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狂光

「ばあちゃん、何があったのかな!?」

 警鐘の音と祖母によって叩き起こされたフィーは、寝間着姿のまま避難の用意をしていた。

「何かがあったんでしょうね」

 女将は不安に怯える孫娘に必要以上の不安を与えないように、落ちついた動きで避難の準備を始めていた。

「フィー、先に地下室に行きなさい。いつも男爵が言っていたでしょ? もし、何かがあったら地下室に避難してくれって──」

 女将は努めて冷静に告げた。

 《戦乙女の狼犬》亭の地下には避難目的の堅牢な地下室が用意されている。

 それは酒場を建築させたルーヴェン=ユールヴィングが何らかの事態に備えて用意させたものであったが、その第一の目的は女将たちの身の安全のためだ。

「だんしゃくやリーナおねえちゃんたちはだいじょうぶなの?」

「大丈夫よ。男爵が何とかしてくれるわ。わたしたちはそれまでの間、避難していればいいのよ」

 女将は壁に掛けていたルーヴェン=ユールヴィングの肖像画を外すと、フィーにそれを手渡した。額自体はフィーでも抱えられるほどの大きさだった。

「これを持って行ってちょうだい。前から決めておいたでしょ。階段で落とさないようにね」

 フィーは先代男爵の姿を見ていたが、やがて頷いた。そして先に地下室へと向かった。

「そうだ、ばあちゃん?」

 フィーが振り向く。

「どうしたんだい?」

「じめんの下にいたら、だいじょうぶだよね」

「そうよ。だから、安心しなさい」

「だったら、プリムちゃんたちもだいじょうぶだね」

 フィーもそれで安心したのか、絵を持って地下へ続く隠し部屋へと向かって言った。

 誰のことかは分からないが、きっと友達の心配なのだろう。

「……ルーヴェン、ありがとう。久々に貴方に助けられたわね」

 幼心に自分の役目を果たそうと事に絵を持っていく孫娘の姿に、女将は非常事態にあるはずなのに、つい微笑む。

 だが、上空で空気が裂けるような音が聞こえた時、抑え込んでいた戦慄がその目を見開かせる。

 上空に微かに浮かんでいた雲間から穴が広がり、目映い光が発生したのだ。

「フィー!! 早く逃げてッ!!」

 女将は孫娘を庇おうと、その姿を追うように駆けだした。



 城から避難する召使いたちだったが、その行く手に鋼の骸骨が幾つも出現したため、その混乱は拍車が掛かっていた。

「くそ、何なんだ、こいつらは!?」

 傭兵の一人が叫ぶ。

 避難を先導するはずの城の兵士や傭兵たちが〈竜牙兵〉との戦闘を余儀なくされ、城からの避難が遅れていた。

 傭兵たちの剣が骸骨を叩き斬るが、骸骨たちは一瞬、怯むもすぐに体勢を立て直す。見た目よりも軽く硬質であるため、効果的な一撃が加えられないのだ。

 逆に手を刃に変化させた〈竜牙兵〉の一撃に、近くにいた傭兵が負傷する。

「こっちだ!」

 ログは自らの魔法剣に封じていた魔力を開放した。

 傭兵に迫っていた骸骨は、剣に宿った魔力に反応するように、ログへと向きを変えて襲いかかる。だが、ログの一閃により〈竜牙兵〉は胴体を真っ二つにされた。

 分かれた半身同士がそれぞれ再生を始めるが、魔力が足りずにやがて金属片へと変化した。

「すみません、副長──」

「骸骨たちはわたしが引き受ける。城からの避難を急がせろ」

 ログは剣の魔力をすぐに封印し、新たな〈竜牙兵〉へと向かう。

 〈竜牙兵〉はこの混乱が自らへの敵対行為と判断したか、それとも別の命令によるのか、手近な人間を攻撃していた。だが、魔力を集める本能的な機能のためか、ログの持つ魔法剣の発動時はそちらに惹き付けられるように襲ってくるのだ。

 その“餌”によってすでに何体もの〈竜牙兵〉を倒し続けるログだったが、それもおのずと限界はあった。

 避難する人々を追う〈竜牙兵〉たちを見つけたログは、魔法剣を発動させ、手に詰め寄る。

 だが〈竜牙兵〉の注意を向けさせた時点で、魔法剣の魔力が切れたのだ。

 骸骨の一体が噛み付きにかかるが、ログはそれをかいくぐると魔力切れの剣でその首を叩き斬る。だが、やはり手応えが浅く、骸骨の動きを止めることはできない。

 “聖域”内においては、魔力の消耗は著しく、魔法剣に封じた魔力を使い果たしたのだ。

 ログの背後にもう一体の〈竜牙兵〉が迫り、さらに増援か別の〈竜牙兵〉も姿を見せる。

 ログは剣を構え、〈竜牙兵〉を迎え討とうとする。

「──運悪く、倒す前に魔力が切れたのかしら? それとも、囮になって人々を助けるつもりだったのかしら?」

 頭上から若い女の声がした。

「少しは〈白き楯の騎士〉としての誇りは残っているのかしらね」

 近くの木の上に、以前にあったあの仮面の女剣士がいた。

「おまえは──」

 ログが気づくと同時に、〈竜牙兵〉たちが襲いかかる。

 目の前の骸骨の一撃をログは避ける。

 同時に、木から飛び降りた女剣士の剣が、もう一体の〈竜牙兵〉を頭上から寸断していた。

「副長! 伏せてください!」

 その声にログは咄嗟に地面に伏せた。

 その頭上をいくつもの石が通り過ぎ、〈竜牙兵〉に叩き付けられる。

 傭兵たちが投石器スリングを使ったのだ。

 剣には強くとも、打撃には〈竜牙兵〉は脆い。石の殴打に胴体がへこみ、膝が壊れ、頭蓋骨が割れた。

 女剣士に両断された骸骨は蒸発するように鉄の欠片に姿を変えた。石で砕かれた〈竜牙兵〉も再生を試みるも、やがて力尽きて欠片へと縮んだ。

「……余計なお世話だったようね。少しは人望もあるようね」

 女剣士はその言葉だけを残し、身を翻して混乱の中を去っていった。

 ログは立ち上がる。

 狙いは分からかったが、疑問は増えた。

 あの女剣士は普通の剣を使っていたはずだが、〈竜牙兵〉を両断する際、その剣が光を帯びていたのを見逃さなかった。魔力かと思ったが、魔力の輝きとは違うようにも感じた。

(あれは──輝力なのか)

 魔力と対極の力。神族の力と言われる“光”の力なら、魔力で動く〈竜牙兵〉たちが蒸発したのも説明がつく。

 その時、上空で空気が裂けるような音が鳴った。

 同時にその頭上に光点が現れ、こちらに迫って来る。

 ログの疑問は、周囲の者たちが発する狂乱の悲鳴に呑み込まれるのであった。



 マークルフは城の外れの古井戸に向かって走った。

 そこが地面に記されていた、リーナが待っていると思しき場所だ。

 罠の可能性もあったが、構わずに進んだ。怪しんだところで事態は良い方向に進むないのだ。

 ようやく古井戸の姿が見えた。

 すでに使われなくなった涸れ井戸だが、そこにリーナの姿はない。

「リーナッ! どこだッ!」

 マークルフは叫ぶが返事はない。

 再び罠の可能性を疑うが、その暇も与えないかのように、頭上から新手の〈竜牙兵〉たちが降ってきた。

「しつこい連中だぜ!」

 包囲されたマークルフは逃げようとするが、骸骨たちは無言の連携で行く手を遮る。

 その時、遙か頭上から空気が裂けたような音と、目映い光がマークルフの背中に伝わった。

「しまった──!?」

 マークルフはそれが“機竜”の最大の武器である“魔咆”だと直感した。

 同時に〈竜牙兵〉も飛びかかった。

 迫り来る破壊の力を背に覆い被さろうとする骸骨たちを、マークルフは睨みつけた。

 逃げ場などないし、逃げることも許されない。自らの人生を照らす走馬灯なども必要ない。

 ただ、最後の瞬間まで抗うしかないのだ。 急に足元が迫り上がった。

 真上にいたマークルフは押し上げられるように放り投げられ、掴みかかった〈竜牙兵〉たちは周囲に吹き飛ばされる。

 足元から出現したのは《グノムス》だった。地面から現れた《グノムス》が胸の装甲が開く。そこにリーナの姿があった。

「マークルフ様ッ!」

 リーナが右腕を伸ばす。

「飛ぶぞッ!」

 マークルフの全身に《アルゴ=アバス》の装着信号である光の紋様が展開すると、リーナの腕を掴んだ。

 途端に周囲を光が包み込む。

 その光は周囲の景色を呑み込むと、やがて地上に迫る破壊の力を射貫くように、天へと放たれていった。

 光が消えた後、地上に残ったのはマークルフたちのあおりをまともに受け、地面に大の字に倒れている《グノムス》の姿だった。

 骸骨たちは強烈な異質の力にあてられ、誤動作を起こしたように痙攣した後、欠片へと変化していた。

「グーちゃん、だいじょうぶ!?」

 地面からプリムが姿を見せた。

 《グノムス》は返事の代わりに、開いたままの胸の装甲を閉じた。

「こらー、せっかく連れてきてあげたのに、らんぼうにしちゃダメッ!」

 光点となって空へ向かって行くマークルフたちに、プリムがぴょんぴょんと飛び跳ねながら抗議するが、その間にも地上に迫る狂光と、迎え討つ光が衝突した。

 空に閃光がはしり、雷鳴のように地上に轟く。

 同時に衝撃波が空と地上に降り注いだ。

「きゃあ!?」

 飛ばされそうになったプリムを《グノムス》はその手で受け止めると、自分の身体の下に引き寄せた。



 マークルフの全身を光が纏い、それが《アルゴ=アバス》の姿へと形作られながら、上空へと飛翔していく。

 同時に“機竜”の放った破壊の光線が眼前に迫る。

『リーナ!』

『はい!』

 左腕の手甲から光の盾が展開して前に構えと、その場に踏みとどまらんと、背中のスラスターを全開にする。

 天から迫る破壊の狂光と、地上から放たれた黄金の光が衝突した。

 衝突の余波が空気を震わせ、空を、地上を波のように襲う。

 木々が揺れ、逃げ惑う人々もその場に伏せていた。

『ちいッ、踏ん張れるか、リーナ!』

『私は何とか……しかし、このままでは──』

 盾を中心に発生した力場が“魔咆”を受け止めるが、想像以上の破壊力が圧力となって二人に伝わっていた。

 受け止めきれなかった破壊の光が幾筋にか拡散し、地上を襲う。

 建物が壊れ、土煙があがっていく。

 受け止めた“魔咆”は“聖域”の影響で急速に減衰していくが、それを待っていては漏れ出た破壊の力が地上を襲うのは防げない。

『……リーナ、“魔爪”に力を集中させろ』

 マークルフは両手甲から湾曲の刀身を展開させた。

『盾を解除すると同時に、“魔咆”に攻撃する』

『ですが、盾を解除したら──』 

『このままでは被害が広がるだけだ! 頼む!』

 一対の“魔爪”に力が集まり、光を帯び始めた。しかし、同時に“魔咆”の圧力が一層強まる。

『やれ!』

 “盾”が解除され、“魔咆”がまともに炸裂する。

 その破壊力にマークルフは意識を揺さぶられるが、それでも両腕の“魔爪”で破壊の力の塊を斬りつけ、そのまま破壊の力として両刃の力を開放した。



 上空で停滞していた破壊の光が爆散した。

 それは破壊の流星群となって地上へと降り注いでいく。

 しかし、その途中で火花をあげた狂光は急速に消滅していく。大半は地上に届く前に消失し、幾つかは地上に届くものの、壊滅的な被害は何とか免れていた。

 覆い被さる《グノムス》の手の間から顔を覗かせたプリムは、空が普通の青空に戻るのを確認する。

「……すごかったね」

「どうやら、何とかしてくれたようじゃな」

 隣の地面からダロムが顔を出した。

「受け止めきれない“魔咆”を分散させて、“聖域”の作用で消失させる方法をとったか。確かにそうするしかないが、しかし、勇士たちは大丈夫かの……」

「あそこにいるよ、じいじ!」

 プリムが指差す方をダロムは睨んだ。

 確かに空に微かに光を纏う人影らしきものがそこにあった。



『……大丈夫か、リーナ』

 マークルフが訊ねた。

 纏う黄金の《アルゴ=アバス》は破壊の力をまともに受け止め、赤熱していた。

『……私は大丈夫ですが、マークルフ様は──』

『俺も大丈夫だ……それよりも“竜”を追うぞ』

 マークルフはさらに上空へと飛翔しようとするが、リーナがそれを止める。

『マークルフ様、腕にお怪我をされてるじゃないですか!? 深追いは危険です!』

『かまわん! 近くに“機竜”がいるんだ! あいつを野放しにするわけにはいかねえ!』

 だが、マークルフの命令を黄金の鎧は拒否して動かなかった。

『無茶です! それに槍も落としてしまったんですよ! それで〈甲帝竜〉と戦おうなんて、いつものマークルフ様らしくありません!』

『しかし、この機会を逃すわけには──』

『私が信じているのは、いまのマークルフ様ではありません!』

 リーナが叫んだ。そして、そのまま黙ってしまう。

 マークルフもリーナにそこまで言われ、ようやく冷静さを取り戻す。

 持っていた《戦乙女の槍》は先ほどの攻撃を受けた時にどこかに落ちてしまった。破壊されてはいないだろうが、探して回収していては“機竜”を逃してしまう。しかし、槍がなければ《アルゴ=アバス》の切り札〈アトロポス=チャージ〉が使えない。

 それ以前に腕が痛み、まともに槍を使うこともできないかもしれないのだ。

 それで“機竜”と戦うのは、リーナの目にも無謀に映るだろう。

 確かにその通りだ。

 マークルフは空を睨む。

 《アルゴ=アバス》の望遠機能で“機竜”を探したが、それらしき反応はなかった。

 “魔咆”の一撃を放っただけで、すでにどこかに去って行ったらしい。“機竜”を操る黒幕は、最初からこちらと戦う危険は冒さないつもりだったのだろう。

『戻りましょう。傷の手当てもありますし──』

『……そうだな。領地が大混乱のなかで、領主が高飛びするわけにもいかんしな』

『はい』

 リーナが少しだけ安心したように言うと、ゆっくりと地上へと降りていく。

『……リーナ』

『はい?』

『……すまん』

 マークルフは自分でもなぜ、そう言ったのかは分からなかった。

『……いいえ』

 リーナが何でもないように答えた。

 その優しい声が、いまは何よりマークルフの支えだったのかもしれない。

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