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黒く淀むもの  作者: 牧田紗矢乃


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修学旅行

 私は修学旅行が好きだ。――正確には、修学旅行に出発する前日までの、あのワクワクしながら支度をする感じが好きなのだ。自由研修はどこへ行こうか、何をしようかと話し合う、友人たちの表情が言いようもなく大好きだ。

 ところが、実際に旅行に出てしまえば事情は変わる。




 京都へ着いた。生まれて初めて行く土地だ。けれども、私の興味はそこにない。友人たちが見たいというものを、何の予備知識もなしにただ見て回るだけだ。

 おまけに、気が付けば皆が好き勝手に動き回っている。友人という身内だけだからと班長を引き受けてしまった私は、皆を制御しなければいけない。小学生の引率をしている先生の気持ちが、痛いほどわかって反省した。


 時間が進むほど、ストレスが蓄積する。統率も何もあったものではない。

 自由行動終了のタイムリミットが迫っているのに、班員はどこかへ消えた。連絡も付かない。時間までに宿につかなければ、班員もろともお説教を食らうことになるだろう。それだけならまだしも、翌日以降に罰則が与えられるという噂も聞いていた。

 グルグルと思考が高速で駆け巡り、ついに爆発した。


 どうして私が。付き合ってやってるんだから、もっと協力しろ。

 そんなことを思っていたはずだ。満ち足りた表情で計画を立てる皆に自分も満足して、自分から班長をやると言っておいて、何と自分勝手なのだろう。怒るなら、やらなければいいんだ。

 ……けれど、あの時は別だったのだ。楽しくて、班長の責務も苦ではなかった。それが、こうも脆く崩れてしまうのだ。

 なんと、自己中心的な人間だろう。




 千葉県にありながら「東京」の名を冠するテーマパークへ行った時もそうだ。そこのキャラクターには微塵の興味もなかった私は、“ランド”へ行こうが“シー”へ行こうが変わりなかった。

 ジェットコースターやそれに準ずる乗り物が嫌いな私にとっては、どちらへ行っても大差ないからだ。初めはそれなりに盛り上がり、楽しんでくるつもりだった。

 同じ学校の皆と旅行に行くなんて、この機会しかないのだ。目いっぱい思い出を作らなければ。それに、私だけしらけていれば雰囲気を壊してしまう。

 きっと楽しいだろう、と私は期待していた。


 待ちに待った当日、移動の乗り物ではクラスメイトたちのテンションが次第に上がっていくのが肌で感じられた。そして、“ランド”組と“シー”組で分かれ、ある種聖地のようなそこへ踏み込んだ。

 その瞬間から、私は心から笑うことが出来なくなった。

 浮かれているのは、修学旅行生だけではない。老若男女関係なしに、そこにいる人たち誰もが浮かれていた。


 気持ちが悪い。


 第一印象がこれだ。終わったな、と思った。


 浮かれている。誰もが。気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。

 作り物か、芝居のようだ。


 でも、高いお金を払ったんだ。少しくらい我慢しよう。親に申し訳も立たないし。

 私は法外な値段のポップコーンという名の精神安定剤を購入した。キャラクターのバスケットに詰められ、入れ物を親への土産に使えるのではと思ったのだ。

 精神安定剤は、柔らかな甘みで私を守ってくれた。


 友人が垂直落下のアトラクションに入っている間も、私は精神安定剤をお供に近くのベンチで待った。

 待ちながら周囲を見回していると、耳のついたカチューシャを付けた同級生が目に入った。普段はそういうキャラではないのに、今日だけは皆はしゃいでいる。

 余計に具合が悪くなった。


 土産を見ても、高いばかりでいいものがない。少なくとも、私の目にはそう映った。こんなものをもらって喜ぶ人はいるのだろうか。

 そう思うと、どの商品にも手が伸びない。結局私が買えたのは、キーホルダーのおまけがついたクッキーだけだった。


 後日、そのテーマパークの入口に連行された私たち生徒の中で、一人だけ園内に入らず抜け出した人がいたことを知った。彼のことが、少し好きになった。




 修学旅行で一番楽しかったのは、ホテルの部屋だった。ダラダラとくだらない話をして、じゃれ合って、お菓子を食べる。いつもと同じ時間が、私にとっての一番だった。

 そんなこんなで、修学旅行を楽しめたとは言い難い。それでも、人に問われれば「楽しかった」と答える他なかった。

 それが“正解”だと思ったからだ。

 私は旅行には向かないのだろう。地元でワイワイしている方が、断然性に合う。それでも、私は言うのだ。


 私は修学旅行が大好きです、と――。

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