忍びくる刺客(3)
「失礼いたします、姫様」
自室でおとなしく彼の帰りを待っているリーナに、着替えを持った侍女頭マリーサとタニアが入ってくる。
「先ほど、男爵様からの伝言をお預かりしました」
「マークルフ様は何と?」
彼の身を案じていたリーナは、気になる様子を隠すことなく訊ねる。
その様子にマリーサが眉間にシワを寄せた。
「はい、それが……いつもの酒場で飲んでいるから、姫様には先にお休みください、と……せっかくお夜食まで用意して姫様がお待ちだというのに、まったくあの方は──」
マリーサが苛立つようにため息をつく。
リーナも苦笑するが、しょうがないというように肩をすくめる。
「でも、その方がいつものマークルフ様らしくて、少し安心しました」
「いつまでも、いつものままでは困るのですけどね。いずれは姫様を正式にお迎えして、ご領主らしくしていただかないと──」
「私はいまのままで十分に、感謝しておりますわ。それに私たちもそのようなことは考えていませんし──」
「いいえ、男がいつまでも煮え切らなくては、最後に泣きを見るのは女性の方です!」
背後でタニアが無言で首を振った。これ以上、続けたら話が長くなりそうらしい。さすがのタニアもマリーサの前ではおとなしくせざるを得ないほど、説教癖が激しいのだ。
「まあ、それはお帰りになってからにしましょう。私はお言葉通り、先に休ませていただきますわ」
夜着に着替えたリーナはベッドに入り、横になっていた。
明かりを消し、暗闇のなかで一人でいると、やはり心配が残っているのか、なかなか寝つけなかった。
それでも、マークルフを信じることにしたリーナはやがて眠りにつくのだった。
扉が静かに開いた。
無言でなかに入ってきたのは、闇に紛れるように黒装束と覆面をした刺客だった。
完全に気配を消した刺客はベッドに近づきながら、音をたてずに短剣を抜く。
そして、ベッドの側に立ってリーナの顔を確認すると、躊躇することなくその細い首筋に短剣を振り下ろす。
「──!?」
だが、その瞬間、リーナは計ったように寝返りを打ち、短剣は空を切ってベッドへと突き刺さった。
驚く刺客の背後に強烈な跳び蹴りが加わり、刺客は思いっきり吹っ飛ばされる。
「な、なに!?」
物音を聞いたリーナは慌てて飛び起きた。
そのリーナの頭にポンと手がのせられる。
「感心しねえな」
その瞬間、部屋に明かりが灯る。
いや、それはマークルフの身体をなぞるような紅く輝く光の紋様だった。
「俺ですらまだしてない夜這いをかけようなんざ、いい度胸だ」
状況が掴めず、途惑うリーナの前にマークルフは立つと、不敵な笑いを浮かべる。
「どうする? 衛兵が来るまでに俺たちを始末するか?」
刺客は短剣を構えるが、やがて身を翻して、背後にある窓へと走る。
だが、窓を体当たりで破ろうとした刺客は急に足を滑らせて転倒、狙い澄ましたように目の前にあった机に顔を打ち、そのまま床に倒れて動かなくなった。
「ま、マークルフ様!? なぜ、ここに? いったい何があったんですか!? と、とにかく人を──」
「呼ぶなくていい」
マークルフは薄着のリーナに頭から毛布を掛けると、刺客に近づいて完全に気を失っていることを確認する。
マークルフは床に転がっていた木の模型を拾い上げた。それは四輪の荷台の模型だった。
「いい出来だろ。雑貨屋のバロッシュの商品なんだ。この車輪の滑りといい、丁度、足がはまりそうな荷台の大きさといい、足を滑らせるにはうってつけで、俺の御用達にしている」
何の御用達かと疑問に思うリーナをよそに、マークルフは床にのびた刺客の前に立つ。
「……マークルフ様、その人はどうするのですか」
「身体検査をさせてもらう」
そう言うとマークルフは刺客の覆面を剥がした。
その素顔は見たこともない男だったが、完全に気を失っているようだった。
マークルフは男の口のなかまで念入りに確認すると、猿ぐつわを噛ませた。
次いで、その衣装を剥ぎ取り、持ち物を徹底的に検査していく。
その様は知らない人が見れば追いはぎにしか見えないだろう。
いや、知っていても追いはぎに見えるのは気のせいだろうか──
ともかく、それが下着にいたる段階でリーナは直視できず、思わず背を向けたのだった。
「……よし、これでさすがに何もできまい」
刺客だったものは顔を毛布で包まれ、手足は自分の衣装で、がんじがらめに縛られていた。
マークルフはそれを引きずると、近くのタンスの中に押し込み、閉めてしまった。
「ふう、これで元の平穏な部屋に戻ったな」
「どこがですか」
一仕事終えたように一息つくマークルフに、リーナは半ば呆れるように突っ込む。
「まあ、気にするな」
「します」
説明を求めるリーナの冷たい視線に、マークルフは肩をすくめると、近くの椅子を引き寄せて座る。その懐からおにぎりを一つ、取り出し、かじりつく。
リーナが用意していた夜食の一つだった。
「……前に言ったろ。俺だけじゃなく、リーナも狙われているかもしれないって。だから、確かめることにした」
マークルフは刺客の持ち物を睨む。
「俺とログ、それにグーの字も出ていることを知れば、それだけリーナの守りは手薄になるということだ。暗殺者たちも動かない理由はないだろう」
「じゃ、じゃあ、私がグーちゃんを護衛に向かわせたのも全部、計算ずくだったのですか」
自分の心配まで利用されたようで、リーナは思わず膨れっ面をする。
「計算とは人聞きが悪いな。うまくいけばいいなぐらいには思ってたけどな」
「それなら、私にも最初から教えてくださればいいじゃありませんか」
「悪かったな。だが、この城の中にも内通者がいるかもしれんのでな。そいつらの目を欺くためには、何も知らないままでいてくれた方が良かったんだ」
マークルフはまたおむすびをかじり、租借する。
「……実際、刺客が気づかれることなくここまで潜入できたということは、手引きした奴がすでに城に潜んでいるとみるべきだ」
「そんな……」
マークルフの顔つきが険しいものに変わる。
「だから、しばらくこのままにして様子を見る。暗殺がどうなったか、向こう側も気になっているはずだからな」
「わかりました。それで、私はどうすれば──」
「何もなかったかのように寝てくれ」
リーナは黙ってタンスとマークルフを交互に見ると、ふるふると首を横に振った。
「心配するな。俺たち二人の方が、逆に安心だ」
いざという時にはすぐに“黄金の鎧の勇士”となればいい。そうなれば暗殺者がどんな手段をとろうが敵ではない。
だが、リーナの警戒の目はマークルフに向けられたままだった。
「……もしかして、俺?」
リーナは正直に頷いた。
「おいおい、何だかんだで俺は紳士なんだぜ。この非常時にリーナにいたずらしようなんて──」
だが、リーナは毛布を身体に寄せながら、こちらを疑わしそうに見ていた。
(……しまった。ここ最近、ちょっかい出しすぎたか)
マークルフは頭をかく。
「悪かった。だが、いつ何があるか分からん。それにリーナに寝不足でいられては、後でいろいろと怪しまれるぞ」
「いろいろというのは?」
「もちろん、いろいろだ」
「……」
リーナは彼女なりにしばらく考えると、やがて渋々とベッドに横になると毛布の中に潜り込む。
「仕方ありません。とりあえず、寝たふりだけします」
「ああ、すまねえな」
その後、二人は会話を止めると、マークルフは部屋の隅に椅子ごと移動して、そこでおむすびの残りを頬張り、ゆっくりと噛みしめる。
やがて、食べ終わったマークルフの耳に響くのは遠くの夜鳥の声と、目の前の小さな寝息だけだった。
「たくましくなったな、いろいろな意味で……」
「た、大変です、リーナ様!」
リーナの目を覚ましたのは、血相を変えて部屋に駆け込んで来た、タニアの慌てた声だった。
「な、な、何が!?」
昨夜、命を狙われたばかりのリーナは思わず飛び起きると、周りを確認する。
時間はまだ早朝の早い時間らしい。
部屋にはマークルフの姿はなかった。
見れば刺客を押し込めていたタンスも開いて、空になっていた。
「部屋の中に怪しい奴がいるのですか!」
タニアはいつの間にか持っていた薙刀を構え、周囲を見渡す。
「いえ、マークルフ様が──その、いたような気がして──」
さすがに一晩、一緒の部屋にいたとはいえなくて言葉をにごす。
「そっちの怪しい人は昨日から戻って来てません! もう、こういう非常時にログさんまで連れてどこをほっつき歩いているのか、もう!」
タニアは腹立たしげに腕組みをする。
「──ところで、何があったのですか?」
「そうです! 大変なんです!」
タニアは思い出したように周囲を警戒する。
「男爵の部屋から《戦乙女の槍》が盗まれたんです! ここにまだ賊が潜んでいるかも知れません! いま、城中を捜索中ですので、安全が確認できるまでここを動かないでください!」
「とうちゃん! おかえり!」
傭兵の宿舎の敷地で、父親である傭兵の姿に気づいた少年が足元に駆け寄る。
母親である妻も夫を笑顔で迎えるが、すぐに表情を曇らせる。
「あなた、城に何かあったの?」
「ああ、城の中に盗賊が侵入し、まだ近くに潜んでいるらしい。詳しいことは分からないが、忙しくなる。お前たちは先に準備をしておいてくれ」
「やっぱり、ここを出て行くの?」
少年が訊ねると、男はうなずく。
「ああ、ここより良い条件の雇い先が見つかったんだ。ユールヴィング家は名高いところだが、傭兵に名声は関係ねえ。高く買ってくれるところに高く売る。それが傭兵の商売ってもんだ」
傭兵と父に憧れる少年はうんとうなずく。
「だが、契約が終わるまではここで働かなくてはなんねえ。留守番は頼むぞ」
「わかった! 気をつけてね、とうちゃん」
男の妻と息子は家に戻っていった。
それを見送り、振り返った男は思わず後ろにたじろぐ。
そこにマークルフの姿があった。
そして、その手には彼が愛用する《戦乙女の槍》があった。
「た、隊長!? なぜ、ここへ──それに槍も盗まれたんじゃ……」
「おまえさんの家族に興味があって、さっきから様子を見させてもらっていた。槍もさっき取り返したよ」
マークルフはにこやかに笑い、近くの椅子代わりの岩に腰を降ろした。
「あ、あっしの家族に何か──」
「なあに、もしかしたら人質にとられたり、脅されたりしていないかと思ってな……それなら、俺も許す理由ができたんだがな」
男の表情が強張る。それは猟犬に追い詰められた獲物のごとくであった。
「残念だよ。見ているのが嫌になるほど良い家族じゃねえか」
マークルフは睨め付けるように部下である男を見る。
「てめえは城の護衛として俺たちの近くに常にいた。いや、いま思えば監視していたということだ。俺たちの行動を確認していたのもそうだったんだな」
「そ、そりゃ、護衛ですから! それぐらいは確認しますぜ!」
「そうだな。だが、眠っている姫君の寝室を確認しろと命じた覚えはねえぜ」
マークルフは槍の石突きで地面を叩く。
「俺とリーナの暗殺に周囲の注意を向けさせ、その隙にてめえは俺の槍を盗み出した。もし俺たちの暗殺に失敗しても、この槍がなければ《アルゴ=アバス》は切り札を発動できず、“機竜”を倒すことができなくなるからな」
「あ、あっしは槍など盗んじゃいませんぜ」
マークルフは黙って立ち上がると、《戦乙女の槍》を男の目の前にかざした。
その黄金の槍の真ん中に一つだけ、鉄の枷が取り付けられていた。
「ならば、この槍に誓え。その言葉に嘘はないとな」
マークルフの真剣な表情に男はとまどう。
「どうした? 余計なものが付いてるんで重いんだ、早くしろ。それともやましいことでもあるのか」
「い、いえ、な、何で枷が付いたままなのかと思いまして」
「取り返した直後でまだ外せないんだよ。それとも誓うのか、誓わないのか!」
返事を待つマークルフの勢いに押されるように男はうなずく。
「誓いますとも。あっしは槍など盗んでいねえんですから!」
「聞いたぞ」
マークルフは槍を降ろすと、背中を向けた。
「知ってるか? 槍には仕掛けがしてあるんだ」
「仕掛け……ですか?」
「ああ。槍には盗難防止のために枷を付けて、壁に鎖で繋いでいた。まあ、解錠技術がある犯人が鍵を開けてしまったんだが、だが、この枷自体にマリエルたちに作らせた発信装置を仕組ませてあるんだ。何も知らずに勝手に解錠すると起動するようにな」
「そ、そんなもんがあるんですかい? しかし、この“聖域”で魔導機械なんてまともに作用するんですかい?」
マークルフは振り向く。その顔には不敵な笑みが浮かんでいた。
「少し気の利く奴はそう考えるだろう。だが、それがこの仕掛けの肝でな。俺の槍は古代に戦乙女が姿を変えたと言われる“光”の属性の槍だ。その槍の傍なら均衡の力が逆に周囲の魔力を高めるように作用して、発信装置ぐらいは動くようになるのさ。それに気づかなかった犯人が仲間に槍を渡してくれたおかげで、ログがそいつらの居場所を突き止めて、一網打尽にしてくれたよ」
「さすがは閣下だ。抜け目がねえですね」
男も苦笑する。
「いや、まだ内通者の後始末が残っている……自信があるようだな。誰にも見られていねえし、槍を渡した相手も自分の素性は知らないってな。おまえ、元盗賊だってな。確かに用心深いぜ」
マークルフも男の真似をするように苦笑する。
「確かに盗まれた場面も犯人も誰も見ていねえ。だが、おまえ、俺に急かされて、『枷が付いたまま』って言ったろ? 俺はあの時、城にいてな。槍を盗まれたのを発信機で知った後、こっそりと自分で鎖は外しておいた。他の連中はただ槍を部屋に飾っておいたことになってるだろうよ」
男の顔色が変わった。
「誰も槍が持ち出されたのを見ていない以上、槍に枷が付いていたのを知っているのは俺と犯人だけになる」
男は黙っていたが、やがて手が動いた。
「ん、何だ、ロティ、親父に用か?」
マークルフが男の背後へ声をかけた。
息子の名前を呼ばれ、男はハッとなって振り向くが、そこに息子の姿はなかった。
「──!?」
隙の出来た男の腹に、マークルフの抜いた短剣が突き刺さっていた。
「……隊長……」
「……俺たち、傭兵稼業に足を突っ込む者の不文律、忘れたわけじゃあるまい」
マークルフの顔からは不敵な笑みは消え、非情の顔に徹していた。
「『来る者拒まず、去る者追わず。されど、裏切りは許さず』だ」
マークルフは短剣を抜いた。
「おまえがただ、フィルディング側に傭われるだけなら止めはしなかった。だが、俺やリーナ、槍にまで手を出して、奴らの企みに荷担したのは看過できねえ……それは“聖域”の傭兵全員に対する裏切りだ」
男は口から血を吐き、その場に崩れ落ちるが、困惑と恐怖の瞳をマークルフに向ける。
「……ふ、不毛じゃ……ねえ、ですかい……」
男が震える声で言った。
「相手は……世界を裏から……支配する……超名門の……一族ですぜ……“機神”だって……いつまでも滅ぼすことが……できねえ…………逆らい続けて……何にも……」
男が地面に倒れる。その地面に血が広がっていく。
マークルフは男の傍らに膝をついた。
「……不毛かもな。だが、奴らに“機神”の手綱を握らせたまま、自由にさせるわけにはいかねえんだ」
マークルフは顔を落とした。
「世界を左右する力なんて握れば、それだけで人を歪ませる。それが選民意識の塊のようなあの一族なら、なおさらのことだ。“機神”の呪縛からあの一族を解放して、その暴走を止めるまで、奴らに逆らうユールヴィングの看板は降ろせねえんだ……そう、先代の祖父様とこの槍に誓っちまったんでな」
男が微かに自嘲したような気した。
「……これは……槍への誓いを……破った……報い……ですかね」
「……すまん。お前を切り捨てるために少しでも言い訳が欲しかった」
男は最後の力を振り絞るように顔を上げた。
「……いけませんぜ……最後で……ボロを……だしたら……」
「女房と子供の生活はたつようにする。俺を暗殺から庇った部下の遺族としてな」
「…………不毛で……終わらん……で……くだ……」
男が力尽きた。
マークルフはそれを見届けると、立ち上がって背中を向けた。
「終わらせられるかよ……馬鹿野郎が──」
誰もいなかったが、それでもマークルフはいまの顔を見せることができず、深くうつむくのだった。




