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導かれし先は

「ばあちゃん、だいじょうぶ?」

 フィーが酒場の客席の一つに座る女将を見て、心配そうにたずねる。

「大丈夫、ちょっと足をくじいただけよ」

 女将は左足をさすりつつ、心配かけまいと笑顔で答える。

 店内は地震でも起きたかのように散らかっていた。

 実際、あの天からの閃光の後に断続的に地響きが続き、フィーを庇おうとして慌てた女将は階段で足を踏み外してしまったのだ。

 幸い、女将たちは地下にいて大した被害は受けなかった。

 だが、人から聞いた話では、街に拡散した閃光の幾つかが街に降り注ぎ、家屋や人に被害が出たらしい。

 それも“黄金の勇士”が現れて盾になったから、その程度で済んだようだ。もし、あの閃光が直撃していればどうなったのか、想像すらも怖ろしい。

 フィーは動けない女将の代わりに、店の机や椅子を片付けていた。

 その姿を見ることができるだけ、自分は恵まれているのだろうと女将は自らを納得させる。

「女将さん、フィーちゃん、いらっしゃいますか?」

 酒場の扉を開いて入ってきたのは、外套を纏った一人の少女だった。

「リーナおねえちゃん!? 来てくれたの!?」

 フィーがリーナだと気づくと、大はしゃぎでその足元にしがみつく。

 じゃれているようだが、やはり心細かったのだろう。

「よかった。フィーちゃん、無事だったのね」

 リーナは腰を屈めると、フィーの頭をそっと撫でる。

「姫様、ようこそお越しくださいました」

 女将は立ち上がろうとするが、足を庇う姿を見たリーナが慌てて止めた。

「女将さん、足を怪我されているのですか? お医者様を呼びましょうか?」

「いいえ。ご心配なく。年甲斐もなく慌てすぎましてね。それより、いまはまだ混乱が収まっていないのですから、お一人で出歩かれるのはお気をつけください」

 現在、救護活動と治安の速やかな回復のため、男爵の部隊が街中に緊急配備されていた。だが、リーナのような少女が一人歩くのは危険だろう。

「ご心配なく。ちゃんと頼りになる護衛付きだから、安心してください」

「あ、グーちゃんだ!」

 フィーが外にいる機影に気づき、外に飛び出た。

 孫娘は地面から上半身を出している鉄機兵の前に来ると、嬉しそうにその頭にしがみつくのが見えた。

 女将もそのリーナに仕える鉄機兵のことは男爵から話を聞いていた。

「すっかり仲良しね」

 その姿を微笑ましそうに見ているリーナに、女将はお辞儀をする。

「ありがとうございます。フィーも少し、元気を取り戻したみたいです」

「いいえ。マークルフ様に頼まれたんです。女将さんたちの様子を見てきてくれって──」

「若様もご無事なんですか」

 リーナは少しだけ笑みを崩したが、すぐにまた微笑んだ。

「ちょっとお怪我をしましたけど大丈夫です」

「まあ、無理もありませんね。でも、良かった」

 女将は安堵するように胸を撫で下ろす。

「ただ、後のことがいろいろとあるみたいで、ちょっとお疲れのご様子なんです……お役に立てればよかったのですが、きっと私には言えないことなど、いろいろあるんだと思います」

 リーナが少し寂しそうな表情をする。

 女将にもその気持ちは分かった。

 リーナ姫をここに遣わしたのは、男爵が一人で何かをしたかったからだろう。そうでなければ親しい間柄とはいえ、この非常時に自分たちの安否の確認という私事を優先する人ではない。

「姫様を心配させるなんて、若様もしようがない方ですね。でも、気にしても損するだけですよ。後で何もなかったかのようにガハガハ笑っているんですから。先代様もそうでございましたからね」

 女将はいち早く元の場所に飾られたルーヴェンの肖像画を見つめながら苦笑した。

「だったら、こちらはこちらで、向こうに言えないことでもお話ししましょうか。若様の昔話なんていかがですか? こっちはオムツがとれない頃から知っておりますからね。若様に口止めされている面白い内緒話もございますよ?」

「いいんですか? そんなこと話してしまって?」

「構いませんとも。内緒話というのは、本人には内緒だから内緒話なんですよ。そのためにも、その人の傍にいる大事な人には伝えておく義務があるんです」

 リーナはきょとんとしたが、やがて少し照れるようにはにかむ。

「じゃあ、ちょっとだけ、聞かせてもらっていいでしょうか」

 リーナは苦笑しつつも、隣の席へと座った。

「そうだ、お菓子でもご用意しましょうか。丁度、若様の取り置きのお菓子がございますから──いいえ、この騒ぎでダメになったって言っておけばいいんですよ。もちろん、若様には内緒でございますよ」



「手の動きはどうですか?」

 研究室のメンテナンスルームにある寝台に腰掛けていたマークルフに、マリエルが声をかける。

 マークルフは両腕を前に向けながら、両手を握ったり開いたりした。

「大丈夫だ。派手に痛めたが神経にまで影響はなさそうだ」

 上着を脱いでいたマークルフの両腕は、まるで熱傷のように赤くなっていた。

 それは先刻、“機竜”の攻撃を退ける際に負った傷だった。

「しかし、《アルゴ=アバス》を纏ってここまで負傷するとはな」

「“機竜”の方もかなりの魔力を使ったようではありましたが、その破壊力は侮れないということです」

 “機竜”を操る黒幕は暗殺に失敗した場合、その騒動でマークルフたちが城に集中している時を狙って一気に葬ろうとしたのだろう。

 こちらもかなりの被害を受けたが、それでも“機竜”にかなりの魔力を浪費させたのだけはせめてもの幸いといえた。

 これで“機神”の復活にまた少し時間がかかることになるのだろう。

 検査表に目を通しながら、マリエルはため息をつく。

「仕方なかったとはいえ、無茶はしないでくださいね」

「できれば、な。それより、リーナの方はどうなんだ?」

「姫様の方は特にお怪我はありませんでした。強いて言えば、いつもよりお疲れになったぐらいでしょうか」

「仮にも戦乙女が身を変えた武具というわけか」

 《戦乙女の槍》もすでに回収は終わっていた。何者にも損なわれぬという戦乙女が身を変えた武器は、あの破壊の力に巻き込まれても全く損傷していなかった。

 リーナが戦乙女の力で変身した鎧についても同じということなのだろう。

「頑丈な相棒を持つと、こっちの身がもたないかもしれんな」

「まさにその通りです」

 マークルフは冗談のつもりだったが、マリエルは笑えないとばかりにため息をつく。

「どういうことだ?」

「壊れないということが問題なんです。もちろん、姫様がご無事なのに越したことはありませんが、その代償が男爵の肉体にそのまま負担になるんです」

「すると何か? 腕の怪我もそのためだというのか?」

 マリエルは黙ってうなずいた。

「強化鎧の装着は、鎧と装着者の動きを連動させるため、神経レベルでの接続状態になります」

「それは身をもって分かっているさ」

「なら、鎧が損壊すれば、装着者の肉体にも相応の負荷が跳ね返ることもお分かりですね」

「無論だ。“機神”の戦いの時はかなりこたえたぜ」

 マークルフは一年前の“機神”との決戦を思い出す。オリジナルの《アルゴ=アバス》を纏って戦ったが、その時に《アルゴ=アバス》は完全に破壊されてしまった。その時の肉体への負荷は尋常ではなく、いまでも鮮明に思い出せるほどだ。

「それでも負荷に耐えられたのは、鎧が壊れるからです。壊れれば装着者への反動もなくなります。そのこと自体が負荷を許容範囲に抑える設計といえるでしょう」

 マークルフはマリエルの伝えたい意味が何となく分かってきた。

「……リーナが身を変えた《アルゴ=アバス》は壊れない。だから、許容範囲以上の負荷が襲うということか」

「そうです。この件も、本来の《アルゴ=アバス》なら腕部は破損し、その時点で負荷は途絶えていたではずです。ですが、黄金の鎧は壊れないため、想定以上の負荷が男爵の腕にかかったのだと思います」

 マークルフはあらためて赤くなった両腕を見たが、やがて立ち上がった。

「つまり、リーナが平気な分、俺が余計な負担を引き受ければ済む話だ」

「……男爵ならそう言うと思ってました。ですが、今後の身体への影響は思っている以上に大きいかもしれないことは忘れないでください」

 マリエルが言った。

 彼女は鎧の管理者であると同時に、その装着者の肉体の管理責任者でもある。古代王国時代でも、強化鎧の使用は装着者への負担が大きく、装着者はいわば消耗品に近い扱いだったのだ。マークルフがリーナの力を使い続けることを危惧しているのだろう。

「分かったよ。何かあったら、すぐに相談するさ」

「お願いしますね。特に自律神経系統に異常を感じたら、すぐに教えてください」

「分かった、分かった。ともかく、この腕じゃ表に出られん。とりあえず、包帯でも巻いてくれ」



 城の施設の一部が開放され、そこは臨時の救護施設となっていた。

 破壊の被害地から多くの怪我人が運ばれ、城の使用人や傭兵部隊の従軍医師など、手当てできる者が休む暇もなく働いている。

 マークルフは開け放たれた施設のの前で、傷ついた領民たちの姿を見つめた。

 両腕に巻いた包帯を隠すため、外套を纏っていたが、その手に《戦乙女の槍》が握られているのに気づいた周囲の者たちはその場に畏まる。

 だが、誰もが疲れ果て、力なくうなだれていた。予想もしていなかった災難を前にしては、無理もないだろう。

 マークルフは黙って中に入った。

 領主が現れ、施設のなかの喧騒が一気に静まった。その場にいる多くの者たちの視線が集まる中、マークルフは施設の奥にある小部屋の前に進む。

 そこはすでに亡くなった者たちの遺体が安置されている場所だった。

 マークルフはそこで探していたものを見つける。

 自ら手にかけた裏切り者の部下の妻だ。

 妻は腕に怪我をしているらしく、包帯を巻いていた。

「大丈夫か?」

 沈痛な顔を浮かべてその場に立っていた妻は、マークルフの姿に気づくと黙って頭を下げる。

「お気遣いいただき、ありがとうございます。幸い、たいしたことはありませんでした」

「息子の方は無事なのか?」

「はい。きっとあの人が……守ってくれたのでしょう」

 妻が息子の名を呼んだ。

(馬鹿野郎が──)

 マークルフは内心で部下だった男に叫ぶ。

 懐柔され、理由され、あげくに家族を危険な目に遭わせ、目の前にいるのが夫の仇とも知らずに、妻が頭を下げなければならない。

 これ以上に馬鹿な話は、祖父のホラ話ですら聞いたことなかった。

 やがて、母に呼ばれて小さな男の子が部屋から出てきた。

 しばらく泣いていたのか、その目には腫れが目立っていた。

「坊主、父のことは聞いているか?」

 子供は黙って頷くが、再び涙を浮かべる。母親がその肩に手を添えると、顔を隠すように足にしがみつく。

 マークルフが最愛の祖父を失った頃よりもう少し幼いだろう。その胸中を思うと自分の胸も痛むが、あくまで領主として表情を変えなかった。

「お前の父はこの混乱の中でも敵に立ち向かい、俺を守るためにあの鉄骸骨の犠牲になった。お前の父の名は偉大な傭兵の一人として、なにより、この俺の記憶の中に永久に留められるだろう」

 息子は母にしがみついていたままだが、母親にうながされ、やがてマークルフの前に立つ。

 顔を隠すように自分の腕で目を拭き、マークルフを見上げた。

「お前の父ちゃんには礼を言えなかった。だから、代わりにおまえに言わせてもらう。そして、これがお前の最初の役目だ。このことをよく覚えておけ」

 マークルフは《戦乙女の槍》を目の前に掲げた。

 それは息子の父親の亡骸に向けてのものだ。

「英雄ルーヴェン=ユールヴィングより受け継ぎし“戦乙女の狼犬”の名と、神の娘の化身たるこの黄金の槍に誓って、おまえの敵は必ず倒す! おまえだけじゃない! この場にいる者たちの無念は、この地を襲った“機竜”とそれを操る“機神”を滅ぼすことによって、必ず晴らす!」

 マークルフはその場にいる者、全てに告げるように宣誓した。

 この地を襲った災厄については寝耳に水の者は多いが、ユールヴィング当主が黄金の槍に誓う意味は、領民の多くが知っている。

 戦乙女の名を冠する英雄が、決して破壊されない《戦乙女の槍》へ行う誓い──それは決して、その約束を違えないという覚悟の証であるのだ。

 その場は静まりかえっていた。誰もがマークルフの言葉を聞き漏らすまいとしていた。

「しかと聞いたな、坊主? お前は母親を守りながら、俺が誓いを果たすのを見届けろ。それがお前が父親から受け継ぐ役目だ。いいな?」

 息子はしばらくマークルフと、その手にある黄金の槍を見つめていたが、やがて、こくりとうなずいた。その目には先ほどよりも力が宿っているようだった。

「……坊主、戦乙女は勇敢な戦士を“神”が治める楽園へと誘う役目も持つ。きっとお前の父ちゃんを楽園へ連れて行ってくれているだろう」

「……本当?」

 息子がはじめて口を開く。

「俺は“戦乙女の狼犬”だぜ。戦乙女に関しては嘘は言わねえよ」

「良かったわね」

 母親が膝をつき、息子を抱き寄せる。

「……後で遺族給付金の手続きに来るといい」

 マークルフは母親に告げると、背を向けた。

 その場にいた者たちの視線が集まっていたが、マークルフは不敵に頷いて見せた。

「……父ちゃんの仇をとってくれるよね、男爵さま?」

 息子がマークルフの背に訊ねかける。

 マークルフは顔だけ振り返ると、こう答えた。

「もちろんだ。きっと、戦乙女はお前の願いを聞きとげて、お前の父ちゃんの仇をとらせてくれるだろうさ」

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