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(68)記念日を君と一緒に【システム手帳】

同じ会社、同じ部署。同年齢。身長差あり。穏やかで物静かな男性社員(お寺の次男坊)と。その彼に片想いを続ける元気いっぱいの小柄な女性社員。


「おはようございます!」

 朝から厳しい日差しが照り付けているが、外食産業向け商品を扱う某社の営業部に笑顔で足を踏み入れたのは、私、米本よなもと千鶴ちづるだ。

 身長はギリギリ百五十センチに届くといった程度で小柄な部類だが、体力には自信がある。

 肩の辺りで切り揃えた髪が緩くカールしているのは天然で、僅かに茶色がかっているのも天然もの。父方の祖母が、イギリス出身ということに関係しているのだろう。

 クリッと大きい目は友人たちに可愛いと褒められるけれど、私としては童顔に拍車をかけているようで、あまり好きではない。

 こんな風に見た目は小動物系の私だが、暑い盛りの八月生まれということもあり、暑さにはめっぽう強い。

 そんな私は、今日、八月三日が二十五歳の誕生日であった。


 席に座るなり、私と仲のいい同僚たちがプレゼントを手に次々とやってくる。

「千鶴、お誕生日おめでとう。これ、使いやすそうなミニポーチ」

「私はネックレスなんだ。トップに付いているブルーのガラスが涼しげで、すごく可愛いの」

「はい、あなたに似合いそうなC社のルージュ。新作よ」

「みんな、ありがとう!」

 さすが女性陣、ツボを捉えたおしゃれなプレゼントばかりだ。

 ホクホク顔でプレゼントを手にしている私の横の席に、スラリとした長身の男性がやってきた。

 彼は林宮司りんぐうじ宗和むねかずといって、私と同期入社の営業マン。

 カンカン照りの日でも常に涼し気な表情を崩さない林宮司君は、お寺の次男坊だとか。なんか、それっぽい苗字だよね。

 お父さんとお兄さんが住職だからといって、坊主頭という訳ではない。艶やかな黒髪は短めに整えられ、清潔感に溢れている。

 黒髪と同じ色の眉はキリリとしていて、その下にある目は優しいアーチを描く二重に囲まれている。この目はいつも優しい色を浮かべ、同じ年齢だというのに大人びた印象を醸し出していた。

 お寺育ちだから和風の文化系部活に勤しんでいたのかと思いきや、中学、高校はサッカー部だったという。しかもエースストライカーだったとか。本当に意外だ。

 そんな彼は同僚たちの他愛ない雑談に加わることはあるけれど、基本的に物静かだ。彼の周りだけ、妙に空気が清々しい気がする。

 騒がしい私と正反対の彼を、はじめはとっつきにくい人だと思った。

 だけど、接していくうちに誠実で優しい人柄を知り、いつしか好きになっていた。

 そして現在、絶賛片想い続行中である。明らかに私と彼は対極にいるから、きっと好きになってもらえないだろう。

 それでも彼を吹っ切ることができない私は、ただただ、ひっそりと想い続けているのである。

 席に腰を下ろした林宮司君は、顔をこちらに向けた。

「おはよう、米本さん」

 僅かに口角を上げた彼から、相変わらず清々しい空気が漂ってくる。まるで、早朝の高原にいるかのようだ。

「お、おはよう、林宮司君。うるさくして、ごめんね」

 今さらだが、私はペコリと頭を下げる。

 すると、彼は切れ長の目を緩く細めて穏やかな笑みを浮かべた。

「ちっともうるさくないよ。米本さんの元気な声を聞くと、俺も元気になれるから気にしないで」

 サラリと優しい言葉を返してくれる林宮司君の様子に、思わずキュンと胸がときめく。

「そ、そう言ってくれるのは、林宮司君だけだよ……」

 ほんのり頬が熱いのは、夏の暑させいではないだろう。

 こうして、今日も私は彼のことを好きだと実感しつつ、業務を開始するのであった。 


 お昼休みになり、私達四人は社員食堂に向かった。

 安くて美味しいメニューが豊富な社員食堂を利用する人は多く、常に席は取り合いである。

 運よく四人掛けの席が空いているのを見つけ、私達は早々に腰を下ろした。

 おまけに、後ろの席には林宮司君がいるので、本当に運がいい。席が空いていたことよりも、そのことが私にとって嬉しかったりする。騒がしい私でも、こういうところは恋する乙女なのだ。

 ドラマや化粧品の話をしながらあらかた食べ終えたところで、姉御肌の友人が「千鶴」と、私の名前を呼んだ。

「なに?」

 麦茶をゴクリと飲んだ私が視線を向けると、彼女はパチンとウインクをしてくる。

「今夜は千鶴の誕生日を祝して、飲みに行くから」

「プレゼントをもらったから、十分だよ」

 おしゃれで可愛くて綺麗なプレゼントをわざわざ用意してくれただけで、本当に嬉しかったのだ。これ以上、なにかしてほしいなんて思わない。

 やんわりと固辞する私に、友人はニンマリと笑う。

「そんなこと、言わないの。今夜はいいメンバーを揃えたんだから」

「え?いいメンバー?」

 誕生日の飲み会は、この四人で行うのではないのだろうか。首を傾げていると、彼女は話を続けた。

「千鶴、彼氏いないんでしょ?確か、大学卒業と当時に別れたって言っていたわよね?」

「う、うん、そうだけど。でも、無理に彼氏を作ろうとは思ってないし。……ねぇ、もしかして、飲み会って合コンなの?」

 オズオズと尋ねたところ、私以外の三人がものすごくいい笑顔を浮かべて大きく頷いた。

 そんな彼女たちの様子に、私は軽く焦る。

「ちょ、ちょっと待ってよ! なに、それ!? 私、合コンなんて、嫌だからね!」

 断固反対とばかりにテーブルを拳で叩くと、三人がジト目で私を睨んできた。

「そんなことを言ってると、あっという間に干からびるわよ」

「そうそう。どこに出会いが転がっているのか分からないんだから、積極的に男性と関わっていかなくちゃ」

「千鶴って仕事はバリバリできるのに、どこか放っておけないところがあるから、けっこう男性に人気だと思うのよね」

「ああ、分かるわぁ。見た目も癒し系だしね」

「小さくてフワフワしているから、なんかかまってあげたくなるし」

「素敵な彼氏を捕まえて、早く幸せになってもらいたいわ。この中で独り者なのは、千鶴だけよ」

「いや、あの……」

 すぐそばに林宮司君がいることもあり、『好きな人がいるから、合コンに行きたくない』と皆に説明するのは、なんだか気恥ずかしい。

 しかし、なにがなんでも私を連れ出そうとする三人を説得することはできず、合コンに参加することは避けられなかった。


 午後の仕事が一段落したところで、私は飲み物を買おうとして席を立った。

 トボトボと歩く私の足取りは、まさに今の心境を表している。

 ドリンクの自販機の周りには誰もいなくて、私のため息が辺りに響いた。 

「合コンなんて、行きたくないなぁ……」

 セッティングしてくれた友人たちにも、参加する男性たちにも申し訳ないが、どうしたって気分が乗らない。

 こんな重たい気持ちを抱えたまま参加するほうが、かえって失礼に当たる気がする。やはり断ろうと思ったのだが……。

「もしかして、片想いを諦めるタイミングなのかな?」

 望みのない恋心をさっさと捨ててしまえと、神様が言っているのかもしれない。

 私は自販機の前に立ったまま、ボンヤリとそんなことを考える。

 それでも、簡単にこの気持ちをなかったことにはできないだろう。

「どうしたらいいのかなぁ……」

 額をコツンと自販機に押し当てると、こちらに近付いてくる足音が聞えてきた。

 振り返ると、林宮司君の姿が目に入る。私はとっさにいつもと同じ笑顔を作り、彼に声をかけた。

「林宮司君も休憩?」

 ニコッと笑う私の前に立った彼は、手にしていた物をスッと差し出してくる。

「なに?」

 平べったい紙袋へと視線を落としている私に、林宮司君が静かな声で言った。

「誕生日プレゼントだよ。ちょっと時季外れだけど、実際に使うのは来年からでもいいしね」

 なぞなぞのような説明に、私は大きく首を捻る。

 とはいえ、せっかく私のために用意してくれたプレゼントだ。とにかく受け取ろう。

「ありがとう。中、見てもいい?」

「どうぞ」

 穏やかに微笑む彼に促され、私はそそくさと紙袋を開ける。

 入っていたのは、濃茶色のカバーがしっくりと手に馴染むシステム手帳だった。

 周りの人たちは様々なスケジュールをスマートフォンに入力しているが、私はいまだにシステム手帳派だ。あれこれ書き込むことが、昔から好きなのである。

 そのことを彼に伝えたことはなかったが、隣の席でせっせと手帳に書き込んでいるのだから、嫌でも視界に入ったのだろう。

 友人たちからもらったプレゼントとは違って実用的なものだが、私のことをちゃんと見てくれていることが分かって嬉しかった。


――どうしよう、ますます好きになっちゃったよ。


 嬉しいけれど胸が苦しくなって、ジワリと涙がせり上がってくる。

 それを誤魔化すように、私はパラパラと手帳をめくった。

「これ、メモ欄が大きくて、使いやすそう。本当にありがとうね。……え?」

 来年の八月のページを目にした私は、思わず動きを止めた。

 八月三日、つまり今日から一年後の欄に、『一周年記念』と書かれていたのだ。

 人柄を表している綺麗な字を、私はよく知っている。見慣れた筆跡は、林宮司君のもの。


――どういうこと?


 その文字に釘付けになっていると、彼の大きな手が私の頬を包み、ゆっくりと顔を上向きにさせてくる。

 視線の先にいた彼はいつもと同じように穏やかに微笑んでいるものの、甘さと真剣さが入り混じった複雑な色を瞳に浮かべていた。

「り、林宮司君……?」

 唖然としている私に向かって、彼はゆっくりと口を開く。

「それは、俺の願いだよ」

「……え?」

「米本さんが好きなんだ」

「…………え?」

「だから、合コンなんて行かないでほしい。その手帳にあるように、来年の八月三日は付き合って一周年の記念日を一緒に迎えてほしい」

「………………え?」

 私は、都合のいい白昼夢を見ているのだろうか。彼の言葉が信じらなくて、とにかく立ち尽くす。

 瞬きすら忘れて呆ける私に、彼は少しだけ眉根を寄せた。

「こんな無防備で可愛い顔、他の誰にも見せたくない。お願いだから、俺と付き合ってくれないか?」

 どうやら、この状況は現実らしい。

 それを理解した途端、私の頬が一気に熱くなった。

「う、嘘!嘘!!まさか、林宮司君が、私のことを好き!?そんなの、ありえない!私の片想いが叶うなんて、そんな、そんな……。でも、夢じゃないんだよね!?」

 彼の手に頬を覆われたまま早口でまくし立てる私の様子に、林宮司君がクスッと笑った。

「米本さん、俺のこと好きだったんだ。よかった……」

 嬉しそうに呟く彼に、テンパっている私はさらに言い放つ。

「うん、好き!好きって言葉じゃ言い表せないくらい好き!ああ、でも、こんな日が現実になるなんて、やっぱり信じられない!」

 その後もしばらく騒ぎ続ける私を、彼は嬉しそうに見つめていた。




 ちなみに、合コンは参加しなかった。

 それというのも、終業時間を迎えた途端に私の手を取った林宮司君は、友人たちの元に向かい、こう宣言したのだ。

「俺と米本さんは付き合うことになったから、合コンには参加させない」

 慌てふためく私の手をしっかりと握り締め、爽やかな笑顔と共にきっぱりと言った林宮司君を見つめる友人たちは、目をまん丸にして固まっていた。

 でも、その直後、三人は次々に私の肩をバンバンと叩いてくる。

「林宮司君なら、安心して千鶴を任せられるわ」

「おめでとう!お似合いだよ!」 

「千鶴、素敵な彼氏ができたじゃない。今日は最高の誕生日ね」

 口々に祝福してくれることは嬉しいけれど、けっこう肩が痛い。

 すると、林宮司君は繋いでいた手をグイッと引き寄せた。

 突然のことに反応できず、私は大きくバランスを崩してしまう。

 そんな私を彼は危なげなく抱き留め、すっぽりと腕の中に包み込んだ。

 そして、友人たちの顔を順番に眺める。

「あんまり叩くと、米本さんがかわいそうだよ。それに、自分以外の誰かに米本さんを触られるのって、正直面白くないんだ。それが、仲のいい友人であってもね」

 彼の言葉聞いた友人たちは、「林宮司君って、意外と独占欲が強いのね!千鶴、愛されてる!」と、妙にはしゃぎ始める。

 私はといえば、氷山も一瞬で解けてしまいそうなほど、顔を火照らせていたのだった。





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