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“竜墜ち”(2)

「結論から先に言うと、男爵と姫様が目撃されたのは“機竜”です」

 マリエルが確信を込めて告げた。

「それも姫様が仰る通り、〈甲帝竜〉と見て間違いないでしょう」

「確か、なんだな」

 マークルフが念を押すように訊ねると、マリエルは頷く。

「男爵が持ち帰った、骸骨の金属片を解析しました。その組成も〈竜牙兵〉のものと一致しています」

「“機竜”は古代エンシアの国防兵器だったな。〈甲帝竜〉の戦闘能力はどれ程のものになる?」

 マークルフの問いに、隣に座るリーナが彼の表情を仰ぎ見る。その問いは将来、戦う可能性を示しているからだ。

「……少なくとも性能は“機竜”の中でも最高クラスです。エンシアの兵器でも最強の部類なのは間違いないでしょう。破壊力だけなら、“機神”以上かもしれません」

 マリエルの口調は淡々としていた。事実を告げることに徹する彼女の性格もあるが、下手な推測を挟むこともできないほど、その力は強大で未知数でもあるのだろう。

「戦うことになるのですか?」

 リーナがマークルフに訊ねる。

 彼女の表情は強張っていた。

 エンシア最後の王女だったリーナは“機竜”の恐ろしさについては分かっているのだろう。彼女は崩壊するエンシアから逃がされたが、そのエンシアを直接、破壊したのは“機神”に操られた“機竜”だとも言われている。

「……いや、おそらくは大丈夫だろう」

 マークルフは答えた。

「俺はただ、“竜墜ち”の可能性が出た場合を想定しただけだ。俺たちが出張る必要はないさ」

「“竜墜ち”──?」

 リーナが聞いたことのない言葉に首を傾げる。

「昔の話だから、知らないだろうな。マリエルから教えてやってくれないか。その方が伝わりやすいだろう」

 マークルフに請われ、マリエルは承諾すると、持っていた資料をリーナに差し出した。

 受け取ったリーナはそれに目を通した。

「これは……どこかの歴史書の写しみたいですが──」

「“聖域”の西端にあるラクルという都市国家の資料だ」

 マークルフが言った。

「エルマとマリエルの故郷で──五十年前に“竜墜ち”が起こった場所だ」

「詳しくはその資料に載っていますが、うちの口からも説明させてもらいますね」

 マリエルは椅子を引き寄せると、驚いているリーナの隣に座った。そして、まるで昔話をするかのように説明を始める。

「五十年前、一体の“機竜”が“聖域”の上空に現れたのが発端でした。“機竜”は強力な兵器でしたが、エンシアが滅んで命令する術が失われたため、地上に降りることもなく空を漂っていました。人の生活には何ら干渉しない存在のはずだったのです。しかし、“聖域”上空を飛行していた“機竜”は飛行高度が高くなかったため、“聖域”の影響下に入ってしまったのです。“機竜”は強力な魔力ジェネレータを内蔵していて、その魔力で飛行していました。しかし、“聖域”は大地の力が強く、魔力を排除します。“聖域”に入り込んだ“機竜”は飛行のための魔力が激減し、地上へ次第に降下を始めたのです」

「“聖域”の外へ脱けてくれれば良かったんだが、“機竜”も相当、混乱したのか、周辺を彷徨いながら、次第に地上へと近づき始めたんだ」

 マークルフがマリエルから話をついだ。

「地上はたちまち恐慌に陥った。しかし、彷徨う竜がどこに落ちるかなんて誰にも分からないから、逃げることもままならなかった……そうして、“機竜”の異変が発覚してから一ヶ月以上経ち、遂に“機竜”は地上に落下した。それが五十年前のラクル市だった」

「その後……どうなったのですか?」

 息を飲むリーナにマリエルが冷静に答える。

「地上に墜落しても“機竜”自体は稼働を続けました。“機竜”は暴走し、その咆哮ともいえる魔砲で周囲を焼き払いました。当時は“機竜”相手に戦う術もなく、ラクルは壊滅。逃げられなかった住人たちも……運命を共にしました」

 リーナが悲痛に顔を背ける。

 自らに直接の責任はないが、故国の遺産が惨劇を引き起こしたことに平気ではいられないのだ。

「祖父様もそのことはずっと覚えていてな。もう少し、自分が早く《アルゴ=アバス》を発掘していればと気にしていた……だが、人間、ただでは起きないもんでな」

「──かも、しれませんね」

 マリエルが苦笑する。

「“機竜”もやがて“聖域”の影響で完全に機能を停止しました。ラクルは壊滅しましたが、生き残った者たちはその“骸”を利用して、ラクルの再建に取りかかったのです。“機竜”は古代エンシアの技術の集大成です。その機体自体も価値はありましたし、それを解析して他では手に入らなかったエンシアの知識を得ることもできました。ラクルは現在、世界でも有数の学術都市なんですよ。うちやエルマ姉さんもそこでエンシアの技術を学んだんです」

 マークルフは立ち上がった。

「大きな犠牲と引き換えの発展と言うべきなんだろうが、かといって、何度も起こってはそれは困る」

「当然です!」

 リーナも立ち上がり、マークルフの前で答える。

「そうだな。過去に墜ちた“機竜”自体は中の上クラスだったらしい。だが、今回は最上位の〈甲帝竜〉だ。墜ちたらその被災規模は前回の比ではなくなるかもしれん」

 マークルフは厳しい表情で言うが、リーナは毅然としてそれを受け止める。

「分かります。ですが、いまはマークルフ様と私がいます!」

 リーナの決意に満ちた表情を、マークルフは見つめたが、やがてその表情を緩めた。

「それを聞ければ十分だ。なに、今回は大丈夫だろう。目撃した高度なら、竜が“聖域”に捉まることはない」

 マークルフが言うと、それを肯定するようにマリエルも微笑む。

「そうですね。〈竜牙兵〉を使った地上への干渉は注意するべきですが、最悪の事態は避けられるでしょう」

「そうなんですね」

 それを聞いて、リーナも安心したのか、肩から力が抜ける。

「……とはいえ、万が一ということもある。その時は頼む」

「はい。その時はこの身が砕けることになろうと、マークルフ様のお力になります」

 リーナも静かに、しかしはっきりと告げた。だが、マークルフが黙っているのを見て、少し怪訝そうな顔をする。

「どうかされましたか?」

「……いや、やる気満々だなと思ってな。俺は“機竜”の王様となんて、正直、戦いたくはねえな」

 気が重いのを吐き出すように息をつくマークルフを見て、リーナは慌てだした。

「いえ、私はやる気とかそういうのではなくて、マークルフ様をお護りするために──っていうか、マークルフ様がいまからそんな弱気では困ります!」

「ああ、分かった、分かった。俺には頼もしい戦乙女が付いているのはよく分かったぜ」

 マークルフが苦笑すると、マリエルも口元を隠しながらつられて笑うが、すぐに立ち上がった。

「失礼しました。“竜墜ち”についてのご説明は以上にしますね。それで男爵、ご足労いただいたついでですが、例の設備の見積について、少しお話ししたいんですが……」

「ん? ああ、分かった。すまんが、リーナ。俺は少し残るから先に館に戻っていてくれるか。ただし、いまはあまり外を出歩かないようにな」

「分かりました。お先に失礼しますね」

 気を利かせたのか、リーナはにこやかに会釈すると、二人を残して先に退室した。



(うーむ、〈甲帝竜〉か……“神”様の見込んだ勇士たちとはいえ、あれ相手はさすがにキツいかもしれんのう)

 《グノムス》の中で会議室の会話を聞いていたダロムは、すでに半分ほど食べた焼き菓子にかじりつく。

「じいじ!」

 隣にいたプリムが、ダロムから焼き菓子を取り上げる。

「なんじゃ、プリム!? お菓子が欲しいならまだたくさん残ってるぞい」

「ちがうよ! グーちゃんのお腹の中にいるんだから、ボロボロと食べかすを落としたらダメだよ! グーちゃんが困っちゃうでしょう!」

 プリムが咎めるように頬を膨らませながら言った。

「……むう、すっかり、この鉄機兵を気に入ってしまったようじゃのう。将来が少し、心配になってきたぞい」

 ダロムがポリポリと頭をかいていると、会議室では話が終わったのか、黄金の髪の少女が部屋を出るところだった。

「じいじ、お話、終わったみたいだね」

「そうじゃな……いや、ちょっと待ってくれ。まだ、何かありそうじゃ」

 会議室では残った少年と女科学者が何やら深刻な顔で話を続けていた。



「健気な方ですね」

 リーナがいなくなると、マリエルは微笑しながら言った。

「普段は戦乙女の自覚がないって、言っているのにな」

 マークルフは渋い顔をしながら答える。

「それだけ男爵のことが心配なんでしょうね」

 マークルフは黙って椅子に座ると、足を組んだ。

「……マリエル。〈甲帝竜〉はどれだけの魔力を蓄えることができる?」

 マークルフの問いに、マリエルも表情を固くした。

「正確には不明ですが、その性能を考慮すれば、かなりの魔力量を保持することは可能でしょう」

「もし、それが“機神”の上に落ち、取り込まれた場合、“機神”はどこまで活動できると思う?」

 マリエルは思い悩むように目を閉じる。

「“聖域”外に逃れるまでの活動ができるかは分かりません。しかし、途中で魔力を持つ“被験体”などを引き寄せ、取り込むこともできるなら、不可能ではありません」

 二人の口が重くなる。

 マークルフは危惧していた。

 “聖域”の中心には“機神”と呼ばれる《アルターロフ》が封印されている。

 “機神”は古代エンシアを滅ぼした元凶だ。全ての機械に魔力を供給するはずだった究極の魔力機関は暴走し、魔力で動く兵器を逆に支配し、エンシアを滅ぼしたのだ。後に“神”によって倒されたが、“神”をもってしても完全な消滅はできなかった。

 代わりに“神”は“聖域”を作り、そこに“機神”を封印した。

 “聖域”は“神”が大地を変動させて作りだした、魔力も輝力も排除する地域だ。

 “機神”も“聖域”の中心では魔力を生成できず、機能停止状態で眠りについている。

 だが、逆にいえば魔力を得られる機会があれば、復活は可能なのだ。

「この前の巨人の“被験体”の覚醒と、それの魔力を取り込んだ“機竜”の件ですが、“機神”に操られた両者による魔力収集の可能性は十分、考えられることです」

 マリエルが言うと、マークルフも頷く。

「フィルディング一族は“機神”を制御する術を持っている。奴らが“機神”を使って“機竜”を利用しているのなら……猶予は残っていないかもしれん。場合によっては、俺がこの手で竜を墜とさなければならない」

 マリエルも辛い表情を見せる。故郷の惨劇を知るだけに、リスクの高すぎる方法を容認しがたいのだろう。

 しかし、放置しておけば“機神”の復活という最悪の事態が再び、起こるかもしれない。こちらから仕掛けなければ、それだけ復活の魔力を集めさせることになるのだ。

「……ただ、確証が欲しい。“機神”の仕業と納得できる確証が、だ」

「それはエルマ姉さんが調べてくれています。もう少し時間をください」

「分かった。返事が来たらすぐに教えてくれ」

 マークルフは顔を上に向け、天井を見つめる。いまも“機竜”はその向こうで活動しているのだ。

「……姫様のことが心配なのですね」

 彼らしからぬ落ち着かない態度に、マリエルが遠慮がちに言う。

 マークルフは黙っていたが、その通りだった。

 “機竜”と戦うことになった場合、舞台は遥か上空、“聖域”の影響が及ばない場所となる。

 戦乙女は本来、武器に身を変えた場合、永久に武器のままとなる。

 リーナが《アルゴ=アバス》に変化しても元に戻るのは、光の力で闇の武器を再現する特殊性と、光も闇も排除する“聖域”内という環境が要因だと考えられている。

 “聖域”から外に出たら、はたしてリーナはどうなってしまうのか──それは誰にも分からないのだ。

「マリエル、リーナのことは気にしないでいい。いざとなったら、あいつも覚悟はできているさ……本当に健気な奴だからな」

 マークルフは立ち上がった。

「男爵はそれでよろしいのですか」

 部屋を出ようとするマークルフの背にマリエルが訊ねる。

「……構わん。おれの使命は“機神”とフィルディング一族の打倒だ」

 マークルフはそれだけ言うと、会議室を出ていくのだった。

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