作らせてみたんだ」
マークルフは作り物の左腕を拾い上げると、唖然とするリーナに見せた。
「試す相手としては素直すぎるが、これだけ騙せるなら使い道もありそうだな」
マークルフは満足しながら笑った。
「笑い事ではありません!」
まだ心臓が高鳴るリーナが顔を真っ赤にして叫ぶ。
「心配していたんですよ! こんなイタズラなんてしないでください!」
「イタズラではない。こういう時に試作させておかないと、いざという時に作らせてからでは遅い。技術とはそういうものだ」
「もっともらしく、言い訳しないでください!」
リーナは頬を膨らませると、偽の左腕を掴み取り、マークルフの頭をコツンと叩い──
ボンッ
義手が折れ、マークルフの頭で爆発した。
「きゃああぁああーーー!? ま、マークルフ様!?」
再び腰を抜かしたリーナ。
「だ、大丈夫ですか!? わわたくし、なんてことを!?」
「安心しろ。そいつは派手なだけで、威力なんてほとんどねえ」
マークルフはソファに座ったまま、言った。
「な、なんでこんな仕掛けを!?」
「うむ。包帯巻いてたら何か封印してそうな気がするだろ。だから、何か仕込めないか試してみた」
マークルフは笑うが、その笑い声が弱々しくなっていく。
「……だが、さすがに脳天直撃は効いた……ちょっと、頭に薬塗ってくれないかな?」
「お断りします」
リーナが即答する。
「怒ったのなら、謝るから頼むよ」
「無理です」
「……ごめんなさい。すみませんでした」
「謝られても無理です。腰が抜けました」
「どうしても?」
「足腰が立てないような目にあわせたのはそっちじゃありませんか!」
ガチャ
扉が開き、ログが姿を見せる。
「……」
「……」
「……失礼しました。お話がつきましたらお呼びください」
慌てて振り向いたマークルフたちの姿を見て、ログは扉を閉める。
「ま、待て、ログ! おまえの気遣いはシャレに見えん! ちょっと待って!」
「……まったく、女将さんのおっしゃる通りでしたわ。こっちの気も知らずに笑ってばかり──」
「何か言ったか?」
「いいえ。独り言ですからお気になさらないでください」
まだ機嫌が直らずに顔を背けるリーナ。
頭に湿布を貼ったマークルフがその姿に肩をすくめる。
二人がソファに並んで座っていると、扉がノックされた。
「すみません。遅くなりました」
入ってきたのはログとマリエルの二人だ。
ログは手に大きな資料らしきものを手にしていた。
「それでは、私はこれで──」
「いや、リーナも一緒に聞いてくれ。これは“機竜”の件だ」
席を外そうとしたリーナをマークルフは止めた。
ログが目の前に資料を広げていく。それは地図だった。
マークルフたちは地図を囲む。
「いままでに“機竜”が地上に介入した場所を記しました」
ログが告げた。
地図には“聖域”の大まかな略図が描かれ、至る箇所に×印が記されていた。
マークルフは地図を俯瞰するように見つめた。
現在も“機竜”は魔力を集めるために、地上にある古代の遺産である魔物や遺跡などを“竜牙兵”に襲撃させている。地図の×印はそれらが眠っていた場所であった。
「……どう思う、リーナ?」
マークルフはリーナに訊ねた。
「×印はクレドガル王国の周辺と、南部のフィルガス地方に集中してますね」
リーナは答えるが、同時に疑問に首を傾げる。
「でも、遺跡ならもっと広範囲にあると思うのですが──」
「姫様の仰る通りそうですね。特にフィルガス地方はここに近い地域です。“機竜”を裏で操る側にしてみれば、場所を集中する利点はないはずです」
マリエルが答えた。
「向こうも“機神”を蘇らせる前に“黄金の鎧の勇士”と戦うことは避けたいはずです。“聖域”全体に範囲を広げた方が、こちらも“機竜”を追うことが難しくなるはずなのに、わざわざここに近いフィルガス地方を選んで範囲を絞り、危険を伴うような行動をしています」
マークルフはうなずき、リーナに言った。
「ここからは俺たちの推論だが、おそらく、黒幕は“機神”の記憶を頼りに、“機竜”を動かしている」
「《アルターロフ》の記憶……ですか?」
「そうだ。“機神”はおよそ三十年ほど前に旧フィルガス王国の領地から発掘された。当時のフィルガス王は“機神”復活のために“聖域”の外に運びだそうとして、この“聖域”の南端まで移送されている」
それは“聖域”内の全ての国家を巻き込む大きな戦乱となった。
現在のユールヴィング領である“聖域”外縁のこの地に運ばれた“機神”は起動を始めたが、完全復活する前にそれを阻止したのが、古代の強化装甲と神槍を手にしたマークルフの祖父ルーヴェン=ユールヴィングだった。
「その後、“機神”は中央の本国に運ばれ、そこに封印されていた。だが、一年前にも“機神”は復活するところだった」
リーナは苦い記憶を思い出すように、暗い面持ちでうなずいた。
一年前、旧フィルガス王家に連なるヒュールフォン=フィルディングが、自ら制御装置となって融合することで“機神”を目覚めさせた。その時に“機神”の動力として利用したのが、リーナに秘められた戦乙女の力だった。彼女を取り込み、その強力な光の力と対消滅機関で魔力を生みだし、自らの力としたのだ。
だが、フィルガスの亡霊の執念は、かつてと同じくユールヴィングによって阻止された。
ルーヴェンの形見だった《アルゴ=アバス》は破壊されたが、勇士の武器となる戦乙女の力に目覚めたリーナがその代わりとなり、マークルフは“機神”を停止させたのだ。
だが、“機神”を滅ぼすことはできなかった。
そして、新たにその力を欲する者も絶えることはなかったのだ。
「そう考えれば“機竜”の活動範囲も説明がつきます」
マリエルが言った。
「“機神”は魔導機械の探知機能がありますが、力を失っていた状態ではその範囲も限られたのでしょう。現在、“機神”が把握する魔力源は自身の行動範囲である旧フィルガスとクレドガル周辺のものだけと推測できます」
「つまり、“機竜”が現れるのはこの地域だけということなのですね!」
“機竜”を追う手がかりを見いだし、リーナの声に力が入る。
「まあな。だが、それでもまだ範囲が広すぎる」
マークルフは冷静に答える。
この地域に自分たちの知らない魔力源があることを考慮すれば、待ち伏せするにしても大きな賭けとなるだろう。
「だが、もう一つ、推測できることがあります」
落ち込むリーナに、ログが告げた。
「“機竜”を操っているのは“機神”ですが、その“機神”に指令を出している黒幕がいます。おそらく、フィルディング一族の中の誰かでしょう」
ヒュールフォンとの戦いで分かった事実があった。
それは“機神”を操る制御装置は複数あるということだ。そられを持つのも、おそらくはフィルディング一族の有力者だろう。
「“機竜”が“機神”の記憶だけを頼りに動いていることは、逆に言えば黒幕も他の地域のことは把握していないともいえる」
マークルフは考えていた。
この“機竜”を利用した計画がフィルディング一族の賛同を得たものなら、“聖域”各地に広がる一族たちが協力し、他の地域の魔力源の情報を集めていただろう。そうすれば、“機竜”の活動範囲も広がり、こちらが手を出すことが至難になるからだ。
それができないのは、今回の黒幕が独断で動いているという可能性も出てくる。
「そうすれば、黒幕がいるのは旧フィルガスとクレドガルのどこか。だが、旧フィルガス領にはフィルディングの有力者はいねえ。ならば黒幕がいると思しき場所はクレドガルだ」
ログもうなずく。
「クレドガル王国は王妃殿下がフィルディング一族に連なる出自のお方です。それに現在は復興のために、フィルディング一族の力を借りるのもやむなき状況。そう考えても、黒幕がそこで活動している可能性はありえないことではありません」
マークルフたちのやりとりを聞いていたリーナが、尊敬するようにマークルフを見る。
「イタズラばっかり考えていると思ったら、何だかんだで、ちゃんと今後のことをお考えだったのですね」
「当たり前だ。俺は“戦乙女の狼犬”だぜ」
マークルフは当然と言うわりには得意気にうなずく。
「……頭に湿布がなければ、もっと尊敬できましたのに──」
「もう、いいかげんに許してくれよ」
顔を背けて呟くリーナに、マークルフは困った顔でなだめようとするが、ログたちの視線に領主の威厳を慌てて取り繕い、咳払いをする。
「それで、爺さんの方から返事は来たか?」
マークルフがマリエルに訊ねる。
彼が“爺さん”と呼ぶのは、クレドガルの大公バルネスのことだ。
かつて祖父ルーヴェンと共にフィルガス王国と戦い、身分を越えて戦友となった人物だ。現在のマークルフの後見人も引き受け、老齢で一線を退いたが、いまも王国内の反フィルディング派の中心人物である。
「はい。大公閣下も向こうで探りを入れるとのことです。それに姉さんの方も、“機神”の信号の解析も進んでいるそうです」
大公は古代文明研究の援助でも有名で、研究者であるマリエルの姉エルマは現在も大公の下で働いていた。
「そうか。黒幕の首根っこを掴めれば、“機竜”をどうにかするのも楽になる。だが、こちらもそれだけをあてにもできねえ。これからいろいろと準備にかかるぞ」
ログとマリエルの二人もうなずく。
「でしたら、男爵もちゃんと姫様と仲直りしてくださいね。お二人がうちらの切り札なんですから」
マリエルが面白そうに言うと、リーナが顔を赤くする。
「安心しろ。もうすっかり仲直りしているさ」
マークルフがリーナの肩を抱き寄せようとするが、彼女はそれをかいくぐるように立ち上がった。
「マークルフ様、お怪我されているのですから、あまり腕で触られないほうがよろしいですわ」
リーナはすました顔で言うと、脇に置いていた折れた義手でマークルフの肩に手を置く。
「ご安心ください。いざという時にはちゃんとお力になりますから」
腕の行き場をなくしたマークルフに、マリエルが苦笑するのだった。
「なれなれしいのは、淑女に嫌われますわよ、男爵?」




