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(9)おまじない【シャーペンの芯】

 会社員同士で同期。二十七、八歳。

 他の部署に所属する話しやすいタイプの男性社員と、人からやたらと恋愛相談されるものの自分の恋愛には引っ込み思案な女性社員。




 とある会社の休憩室。

 周囲に人がいない一番奥の席では、何やら話をしている女性の姿が二つあった。 


「私、あの人に友達としか思われてないみたいなんです……」

 しょんぼりと肩を落とした女性が、ため息まじりに力なくそう告げる。

「そんなに彼の事が好きなら、いっそ告白してみたら?」

 モジモジと俯く彼女の肩を、二歳ほど年上であるもう一人の女性がポンと優しく叩いてやった。

「その人に意識してもらえる良いきっかけになると思うわ。友達じゃない関係が始まるかもしれなし」

「で、でも、告白なんて怖くて」

 その提案に『とんでもない』と言った顔で首を振る彼女へ、

「だったら、このまま見ているだけでいいの?自分の気持ちを伝えないままでいいの?うまくいく保証はなくても、何もしなかったら何も始まらないわ」

 スパッとした言葉が返ってくる。

 その言葉に、ハッとなった後輩は力強く頷く。

「そうですね。分かりました、私、彼に告白します!このままの関係は、やっぱり嫌です!」

「ええ、その意気よ」

 ニッコリ笑って後輩の肩をもう一度ポンと叩けば、彼女もニコッと笑ってペコリと頭を下げた。

「先輩に相談して良かった。今日、仕事終わりに告白します。ありがとうございました」

 スッキリした顔の後輩を見送っていると、

「ねぇ、私の話も聞いてぇ」

 仲の良い同僚が抱き付いてきた。

「はいはい、聞いてあげますとも。どうしたのよ?」

 

 こうして、柿本かきもとみやびは、休憩時間になると後輩や同僚の恋愛相談に乗っているのである。


 彼女が人から相談されるというのは、下に妹一人、弟二人がいる家庭環境によるものが大きい。弟妹の世話をしているうちに、自然と面倒見が良くなってしまったからだ。

 その性格は子供の頃から変わることなく、社会人五年目の今でも十分に発揮されている。

 おまけにニッコリ笑ってすっぱりと放つ物言いが好まれているらしく、何かあると彼女を頼って色々な人がやってくる。

 一番多い相談は、先程のような恋愛ごと。

 特別に恋愛経験が豊富という訳でもないのに、その件で人から相談されることがやたらと多い。……豊富どころか、そんな経験はほとんどないのだが。

 相談されるとあれこれ言えるものの、自分の恋愛になると途端に意気地なしになる彼女。

 おかげで長いこと片想いをしている同期入社の男性には、自分の気持ちを伝える勇気がこれっぽっちもないのだった。




◆◇◆



 

 ある日のこと。私は一人残って仕事をしていた。

 本当は別の人が請け負う仕事なのだが、担当者である後輩は、父親が倒れたということで定時を前に早退したのだ。

「私は予定がないから」

 と言って代わりの残業を申し出た私に、後輩はしきりに恐縮していた。

「で、でも、これは私の仕事で……。柿本先輩には、この前も手伝ってもらいましたし……」

「そんなことは気にしないでよ。父親の一大事でしょうが」

「そ、そうですけど……」

 まだ渋る後輩に、私は彼女の荷物をグイッと押し付けた。

「いいから、いいから。こんな仕事、パパッと終わるわよ。その代わり、私に急用が出来たら、その時は残業よろしくね」

「はい、もちろんです!先輩、ありがとうございます!」

「気をつけていくのよ」


 申し訳ないという顔をしてペコペコ頭を下げる彼女に手を振って送り出したのが、今から一時間ほど前のこと。


 急ぎの用事があるわけでもない私は、ボチボチと作業を進めてゆく。

 やがて引き受けた仕事もどうにか終わり、私は大きく息を吐いた。

「はぁ、やれやれ。では、帰りますかねぇ」

 私はデスクの上に広がっている書類や筆記用具を片付けてゆく。

その時、一本のシャーペンが目に入った。それは密かに想いを寄せているあの人から、たまたま貰ったものだった。

 部署が違う菊地きくち君とはなかなか顔を合わせる機会もなく、自分の恋愛に関しては引っ込み思案であるために、わざわざ彼がいる部署まで出向いて声を掛ける勇気はない。

 それでも、たまに社内ですれ違う時や同期会では、なんとか声をかけるようにしている。

『お疲れ様』とか、『今、どんな仕事してるの?』という程度の些細なものだが、私には精いっぱいだった。

「人には告白しろって発破掛けるのに、自分のこととなるとテンで駄目なんてねぇ」

 クスリと苦笑を零した私は、そのシャーペンを手に取った。

 小学校の時に流行ったおまじないで、誰にも話しかけられないうちにシャーペンの芯を無事に一本出し切ったら恋が実るというものがあった気がする。

「成功したら、あの人に告白してみようかな」

 勇気がないからきっかけが欲しい。

 いい歳しておまじないに縋るなんて、馬鹿げているという自覚はある。

 しかし、そういうものにでも縋らないと前に進めないほど、私は臆病者なのだ。

 そんな自分を情けないと思うが、縋ってでも前に進もうとしているのは、私としては大進歩。

 短く息を吐くと、シャーペンをノックしはじめた。


 カチカチ……。

 静かな室内に小さなノック音だけが響く。

 社内には同じように残業している社員がいるようで、時折、廊下を行きかう足音や話し声が聞こえる。

 だが、運がいいのか、誰もこの部署に入ってくることはない。

 カチカチカチ……。

 残りはあと1センチほど。


 全ての芯を出し終えたら、この恋はきっとうまくいく。


 願いを篭めて、ひたすらにノックする。

 手元にだけ集中しているため、周りの様子も音も一切分からなくなっていた。

 そんな私の背後に誰かが忍び寄っていることなど、全く気が付いていない。

 カチカチカチカチ……。

 そして、ポロッと芯が落ちた。

「やった!」

 思わず小さく声を上げた瞬間、後ろから伸びてきた腕にギュッと抱きしめられる。

「なかなか出て来ないと思ったら……。柿本、何やってんだ?」

 怪訝そうなその声は、私が恋をしている彼のもの。

「え?」

 まさかと思って振り返れば、やっぱりそこにいたのは菊地君だった。

「な、な、なに⁉」

 いきなり彼が現れた上に抱き締められて、私はギョッと目を見開く。

「なにって、柿本を迎えに来たんだよ」

「何で⁉」

「今日こそは思い切ってデートに誘おうとしてロビーで待っていたのに、お前は一向に姿を現さないし。……で、待ちきれないから、迎えにきた」

「は?」

 目を見開いたままポカンと口を開ければ、優しく微笑みかけてくる彼に腕を取られ、半ば強引に椅子から引き上げられる。

「ほら、ちゃんと立て。柿本が行きたいって言ってたイタリアンレストラン、予約してあるから」

菊池君は私と自分の荷物を片手で纏め持ち、私の腕を掴んだまま歩き出した。


 これって、おまじないが効いたの?



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